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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

第六話



 豪華な料理が並んだ机の中央に特大のケーキが鎮座し、用意された蝋燭は実に25本を数えた。
 先ほどまで一人礼拝堂に籠り、伽耶のためのケーキに祈りを捧げていたシスター天池自らが蝋燭を一本ずつ立てていく。彼女は顔に穏やかな笑みを湛えながら、有り得ぬと何度も呟きを繰り返す伽耶に向けてゆっくりと口を開いた。
「彼と――千堂君と結ばれる為に、母は貴方を含めた運命に打ち勝つ必要がありました」
「違う。あたしが、酷い事をしたのだ。お前にも、お前の母にも。一生……いや永遠をかけても、償えぬほどに……」
 手は止めぬまま、シスターはゆっくりと首を振った。
「どこにでもある試練、その困難さは人それぞれです。まして、人と……そうでない者との恋。たとえ乗り越えられなくとも……困難さを考えれば立ち向かう事すら出来なくとも、それは仕方の無いことです」
「記憶を、消されたのだ。立ち向かうなど、出来るはずが無い……っ!」
「弱さは、関係した全ての者に有ったはずです。それは私の母も例外ではなく、千堂君にも、そして伽耶さん、もちろん貴方にも。現に、この場には同じ運命を乗り越えた二人が居るのですから、自分に関わる事だけに言い訳など出来ません」
「しかし、あたしは、邪悪な、吸血鬼なのだ。貴様はシスターだろう、神に仕える者だろう……っ!」
 泣きそうに声を震わせる伽耶の言葉に、シスターはようやく手を止めて、怖い顔をした。
「それでは、貴方の子供達も生まれながらに邪悪な存在なのですか?」
 ただしそれは、普段生徒を相手に説教をする時と全く同じ。厳しくも優しい、相手の為を思う母の怒りだ。
「私には、とてもそうは見えません。二人とも、優しくて、努力家で……もちろん問題も色々ありますが、ちょっと有り得ないくらいに気の利く良い子達ですよ」
 目の前に聖母像が現れた。――そう見間違うほど神がかった慈愛を滲ませ、シスターは微笑む。
「あっ、あたしは……っ! 愚かで、全て良かれと、しかしっ……うぅっ……!」
 伽耶は二の句を継げずに押し黙り、気圧されたように数歩後退ると、ついに耐え切れず子供のように――泣いた。
 シスターは、常に母たろうとし、今ようやく少女に戻って咽び泣く伽耶をそっと優しく抱き締めてやる。
 母性の象徴たる膨らみに埋もれながら、伽耶は感情に任せて嗚咽を繰り返した。先ほどの瑛里華と同じだと、これでは子供のようではないかと内心では思うのだが、実際に表に顕れる感情は全て涙に変わっていく。
「運命に負けたからといって、全ての現実が悪い方へと進む訳ではありません。現に私は、間違いとはいえ貴方が成した事によって生まれる事が出来たのですから。貴方の息子さんとも、娘さんとも、出会うことが出来たのは……貴方がした事の結果なのですよ」
「本当に、赦す、つもりなのか。東儀とは違う。お前は、本当に無関係で……ただの人間だというのに」
「人間です。――貴方も、変わった個性を持っただけの、私から見ればただの人間です。……そして、私は神に仕え、その慈愛を人々に伝えるべき者。私がそうする事で救われる心があるのなら、どんな事でも赦してみせます」
 言い訳の余地など微塵も無い、それは完膚無きまでの奇麗事だった。一年前なら、伽耶とて鼻で笑って三日もすれば忘れていただろう。
 それが今、なんと深々と心に突き刺さることか。言葉とは心の持ち様だけで、こうも変わるものなのか。
「……世の中、お人好しばかりだな」
「そうですね。特に、貴方の周りはそのようです」
