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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

彼女が猫になる日



 ――――紅瀬桐葉――――

 強制睡眠に落ちる時、私は凄く不安になる。目覚めた時、また一人に戻っているのではないかと、有り得ないと分かっていても考えてしまう事があるのだ。
 その事を孝平に相談してみると、
「じゃあ俺の膝で寝ればいい」
 気楽に言って、ホッとした様に笑った。私の様子があまりに深刻だったから、この程度の事かと思ったのだろう。
「……いつも、という訳にはいかないでしょう?」
 所詮他人事かと思うと面白くない。自分でも大人気ないとは思いつつ、拗ねたように言う私。すると彼は、気楽な調子を崩さぬままで断言した。
「最優先するさ。生徒会の用事が有ろうと、テストの真っ最中だろうとな」
 嬉しい言葉、そして約束。ただしそれには条件が付け加えられた。
 一つ、二人きりになれる場所へ行く事。これは努力義務。
 二つ、危なくなったら即報告。これは携帯電話を使えば問題ない。それ以前に、殆ど一日中一緒に居るから直接言えば済む話だ。
 ――問題は三つ目だった。


 監督生棟での生徒会活動も終わり、寮の自室へ戻るとすぐに強制睡眠の兆候が現れた。
 約束して早々で申し訳ないとは思いつつ、我慢しなければスキップでもしてしまいそうな気分で孝平の部屋へと向かう。
 この身体の、数少ないマイナス要素の中でも最悪と言うべきものである。200年以上も生きてきて、まさか幸せに浸れる日が来るとは思ってもみなかった。
 慌てて電話をかけながら廊下を進み、やっと彼の部屋に到着すると、私は慌しく言った。
「そこに座って」
 孝平は言われるままにクッションに腰を下ろすと、にこやかに言う。
「さあ、約束を果たす時だ」
「……こんな事の、何が楽しいのかしら」
「全部だ」
 踏ん反り返って即答する。誇らしげですらある孝平に、私はどこか胡散臭いものを感じた。
「こうも自信満々な理由が知りたくなるわね」
「愛されてるからな」
「……貴方は?」
「もちろん、お互い様だ。世界で一番愛しいよ」
 どこかの会長――もとい、元・会長の影響は無視出来ない。今度会う機会があればもう少し警戒すべきだろうか。――いや、こういう言葉を貰えるのなら、相手が誰であろうとむしろ感謝すべきだろう。
「駄目か? まあいいんだけどな、少しでも楽しみたいと思っただけだし。俺だって桐葉が不安に思うなら、少しでも助けになりたい。それだけでも嬉しいし、見返りなんて無くても十分に幸せだよ」
 こういう時、孝平はずるい。
 芝居なのか本気なのか、その両方が有り得る人柄だから私には選択肢など無いのだ。
「嫌ではないわ」
 沈んでいた表情が、私の一言だけで急に明るくなる。現金なものだ。
「ただし、条件があるわ」
 もちろん、やられるばかりの私ではない。相手が孝平なら、それも構わないのだけど。
「なんだ?」
「撫でて良いのは頭だけ」
 ちょっとした意地悪が、楽しい一時を演出するものなら話は別だ。
「相手は猫。撫でるなら、毛皮でなければおかしいわ」
「……いや、そ、そのつもりだったぞもちろん」
 具体的に何をしようと考えていたとは思えないが、改めて禁止されると意識してしまう、といったところか。
「そう」
 私があっさり納得してみせると、孝平は不満そうに唸った。それが可愛くて、条件反射の様に私の表情も綻んでしまう。
「勝ち誇るのは勝手だけどな。寝てる間なら何でもし放題だぞ?」
「信じているわ」
「……ぬぅ」
「さあ、どうするの?」
「ともかく交渉を……」
「駄目ね。あと一分も耐えられないわ」
 本当はもう少し余裕がありそうだけど、私はあえてそう言った。孝平の反応がいちいち可愛くて、早く膝の上で幸せに浸りたい。今にも飛びつこうとする自分を抑えるので精一杯だ。
「……起きた後は覚悟しろよ?」
 タイムリミットは生理現象に近いのだから、嫌も応も無い。孝平も仕方なく納得して、胡坐をかいた自分の脚をパンパンと自棄気味に叩く。私は素直に従い、忘れずにネコミミと尻尾を身に着けてから横になった。
「期待しているわ」
 孝平の足の上に頭を乗せて、目を瞑る。愛おしくて、足を軽く撫でるとピクンと跳ねた。
「……寝るんじゃなかったのか?」
「今が惜しくて。少しでも、起きて、居たくて……」
 本当に、そう思っていたのに。まだ眠りに落ちるまでには余裕があるはずだったのに。
 あまりの心地良さに、私はいつの間にか眠りに落ちていた。



