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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

仮姉妹の料理教室

 撫子学園理事長代理の鷺ノ宮紗綾さんは、私にとって『完璧超人』と評する唯一の人物だ。美術部部長の竹内先輩も近いものがあるけれど、年の功か生まれ育ちの違いか、ともかく比べるには相手が悪過ぎる。
 何しろ、こんな話もあるくらいだ。
 竹内先輩がどんなに頑張ってもお兄ちゃんを部活に参加させられないのに対して、理事長代理は初めから何もせずとも、自分の担当する部活に出させていたのである。しかも、美術部をサボって長刀部に参加していたのだから、まるで勝負になってない。
 ある日。見損ないました、とお兄ちゃんを探しに長刀部へ怒鳴り込んで行った竹内先輩を前に、理事長代理は慌てずに一言、お兄ちゃんに向けてこう言ったそうな。
「今日は美術部をお願いいたしますわ」
 朗らかにそんな事を言われ、思わずはいと答えたお兄ちゃん。何とも言えない敗北感を味わったのは、お兄ちゃんではなく先輩だった。
 あれで人気者のお兄ちゃんは、密かに何人もの女性に思われていた。私もその一人だけど、私を含め誰もが竹内先輩と似たような経緯で敗北を喫している。
 奪い合おうという気持ちを、争う以前に根こそぎ消し飛ばす。本人に競い合った感覚があるかすらも疑わしい。天然な上に無双のスペック、神様は不公平だ。
 ――自らの容姿や才能や胸のサイズなどを棚に上げて、私が羨望を抱いてしまう程に、鷺ノ宮紗綾さんは理想以上の女性だった。
 そして。負けを認めながらも、渡仏するまでの僅かな期間はお兄ちゃんとの大切な思い出が作れると考えていた私だったけれど、そこへ突然彼女が押しかけてきて三人での暮らしが始まることになってしまう。
 当然ながら反発しようとした。しかし、
「それで、その……。抱き締めてもいいですか?」
 お兄ちゃんにではなく、何故か私に向けて問う彼女。
 しばらくは私の答えを待っていたものの、ついには我慢しきれず抱きついて来た。
「お、お兄ちゃん!?」
「はははは。まあいいじゃないか。仲良くしてくれ」
 まったく役に立たない。それどころか、嬉しそうに笑っている。
 でも、理事長代理は暖かくて、柔らかくて、良い匂いがした。
 何でも可愛い子(男女問わず年下限定)に目が無いらしく、以前から私は狙われていたらしい。お兄ちゃん曰く、普段は理性が勝つから犯罪的にはならないんだとか。普段は、という条件付きなのが少し怖い。
 でも、何というか、凄く魅力的な人だというのは抱き締められただけで分かってしまった。
 反発しようにも私の気持ちは彼女に掴まれ、もう抗えない。いつの間にか、他ならないこの私が望んでしまっていて、反発する者は誰も居なくなった。
 かくして、三人の同居生活が始まる。

 ある日曜日の昼下がり。お兄ちゃんが最近気に入っているという喫茶店へ出かけた。
 一緒について行こうとする紗綾さんを――初日にそう呼ばされることになった。拒否すると泣かれそうだったので私は言いなりになるしかない――私は呼び止め、今日は二人で過ごしたいんですと誘った。
 さすがに愛する人と、私との間で悩む理由は無い。そう思いつつ、さてどう説き伏せようかと私が考えていたところ、意外にもお兄ちゃんが助け舟を出してくれた。
「いいんじゃないか。二人が仲良くなれば俺も嬉しいし。今日のところは親交を深めてみないか?」
 お兄ちゃんの言葉に、紗綾さんは笑顔で応じた。愛する人と、可愛がりたい私と、二人の意見が一致したのだから悩む理由は無いらしい。
 ――お兄ちゃんが、私の申し出に飛びついた時に何となく違和感を感じた。でも今は忘れることにする。これからもっと重大なイベントが待っているのだから。

