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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

竹内おやぢの憂鬱

 最後に娘と風呂に入ったのはいつだったか。
 寂しい、などと思うのは間違いだと分かっている。日常的に様々な文句は言われるものの、それは父親を疎むからではなく本人の性格に起因する行為であって、彼氏殿にも接し方は似たようなものなのだから、家族の絆は疑いようもない。年頃の娘に無視されないだけで、親父としては幸せに過ぎるというものだろう。
 だから、もちろんそんなつもりは無かったのだ。本当に。神にも仏にも、かーちゃんにだって誓える。
「すっ、すまんっ!」
 娘の――麻巳のくぐもった悲鳴が聞こえるより僅かに前、俺は慌てて風呂の扉を閉めた。
「わざとじゃないぞ、本当だぞ、ええと、なんだ、麻巳?」
「……もう。これからはちゃんとノックくらいはしてね」
「あ、ああ……」
 それだけで済ませてくれるなんて、なんと優しい娘だろう。常連客の愚痴を聞いた限りでは、年頃の娘にとって父親なんぞ生ゴミ扱いも珍しくないというのに。
 だが、俺は喜ぶどころか憂鬱な気分でリビングへ戻る。その途中、脳裏に焼きついた光景を振り払うのに必死だった。
 麻巳は風呂から上がったばかりで、ほんのり上気した肌に下着を身にまとう最中、殆ど何も着ていない上にバスタオルで隠す事すらしていなかった。
 日頃から小さいとぼやいていた胸も、年頃の娘らしく立派に自己主張していて、鮮やかなピンク色の――
「――って、いかん。いかんぞ……」
 一緒に風呂に、などと考えていたのは決して邪な思いからではないのだ。だいたいなんだ、娘の裸を見ただけで何を動揺する必要がある? アレはつまり、半分はこのオッサンそのもので出来た娘だぞ? 半分オッサンの裸を見て何を興奮するんだ?
「なんて言い訳は、さすがに無理があるか。うむむ……」
 しばらくまともに娘の顔を見られそうに無い。しかし、あの勘の良い――特に身近な人間の異常には敏感な麻巳が、気付かずにいてくれるだろうか。
「むしろ気を使って気付かぬ振りをするか」
 いやいや、そう見せて裏では様子を伺う事も忘れないだろう。良く出来た娘だ。そして容姿も母親に似て優れているし、スタイルも良く――
「だから、どうしてそこに戻る!?」
「あら、あなた。リビングに来ると何か問題でも?」
 拳を握り締めた俺の発言に、ソファでくつろいでいた家内が不思議そうに尋ねてくるのだった。