 ――――支倉孝平――――

 面白がって言ったのかと思ったが、どうやら限界なのは本当の様だ。言葉の途中で意識を失ったらしい。静かな寝息が二人だけの空間に反響している。ただしそれも最初だけで、呼吸も心拍もみるみる静まっていく。
 強制睡眠のそれは、普段の睡眠と比べてずっと深い。何があろうと目覚めない程に。知らない人間が見たら、死んでいるのではと疑うだろう。それだけ無防備な状態。
 恐らく、彼女がそんな状態の自分を任せてくれるのは、世界中で支倉孝平ただ一人。実際に、自分の膝の上で桐葉が眠っている状況が無くとも、その事実だけで感無量である。
 だが、実際に彼女は膝で眠っている。本当に、この俺を信じきって身を任せているのだ。
 そんな気は無かったのだが、何もするなと言及されてしまい、そのせいで色々と意識してしまう。
「……別に、構わないんだろうけどな」
 約束は約束だ。ここは本人の言に従うとしよう。
 仰向けに寝ていたら頭を撫でるのには不自由するところだが、幸いにも彼女は横向きに身体を丸めて寝ている。猫の姿をしているから、その影響かも知れない。何しろ猫には詳しいし、無意識にそれっぽい行動を取ってしまうというのも有り得ない話ではないだろう
 ともあれ、長くて数時間の我慢。俺は桐葉の頭をひたすら撫でてやるくらいしか出来る事が無い。ストッキングも見方によっては毛皮として認定されない事も無さそうだが、許可を得るには最速でも次回のお楽しみである。しかし、こんな事でも無ければじっくりと髪の感触だけに集中して楽しむ機会も無い訳で、これはこれで良い体験だ。
 まずは軽く指を通して、髪に絡ませる。手串を通して、そのままさらさらと流れ落ちるに任せてみた。
「……む」
 何とも言えない感触。瑞々しく、それでいて纏わり付かずにサラリと落ちていく髪の一本一本が窓からの夕日に照らされて輝いている。
 それだけでも、初めてあの丘で見た彼女の横顔を思い出す。あの時も髪が夕日を透かして輝いていたっけな。気になる子に過ぎなかった桐葉が、恐らくあの時一番になったのだろう。出会った瞬間ではないが、これも一目惚れと言えるだろうか?
 凛々しい横顔が、今は隣ではなく膝の上に寝ていて、何処までも深く魅入られそうな瞳は封じられたかのように固く閉じられている。今だけは、この美しい存在が彼女自身以上に俺の支配下にある、という事実。まあ、ほんの一部分にしか触れられないのだが。
 ならば髪だけでも、ともう一度優しく撫でてやる。更に、更に、更に――。
「ヤバイな。なんだこれ」
 新境地を開拓してしまったか。いつまで経っても手が止まらない。飽きるという事が無い。
 桐葉は足が綺麗で、スタイルも良くて、髪までこんなに現実離れしていたとは。見て、触って、知っていたつもりだったのだが、彼女の髪だけで過ごさねばならない時間があってこそ、その魅力が改めて理解できた気がする。
「……って、さすがにいつまでも同じ事を続けてるのもな」
 時間はいくらでもある。まずは一通り思いつく事をやってみるべきだ。
 今度は素直に頭を撫でてみた。後頭部の辺りを、猫の背中にするように優しく触れてやる。
「これもなかなか……ん?」
 気のせいか、桐葉の表情が一瞬、変わったような気がする。笑った、のか?
 人間の最も深い睡眠よりもずっと深いのだという眷属の強制睡眠、それは仮死状態にも似たものだ。表情が変化するはずは無い。
「まさかな。きっと気のせいだろう。そんなことより……」
 そう、やる事はまだまだ有るのだ。
 桐葉が目覚めた時、退屈など一瞬たりとも無かったと教えてやろう。自分の髪がどれだけ魅力的かを聞けば、彼女はきっと呆れて、照れて、そして喜んでくれるだろうから。