「ふふ……。幸せなどそこらに転がっていた。簡単にそう出来たのに、拾い上げる努力すらしなかったあたしこそは、誰よりも愚か者か……」
 やっと嗚咽が収まると、伽耶は僅かに身を離してシスターの真っ直ぐな目と向き合う。
 シスターもようやく神の使いとしての表情を崩し、彼女本来の柔らかな表情を見せた。
「人は皆、愚かです。だからこそ支え合い、絆が生まれます。愚かしい事が必ずしも悪ではないと、私は思います」
 神の言葉であろうと目の前の女性の言葉であろうと、そんなものはどちらでも構わなかった。全ては確かに彼女の心が伝えた言葉で、彼女が信じる自らの在り方に他ならない。
 伽耶はシスターの言葉を全て、深く心に刻み込んだ。二度と踏み外さぬ為に。そしていつか、シスターと同じ立場で誰かを『赦す』ために。――こんな自分であるからこそ『赦す』事の出来る誰か。それに出会うために、これからの永遠を生きていくのだ。
 それは神ではなく一人の人間に過ぎない天池志津子が、ひたすらに人ならざるモノになろうと生きてきた千堂伽耶に、人として生きる全てを与えた、あまりにも優しい『赦し』だった。
 このような優しさの連鎖が、人の脆弱な『生』を支えていく。それを実感する程に、伽耶の中では逆に神の存在が小さくなっていった。
 それは人の価値であって、神などに何の価値があるのかと――。何やらおかしな方向へ思考が流れていく自分の捻くれ加減に呆れ、そして苦笑した。
「ふん。まさか、神の使いから説教を受ける日がやってくるとはな。長生きはしてみるものだ」
「神は寛容です。悪魔退治を扱った娯楽作品は世に溢れていますが……私は、本来そのように人の身では救う事が余りに困難な存在こそ、神は救いをお与えになると信じています」
「個人への救いが全て、人の世にとって益になるとは限らん。現実は奇麗事ばかりではない。貴様は、甘すぎる」
 やっと本来の調子を取り戻した伽耶が、せめてと考えたのか反論する。
「そうですね。罪人の全てを許容すべきではないかも知れません。もし貴方が完全に人の世で裁けるなら、子供達を巻き込まずにそれが出来るのなら、司法に委ねるべきだと私は思います。ですが、それは出来ない。人は愚かです。私も奇麗事を並べてはいますが、群れを成した『社会』という名の獣までは、手放しに全て信じる事は出来ません。人も社会も、まだまだ未熟ですから。……ならば、貴方自身が時間をかけて、自らを裁き罰するのを待ちましょう」
「あたしを信じるのか。大して知りもしないくせに」
「貴方を信じる子供達のことなら、私はよく知っていますよ」
「……ふん」
 愛しい者達の事を、自分以上に知っていると認めたのだろう。伽耶は一瞬、悔しそうな顔をした。
「私の考えは、確かに罪に対して甘すぎるかも知れません。それが良いことだと断言も出来ません。ですが、対極の意見を持つ者同士が議論を重ねてこそ、人の世はバランスが取れていくものです。少なくとも私は、貴方が頭を下げる相手が自分だった事に――許せる力を持った今の自分であった事に、強く感謝します」
 胸に抱いて涙を慰めた相手の言う事など、シスターにとっては可愛い子供の癇癪程度の微笑ましいものらしい。包容力に溢れた笑顔は『議論』の間少しも揺るがず、これには伽耶といえど全面的な負けを認めざるを得なかった。
「仕方が無い。まあ、桐葉の事は認めたのだから、こちらが聖職者だという程度で反対も出来ぬ。いいだろう、伊織のこと、これからも頼むぞ」
 ここだけは母の特権だとばかりに踏ん反り返る伽耶だった。そんな姿を見ても、やはりシスターは態度を崩さず、
「はい。もちろん教育者として、これからも相談には乗るつもりです。卒業しても、生徒は生徒ですから」
「いや、そうではなくてだな。妻として、支えていって欲しいということなのだが」
「……何の事でしょう?」
