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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

扉閉じて。二人、永遠の未来へと――

 いつもの丘へ着くと、やはりそこに伽耶は居た。
 もう何年も同じ光景を、私だけが見続けてきた。
 それがついに終わるなどと、彼女はまだ知らない。
 彼女の全てが終わる時、私にとっては何が終わるのだろうか。

 静かに近づき、小さな影の隣に腰を下ろす。彼女は驚かなかった。
 伽耶の身体について、私は全てを知っている。だから、彼女の聴覚が私の接近をずっと前から察知していたことも知っていた。
 それは、私だけではない。同年代の、友達だった子供はみんな聞いた。そして、残らず離れていった。
 最終的に、残ったのは私だけだ。他の全ての友人は記憶を消され、もう共に遊んだ日々すら覚えていない。だから大人達から一緒に遊ぶのを禁止されても、誰もがキョトンとするばかりだった。
 思えば、それは伽耶の優しさだったのかも知れない。
 私だけは、彼女を受け入れることが出来た。いや、捨てることが出来なかった。
 同じだったのだ。私にも、伽耶以外に何も無いから。
「桐葉か」
 一時間ほど経ち。並んでただ座っていると、唐突に声をかけられた。
「ええ」
 簡潔に答えて、また沈黙が続く。
 彼女の父親が死んでから、ずいぶん時が経っている。私も随分成長してしまっていた。もう17歳になる。
 それに比べて、伽耶は小さなままだった。父親――稀仁さんの亡くなった日から、一つたりとも歳をとっていない。
 彼女は人ならざるモノ。永遠の命と頑強な身体を持つ吸血鬼。年齢は、重ねる意思を捨てた時点で止まっているのだ。
「いよいよ、終わりみたいね」
 長い沈黙はつまり、ただ私が言い出せずにいただけだった。
 望むかどうかに関係なく、それは私たちにとって、永遠の別れを宣言する行為だったから。
「そうか……。あたしはどうせ、嫌われ者だ。いつかはそうなる運命だ。構わないさ」
「それで、いつもここに居るの?」
「ここには誰も来ない。汚い言葉も、暴力を振るわれることも、ない」
「それに耐えかねて、誰かを傷つけることも、無いわね」
「……そのせいで、間に入るお前が傷つくことも無い」
 そんなこと、気にしなくてもいいのに。
 私も、最後には彼女を捨てるのだ。それは予め伝えてある。だから、等しく敵だと思っていいのに。都合よく、風除けに使えばいいのに。
 伽耶は、本当に優しい子だった。みんな、どうしてそれが分からないのだろう。それだけの事が分かってもらえれば、何もかも上手くいくのに。
 もう流行り病も無い。人を害する鬼なんて、それこそ最初から居ない。なのに、人々は過去に囚われたままだった。
 もちろん、私も何もしなかった訳では無い。一杯、説得して回った。でも無駄だった。私の立場まで、日に日に悪くなっていくだけだった。
 化物の仲間じゃないならお前が殺せと、そんなことを『命令』されるくらいに。