 鷺ノ宮家のご令嬢。日本でも有数の財閥のお嬢様。となれば、自分で料理などする訳が無い。
 これは優位に立つチャンス。そう思い、私は彼女をキッチンに誘った。謳い文句はこうだ。
「今日は紗綾さんに、お兄ちゃんの心を鷲掴みに出来る大好物を教えちゃいます」
 もちろん彼女は何も疑わず、ただただ喜んで承諾した。
 私とて嘘を言っているつもりは無い。お兄ちゃんはビーフシチューをよく作る。嫌いな訳は無かった。
 ただし私が料理を作る事は殆ど無い。でも大丈夫。お兄ちゃんの料理する(後)姿は、いつも(食欲に満ちた)熱い視線で見ているんだから。
「エリスちゃん。今日はよろしくお願いしますわ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 薄い紫色のエプロンを身に着け、長い髪をポニーテールにしてキッチンに現れた紗綾さんは、かなりの上機嫌だった。一時を過ごすというだけで喜びを感じてもらえば、私も満更ではない。それに、自分もこれからの時間を楽しみにしていることに気付く。
「その姿、凄く似合ってますわ」
 先にキッチンに来て待っていた私も、彼女と同じ髪型だった。ちなみにエプロンはピンク色。
「えへへ。そうですか?」
「ええ。もう今にも我慢出来なくなりそうで……」
 本人の言う通り、彼女は抱きつきたくてうずうずしている風だった。
 ここ数日だけでも、私は紗綾さんの特性をかなり把握している。基本的に理性が勝つ人だ。だから、まだ我慢していられるうちに気を逸らそうとすれば、意識してそちらを向いてくれる。
「今日は目的があるんですから、何とか我慢してくださいね」
「はい。愛する人の為ですもの。もちろんですわ」
 小さくガッツポーズを取る紗綾さんは、年甲斐も無いというのに凄く可愛らしかった。
 ――霧さんだったらこうは行かないだろうなぁ。得するキャラクターって実際にあるんだね。
「さあ、早く始めましょう。浩樹さんがお帰りになる前に仕上げなくては」
「はい。ではまず――」
 そうして、二人だけのお料理教室が始まった。

 料理の工程は順調に進んでいた。ただし――。
「あ、あの、それは私が切りますから」
 紗綾さんが私の危なっかしい手付きを見て、包丁と人参を奪い取る。機械と見紛うほどの手際で丁度良い大きさに切り分けられていく野菜たち。見事という他無い技術だった。
 そんな彼女の腕前を眺めながら、私はといえば始まった時の勢いをとっくの昔に雲散霧消させていた。
 こうやって私の代わりに彼女が行う肯定が次々と重なり――最終的に私がしたことといえば、鍋に水を満たしたことくらいだ。
「う~……っ」
 恨めしく彼女の手付きを見つめる私。
 紗綾さんは、そんな私の様子に気付き、申し訳無さそうに言った。
「花嫁修業、というのでしょうか。茶道や華道、あと料理も……。専門の方に何年も師事しましたので、その……」
「いいんです。紗綾さんに足りないものがあると期待した私が馬鹿だったんです……」
 恥ずかしくて泣きそうになった。落ち込んで床を見つめている私を、紗綾さんはそっと抱き締めてくれる。
「料理は愛情、ですよ」
「でも、何も出来ないんじゃ愛情を籠める余裕も無いです」
「私には技術しかありません。エリスちゃんが言ったんですよ、浩樹さんの好みを教えてくれるって」
 そういえば、言った。確かに言った。紗綾さんの知らない、お兄ちゃんの好きな味付けを私が教えてあげるはずだった。
 でも、こんな状況って――。もう私に出来ることなんて。
「一緒に味付けをしましょう。少しずつ試して、いつも食べている味に近づければ良いのですから」
「……そこが一番大切なのに、私の意見を聞くんですか?」
「当然ですわ。今、ここに二人で立っているのはそのためですもの」
「知りませんよ。お兄ちゃん、私の料理をいつも不味いって言うんですから」
「それでも、全部食べてくれるんですのよね?」
 母親のような包容力のある微笑を湛えて、彼女は言った。
 言葉が継げず押し黙る私は、こんなにも敗北感で一杯なのに、何故その相手に身も心も委ねたい衝動に駆られているのだろうか。
 この人は、どうしてこう、恋敵である私にまで優しいのだろう。
 決まっている。彼女は私の愛した人の一番大切な人で、私は彼女が愛した人の大切な妹分なのだ。
「違いますよ」
 私を抱き締めていた温もりが離れ、彼女は真剣な顔で見透かすように言った。
「前にも言いました。私は、エリスちゃんが大好きです。仲良くなりたいんです。だから――浩樹さんを口実にしちゃいましょう?」
「本心は――逆じゃないんですか?」
 意地悪を言う私に、それでも彼女は幸せそうに笑った。
「そうですね。それなら、両方にしちゃいましょう♪」
 ああ、負けたんだ。私はこの人に。
 改めてそれを痛感させられる私。だけど、何故だか悔しいというより逆の感情が胸を占めていた。