 必要以上ににこにこしながら答えるシスター。いつの間にやら、先ほどまでの超然とした空気が霧散している。
 伽耶が疑わしそうに伊織を振り返ると、彼は誤魔化すように後頭部を掻いていた。
「そこで無かった事にされると、さすがに傷つくなぁ」
「なんだ。一体どういうことだ? ここに呼んだというのは、つまりシスターも家族になると、そういう話ではないのか」
「では悠木姉妹は誰の嫁になるんですかね」
 あまり話とは関係なく「ひなちゃんは私のヨメ!」と言おうとして周りに取り押さえられているお姉ちゃんも居たが、まあそれはさておき。
「……はぐらかすな」
 伽耶がドスの利いた声で追求すると、伊織は困ったように肩を竦めた。
「仕方が無い。支倉君、ここは君に任せた」
「ちょっ……何故にそこで俺!?」
「今では生徒会の副会長じゃないか。いや~、りっぱりっぱ」
「いや見事なまでに関係ないでしょう!?」
「演説も大分こなしているはずだ。何度か会長を務めた者として、君の成長をこの目で確かめたい。……ってな訳で一つ、それをここで披露して貰えないかな」
 ついでに皆を煽って盛り上げられて、何となくそういう空気が生まれると、さすがに孝平も断れなくなった。そもそも空気を読みすぎる性質があるので、尚更である。
 まあ、当初から予定にはあった事だ。多少早まった感はあるものの、こうなっては仕方が無い。
 さりげなくシスターから引き継いで蝋燭を立てる作業を始めている陽菜と白に気付いて目だけで礼を言いながら、自らも役目を果たすべく孝平は一歩前に出た。
「ええとですね、伽耶さん」
「入りは30点だな。この素人めが」
 どうやらかなりご立腹の様子。おのれ馬鹿兄貴、と内心で罵倒しつつ孝平は続けた。
「陽菜やかなでさんの事も含めてですが、俺たちが自ら選んだ自分の道、というのは……欲張るってことなんですよ」
「……ふむ?」
 興味を惹かれたのか、伽耶の流麗な眉がピクリと動いた。
「理想的な結末は何なのかと、皆で話し合いました。俺と桐葉が中心とすれば、桐葉と添い遂げた上で伽耶さんとも仲良く、千堂家が家庭円満、友人や親類とも別れずに済む人生。瑛里華会長なら、陽菜の記憶を戻して親友になって、母親との仲が修復され、自由に外にも出られる人生。伊織先輩は見てのとおり多少の失敗はありましたが」
「多少なものか。この恥さらしめ」
 睨まれた伊織は肩を竦め、シスターは困ったように苦笑した。
「ま、まあまあ。とにかく、結果がどうなろうと全力は尽くしたということで。そして、その、東儀先輩と白ちゃんは――」
「あたしからの開放、だな」
 固い表情で横槍を入れた伽耶に、孝平は静かに首を振った。
「それだけじゃ足りません。加えて、伽耶さんを開放することです」
 伽耶は自然に東儀兄妹を振り返る。二人は互いに顔を見合わせ、そして頷き合った。白の嬉しそうな笑顔が眩しい。
「欲張る事は悪い事じゃない。人として、自然な行為なんです。俺達だって、自分が幸せになるだけじゃ満足出来ない。その上で、伽耶さんにも幸せになって欲しい。ここまででいい、なんて妥協はしない事にしたんです。だから、伽耶さんだって――半端に諦めずに、最後まで欲張って努力すればいい」
「そうやって欲張った結果が今ではないのか」
「何かを諦めていたはずです。違いますか?」
 伽耶はそっと目を瞑り、天を仰いだ。思い出される最初の幸せな数年と、残されたそうと言い難い日々。
 ――後の人生を幸せでないと認めた時点で、それ以上考えるまでも無かった。
 再び瞼を開いた時、伽耶は孝平の言葉に心の底から頷きを返す。ただし口を割って出てきたのは、何とも素直じゃないお言葉。
「ふん。若造の分際で偉そうな事を……」
「おやおや。人間の分際で、じゃあないんですね、は・は・う・え?」