「お前も、どうしてここに来る。もう、無駄に庇うなどするな。拒絶しないでくれた、それだけであたしは満足なのだ」
「なら、どうしてここに居るの? 確かに他の誰も来ない。私以外は、と但し書きが付くこの場所に」
 私の指摘に、彼女は答えない。沈み行く夕日を、虚ろな瞳に映しているだけだ。
「終わるのだろう。いつ、誰が来る? 東儀の娘か?」
「巫女頭を穢れに染める訳が無いでしょう。穢れを受けるのは穢れた者。分かっていて、言わせるつもり?」
「では、あたしの命はあの夕日と共に消えるわけか。ふん、それも風流でいい」
「そうね。あなたが好きな俳句にしてみるのはどうかしら。一句読みながら、静かに眠るのも悪くないと思うわよ」
「なら、お前から先に読め」
「無理よ。私、あなたと違って学が無いもの」
「知的な喋り方をするのにな。勿体無いことだ」
「貧乏暇無し。本も無し。勉強の仕様も無し。小さい頃、あなたのお父様に教えてもらった数字の扱いくらいで、他は知らないままよ」
「はは。そうか、お前はあたしよりも父様の知識を受け継いでいるというわけだ」
「あなたも、同じでしょう?」
「あたしのは本を読んでいただけだ。数字は好かん。よくもまあ、あんなまじない染みたものを好きになるものだな?」
 今日始めて、伽耶が笑った。私も少しだけ、笑顔を作る。
 だが、静寂はまたすぐにやってきた。
 戻りたい。あの頃に。私たちはこの丘で、いつも過去ばかり振り返っていた。
「もう終わりにしましょう。すべてを」
 私は立ち上がった。そして、懐から刃物を取り出す。
 料理用の、雑な作りの包丁だ。貧乏人には精一杯の凶器。けれど、吸血鬼すら殺せる確かな狂気。
 ただし、それは相手が抵抗しないでくれた時の話だ。
「そうだな」
 吹っ切れたようにそう言って、彼女はごろんと横になった。
 抵抗してくれたなら、きっと私は迷わなかった。その時は私が一方的に蹂躙され、そして彼女は島から消える。それで済む。
 だが、そうならないことを私は知っていた。知っていたからこそ、こうして話している。
 つくづく、計算高くて冷たい思考だ。干乾びたこの心は、伽耶を失えばきっと、それがトドメとなるだろう。
 結局のところ、私たちは繋がっている。片方だけでは生きていけない、不完全な存在だ。
「私はな、桐葉。お前のお陰で生きている」
「……そう」
 遺言、ということだろうか。私は黙って聞くことにした。
 だって、私は生き続けたりしない。彼女を傷つけて、私が生きていられる訳が無い。全て終わった後には、誰の耳にも触れず泡のように消えていく言葉。彼女が納得するための儀式なら、付き合ってやろうと思った。
 ――けれど、もしもその言葉が。
「本当は父様の後を追おうと思った。だが、お前が生きていて欲しいと言ったから、それも構わないと思っただけだ」
 私と同じように。
「お前のためだけに、生きていてもいいと思った」
 彼女が私のためだけに生きていて、
「だから、お前が望むなら」
 私のためなら、とその言葉を口にしたなら。
「この命さえ捧げよう」
 その時には、人としての過去を捨てて。
 迷い続けていたことを、いい加減受け入れようと決めていた。