 ――――紅瀬桐葉――――

 夢を見ていた様な気がする。
 冷たい水の中に沈んでいくような感覚。それが強制睡眠に落ちる時、いつも感じること。もちろん夢なんて見た事は無い。
 でも今日は、夢については自信が無いけれど、少なくともぬるま湯に浸かっているような感覚だった。自分という存在がぼやけて、宙を漂っている様な感じ。
 有り体に言えば、幸せに包まれていた。孝平の温もりが、私を守ってくれた。
 ――その思考そのものがどうやら夢だと気付くのに、幾ばくかの時を要する。私はあまりに気持ちが良いので、目覚めたくないと感じているらしい。
 でも、目覚めればそこには孝平が居てくれる。早く本物に会いたい。そう思った瞬間、急激に意識が覚醒し始めた。
 瞼がゆっくりと開き、部屋の弱々しい電灯に目を焼かれる。それ以上に、目の前の顔に心臓が大きく跳ねた。
 私はベッドに寝ていて、隣には孝平が寝ていて、彼は私を抱き締めている。
 目覚めたら孝平が居る。確かにそう思っていたけれど、距離はこの十倍くらい離れているはずだった。これ以上無いくらい近くに愛しい人の顔があって、覚醒した直後の頭がそのまま臨界点に達し、沸騰する。
「き、り……きりぃ……」
 その時、孝平の口から寝言が漏れた。
「……ふふっ」
 可愛い。子供みたいだ。
 それを喜ぶのは、私があまりに歳を重ねすぎたからだろうか。単純に、女として愛しい人の珍しい顔にときめいたのだと信じたい。
 ああ、そうか。確かめて見れば良いのだ。他の顔を見れば分かるではないか。
 そう思いなおし、私は彼の顔にそっと手を伸ばした。



