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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

第一話 明けない夜のはじまり

 突然のメールの指示に従い、私はそこを訪れる事になった。
 やはり人が紛れるに容易い場所は、人の中という事だろう。隣近所のことなど気にしていたら切りが無い巨大マンションの中層階に、彼女達の隠れ家は確かに存在していた。
「ひさしぶりね」
 私がドアホンを鳴らすと、そう言って扉を開け現れたのは、以前と何一つ変わらぬ黒い長髪をなびかせた若々しい美女。十年ぶりの再会だった。
 ――私たちが修智館学院を卒業して20年が経過している。
 紅瀬さん、もとい桐葉さんと支倉君が結婚し、都会に出て音沙汰が無くなってからでも10年。時が経つのは早い。特に変化の少ない時期はそうだ。
「変わらないのね」
「分かりきった事でしょう? それに、貴方もそれほど変わらないわ」
「5年あれば、それなりに大人になるものよ」
「中身は、外見の影響を受けるものだけど……。なるべくなら変わっていない方が望ましいわね」
「……本気なの、あのメール。上手くいっていないの?」
「そんな事は無いわ。でもいい加減、色々と限界なのよ」
 桐葉さんが扉を大きく開け、視線で促す。私は逆らわず玄関から上がった。そのまま無言で案内され、リビングまで通される。
 彼女の性格から殺風景な部屋を想像していたが、一角を巨大なネコのヌイグルミが占領しているものの、家具類や壁紙などは洒落っ気のある物が多くなかなかのものだ。他に最新のAV機器もあったりと、意外にも現代風である。考えてみれば、ここには支倉君も住んでいるのだ。二人分の好みが反映されるのも当然か。
 恐らく彼女の趣味によるものは、あの場違いなヌイグルミくらいだろう。購入に際して、遠慮する彼女との押し問答が容易に想像される。或いは秘密の誕生日プレゼントだろうか? ――二人の暮らしぶりが僅かながらも垣間見えてきて、なかなかに興味深い。
 ソファに座らされ、インテリアを眺めながら二人の日常をアレコレ想像しているうちに、やっと気持ちが落ち着いてきた。
 そもそも、本来なら再会は嬉しい気持ちに溢れていて、私一人でもないはずなのだ。
 だというのに、彼女ときたら冗談にしても笑えない内容のメールで私だけを呼び出すものだから、まだ笑顔を見せることさえ出来ていない。
 無言のままキッチンへと消えた彼女は、恐らく私の好みに合わせて紅茶を用意してくれているのだろう。戻ってきたら、御礼と同時に笑顔を見せてあげなければならない。感謝の気持ちと、親愛の情を伝える為に。重苦しい話は、その後でもいいだろう。
「……」
 やがて、桐葉さんがお盆に色々載せて戻ってきた。
 相変わらず何を考えているのかサッパリな無表情で、おまたせの一つもありゃしない。
「待ったわ」
 癪なので、こっちから言ってやった。すると、彼女の頑なな表情が僅かに緩む。ふっ、勝った。
「相変わらず子供ね」
「悪かったわね」
「そうでもないわ。むしろ安心したくらいよ。……そうでなければ、彼もその気になってくれないもの」
 紅茶と、唐辛子煎餅をテーブルに置く彼女の仕草をじっと眺めながら、私は自らの眉がピクリと跳ねるのを自覚する。
 それでも切り出しにくくて、あっちから話題を振ってくるのを待つが、座って紅茶を一口飲んでも一向に言葉を発しないので、仕方なく私から切り出した。
「あの、ね。メールの事なんだけど……。本気なの?」
「もちろん」
 返事は揺ぎ無いものだった。決意を感じる。彼女にとっても、全部に納得している訳ではないのだろう。当然だ。
 しかし、私はまだ信じられないでいる。ただのドッキリで、今にも向こうの部屋から兄さんが現れてふざけた笑顔で『大成功!』とか書いてあるプレートをこれ見よがしに見せ付けるんじゃないかと、そう祈っている。
 だが、彼女の様子はそういった冗談の可能性を確かに打ち消していた。
「何故、私なの……?」
「分かっているでしょう。貴方には私に出来ない事が出来るから」
 私は人間で、彼女はそうではない。つまり、そういう事だ。
 五年前、私と兄さんは母様と和解した。そして、望まなかった兄さんを差し置いて、私だけが母様の計らいで人間になった。
 母様と永遠を生きる選択には迷った。でも、私にはどうしても人として死にたい理由があったのだ。
 散々悩んだ末に決意し、人間になって数ヵ月後。征一郎さんから、あの二人にも報告しておいた、と突然告げられた。
 どこに居るのかと問い詰める私に、あちらから連絡が無い限り教えるつもりはない、と切り捨てられ。
 母様と家族のやり直しを続けながら、もう二度と二人には会えないと諦めかけていたその時。突然、桐葉さんからメールが届いたのである。
「私に、本気で、支倉君の子供を生めというの……?」