 お兄ちゃんが帰宅すると、待ってましたとばかり勢いよく玄関まで駆けていく美女二人。
「おかえりなさいませ♪」
 自分で美女なんて言うのはなんか――とも思うけど、そう評価してくれたのは紗綾さんなのだから構わないはずだ。嘘など一切無く、本当に相手の良いところを探してお世辞を言う人だ。だから私も自分に自信を持てる。
「なにごとだ?」
 面食らって問うお兄ちゃんを、しかし私たちはにこやかに無視した。
 お兄ちゃんが怪訝な表情のまま靴を脱ぎ、スリッパに履き変えたその瞬間。私たちは両側から彼の腕を掴み、リビングまで連行する。
 さあ、宴の始まりだ♪



 それは、間違いなく死の宴だった。
「ビーフシチューです♪」
 そう言って出されたのは、地獄を表現したとしか思えないモノ。どす黒いスープの中で、得体の知れないグロテスクな物体が浮き沈みを繰り返している。怨嗟の声さえ聞こえてきそうだ。
「さあ、たんと召し上がれ♪」
 しかも土鍋一杯出された。目の前には不自然に笑顔を張り付かせた紗綾とエリス。仲良くしてくれるのは有難いが、揃って監視している様に見えるのは何故だろう?
「ええと。ちなみにこれは……」
「エリスちゃんに習いながら、上倉家の味付けにしてみました」
「そ、そうですか……」
 絶望した。
「残さず食べてくださいね♪」
 さらに絶望した。
「あ、ああ。頑張ってみるよ……」
 言いながら、明日の自分にゴメンナサイと小さく呟き。
 俺は死の戦場へと旅立った。



 そのメールが届いたのは、紗綾さんが私の意見を取り入れながら美味しそうなビーフシチューを完成させた直後のことだった。
『浮気じゃないことくらいは分かるけど、早めに事情は聞いておいたほうが良いと思う』
 そんな文章が添えられた、桜塚恋さんからのメール。そこに添付されていた写真の画像を見て、私と紗綾さんは揃って固まってしまった。
「あ、あの、紗綾さん……?」
 沈黙が怖くなって声を掛けると、返事は無く。彼女はただただ無機質な笑顔を湛えていた。
 そこに映っていたのは、上機嫌なお兄ちゃんと。とても綺麗なメイドさん――というか、竹内先輩だった。