「……大事なところを人任せにしておいて、今更なんだ。伊織、貴様も心に響く言葉の一つでも吐いてみせろ。それとも、出来るのは空気に水を差す事だけか?」
「この会を、この形にしたのは貴方の息子なんですよ。それで満足していただけませんかね」
「ふん。そんな事だからシスターにも振られるのだ、この甲斐性無しめ」
 小馬鹿にするような流し目を食らって、さすがの伊織も傷ついたように表情を引き攣らせる。
「……お、お友達から、ですよ。生徒からは一歩前進です」
 普段は逆の立場で誰かをからかうばかりの伊織も、それだけ言い返すのが精一杯だった。この程度で動揺するほど可愛気のある性格はしていないので、よほど本気でシスターを口説いたのだろう。
 伽耶はここぞとばかりににやりと笑い、
「ではまた後退だな。先ほど、確かにシスターは『生徒』と言っていたぞ」
「あ、諦めなければチャンスはいくらでもあるっ!」
「……すとーかー、というやつだな」
 ボソッと言った一言がトドメとなって、伊織は遂に轟沈した。
 とはいえ、そのおかげで愛しのシスターに介抱されるのだから、考えようによっては幸せであろう。



 一本で十年分、合わせて25本。
 かなり数を減らしたとはいえ、十分に多い蝋燭に火が灯される。シスターによれば罪を赦されるようにとの祈りはケーキだけでなく、蝋燭にも一本一本行われているそうで、年齢の一割にまで数が圧縮されたのはその辺に理由があるらしい。
 伽耶は、シスターの祈りが込められた蝋燭を一本ずつ感慨深げに消していった。
 全部で10分近くかけての事だったが、ともかく蝋燭の火は全て消されて、見守っていた一同は心からの笑顔と共に手を叩く。それは単に誕生日という意味だけではなく、長い暗闇からの開放を祝うものでもあった。
 かなでもようやくクラッカーを解禁されて派手に打ち鳴らし、伽耶も250年分の緊張から解き放たれて泣き笑いのような顔で皆に礼を繰り返す。
 ――そして、陽菜を中心に手作りで用意された料理も半分くらいは消費された頃になり、極一部の飲酒を許された者たちは多少酒も回ってきた頃。伽耶は唐突に伊織を捕まえた。
「やはり聞いておこう。この場は全てを清算するに適しているからな。後日ではどうにも難しい」
「何ですか、母上。怖い顔をして。あまり強く掴まれると腕が痛いので、せめて加減していただけると有難いのですがね」
「ああ、すまぬ……。ついな」
 不満そうに腕を擦っている息子に、伽耶は目を伏せながら言った。
「他の者は分からぬでもない。だが……何故あたしを許した?」
 いつか聞かれるとは分かっていたのだろう。伊織はワインをグラス一杯に注ぐと一気に飲み干し、据わり切った目を伽耶に向けた。
「もちろん、殺すなら絶交の機会だと考えたさ」
「千堂くん……っ!?」
 聞き耳を立てていたらしいシスターが驚いて声を上げる。
 本来なら恥ずべき行為かも知れないが、どうやらそれは皆同じだったようで、いつの間にか誰もが口を閉ざしていた。
「だが、躊躇した」
 言いながら肩を竦める伊織に、シスターはホッと肩を撫で下ろす。しかし、伽耶はまだ固い表情を崩さない。
「お前は優しい子だ。あたしもそれくらいは分かっている。だが……桐葉の事も、瑛里華のことも、東儀の事もある。あたしの事だからな、どんな心変わりも気紛れでない保証は無い。――となれば、リスクが低いと判断したならば、お前の事だ。自分の感情など押し殺し、やるだろう」
「さすが100年来の我が母上だ。見ていないようで、よく分かっていらっしゃる」
 伊織は窓際に移動すると、遥か過去を思い出すように遠い目で星空を見上げた。
「問題はもっと以前からあったのさ。……そもそも、俺が殺したいと思っていたのは、あんたの事を殺せないからだ。殺せない相手だからこそ、殺したいほど憎めた。俺に殺人は向かないらしい。自分の負の感情が全て見せ掛けに過ぎないと気付いて――あとは殆どヤケクソさ」