「親父さん。アンタ、麻巳の裸を覗いたそうだな」
 とある休日、モーニングの客足も途絶えた頃。娘の彼氏がふと現れて、いつもの席ではなくカウンターに座ったかと思うと、突然そう切り出された。俺は驚いて、知らん顔をすれば良いものを皿を拭いていた手を不自然に止めてしまう。 
 もちろんそれは一瞬のことで、すぐに何食わぬ顔で作業を再開したものの、不自然な反応を一つも見逃すまいと目の前の親父に注目していた上倉某に気付かれぬ訳も無かった。
 静かに睨まれ、背筋が冷たくなる。これはいつもの腑抜けた若造ではない。誤魔化さなければ。咄嗟に言葉を探すが、上手い言い訳が見つからない。事実である事はもうバレたと見て良いだろう。
「他に客が居ないからってお前、出し抜けに何を抜かすんだ」
 苦し紛れにそれだけ言うのがやっとだった。すると殺気を放つ美術教師はスッと目を細め、
「聞けば、ほぼ全部見られたって言うじゃないか。いいのか、親父がそんなことして」
「お前さんが気にする様な事じゃないだろう」
「いずれ家族になる」
「許した覚えはないぞ」
「許される必要は無い。この家の主導権はお袋さんが握ってるんだ。あっちの了解は――まあ、聞くまでも無いな」
「そっ、そもそもそんな話を何処で仕入れた」
 慌てて口にした言葉に、遅れて自分も納得する。
 そうだ、麻巳がそんな告げ口をするとは考え難い。そもそも自分も恥ずかしいのに話題に乗せる娘ではないのだ。
 そんな俺の内心を読んでか、上倉某はにやりと悪役らしく口端を吊り上げる。
「忘れてもらっちゃ困る。アイツはああ見えて、案外おっちょこちょいなんだ。ちょっと気が抜けてると、とんでもない大ポカをやらかす」
 娘の彼氏にそんな事を言われては、男親として心中穏やかではいられない。何しろ、そこまでリラックスした姿を見せているという意味になるのだ。この男に。あの麻巳がだ。――もうハッキリ認めよう、俺はコイツが憎らしい。きっとお互いにそうだ。
 男親が娘の彼氏を簡単に受け入れるなぞ神が仏が許しはしない。親父とは、娘の彼氏にとって地獄の番犬であるべきなのだ。そう、この対決はいわば義務。もしくは運命。俺は悪くない、悪くないぞ、断じて間違ってもいない。
「人の娘をアイツ呼ばわりとは気に入らんな」
 立場こそ違え、最も大切な存在の近くに自分以外の人間が居るのだ。簡単に受け入れられるはずが無い。
 俺はいつの間にか開き直り、踏ん反り返っていた。そうとも、親父が娘の裸を見て何が悪い。むしろ毎日拝んで然るべきだ。どこぞの馬の骨より余程その権利がある。
「じゃあ麻巳だ。麻巳が言ったんだ。どういうつもりだったのか説明してもらおうじゃないか」
「ふん。お前さんだって、どうせそれ以上の事をしているんだろうが。俺の可愛い娘に汚らわしい手で触れやがって。どこまでだ、ええ!?」
 殆ど自棄だ。年甲斐も無く、との考えは僅かに残るが、ここまできてブレーキを踏む方が余程格好がつかない。もう覚悟を決めて盛大に事故って見せようじゃないか。
 腹を括って対決姿勢を整えたまではよかったが、どれだけ待っても反撃が無い。
 改めて見てみれば、先程までの勢いは何処へやら。野郎は何故か気まずそうに俯き加減で視線を逸らしている。
「まっ、まさか貴様……っ!」
 瞬間、脳裏に最悪のイメージが広がった。
 二人だけの寝室、赤い顔で俯く麻巳、誘われるままベッドへ入り、そして二人は。二人は――。
「いかん、いかんぞそれだけはいかんっ! まだ早すぎる!」
「……放任主義でしょう。親父さんには関係ない」
「きっ、貴様はっ! だいたい――」
 と、そこで俺は思いなおす。
 もしこのまま追求を続けて、決定的な言葉を聞いたらどうすればいいのか。俺は、どうなるのか。
 お前を殺して俺も死ぬ。なるほど名案だ。しかし麻巳はどうなる? 彼氏を無くして父親は犯罪者、路頭に迷って残される母と子。かーちゃんにも申し訳ない。
「――だいたい、どんな会話からあの麻巳が口を滑らせたんだ!?」
 何とか激突寸前でハンドルを切り、九死に一生を得た気分でホッとする。野郎も言葉に詰まるが、それでもややホッとした表情を見せた――のも、どうやら一瞬の事だった。
「鳳仙さん――義理の妹のお風呂をちゃっかり覗いた話でしたよね~、ひ・ろ・き・さ・ん?」
 噂をすればなんとやら。ぽん、とカウンターに座っている野郎の肩に手を乗せて現れたのは、言うまでも無く麻巳その人だった。
「ま、麻巳!? いつからそこに!?」
「今です」
 むふふ~、と怖いくらい満面の笑み。こういう芝居がかった顔をする時の麻巳は怖い。こんなところまでかーちゃんに似て、洒落にならんのだ。
「お、お早いお帰りで……」
 野郎が小さくなって呟くと、麻巳の笑顔は更に輝きを増した。
「菫さんの都合が悪くなって、今日は解散になったんです。お陰で助かっちゃいました♪」
「な、何がどうお助かりに……?」
「今のこの状況を見逃さずに済んだ事です」
「ちなみに、ちゃっかりというのはウッカリに訂正可能でしょうか……?」
「もちろん」
 もちろん、どうなのか。その笑顔から窺い知る事は――実に簡単だった。
 直接相手をしていない俺まで背中に汗をかいている。その殺気を直接向けられる野郎に、先程まで対決姿勢だった事も忘れて同情したくなった。
「……許す、はずだったんですけどねぇ。残念ですよねぇ、本当に」
 ゆら~り、と俯きながら詰め寄る麻巳。愛する女のつむじだけを見ながら、哀れ上倉君はガタガタと震えている。
「さて、浩樹さん?」
「は、はひ……」
 再び持ち上がった顔は――何の感情も浮かべていなかった。次はきっと憤怒の形相に、と考えるだけで恐ろしい無色透明な表情。
「血の繋がらない妹の裸を見るのと、血の繋がった娘の裸を見るのと、どちらが大変な事でしょう」
「そ、それは……え~と……お、同じくらい?」
「……さて。どちらが大変な事でしょう。どうなんですか? 答えてください、正直に。ねえ、か・み・く・ら・せ・ん・せ・い?」
 答えを無かったことにしながら、しな垂れかかる様に甘えつつ、胸をツンツンと突く麻巳。傍から見ればバカップル、しかしその実体は――。
 案の定、上倉君は恐怖に震えながら「い、いもうと……です……」と小さな声で呟いた。更にその直後、
「すみませんごめんなさいおゆるしをっっっ!!」
 ついに恐怖に負けて拝み始めた上倉君がさすがに哀れに見えたのか、麻巳はふと表情を緩めた。
「私、この事は秘密にしてくださいと言いましたよね?」
「ああ、えっと、どうだったかな」
「言いました。物凄く念入りに、何度も何度も強く言い含めました。こんなのは本人が問題ないと言えばそれで済む話でしょう」
 溜め息交じりの麻巳の口調に、最早怒気は含まれていない。俺はホッとしながら上倉君を眺めつつ――ああ、もう主導権は無いんだなぁと自分を見ているように共感した。
「大体、どうしてそういう話を大きくするんですか」
「はい……」
 いつの間にやら、上倉君はカウンターの簡素な椅子の上に正座までしていた。
「他にお客さんが居ないとはいえ、場所だってお店でなんて……。本人からすれば、有難いどころか迷惑なだけなんですよ」
「全く持ってその通りです。返す言葉もございません」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
 大の男が二十歳前の娘に深々と頭を下げて許しを請い、あまつさえご褒美に頭をナデナデされている。しかもデレっとしやがって。
 ――なんと羨ましい。麻巳の手が。ううう、コイツやっぱり野郎でいい。この野郎。こんちくしょうめ。
「じゃあ、もう分かってくれましたよね?」
 コクコクと素直に頷く上倉野郎を見ていると、胸の奥でふつふつと何かが煮えたぎるのを感じる。
「相手が父で、話を大きくすれば私が恥ずかしいだけなんですから、ここは全て問題無し――」
「じゃあ問題無いんだな、麻巳?」
 あんまり悔しくて、俺はしつける母親というか芸を仕込む飼い主みたいになっている娘に声を掛けた。
「え、ええ。そりゃもう問題なんて無いんです」
 そう、麻巳は乗りやすい。5でいいところを10まで突っ込む性格をしている。だから徹底しようとするほどに、やり過ぎて失敗するのだ。
「それこそ一緒に入ったって構わないくらいだからな」
「ええ、もちろんですとも。それこそ一緒に――って、」
 麻巳が間違いに気付く直前、
「なら入るか」
 俺は簡潔にそれだけを言い切る。
『――はいっ!?』
 若いカップルは同時に間の抜けた声を上げたが、もちろん時既に遅し。
 それから二人が何を言おうと、俺は今度こそ頑なに聞かないフリを貫いたのだった。