「抱かれるのが嫌だというなら、無理強いなんてしないわ。でも、貴方は彼を愛しているでしょう?」
「……っ!?」
 二十年もの歳月を、誰にも明かさず隠し通してきた気持ち。今更そんな断定を聞く事になるなんて思わなかった。ごめんなさい、お願いします、と頼み込まれるとばかり思い込んでいた私は、誤魔化そうとした悪戯がすっかりバレてしまった子供のように身を竦ませる。
「ど、どうしてそんな事を……」
「分かるのよ。嫉妬していたから」
「私は、そんな、やきもちなんて」
 必死に否定しようとする私に対して、彼女はゆっくりと首を振った。
「違うわ、私がよ。だからこの十年、独占したくて珠津島の全てから離れた。貴方を思い出さないでもらうためにね」
 軽い口調で言い切る言葉に嘘は感じない。失礼な頼みごとをしているから、誠実にとでも考えているのだろう。
 理想的な対応は、馬鹿にするなと怒って、そのまま帰ること。本心を打ち明けてしまってもいいし、嘘を吐いてもいい。とにかく勢いよく断って立ち去る。最善だとは分かっているが、私にはどうしても、それだけの事が出来なかった。
 だって、永遠を捨てたのは彼のためだから。
 この世では桐葉さんの隣に居る支倉君。諦めた、彼の心。あの世に行けば彼女は居ない。永遠に、来ない。
 もしあの世があるのなら、そこで彼を慰めるのは自分だ。無意識にとはいえ、そう思っていた。それを自覚したのは、人間になってからだったけれど。
 だが、そんなものは幻想に過ぎない。あの世なんてあるかどうか、生きている者には確証を得る方法なんて無い。
 しかし、目の前のこのチャンスは現実だ。一度だけとはいえ――いや、もし子供が出来なければ好きなだけ。彼の一番になれる。桐葉さんよりも私を見てくれる。
 分かっているのだ。本当は、私を抱いている時ですら彼は彼女の事だけを考えていると。
 彼女のために、永遠を生きる愛しい人の為に、自分の血を継ぐ者をこの世に残そうと。私は子供を作る為の道具に使われるだけだと。
 だけど、やはりその瞬間、身体は私を求めてくれる。心は桐葉さんに謝っているかもしれない。でも、現実に私を抱き締めてくれる。私の為だけの優しい言葉を掛けてくれる。
「貴方の事を、孝平も愛しているのよ」
「……えっ!?」
 突然の言葉に私は呆然となった。桐葉さんは、辛そうに自らの身を抱き締めながら、無理矢理に言葉を搾り出す。
「そうでなければ、逃げ出したりはしないわ。あの時には、私にとってもかけがえの無い友人だったから。みんな――千堂さん、もちろん貴方も含めて」
「そんな、でも支倉君は貴方の事を……。浮気をするような人でもないわ!」
「気持ちなんて、気付いていなければ無いのと変わらない」
 二十年――いや、十年前だって、いつも何事にも動じず泰然としていた彼女が、今は震えを堪えきれずにいた。俯いたまま、言葉だけは明瞭に後を続ける。
「貴方もそうだったでしょう? ……お互いに気付いていない。私を一番に選んでくれたけど、彼は気付かないうちに三人の女性に惹かれていたのよ」
「だからって、決着のついた思いに今更、そんな事を……」
「貴方だから頼むのよ。もう一人には、何があろうと絶対に頼めないから」
 それはそうだろう。私にも残る一人に心当たりくらいあるが、彼女には事の真相を説明する訳にはいかないし、何より既に結婚している。それどころか、子供が結婚するとかどうとか、そんな事態になっているくらいだ。確かに、頼める相手なんて私くらいしか居ない。
 でも、どう考えたって幸せになる人なんて居ない。もし子供が生まれてきても、その子だって、きっと不幸になる。
 ここに来たのは、笑い話なら笑う為、本気だったら無理矢理にでも笑い飛ばす為だった。しかし、この拒絶を許してくれない。心が、勝手に承諾しようとさえする。
「やっぱり、駄目よ」
 その一言をひねり出すのに、私は全身汗びっしょりになっていた。あまりにきつく握っていたせいで、洋服の胸元は皺が寄ってしまっている。せっかく、お気に入りの可愛い服だったのに。
「そう」
 もっとしつこく説得されるものだと思っていた。だからこそ、私は拒絶出来たとも言える。
 だが、彼女は実にアッサリとそう言って顔を上げた。
 そこにあったのは、記憶にある無表情なフリーズドライの紅瀬桐葉。
「本当に、いいのね?」
 その顔で、帰っていいぞと言われれば終われたのに。確認なんてされても、私にはもう一度断る気力なんて残っていなかった。
 だって、これを拒絶したら、本当に、何の可能性も無くなってしまう。
「いいのね?」
 更に重ねられる。答えを返せない私を、今度は彼女も辛抱強く待つ。
 やがて、雫が一つ、落ちた。服に小さな染みが広がる。
「お、お気に入りの、服、なのに。皺だけじゃなくて、染みまで。あれ、なんで、とまらないの……?」
 拭っても無くならない。止めようとしても、更に溢れ出す。