 エリスの作る料理は、昔から酷い物だった。
 それでも、やればやるほどマシになるはずだと最初は考えていた。だが、アイツときたら経験を積む程に味ではなく攻撃力が増していく。付き合わされるこっちはたまったもんじゃない。
 常識的に考えて、味が酷くて身体にも悪いような料理は捨てるべきである。が、可愛いエリスの作る料理を捨て、あまつさえ泣かせる訳にはいかない。俺は毎回死にそうな思いで食べていた。
 しかも今回、エリスな上に紗綾である。可愛いく美しい未来の嫁さん。婚約済み。
 拒否権? あっても俺の意志で捨てている。
 一緒に食べれば怖くない? おいおい、コレを彼女達に食べさせるなんてどんなクソ野郎だ。そんな奴が居たら俺が成敗してくれる。
「ご、ごちそうさまでした……」
 そんな訳で、俺は一人で食べきった。まだ舌が痺れている。今なら内蔵が丸ごと吐き出せそうだ。
 何を入れたらこんなものが出来上がるのだろうか。料理にはそれなりに自信のある俺でも、不味く作るって話ならエリスには敵わないと改めて実感する。
「おそまつさまでした♪」
 そう笑顔で言いながら、彼女は俺の前に置かれた土鍋を持ち上げ、キッチンへと運ぶ。
 密かにホッと息を吐く俺。
 しかし。
 ああ、もう俺には生きる権利など無いというのか。
 すぐにリビングへ戻ってきた紗綾は、更に倍はあろうかという鍋を抱えていた。
「大サービス、ですわ」
「あ、あの、何というか。さすがにもうお腹一杯で……」
「ふふふ。大丈夫です。とっても美味しいですから」
 俺の言葉など意に介さず、彼女は容赦なく土鍋をテーブルに置いた。もはや覚悟するしかない。
 そんなに普段の行いが悪かったのだろうか。そりゃ部活はサボるが。授業も自習ばかりだが。柳に奢らせまくったり霧をからかったり。――むぅ、自業自得?
 ――自問自答する俺の視界に、紗綾が携帯電話を差し出した。携帯端末用の小さなディスプレイに映し出された画像には、メイド姿の竹内と、鼻の下を伸ばしているように見えなくも無い俺が写っている。俺は脂汗を滲ませた。
「こ、これは違うぞ。断じて違うぞ」
「何がですか?」
「生徒とのコミュニケーションというか。――じゃなくて、この店はコーヒーがとても美味しいんだ。今度紗綾も連れて行こうと思っていたんだよ、うん」
「まあ。それは、とても楽しみです」
 笑顔で応じながらも、紗綾は容赦なく鍋の蓋を開けた。
 地獄が再び俺の目の前に。そう、思った瞬間。柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。
 恐怖からか、反射的に固く閉じていた瞼を開いてみる。すると、そこには美味しそうな『極めて普通の』ビーフシチューがあった。
「……むぅ?」
「先ほどの料理は、エリスちゃんと作った一つ目の鍋で……。少し失敗してしまったんです」
 少し?
「それで、作り直したのがこちらです」
 直りすぎだ。
「捨てるのも勿体無いですし、それに……」
「嫉妬してくれたんなら、それはそれで嬉しいよ」
 言い難そうにしている紗綾の言葉を、俺が継いだ。彼女は恥ずかしそうに目を伏せる。
「という事は、もう禊は済んだと思っていいのかな?」
「もちろんです。エリスちゃんが作った時と同じに、全部食べてくれたんですから。愛されていると、確認出来たんですから。もう疑ったりしませんわ」
「誤解されるようなことをして悪かったよ。事情はちゃんと話すから。まあ、とりあえず今はご馳走を味わわせてもらうけどな」
 腹は一杯。胸焼けも消えない。舌も痺れたままだ。しかし、愛する人の手料理を残すわけにはいかない。
 まあ、作り手にも食べる側にも等しく愛情が溢れているのだ。きっと大丈夫だろう。



 二人のやりとりを眺めているのは楽しくて、幸せだった。
 でも、もう一つの感情もまだ整理出来ていなかった。少しずつ辛くなってきて、私は早々に自室へ戻っていた。
「もう。本当に手間がかかるんだから……」
 先ほどのやりとりを思い出しながら呟く。
 紗綾さんは、お兄ちゃんの専属モデルだ。舞を披露したり、長刀の演舞を披露したりしている。そのお陰でお兄ちゃんはまた絵を描けるようになった。
 そして今度は、メイドさんの衣装を着てもらおうとしていたらしい。動きの大きな絵が続いていたから、大人しい格好で内面から滲み出るものを描きたいんだとか。
 竹内先輩のお母さんにそれを頼んで、了承してもらって、それで鼻の下が伸びていたのだから、第三者としては呆れる以外に無かった。
「第三者、か」
 何が足りなかったのだろう。いや、分かっている。いつも甘えるばかりで、分かって欲しいと思うばかりで、分かろうとしなかった。力になろうとしなかった。
 好きだから、幸せで居て欲しい。傷つけてしまうとしても、あえて一歩を踏み込んで、痛みを分かち合いたい。そう考えた紗綾さんに、だから私は負けたのだ。
「敵わない、なぁ……」
 何しろ、両親を亡くした事故の後遺症で赤い色を使えなかった私は、紗綾さんに救われたお兄ちゃんに救われている。今だって、私にまで愛情を注いでくれる。あんな人に敵うわけが無い。
 もう、お兄ちゃんを取り戻すことなんて出来ない。望む事すらない。だって、今の私は。
 紗綾さんを通して見るお兄ちゃんが、そしてお兄ちゃんを通してみる紗綾さんが好きになってしまったのだから。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2008/03/17(月) 20:36:36|
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