 ――――支倉孝平――――

「いででででででっ!?」
 鼻の激痛に驚いて、俺は目を覚ました。ペンチで挟んで捻り上げたようなこのパワーは――。
「何するんだ」
 赤く腫れてそうな鼻におっかなびっくり手を触れ様子を確かめながら、精一杯恨みがましい目で隣に寝ている桐葉を睨む。目尻にちょっぴり涙が滲んでしまった。
 そんな俺の様子を見ながら、桐葉は何故か安心したようにホッと息を吐く。
「俺は何も強制睡眠って訳じゃないぞ。無理しなくてもちゃんと目覚める」
「そういうことじゃないのよ。ただ……」
「ん?」
「い、いいでしょう、そんなことは。それよりも、酷いじゃない」
「そりゃ、こっちの台詞だろ。何の罰ゲームだよこれは」
 まだ痛む鼻を指差しながら言うと、桐葉は分かりやすく目を逸らして拗ねた顔になる。
「文字通りの罰よ。約束を破ったじゃない」
「破って無いぞ?」
「頭を撫でる以外はしない、という約束だったでしょう?」
 どうやら猫のお姫様は、ベッドで寝ている事にご立腹の様子だ。だが、俺にだって言い分はある。
 3時間以上も経つと、さすがに同じ姿勢で居るのは辛くなった。いつもより遥かに長い時間寝ていた桐葉にも責任はあるのだ。
 だからといって何をしたかといえば、本当に髪の毛の感触を楽しむくらいしかしていない。抱き締めていたのは、まあ、言い訳しにくいのだが。
「いいじゃないか。体勢を変えるくらいは」
 言葉を重ねるのも格好悪いし、桐葉を攻めるみたいな気もするので止めておく事にした。
「ちょっと体勢を変える、なんてレベルじゃないでしょう?」
「どっちかというと褒めてもらいたいくらいだぞ。何しろ胸どころか足にだって触れてないんだからな」
 この際、運ぶ時の事だけはご勘弁願いたい。これもまとめて黙っておくが。
「……いや、しかし寝てしまったのはすまなかった」
 ともあれ、強制睡眠に絡んでは可能な限り優しくしてやりたいとも思うし、細かい状況は無視することにして素直に謝った。
「退屈なのは、仕方が無いわ。当然の事よ。だから、我侭は今回限りに……」
「チョットマテ」
 俺は慌てて静止する。
「桐葉、どうだったんだ?」
「時々、言葉が足りないのは貴方の悪い癖ね。今に元・会長のように、わざと勘違いさせて人を手玉に取る人間になるわよ」
「いやだからさ、膝の上で寝た感想はどうだったんだ?」
 改めて尋ねると、桐葉は三秒くらい黙り込み、それから湯気でも噴きそうなくらい真っ赤になった。
「聞くまでも無さそうだな」
 嬉しくなって抱き締めてやる。すると、あわあわと意味の無い言葉が口から漏れてきて、それが甘い吐息と共に俺の耳を刺激した。数時間も我慢していたものが、再び心の中で膨れ上がっていくのを感じる。
「あ、貴方こそ――」
「暖かくて気持ちよくて幸せで、ついつい夢心地のまま本物を見てしまうくらいだった」
「……そのよく回る口は、誰の影響なのかしら」
「職業病だよ。でもまあ、こういう時に役に立つなら悪くない」
 口では胡散臭いというような反応を見せつつ、桐葉の身体が強く脈打っているのを感じる。少しだけ腕の力を緩め、お互いの瞳を見つめあう。彼女の瞳にも、そこに映る自分の瞳にも、同じように甘い情欲の炎が灯っていた。
「目覚めたら、覚悟が必要、なのね……」
「そんな事を言ったな、そういえば」
「出来てるわ」
「うん?」
「覚悟」
 そう言った瞬間、桐葉の唇が俺のそれを塞いだ。だが、長続きしない。俺は大事な事を忘れていた。こんな時に限って、それを思い出してしまった。
「……悪い。その前にちょっと」
 肩を掴んで引き離すと、桐葉は訳が分からずポカンとしている。そのスキに、行ってしまおう。何しろきっと怒る。
 俺はベッドから出て立ち上がると、素早く移動しながら言った。
「すまん、先にトイレな」
 仕方ないだろう、何時間も我慢していたのだ。桐葉を放って離れる事だけはどうしても出来なかったのだ。
 それを言ってしまえば、逆に喜んでくれたかも知れないのに。全く持って難儀な事に、俺は突発的に桐葉の怒った顔まで見たくなってしまったのだ。
「うおっ!?」
 トイレに駆け込む直前、プロ野球選手もかくやという速度で放たれる枕が爆音と共に壁に激突する。こりゃ後が大変そうだ。
「……ばか」
 しかし、彼女のご機嫌取りすら楽しみで仕方がない。もはや病気だ。
 彼女が眷属という運命に縛られているなら、俺も紅瀬桐葉という運命に縛られている、ということだろうか。
 ――そいつは何とも幸せな運命だ。望むところである。

























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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2008/06/06(金) 23:55:10|
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