 拒否しなくちゃいけないのに。あと、たった一言で済むのに。大好きな人を――二人を、傷つける結果にしかならないって、分かっているのに。
 どうしても、私には最後の一言が形に出来なかった。
 そんな私の様子を見て、桐葉さんが一つ息を吐いた。これは、私にも見分けがつく類いのものだ。仕方ない、手伝ってあげましょうか、と生徒会の仕事を勝手に横取りしたりする時の、優しい溜め息――。
「少し、外に出ているわ。そうね、たまには伽耶の顔を見てくるのもいいかも知れない」
「そ、そんな。なんで、私は帰るから、だから」
「なら、いいのね?」
 その一言だけで、身体がビクリと震える。最後の一歩を踏み出すか否かとの問いのはずなのに、全ての絆を断ち切る選択を迫られているかのように重く感じる。
 もう、自分を偽れない。せめて彼女には本心を知られたくないと、私は必死で顔を伏せた。
 しかし私の様子がどうであれ、彼女の行動は何も変わらない。恐らく予定は事前から決まっていた通りなのだろう。
「公共の交通機関で数時間。向こうにはしつこく私用の荷物もあるのでしょうし、手ぶらでも構わないわね」
 独り言を呟きながら、桐葉さんは立ち上がった。
 考えを言葉にするクセなんて無かったから、きっと彼女にとっても楽な空気ではないのだろう。
「彼、寝室で拗ねているから。後は頼むわ」
 それでも桐葉さんはやはり桐葉さんで、最後に重大な用件を言い忘れる、なんて事は無いのだった。



 珠津島の人々と連絡を取らなくなって十年。桐葉と出会った修智館学院を卒業してからだと、かれこれ二十年になる。
 この衰えきった男が、支倉孝平――つまりは俺だった。齢38歳。桐葉との、見た目の年齢差も日に日に大きくなっていく。
 俺の見た目が年齢より老けているのも原因の一つだろう。ここ数年、桐葉は見るからに焦っていた。
 桐葉が人間になる可能性。間違って子供が生まれる可能性。言葉にはしないものの、きっと二人揃って期待していたのだ。しかし、奇跡なんて簡単に起きる訳が無い。だからこそ奇跡なのだから。
 それに気付いて、でも諦めきれなくて。ただ、子供が欲しかった。
 桐葉の為に。彼女が寂しくない様に、せめて見守る対象としてだけでも、自分の血を受け継ぐ者達がこの世界のどこかに存在していてくれたなら――。
 もっとも、彼女の為だと言いながら、置いていく事に自分が安心する為だったのかも知れないが。
 どちらにしろ、俺のことだけを見て生きる彼女に、そんな気持ちが伝わらない筈がなかった。
 余計なお世話だと言い切れたなら、俺だけでなく彼女にとっても楽だったのだろう。しかし、俺の思いを知るにつれ彼女自身も自分の思いに気付いてしまう。
 欲しいのに、出来ない。愛の結晶を生み出す為の日々が続き、その全てが努力の無駄を確認する過去に置き換わっていく。未来が閉じていく実感は将来的な永遠の別れをも連想させ、眷属である桐葉よりずっと弱い俺の身体を衰弱させていった。
 精神的なストレスと、拷問に近いほどに繰り返される性交。それによる外見の老化と、見た目の変化から受ける更なるストレス。
 さすがに桐葉も、もうやめようと言い出した。でも、駄目だった。終わりの瞬間に怯えながらも何十年と恋愛であり続けた、病的なまでに互いを求め合う心には、そもそもブレーキなんて便利なものは備わっていないのだ。否定しつつも止まれず、何度も何度も愛し合い、子供が出来ないと確認しては落胆し、そして。
 いつしかその行為すら、愛を確かめ合う意味を失った。
 子供が居れば全て上手くいく。しかし、養子では駄目だった。支倉孝平の血を受け継ぐ、紅瀬桐葉が無条件の愛情を向けられる対象が必要なのだ。
 そんな時、千堂瑛里華が人間になったという連絡が入る。
 更に悩み続けた五年の歳月。
 そして今、桐葉と何度も愛し合った寝室のベッドに座る俺の目の前には、記憶の中よりほんの少しだけ大人になった千堂瑛里華本人が立っていた。
「ここに来るという事は、説得されてしまったのか……。はは、桐葉の言う事は本当に間違いってものが無いな。なら、俺たちは愛し合っているというわけか」
 皮肉な口調で、自らを嘲笑する。こみ上げてくる笑いが、我ながら汚らしい。
 何の罪も無い女をも同時に辱める笑いだと分かっていたが、それでも止まらなかった。
「くっ……ぐっ、ごほっ」
 やがて笑いすぎで咽てしまうと、美しい金髪を翻した彼女が慌てて近寄り、優しく背中を擦ってくれる。
 それだけで、分かってしまった。確かに俺は、この手の温もりを覚えている。二十年以上も経って、女々しくも記憶を大切にし続けているのが何より明確に俺の気持ちを証明していた。
 転校生活の終焉、修智館学院。そこで、一番最初に迎えてくれた手。優しくて、明るくて、寂しがりやで強がりな、世界で二番目に好きな女の子。
 彼女のお陰で変われた。だからこそ桐葉を救えた。だからこそ、今の彼女との、愛情があるのだ。
 なら、もし俺が。この思いに、先に気付いていたなら――?