 伊織は桐葉に視線を向ける。
「本当は自分でも分かっていたんじゃないかとは思うよ。そして、あとは皆が知ってのとおり。紅瀬ちゃんに話して、選んでもらった。殺せないと認めても、自分の判断で許そうって決断も出来なかった。情けない男だよ、本当に……」
「仕方が無いでしょう、今回は時間が無かったのだから。それに、私に任せた時点で、貴方はもう選んでいたのよ」
 そうかも知れない、と伊織は自嘲気味に笑う。
「選んだとしてもだ、やっぱり後ろ向きな部分はあった様に思える。どうせ永遠の命だ、どうしても恨みたいならそういう機会もまたあるだろう、ってね。それに、もし後悔したとしても、そんな強い感情に身を任せられるなら、それもいい」
「……いちいち格好つけおって。このナルシストが」
 伊織が語り終えると、伽耶は罵倒するように言った。
 面食らう一同を前に、彼女は尊大に腕を組みながら尚も強い調子で続ける。
「貴様はそもそも、すこぶる人間らしい半端な吸血鬼だ。知り合った全ての者に愛されたい、この場の誰より欲深い存在なのだ。欲深い上に完璧主義者でもある。まったく、我が息子ながらひたすらに面倒な奴よな」
「あんただって似たようなもんでしょう」
「そうだ。当然だろう。あたしはお前の母親だからな。……だから、素直にさえなれば何でも分かる。お前がどれだけ苦しんだかが分かる。……分かるのだ。だから、本当に……すまなかった」
 伽耶は深々と頭を下げた。それをしばらく見つめていた伊織は、何を思ったか突然満面の笑みになって母に近づき、そして抱き締めて頬擦りを始める。
「なっ、なんだ貴様はいきなりっ! 人が真面目に謝罪をしているというのにっ!」
 当然ながら抵抗し文句も言うミニサイズの母親に、伊織はむしろ頬へのキスを見舞って応えた。
「はっはっは。なぁ~んというか、小さな子供が一生懸命謝っている姿というのはむしゃぶりつきたくなるくらい可愛いもんですねぇ、は・は・う・え?」
「貴様言動が意味不明だぞ!」
「焦らずじっくり親子になりましょう。そうさ、100年かかろうが200年かかろうが、その後の1000年かけて取り戻せばいいんだ」
 息子が空々しく芝居がかった口調で宣い、母親を小脇に抱えたまま窓の外の夜空を指差す。今日の夜空は、いっそ無駄と思えるくらい多くの星が瞬き、綺麗だった。
「ええい離さぬかっ! 言動に比べていきなり行動が突っ走りすぎだこの馬鹿息子め!」
 子ども扱いされた母親は息子の腕の中で暴れまくるが、これがもし本気の抵抗ならば大惨事である。
 伊織のそれは概ね本心であり、ふざけた調子でなければ言えない辺りがいかにも伊織であり、また怒っているように振舞わねば自分を保てないのも伽耶らしかった。
 そんな事は百も承知の一同は、当然ながら救出など考える筈も無く、いつまでも微笑ましく見守っていた。――マザコン、という言葉を堪えつつ。



「ああ、司ならバイトです。人手がどうしても足りないとかで。間が悪くてこういう時に居ないのはいつもの事ですよ」
 そういえばもう一人居ただろう、と問うた伽耶に孝平はなんでもないように答えた。
「今回の話をした時、証明も無いまま信じて『そうか』と一言で済まされた時には、さすがにこっちが何事かと思いましたけどね。大した奴だと思いますよ。いつも、こういう場に居合わせないのも含めて」
 伽耶としては、使い魔を通して見ていたお茶会のメンバーに男がもう一人居たはずだと思い出した程度だったのだが、幸薄そうな初対面もまだの男に心底同情していた。
「ある意味、貴様よりも苦労人だな」
「報われないという意味では、そうでしょうね」