 風呂に入り、座ってただただ待っている。
 やがて後ろで扉が開き、誰かが入ってきた。――もちろん、それが誰なのかは言うまでもない。
「背中、流しますね」
「ああ、頼むよ」
 背後で準備をする気配。ちらりと後ろを覗けば、一糸纏わぬ姿の愛する女がそこに居る。
 ――人生にこれ以上の喜びがあるだろうか。上倉野郎が同じ幸せを味わっているかも知れないと考えるだけで腸煮えくり返るというものだが、今だけは矛を収めてもいい。せっかくの幸せな時間、あんな奴を思い出して台無しにしてたまるものか。
「始めますね」
「ああ……」
 背中がスポンジで優しく撫でられる。微妙な力加減に変な気分になりかけるが――
「駄目なんですからね。そういうのとは、今日は違うんですから」
「あ、ああ……」
「ふふふ。緊張しているのね」
「そ、そんな事は無いぞ?」
「あらあら。まあ、それは残念。傷つくわ。私もそろそろ歳かしら?」
 容姿も、スタイルも、娘の麻巳とそっくりそのままでよくも言う。
 ――当然のことだが、混浴相手は娘ではない。麻巳が普段するのとそっくりなポニーテールに眼鏡の出で立ちの家内だ。本人も風呂ではやらないであろう姿だが、それは娘との裸の付き合いが叶わぬ俺を慰めてくれる優しいサービスなのだ。
 モノが娘であるから、もちろん欲情してはいけない。しても、怒られるだけ。何も起こらない。無理矢理、なんてのは――まあ不可能だろう。悲しいかな、それが我が家のルールである。
「それにしても、随分意地悪をなさったものですね」
「そうか?」
「ふふ。麻巳ったら本気にして、私に泣きついてきましたよ?」
「ははは。さすがに、そこまで嫌がられると傷つくなぁ」
「あの子も年頃なんですから」
「分かってるさ。……ところで、やっぱり駄目か?」
「駄目です」
 念のため確認してみるが、返ってきた答えは味も素っ気も無い。
 まあいいさ、と諦めかけた瞬間。
「お、おい……?」
 背中に柔らかい感触。慌てて背後を覗くと、ポニーテールを解いた家内が背中に抱きついていた。
「仕方の無い人ですね」
「いいのか? 眼鏡はまだ……」
「そこはサービスしておきます」
 そして風呂場は、夫婦の営みの場となるのだった。



 数ヵ月後、麻巳に妹が生まれたのは、きっとこの日のお陰であろう。
 上倉浩樹に大して密かに感謝しつつ、俺はその日ようやく婿殿を認めてやったのだった。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2008/09/27(土) 13:41:32|
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