「どうして、こんなんなっちゃってるのよ」
 涙声にビクリとしながら、俺は何とか答えを探す。
「……大事な時間を、大事に過ごしただけさ。気付いたら、こうなっていたんだ」
「馬鹿よ。二人とも。それなら、貴方が永遠を生きた方が余程簡単じゃないの」
「それはもう、理屈じゃないんだよな。はは、瑛里華会長殿も同じく言う事が間違わない」
「私は、嫌……嫌だよ、こんなの……なのにどうして、拒否できないのよ……っ!」
 実際にこの部屋に来て、撫でていた俺の背中にそのまま縋るように泣きながらの言葉だ。もはや、どう取り繕っても説得力を持たないだろう。
 代わりに、男が抱き締めたいとの衝動を抱くには十分すぎる。耐えるのに、また桐葉と居られる時間を削るほど消耗した気がした。
 いや、むしろ耐える必要があるのだろうか。桐葉も望んでいるというのに?
「馬鹿だよな、アイツ。こんな事駄目だって、それが分かっている二人が何かをする訳が無いじゃないか」
 思考が危ない方向へいきかけた。確認する意味もあって、空々しくても言葉にした。同時に、成長しかけた思いごと吐き出す。
 背中に縋って泣いている彼女は反応を見せない。昂ぶっていた気持ちが納まりかけたというのに、声を出すとまた泣いてしまいそうなのだろう。
「大体、あれから十年だぞ? 天下の千堂瑛里華が一人身だなんて、そもそも有り得な――」
 彼女が勢いよく首を振った。嘘――いや、この必死さは誤解すらされたくないという意味を含んでいる。
 じゃあ、本当にそうなのか?
 俺に、抱かれに来たのか?
「え、っと……その……はじめて、だよな」
 よりによって何を聞いている!?
 混乱して飛び出してしまった言葉を慌てて誤魔化そうとした時。
 彼女が、今度は僅かに首を縦に振った。
「そっ、いや、だからなんだという訳ではなく……んぅっ!?」
 不意打ちで抵抗する暇さえなかった。人間の、普通の女の子。その非力さでも、俺はベッドに押し倒される。
 隣に並んで横になりながら、瑛里華は真っ赤に腫らした目で俺を見つめてきた。
 一度は押し込んだ思いが、また急速に勢いを増す。
「こ、へー……?」
 たどたどしい口調で、初めて彼女に名前で呼ばれた。どくん、と衰えた心臓が無理をする。
「ごめん、ね。駄目、みたい……」
 こんな。無理だ。
 最初から、こんなに可愛い女の子の魅力に抗える訳が無かったのだ。
「はむっ……んっ……」
 気付くと唇を奪っていた。それがいけないことだと気付く前に、彼女の口内を貪りつくす。
 抵抗は無い。それどころか、彼女からも舌を絡めさえした。
 甘い匂いが鼻腔を擽る。最初は彼女の体臭かと思ったが、どうやら違う。香のような匂いだ。匂いが強まるにつれ、頭の芯が痺れるような感覚に襲われる。
 桐葉が何か仕掛けを残していったのかも知れない。しかし、もう何が悪いとか、原因が何だとか、考えることが出来なかった。



「この恥知らずが」
 重い足取りで、珠津島へ向かうためまずは最寄の駅へと歩いていた私は、突然響いた声に耳を疑う。
 慌てて振り向くと、案の定そこには猫の姿。闇の具現との表現が相応しい漆黒の毛皮に包まれ、邪悪な気配を漂わせた矮小なる獣は、まさしく『主』の使い魔だった。
 懐かしい声に思わず頬が緩みかけ、すぐさま思い直す。気持ちと一緒に頬も引き攣った。
「伽耶……っ!?」
 私は250年を共に生きた親友でもある『主』に対してはまるでふさわしくない、強く警戒の滲んだ声を吐き出した。
「醜悪な考えに身を任せて……。お前達は満足かも知れぬがな、あたしは許さん」
「まさか、聞いていたの!?」
「全てこの耳で直接聞いたわ。屋上からでも、あたしならば耳を澄ますだけでお前達の会話だけをハッキリと聞き分けられる」
「屋上……? ちょく、せつ……?」
 その意味に気付いて、愕然となる。
「でも、千堂さんも望んでいた事なのよ!?」
「幸せにはなるまいよ。そんなことの為に、アレを人間にしたのではない。それ以上に、あたしは不幸だよ。間違いなくな」
「どうする、つもり……?」
 動物に表情など無い。
 だが、確かに目の前の黒猫が笑った気がした。
「屋上に居るあたしと、今のお前。さて、どちらが早いかな?」
「くっ……!」
 もう会話などしている暇は無い。遅れれば全てが水泡に帰す。せっかく決意して、覚悟して……それが、残らず全部だ。
「私が……何のために涙を飲み込んだと思っているのよ、貴方は!?」
「知ったことか。あたしは主だ。お前の意思など関係無い。思う通りにする。何しろあたしは――」
 言葉が一度途切れる。そこに、伽耶の迷いを感じた。
 だが、そんなものを待っている暇は無い。私は黒猫をその場に残し、全力で駆け出した。景色が溶けるように後方へ流れていく、人間の限界をいくつも飛び越えた速度。日中の街中で、こんな無茶をしたのは初めてかも知れない。
 だが、仕方が無い。
 今は通行人が何かの勘違いだと勝手に納得してくれるのを祈るのみ。
 それより、はやく、はやく。急がないと。絶対に止めてはならない。必要な事だから。
 でも、それは。
 本当は、誰の為なのだろう?