「いや、司はともかく。俺って不幸……なのか?」
 途中から会話に加わってきた桐葉の言葉に、孝平は軽く落ち込んでしまう。
 その自覚の無さは遥か年長の二人にとってすら、とても『珍奇』な人間性だった。顔を見合わせて笑い合う。
 ――長く続いたパーティも、そろそろ終わりが見えてきた。本当に終わってしまう前に、遠い昔から間違った形だろうとも互いを支えあってきた二人が素直に笑い合えるまでになってくれた。孝平にとってはそれだけでも十分なくらいだった。
 この奇跡のような一日が夢でないのなら、神が本当に居るのなら、生まれて初めて感謝してやってもいい。
 そんな気持ちが表情に出ていたらしく、伽耶は孝平を見つめながら、ふっ――と意味深に笑う。
「さて、もうそろそろ宴も仕舞いが近いな?」
 孝平はその笑みから、怪しい――と言っていいのか、背筋が寒くなるような何かを感じた。
「そ、そうですね」
 気のせいだと必死で自分に言い聞かせるが、それでも声が僅かに震える。
「となると、残った問題も唯一つだ。とっとと片付けねばならんな」
「問題……?」
「あたしが生きる以上、桐葉も永遠を生きる。貴様は途中で死ぬ。その、最も頭の痛い問題だ」
「言ったでしょう。私は伽耶と共に永遠を生きるわ」
 答えに窮する孝平を押しのけ、桐葉が強い調子で言った。
「それは何ともいただけないな。あたしに言っただろう、全てを欲張るのだと」
「欲張る、と言っても最低限のルールはあるわ。孝平は人間、私は眷属。それだけは越えられない絶対普遍の現実。それに、私は伽耶の事も放ってはおかないと決めたのよ」
「あたしのために、か。それみたことか。やはり妥協しておるではないか」
 尚も反論しようとする桐葉に、伽耶は手をかざして視界を遮り、その行動を抑止する。命令どころか、間違ってもそうならぬ様にと言葉そのものを使わなかったという事実だけで、桐葉は驚きに動きを止めた。
「今日はあたしの誕生日だ。そして、あたしの『欲』がここにある。妥協するなと言った本人についての幸せだ。その責任は取ってもらわねばな。――力ずくでも」
 伽耶の瞳が怪しく光を放った。それは真紅の、最強たる吸血鬼の証。子供達のそれと比べてすら遥か禍々しき『魔』そのもの。
 桐葉も、瑛里華も、伊織も、異常に気付いて身構える。だがそれだけが限界だった。人知を超えた彼らの反射速度と動体視力を持ってして、それは動き出しの影しか捉えられぬ程の神速。
 凍りついた時の中で、伽耶は孝平に飛び掛り、床に押し倒して――あまりにも一方的にその唇を奪った。
「――っ、伽耶!」
 慌てて主たる吸血鬼の襟首を掴んでぶん投げる行動は全て嫉妬交じりの反射行動で、桐葉には完全に容赦が無かった。しかし伽耶は全く焦る事無く、悲鳴を上げるシスターや悠木姉妹の目の前で、彼女ら人間にすら視認可能なほど緩やかに壁に着地する。
 そのまま片手の握力だけで平たい壁に張り付き桐葉を見つめる瞳は、元の通りただの赤に戻っていた。しかし桐葉だけは油断無くそれを睨みつけている。
「そう怒るな。桐葉、これはお前の為だぞ」
「……言ったはずよ。一人で考えて、勝手に答えを出すなって」
「今後はそうするつもりだ。だが、この問題だけは聞いてやるつもりは無い。あたしが強く出る以外の方法など無いからな」
 伽耶は壁から離れ、ふわりと床に着地する。
「何をしたの?」
「……血を、飲まされた」
 桐葉の問いに答えたのは伽耶ではなく。傍らに横たわり、顔を真っ青にしている孝平だった。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2008/07/15(火) 23:44:55|
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