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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

なっちゃんとまあちゃん そのに

 公園に隣接する『やどりぎ』であるから、私のお気に入りの席と言えば、季節感溢れる風景が存分に堪能出来る窓際だ。極めて美味なるマスターのコーヒーを味わいながらの読書は、屋内の快適さと屋外の開放感を同時に味わう事が出来る、私にとって最も贅沢な休日の過ごし方である。
 今は親友のエリスちゃんもここで働いているから、満足度は更に倍と言っていい。ただ、今日に限れば少しだけ問題もあった。
「じー……っ」
 物陰から、ひたすらにこちらを見つめている小さな影。くりくりした目にぷっくりした頬っぺたは実に子供らしく愛らしさに満ちていて、それでいて基礎部分はきっちり整い大いに将来性も感じさせる。
 パーツが多くかなり手の込んだ可愛らしい服は、ちょっぴりお嬢様風といったところ。上等過ぎて幼児には早そうなものだが、不思議と違和感は感じない。その様な趣味があるとも聞くので、恐らく母か祖母の手作りだろう。文字通りあつらえたものなら、なるほど似合う訳だ。
 それらの話を聞かせてくれたエリスちゃんが贈ったという、紺色のリボンで頭の両側に髪を結んでいる。確か名前は那巳ちゃんと言ったか。彼女は何をするでもなく、ただただ私の事を見つめている。
 しかし子供のすることは分からない。じーっ、と効果音を自分で付ける辺り、監視中という事を知らせたいのだろうか。
「……もう、限界」
 私は本を閉じて、やや強めに机に置いた。他のお客さんは特に気にしないものの、こちらに注目している小さな影だけがビクリと震える。
「いい加減にしなさいよ」
 来るなら来るで相手くらいしてやるんだから、と続けようとして、私はそこで言葉に詰まった。
「ふぇ……っ」
 みるみる歪む表情。知らず漏れる呻きは私のものか。
 子供は苦手だ。図々しいから。それも含めて嫌いではない――そう、好きではないものの、決して嫌いではないというのに。こうやって勝手に怖がって離れていくのだ。
 やっぱり猫だ。猫が良い。逃げていっても当たり前、そう思えるから気が楽だ。懐かれた時は、やっぱり凄く嬉しいし。ローリスクハイリターン、これって理想的じゃない。支払う対価はせいぜい猫缶、つまり小額の金銭的なものだけで済む。わざわざ人間の子供なんて相手にする必要無いわ、面倒ばっかりで――。
「朋子ちゃんてば何やってるの? 那巳ちゃん泣かしちゃって、自分まで泣いて」
 いつの間にやら傍らに来ていたメイド姿のエリスちゃんが、私の顔を覗きこみながらすっ呆けた声をかけてきた。私は慌てて身体ごと顔を逸らすと、目の辺りを乱暴に擦って誤魔化しを試みる。
「な、泣いてなんていないわよ」
「少なくとも那巳ちゃんは泣いてたけど」
 言われてみれば、先ほどまで居た場所に女の子は居なくなっていた。
「……泣いてた?」
「うん」
「そんなに怖いかな、私……」
 さすがにちょっと落ち込みそう。
「違うと思うけどなぁ。那巳ちゃん、人見知りする方じゃないし」
「じゃあ何で?」
 私が訪ねると、エリスちゃんは軽く首を傾げて、ん~……と人差し指を口の辺りに当てながら深く考え込んだ。見た目、三十路とはとても思えない少女のような可愛らしい仕草。さすが永遠の年齢不詳。――自称だけど。
「怒られると思ったんじゃないかな。悪い事、してるって思ったんだと思うよ。麻巳さんに抱きついて連れて行かれてる間、ずっとごめんなさいって言ってたし」
「訳分かんないわ。まったく、子供って……」
「見た目や歳よりずっとしっかりした子だから、逆にややこしいんだけどね」
 そういうエリスちゃんは、いつも以上に優しい口調で喋っている。私はようやく、慰められていることに気付いた。
 目の前の彼女と同じくもう大台――決定的な数字は伏せたい――になるというのに、泣き虫で強情で、嫌なところが少しも直ってくれない。まったく、どっちが子供だか。
「それで、どうする?」
「……連れて来て。ジュースとケーキも二人分」
「毎度で~す♪」
 こういう時、明るく振舞えるエリスちゃんは素直に凄いと思うし、羨ましい。
 だからといって妬んではいけない。少しずつでもいいから常に前へ進もうと、高校の頃に決意したのだから。