 マンションの目の前に到着すると、外からでも部屋の窓が割れているのはすぐに分かった。私も、駆ける勢いそのままに跳躍して、さらに壁を這い登り、内部からの正規ルートより数十倍も早く寝室に飛び込む。
「何しろ、あたしは悪人だからな」
 ――それでも、どうしようもなく遅かった。
「まったく、どいつもこいつも。簡単な方法が目の前にあるというのにな。何を躊躇する?」
 散乱した本に埋もれながら、本棚の下で倒れている千堂さんと。
 口元から赤い液体を垂らす伽耶に、ベッドの上で組み伏せられている孝平。その孝平の口元にも、赤い雫がこびり付いている。
 何があったのかは明白だった。
「お前達が幸せになれるのなら、と我侭も許していたがな。それも今日、この時までだ。分かりきった答えが呑めぬというなら、力ずくで分からせるまでのこと」
「伽耶っ! ――貴方、自分が何をしたか分かっているの!?」
 わなわなと震える拳を、私は力任せに近くの壁へと叩きつけた。
 骨が軋む。壁が消し飛ぶ。それを他人事の様に眺めながら、伽耶は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「知ったことか。あたしはお前の主だぞ。機嫌を伺う必要など無い。……だが、お前がどう思うかは自由だ。それで何がどうなる訳ではないが、せめて好きなだけ憎むがいい。あたしは、お世辞にも良き主ではないからな」
 彼女は変わったのではなかったのか? 私を、千堂さんを、思うままに操る歪んだ支配欲を捨てたのではなかったのか?
 憎み、憎まれる関係。それを作り上げるには、確かに最高のシチュエーションかも知れない。だが、これはあんまりだ。私が最も望むこと、それは孝平が人として生きる事だというのに。
「本当に馬鹿だな、お前は。歳を取らぬ者と寄り添い生きると決めた時点で、既に人としての幸せは得られぬというのに」
「……え?」
 気付くと伽耶は、気を失っている千堂さんを担ぎ上げ、静かな瞳で私を見つめていた。
 そこに邪気は無い。むしろ寂しげな、何かを言いたくて言い出せないでいるような、そんな目つき。
「憎むなら、あたしを憎めよ。くれぐれも、な」
 伽耶はそういい残し、顔を伏せながら千堂さんを抱えて窓から飛び降り姿を消した。
 人に見られる危険を考えれば、玄関から去る方が良いだろう。それを分かっていて、そうできなかった理由がある。
 きっと、伽耶は泣きたいのだ。そして、それを私にすら見られたくない。200年くらい前までは、よく見た顔だ。いまさら見間違えたりしない。
 自身を憎むな、酷い主だけを憎め。でも、本心を分かって欲しい。感謝して欲しい。そんな複雑な思いが、言葉や表情に滲んでいた。何故、すぐに気付いてやれなかったのか。
 ――それでも。そこまで理解していても。私は、彼女を追えないでいた。だって、簡単に許すには、あまりに酷い。
 悲しくて、悔しくて。――でも、嬉しくて。
 なにしろ20年だ。それだけの期間、悩み続けた大問題。それを一瞬で無駄にしてしまうなんて。突然そんな事をするから、一瞬たりとも彼から離れられなくなってしまったではないか。ここまでして礼の一つも言えないだなんて、そんなの酷すぎる。
 翌朝、彼は出会った頃の姿に戻っているのだろう。その姿を見て、私はもう一度確信するのだ。今、自分は幸せだと。
 そうすると、今度は歳を重ねた彼を一瞬たりとも見逃せない。今の彼を見られるのは、恐らく最後のチャンスになるから。
「本当に、酷い主ね……」
 私はベッドの上で死んだように眠る彼に寄り添いながら、いずれは本人に伝えたい言葉を窓の外へ向けて呟いた。
 一杯の感謝と、負けないくらいのお詫びを籠めて。
 願わくば。きっと遠くで耳を澄ましている大切な友達にも届いている事を祈る。



 目を覚ますと、小さな背中に背負われて道を歩いていた。
 派手な着物に身を包んだ小さな女の子が、成人した女性――もちろん私のことだ――を軽々背負って運んでいる。周りからは、さぞ異様な光景に映ることだろう。
 奇異の目で見られるのは分かっていたが、私はそれが少しも気にならないくらい嬉しかった。
 ずっとそうしたくて、やっと仲良くなれた人。手に入れた、大事な家族。小さいけれど、暖かい背中。
「ふん。恩知らずな眷属だ」
 しばらくして、母様は優しい声音でそっと呟いた。
 人となった私には聞こえなかったけれど、きっと大切な親友の声が聞こえたのだろう。照れ隠しにしか見えない腹の立て方は、ここ数年で見られるようになった表情だ。