 伽耶の胸からは、今も出血が続いている。その表情は、不思議なほど安らかだった。
「これでお前も島の仲間だ。よく頑張ったな」
 監視役の男が、私の肩を叩いた。私はその手を乱暴に振り払う。
「約束よ。二人きりにして。彼女の埋葬は、私独りでするから」
「いいだろう。化け物とはいえ友人だったんだ、それくらいは大目に見る」
 そう言って、男は去っていく。
 彼は、吸血鬼がどんなものか知らない。だから簡単に騙される。
 何も知らないで、彼女を糾弾し続けた者達。ただ安心するためだけに、幼い心を踏みにじった者達。
 それも人間の弱い心が、抗えない不安の果てに強要した行為。決して望まれて生まれたものではなく、平穏だったなら無かったはずの感情。全ては、偶然に起こった疫病が悪いのだ。
 だからといって彼らの安心の為だけに父を犠牲にされた少女に、更に自身の命まで差し出させるなど、そんな権利があっていい筈は無い。
 私はずっと戦ってきた。伽耶を守るためには何が必要かと、何年も考え続けてきた。そして、疫病と吸血鬼と、稀仁さんの最後について全てを知った。
 稀仁さんを糾弾した東儀家が、実は最も彼らを近しく思っていたのだ。
 だが、彼らは人の側に立つ者。私も、どこまでいっても人間だった。
 彼女は人の中に生まれた、人ならざるモノ。彼女の本当の味方は、結局のところ同属である稀仁さんだけ。
 私がどれだけの言葉を連ねても、未来永劫、それだけは変わる事が無い。
「うっ……」
 伽耶の小さな唇から、呻きが漏れた。予測よりも、かなり早い。
 私は警戒して周囲を見渡す。監視者が既に遠く去ったことを確認して、彼女の傍らに屈みこんだ。
「大丈夫?」
「……な……ぜ……きり……き……り……」
 うわ言のように繰り返す伽耶は、まだよく見えない目で私を探している様だった。意識もまだ濁っているらしいが、既に右胸からの出血は止まっている。もう少し早いとバレていた可能性もあった。上手くいったことに、私はホッと胸を撫で下ろす。
 彼女を化け物扱いしておいて、彼らは本当の意味でそれを信じていない。東儀の巫女からそのことを聞かされ、私は耳を疑ったものだ。
 吸血鬼の再生力は凄まじい。だが、父親である稀仁さんなら、恐らくこの傷から回復することは無かっただろう。伽耶だからこそ、心臓か脳を破壊されない限り回復することも可能なのだ。
 伽耶は、本来生まれるはずの無い存在だったという。神の助けを借りて生まれたと、東儀の巫女は語った。
 邪悪な鬼などと、とんでもない話だ。本来なら現人神として扱われるべき存在である。
「……ねぇ、伽耶」
「……ぅ……」
 彼女は答えようとしたが、上手く言葉にならない。
 私に応えたくて、でも出来なくて、泣きそうな顔になる伽耶の手を私は握った。血が足りないからか、その手は死んだように冷たかった。
「私はね、どこまでいっても人間」
 握った手を擦り、少しでも暖めてやりたいと願いながら。彼女がきっと、私の為に言おうとしつつも口に出来なかった厳しい言葉を、代わりに紡いでゆく。
「あなたの、本当の味方になることは出来ない存在」
 ――東儀の巫女は、これから島の社会を作り変えると約束した。稀仁さんとの約束を守るために。だが、それには何十年もの時がかかる。
 伽耶を守るための世界が出来るまで、彼女は島を離れていた方が安全だとも言った。
「人間である限り、あなたの近くに居続けることは出来ない」
 でも、彼女は私が居るから生きていると言った。それはつまり、私の居ない外界で彼女は生きる事が出来ないということだ。
 私は、彼女が生きていてさえくれればいいと思った。彼女を傷つけて、そうすることすら決意して、なんとしてでも外に逃がして。それから、生きる意味の無くなった自分を捨てようと考えていた。
「あなたの、敵にならなければならない事もある」
 でも、もし彼女が私を必要としてくれるのなら。私は、どうせ捨てるはずだった自分を、彼女に与えようと思った。
 だから、私はこれから、彼女を騙すための優しい言葉を紡ぐのだ。
 不思議と、心には罪悪感など欠片も無くて。
「だから、ね?」
 一緒に遊んでいた子供の頃のような、暖かい感覚に満ちていた。
「幼い頃のように。私と、永遠に遊びましょう?」
 虚ろな瞳が、やっと私の姿を捉え。彼女は、言葉の真意に気付かぬまま嬉しそうに頷いた。
 そして私は、血の固まりかけた伽耶の右胸に、そっと誓いの口付けをした。





 彼女は、きっと怒るだろう。それでもいい。喧嘩なんて何年もしていないから、それすらも楽しみだった。
 もちろん仲良くしたいけれど、何年も喧嘩し続けるなんて、どうせ無理だ。私たちは姉妹のように仲良しだったから、きっと自然に笑い合ってしまうはず。
 喧嘩して、仲直りして、また喧嘩して。そうやって何百年も一緒に生きていく。二人だけの世界。幸せでなくとも、生きる意味だけは失われずに続いていくであろう世界。
 大変なことばかりだろう。これから、どうすればいいのかも全く分からない。でも、何があろうと、何も無かろうと、きっと生きることだけは捨てずにいよう。
 今日のこの日のように素晴らしい夕日が見られる日が、いつかまた、きっと来るはずだから。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2008/02/25(月) 20:49:01|
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