 やがて小さな女の子は、予想された母親の付き添いも無く一人でやって来た。
 テーブルの前でジッと立って、まだ少しぐずっている。
「どうぞ」
 健気に頑張っている姿を見ていると、なんだか優しい気持ちになってきた。やんわりと促すと、女の子は私の正面に座る。
 女の子はまだ幼稚園児で、どうしようもなく小さくて、大人用の椅子に座ってしまうと目の位置がテーブルより下だった。私と目をあわそうと懸命に背伸びをして、でも届かなくて、やっと気付いて背もたれに深く寄りかかる。テーブルから距離を取れば、少し覗き込むようにしていた私とようやく目が合った。達成感でもあるのか、女の子は誇らしげににこりと笑う。
「ふふっ。賢いんだ」
「……わかんない。おべんきょ、まだだから」
「お受験とかはしないの?」
「ママは、じゆうだ、って。よくわかんない」



Sketches and company(ブタベストさん)



 一言毎に僅かながら身体が動いてしまう、なんとも活発そうな女の子だ。お喋りしている姿を見ていると、それだけで何かこみ上げてくるような気さえする。これはちょっと、何というか、非常に危ない。あの上倉先生が親馬鹿極まってるらしいけど、その理由がよく分かった。
「でも、まあちゃんはすごいんだよー」
「そうなんだ」
「うんっ!」
 元気良く頷いた那巳ちゃんは、先ほどの泣き出してしまったやりとりを忘れたように晴れやかに笑っている。子供らしい無邪気な表情に、こちらまで自然と笑いがこみ上げてきた。
「あらあら、ご機嫌なのね」
 そこで麻巳さんがジュースとケーキを持ってくる。
「わあ、けーきだぁっ!」
 瞳を輝かせる那巳ちゃんの前に、麻巳さんがケーキとジュースを置いた。
「さっきはごめんなさい。朋子ちゃん、那巳のことよろしくね」
「はい」
 私の前にも同じ物を置いて、後はそれほど深くは触れずに麻巳さんはすぐに店の奥へと去っていった。
 母親が来て、去っていく間もずっとケーキに注目している那巳ちゃん。今どき、ここまで喜ぶ子も珍しいかも知れない。
 聞いたところでは、ここの子供達はあまりお菓子を食べさせてもらえないんだとか。そういう教育方針で、上倉先生はよく勝手に食べさせようとして怒られるらしい。怒られる頻度が娘達より多い父親って、どうなんだろうか。まあ苛烈に怒られる父親を見ていると、自然と良い子に育つ、なんてことも有るのかも知れない。反面教師というより見せしめに近いけど。
「食べていいわよ。さっきのお詫び」
 促すと、涎を垂らしそうな顔でケーキと私の顔を交互に見る那巳ちゃん。でも、一向に手をつけようとしない。
「どうしたの?」
「……まあちゃんにも。はんぶん、あげちゃだめですか?」
 確か、お姉さんの名前は麻樹ちゃんだったか。姉妹の間だけ、そういう呼び方をしているのだと聞いた覚えがある。
「もちろん構わないけど、そうね……」
 私は少し考えてから、別のお客さんの会計を終えた直後のエリスちゃんを呼び止めた。
「どうしたの?」
「ケーキとジュース、もう一セット。……あと、こういうのは先に教えてよね」
「そうだね、ごめんごめん」
 さっぱり反省の色が見えない気楽な謝罪の言葉にも、今は怒る気がしない。そんな事より、
「麻樹ちゃん、今居るの?」
「うん。奥で宿題と、復習と、予習と、それに趣味で余計な勉強までしてるって。終わったらお店にも出てくるよ」
 なるほど、この妹にして姉ありか。あの上倉先生の娘にしては有り得ない真面目なお子さんらしい。きっと九割方母親の要素が遺伝しているのだろう。父親の遺伝子が目覚めない事を切に願う。
「ケーキ、そっちに届けてあげて。朋子お姉さんからのプレゼント。お父さんからじゃなければ、ママも怒らないんだよね?」
「うんっ! ありがとう、朋子おばちゃんっ!」
 ピクッと、眉毛の上の辺りが脈打つ感覚。しかし、どっかの怠慢教師にするような反応を見せる訳にもいかず、私は何とか自分を抑えてぎこちなく笑った。
 ――幼子の嬉しそうな笑顔を見ていると、さすがの私も何も言えない。ホント最強だわ、子供って。
「あと、しらないひとじゃなければいいんだよっ!」
「もしかして、狙ってたわね」
「うっ……。そ、そんなことないもん」
 焦って目を逸らす仕草は母親にそっくりだった。もちろん、姉にもそっくりなのだろう。
「那巳ちゃんは欲望に忠実だけど、それに負けないくらい真面目さんなんだよね~。私のお友達だからって狙ってたけど、ご本読むのに集中してるから邪魔しちゃいけないって……そう思ったんでしょ?」
 悪さがバレて、泣きそうな顔になる那巳ちゃん。――そのくらいの、行動に移してすらいないことで、そこまで罪悪感を感じるなんて。どんだけ良い子なのよ。
「ごめんなさい……」