「ん……?」
 密かに幸せを噛み締めていたのだが、どうやら息遣いの違いに気付かれてしまったらしい。少しでも意識を向ければ、寝ているかどうかの微妙な違いを見分けるくらい、吸血鬼と比べてなお鋭敏な感覚を持つ母様には容易い事だ。
「すまなかったな。あの時は、あたしも頭に血が上っていたようだ。加減――というか、そもそも誰を殴るつもりも無かったのだが」
 私には彼だけじゃないと、そう思い知らせてくれる大事な時間。不器用で、でも一生懸命に『お前が大切なんだ』と訴えてくれる母様。
 改めて自覚する罪悪感。私はこの人を捨てて……。本当に、大変な事をしてしまった。
 馬鹿な私のせいで、母様が泥を被ったのだ。いくら謝っても足りやしない。
「母様。どうして……?」
 それでも、やはり問い詰めずには居られなかった。
 私は母様が飛び込んできてすぐ、興奮している母様の行動を阻止しようとして投げ飛ばされてしまったから、その後の経緯を知らない。私は当事者なのだから、聞いておかなければならない。
 それでもやはり母様には辛いだろうから、拒否されれば諦めるつもりだった。後で桐葉さんに聞けばいい。もちろん彼女には、だんまりなんて許さない。
「瑛里華も桐葉も、本来はあたしのものだ」
 ――やがて。
 答えが無いからと諦めかけた頃、母様はたどたどしく喋り始めた。
「ある程度の自由は許す。あたしも昔の事は悔いている。だがな、幸せになる気も無い者にまで、そうしてやる義理は無い。所有物の価値が下がろうとしている時にまで黙っているのは、ただの愚か者だ」
 本当、素直じゃないんだから……。
 大切な家族が守りたかった。手段など考えていられるほど冷静ではいられなかった。
 きっと、それだけの事だろう。
 私は母様の背中を、ギュッと力いっぱい抱き締めた。こういう時、頑丈な吸血鬼の身体はいい。何しろ人間の私には、僅かでも遠慮する必要が無いから。思いの全てを籠められる。
「桐葉さんだけじゃない。支倉君を眷属にするなんて、私だって反対よ」
「ふん。あたしはどうせ悪者だ。誰かに気を使うつもりなどない」
 声が上擦っていて可愛い。でも真面目な話だから、残念ながら今はからかう訳にもいかない。
「最後まで聞いて」
 真剣な声で付け足すと、母様は素直に口を閉ざしてくれた。その耳元に口を寄せて、私は優しく後を続ける。
「でもね、母様。何であっても、結果が出るまで良いか悪いかなんて分からない。母様の優しさからの行動だから、少なくとも私は嬉しい。今の私は感謝してる。だから、だからね」
「……」
「ありがとう、母様」
 返事は無くて、不機嫌そうに鼻を鳴らすだけの母様。でも、不自然に早い鼓動が本心を伝えてくれる。私は先程以上の力で抱きついた。
 きっと、桐葉さんだって。
 強引過ぎる手段だったとしても、それが母様の優しさだという事は、いつか分かってくれると信じたい。いや、信じてる。
 なにしろ時間だけなら、それこそ無限にあるのだから。



 あれから一月ほど経ったある日。珠津島の屋敷に、支倉と桐葉が連れ立って現れた。
 無事に眷属化は成ったと聞いていたが、昔の若々しい肉体を取り戻した支倉を見ていると、さすがに罪悪感を覚える。あたしは罵倒されるのも覚悟していたが、二人は揃って頭を下げた。
「これが最善の答えだとは思いません。でも、人としての答えが出せないでいたのも確か。それで文句を言える筋合いも無いですから」
「今までは今まで。これからはこれから。現状での答えを探していけばいい。……その答えを出すのに一月。二十年と比べれば、短いものでしょう?」
 要するに、感謝する為に頭を下げたのではなく。
 悪い事をした。その謝罪をしにきただけだと言いたいらしい。
 しかも、こちらは謝ったのだからそちらも謝れと、そうも言っている。
 このあたしに。吸血鬼の、悪の大親分に。自らの眷属に対して、それも二人セットで頭を下げろと。
「ぷっ……。くくくくっ。ははははははっ!」
 気付けば、あたしは大声を張り上げ笑っていた。腹を抱え、文字通り笑い転げる。
「かあ、さま……?」
 呆気に取られる瑛里華。疲れたように溜め息をつく桐葉。支倉は、一人おろおろと気を回している。
 無様だと、早く止めたいと思う。それでもなかなか収まってくれない。こんな事は初めてだ。桐葉を眷属とする前でも、ここまで笑った事は無かったかも知れない。