 涙を必死で堪えながら、精一杯の気持ちで吐き出された言葉。
 ――急に、どうしようもなく抱き締めたくなった。うそ。ほんとに。なにこれ。――これが、子供!?
「けっ、ケーキね。お姉ちゃんに、持っていってあげたら? きっと喜ぶと思うわっ」
「うんっ!」
 元気良く返事をして、ありがとうございます、と丁寧にお辞儀をしてから、那巳ちゃんは自分のケーキを持って店の奥へと去っていった。
 ちなみにジュースは忘れていったが、まあ些細な事だ。小さな姿が見えなくなると、私はホッと息を吐く。
「……ふぅ。子供って怖いわね」
「あははは。朋子ちゃんが犯罪者にならなくて良かった」
 私の危ない衝動は、親友に見透かされていたらしい。
 そんな私達のやりとりを何処から盗み見ていたのか、嫌味な笑みを浮かべながら可愛らしい娘と似ても似つかない父親が近寄って来る。
「どうだ、二人とも。うちの娘は」
「反則でしょ、あれは」
「はっはっは。……お前らもとっとと子供作ればいいのにな。もういい年だろ」
 ――私のか弱い心臓に巨大な杭でも刺さった気がした。先程の無邪気なそれとは明らかに違う、邪気満載なる痛恨の一撃。
「もう、お兄ちゃん! 女の子にそういう事言うのはデリカシー無さ過ぎなんだからね! 麻巳さんにだって愛想尽かされちゃうよ!?」
 当然ながら傷ついたのは私だけではなく、年季の入った兄妹の間に立ち入るスキなど少しも無い。
 見た目だけは昔のままの妹分に好き放題言われた駄目教師は、しかし落ち着き払って余裕の笑みを見せた。
「もし本当にそうなったら、お前らのどっちかに拾ってもらうかね」
 瞬間、二つの熟れたトマトが誕生する。
 まったく、この迷惑な天然ぶりは何年経っても本当に変わらない。
「お前らなら結婚相手なんて簡単に見つかるだろうに、何を独身に拘ってるんだかな」
「あ、あのね。私たちにだって選ぶ権利はあるでしょ。人生の一大事なんだから。誰でも、って訳にはいかないのよ」
「ふん、旦那なんて駄菓子のオマケとでも思って適当に選べ。とにかく子供だ、娘だ。那巳を見ていてそう思わなかったのか?」
「へー、そうなんですか。私はオマケですか」
 その時。三人同時に振り向いた先には、何年ぶりかに見る無機質な笑顔の麻巳さんが立っていた。
「たま~にでも、可愛いお嫁さんの麻巳ちゃんの事も思い出して欲しいものですねぇ、だ・ん・な・さ・ま?」
 笑っているのに笑ってない。その笑顔は決して笑いたいからではなく、長年の労働で染み付いた職業病に他ならなかった。先程の那巳ちゃんとは見事に真逆、笑顔が連鎖するどころか消えてなくなる、憤怒よりもずっと怖い笑顔だ。
 無関係なはずの私とエリスちゃんが冷や汗を流しながら表情を引きつらせる一方で、耐性でも身についているのか上倉先生が恐る恐る尋ねた。
「ええと、その、軽食作ってたんでは……?」
「いつの話をしているんですか、この人は」
 麻巳さんは冷たい声で応じると、旦那の耳を乱暴に掴んで奥へと引っ張っていく。
「いだっ、いだだだだだっ、ちょっ、やめっ、マジで千切れる!」
 本番を店内でやらない辺りはさすがのベテランぷりだが、それは引きずり込まれれば遠慮が無くなるということでもあり、蟻地獄によく似ていた。店と厨房との境目が彼にとってのデッドライン、あそこを超えれば命運は尽きる。
「今日という今日はハッキリ言わせてもらいますけど、あなたは過保護が過ぎるんですからっ。少しは私にも愛してるとか言ったらどうなんですか!?」
 ――っていうか、怒ってるのはそっちなのね。
 私はポカンとしながらその惨状をただただ他人事のように見つめていた。実際、そうなんだけど。
「だから怒ると皺が増えると――」
「誰のせいですかっ!?」
 見様によっては修羅場なのだが、私は二人の様子を眺めながら何となく和んでしまった。
「平和ねぇ、ここ」
「だから私も、すぐ戻ってきちゃうんだよね。フランスで絵を描いてるより、ずっと人間的に豊かになれそうな気がするの」
 一息吐きながら呟くと、エリスちゃんもしみじみと語った。違いない。



 少し騒がしい事もあるけれど、子供達の笑顔と、あの凸凹夫婦の小さな諍いをまた眺めに来るのも悪くないな、と思う。
 そうだ、次の機会には本を持って来よう。私の描いた絵本、それはみんな私の子供のようなもの。
 上倉家の姉妹は、我が家の子供達との出会いを喜んでくれるだろうか。その時の笑顔を想像すると、今から楽しみでならない。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2008/06/13(金) 20:16:13|
  2. 中編

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