 やがて、吸血鬼の強靭な腹筋ですら悲鳴を上げそうなほどに笑いきった後。あたしは晴々とした気分で頭を下げた。
「すまなかった。迷惑をかけた。お互い、これで許しあい、仲良くしてくれれば嬉しい」
 桐葉が驚きに目を見開き、固まっている。まさか素直に頭を下げるなど、夢にも思わなかったのだろう。そこでまた、からかおうとでも思っていたのだろうが、そうはいかない。
 あたしは立ち上がり、さらにと桐葉へ歩み寄って、手を出した。
「仲良くしてくれれば、嬉しい」
 繰り返してやる。すると桐葉は、ふっ――と柔らかく笑ってから。あたしの手を握り、頷いて見せた。
「そもそも、親友でしょう。今更だわ」
「そうだな。しかし、人とは不器用なものだ。たまに確認せねば分からなくなる」
「……人?」
「言葉の綾だ。分かっておろう。いちいち茶化すな」
 あたしが手を離して踏ん反り返ると、桐葉はいつもの調子で面白がるように笑いながら、はいはいと呟く。相変わらず主を見下す、失礼な奴だ。
 立ち上がった時とは逆に不機嫌になりながら、あたしは元の位置に座る。
 そして、扇子を広げて顔の下半分を隠した。実の所、ここからが本番なのだ。さすがにこれは、こればかりは口元がにやけるのを我慢するのが難しい。
「ああ、それとな。瑛里華もあたしの眷属になった」
 何気ない調子で言ってやると、案の定、支倉も桐葉も揃って驚き、呆然と立ち尽くす。その視線がゆっくりと瑛里華に移った。
「本当よ。もちろん無理強いされた訳でもないわ」
「いや、だって、どうして。せっかく人間に……」
「母様との永遠を選んだ。もちろん、それは本当。でもね、一番の目的は別にあるの」
 瑛里華が歩み寄る。桐葉にではなく、支倉に。
 事前に話し合って決まっていた事だ。この後の展開を考えると、笑いを押し殺すのは難儀な事だった。あたしは懸命に、小さな扇子の後ろに歪みかけた顔を隠す。
 何しろ先程ので限界なのだ。これ以上笑うと、吸血鬼といえど命に関わりかねない。
 やがて瑛里華は、桐葉の目の前で支倉に抱きついた。奴自身もこの事態に頭がついていかないらしく、目を白黒させながら硬直しているのみ。されるがままだ。
「私、正式に支倉君の恋人になるわ。もちろん一夫多妻なんて許さないから、桐葉さんとは別れてもらう事になるけど」
 瑛里華はそのまま、愛しい男の頬に口付けを――しようとして、さすがにその恋人に阻止される。そのまま力ずくで引き剥がされた。
「貴方、よりにもよって何を言っているのか分かっているの?」
「聞いた通りよ。何しろ桐葉さんのお墨付きでしょ? 何も問題は無いわよね~♪」
「あれは期間限定よ。決まっているでしょう!?」
「そ~んな話は始めて聞いたわ。ほら孝平、はやくあの時の続きで――愛し合いましょ♪」
「いつの間に名前で呼んでいるのよ貴方は!? 大体、孝平は私を愛して……」
「二番目でも三番目でも、私を好きなら望みはあるわ。たかだが20年の絆なんて、これから200年でも300年でもかければ簡単に取り戻せるもの」
「なっ、なっ――伽耶、娘に正しく教育というものを」
「ふん。あたしには関係ない。むしろ永遠を飽きずに過ごせて良いではないか」
「何を言って……って、拗ねてるの?」
「うるさいっ! あまり調子に乗るとあたしも混ざるぞ!」
 瑛里華が自分のためというより孝平の為に永遠へと戻ったと知り、拗ねている。それがあたしの役どころなのだが、もう演技など半分破れかぶれだ。こっちは扇子の後ろに隠れて笑いを抑えるのに必死なのだから、あまり声を掛けないで欲しい。
 ここで瑛里華は何を思ったのか、アドリブでこちらににっこりと微笑みかけてきた。
「安心して、母様。一番は一つじゃないから。いいじゃない、全部手に入れても。その為の時間は、それこそ無限にあるんだから。永遠をポジティブに考えられなかったのは、パートナーが桐葉さんだけだからよ」
「……貴方、まさか同じ事を孝平にも当てはめようとしているんじゃないでしょうね」
「その通りだけど? ……現実に二人きりで息詰まってたじゃない」
「そ、それは……」
 あの桐葉が押されている。なんと見応えのある対決だろうか。これが続くのなら、きっと千年でも万年でも飽きる事など無いだろう。
 結局、人はこうした下世話な話題が好きなのだ。あたしも同類。もっと早く気付いていれば、こうも難しい事にはならなかっただろうに。
 あたしも桐葉も、本当に愚かだ。愚か、だ――。
「だーかーらっ、今度はどう転ぼうとみんな一緒に楽しくいけばいいのっ。一人や二人間違ったって、私が力ずくで修正してやるんだから」
 ウィンクする瑛里華。
 どうにも逆らえない勢いを感じて、肯定とも否定ともつかない表情のまま顔を見合わせる支倉と桐葉。
 あたしはついに我慢の限界を超え笑い転げてしまい、冗談抜きに腹筋が崩壊しかかるのだった。



 大きな屋敷の奥にある伽耶様の部屋の、更に奥。
 鋭敏な聴覚を四人の会話に集中させていた俺たちは、何もかも上手くいった事に、揃って胸を撫で下ろしていた。
「しかし、さすがに桐葉を焚き付けたのはやりすぎだと思うがな」
「いいじゃないか。結果的に成功して、万事めでたしだ」
「伽耶様が上手くやってくださっただけだろう。貴様はいつも面白がって、見物していただけにしか見えん」
「否定はしないよ。こんな楽しい見世物は、そうそう無いだろうからね」
「何しろハッピーエンドだからな」
「そ。というわけで、俺たちも仲良くやろうぜ、我が下僕殿?」
「……」
「前へ、ならえ!」
「おい……」
「はは。じょーだん、じょーだんだって。そう睨むなよ、征」
「本気でなければ命令になどならんだろう」
「本気でふざけただけさ」
「ふん……」
 まあ、伊織でなくとも今回の結末には満足せざるを得ないだろう。
 いい気分で居るのは目の前の軽い男だけではない。今くらいは眷属としてでなくとも、大抵の事は許し、望みを叶えてやるのも吝かではない。珍しくそんな気分だった。
「ま、ともかくだ。全部丸く収まったね。征、ご苦労様だ。長い間、本当に長い間……うちの家族が迷惑をかけた」
「心配するな、お前ほどの迷惑にはならん。……それにしても、お前の掌の上で踊り続けて二十年か。皆が知ったらどう思うのだろうな」
「案外、普通に感謝されるんじゃないかなぁ」
「……」
 俺は無言を返した。漏れるのは重苦しい溜め息のみ。少し褒めてやろうとしたらこれだ。もはや呆れる事にも飽いた。
 しかし、確かに気に食わない部分も多くあるが、伽耶様の事も含めて全て上手くいったのがこの男の策略によるのは確かだ。
 それに、殆どの実効的手段は『主』としての命も無く、軽口の合間に挟まれた『お願い』とやらを自主的に実行してきたのだから、俺も文句を言える立場ではないのだろう。
「まあ当初の計画からは色々と変わっているけどね。瑛里華をけしかけたら桐葉ちゃんに取られたり、実はそれでも瑛里華は支倉君の事が好きだったり」
「現在の状況は、十五年前の計画からは大した修正も無いだろう」
「全ては頼れる眷属殿のお陰だよ」
 俺は初期段階から、ある程度納得し、自分の意思で伊織の計画に乗った。それは確かだ。
 しかし、本当に言いなりに近い状態で動いていたのは眷属であるとバレて以後の事。拒絶するのは無駄だと諦めていた面も否定は出来ない。自分がすぐに状況を諦める人間だとの自覚もある。
 もちろん、伊織が他人を道具扱いなどしないと分かってはいたのだが。俺は、俺を道具扱いしていた。それを分かっていただろうに、そのまま利用する辺りが、結果だけでなく手段にも理想を求める支倉との決定的な違いだろう。
 このように千堂伊織は本来裏方に回る方が力を発揮するのだが、これを俺以外の人間に納得させるのは不可能なのだから、今のこのやりとりすら夢だと言われれば信じたくもなる。
「ところで、征……?」
「なんだ」
「感謝の一つも無いのかい? 僕の努力を労ってくれる人間は、唯一の共犯者くらいしか居ないんだけどね。悲しいなあ、寂しいなあ、悔しいなあ……」
 にやにやしながら言われても説得力は無い。そもそも、言わせて何が嬉しい台詞か。
 しかし、抗うのは無意味だろう。こういう悪ふざけにこそ、この男は喜んで『命令』を使うのだから。
「感謝している」
 正面から見据えて言った俺の言葉を、伊織は噛み締めるように聞いて。
「こちらこそ。ありがとう、そしてすまない。本当に助かったよ」
 珍しく殊勝な態度を返されて、俺はむしろ戸惑うのだった。
























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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2008/12/07(日) 02:18:34|
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