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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 6-6

 エリスは昨日あれだけ寝たというのに、今日の寝起きは殊更に手強かった。やはり元気を装っているとはいえ、本調子ではないのだろう。
 どの程度回復したかも分からぬままベットから叩き落すという訳にもいかない。ああ見えて本当に弱っている時は強がる質なので、普通に見えても油断は禁物だ。
 ――というわけなのだが、人の気も知らぬ幸せそうな寝顔を見ていると、悪戯の一つもしてやりたくなる。浩樹はエリスの鼻を摘んでみたが、反応は全く無かった。しばらくそのままでいると、苦しそうな顔はするがそれだけで、たとえ窒息しても起きそうにない。
 浩樹が仕方なく手を離すと、エリスの鼻がピクピクと僅かに動いた。浩樹が早起きして作った、特製ビーフシチューの美味しそうな臭いに反応しているらしい。
 エリスはゆっくりと瞼を開き、寝ぼけた顔のまま浩樹を見上げて、
「ごはん~……。おなかへった~……」
 眠り姫も食欲には勝てない。ハラペコ姫でもあるので、今日はそっちの勝利なのだろう。回復には睡眠と同時にエネルギーの摂取も必要なのだ。
 そうして、もうしばらくの攻防の末にやっと起きたエリスと共に、やや贅沢な朝食を済ませた浩樹は二人仲良く登校した。

 浩樹が何の迷いも無く早朝から起きていたのには、眠れない以外にも理由がある。一時間目に授業が無いので、つまり学校で堂々と居眠りが出来るのだ。
 わざわざ登校してから、授業時間中にタップリと惰眠を享受し、心身ともにリフレッシュする。夜の睡眠は確かに生きる上で重要であるが、日中の居眠りの方が娯楽としては素晴らしい。
 ただし、美術教師が準備室で居眠りしているのがお約束なら、美術部部長がそれを叩き起こすのもまた恒例行事である。
「上倉先生? 学校は居眠りするための場所ではありませんよ。準備室を私物化するのもいい加減にしてください」
 早めに登校して、早速準備室で居眠りを開始していた浩樹である。そこに駆けつけた麻巳は、当然のように大声を張り上げ、怠慢教師を叩き起こした。
 まあ、どのみち一時間目が始ってしまえば自由の身だ。浩樹は素直に起きたが――駄目元で尋ねてみた。
「今日は早かったんだ。少し眠らせてくれないか?」
「……鳳仙さん、よくないんですか?」
 机に突っ伏していた上半身を起こし、不安げに尋ねてくる麻巳を改めて見やると、浩樹はなるほどと思った。
 今日は家まで来たりせず、朝一番で確かめることにしたらしい。相変わらず心配性だな――呆れながらも、浩樹は胸にわだかまった何かが薄れるのを感じていた。何というか、麻巳の勢いに流されると色々とどうでもよくなる。
「問題ない。朝っぱらから特製ビーフシチューを三人前は平らげてたぞ」
 食卓の光景を思い出しながら、浩樹は笑いをかみ殺す。麻巳も、ホッとしたように胸を撫で下ろした。
「良かった。少し心配していたんですよ」
「昨日の部活中も問題は無かったんだろう?」
「ええ。でも、なんだか勢いが足りないというか。彼女、ムードメーカーみたいな存在ですから」
「それなら部長だってそうだろう。東の奴もだが、色々とうるさいしな」
「余計なことばかり言うから、少しは黙ってろ、ということでしょうか? 顧問としての正式な要請でしたら、少しは自重しますけど」
 ――いつものことだが、不満そうな麻巳を眺めていると意地悪をしたくなる。
 この部長は堅物で優秀だが、妙に律儀で付き合いがよく、ノリもいいのでいじられ系なのだった。そうと知る者はごく僅か、実践する者は更に少ないが。
「意地悪で言ってるわけじゃない。単に、そうだな。お前も、東も、エリスも、田丸も。他の部員もな。皆素晴らしいってことさ。むしろ顧問の俺が助けられてるくらいだよ」
 ともかく、何かと助けられている今日この頃である。浩樹も今回だけは、変な気は起こさず感謝の気持ちを伝えようと考えた。
 しかし、麻巳の反応は実に素っ気ない。溜息を漏らしながら、大げさに肩を竦めた。
「それはまあ、そうですね。教師なのに、実際に何もしないんですから」
「おいおい。ハッキリ言うな」
「ふふふ。冗談です。やるべき事はしてくださらない顧問ですけど、ちゃんと大切な事は教わってますから。私も、みんなも」
 柔らかく笑う麻巳の表情に、浩樹は思わずドキリとする。気のせいだ、と内心で唱えながら背を向けて、誤魔化すように言った。
「なら少しだけ多目に見てくれ。今日はさすがに眠すぎる。一時間目は空いているんだ、頼むよ」
 浩樹は大げさに欠伸をしてから、麻巳が現れた時と同じように机に突っ伏す。
 監督義務のある顧問の頼りない姿を眺めながら、仕方ない、と麻巳は仕方なく納得した。
「――確かにここ数日は大変でしたし、今日だけは多目に見ます。でも、一時間目が終わったら起こしに来ますからね?」
「ああ……頼む……」
 何とか答えて。浩樹はすぐに睡魔に飲み込まれていった。
「……先生? もう寝ちゃったんですか?」
 麻巳は声をかけてみるが、反応は無い。近づいて、頬を突付いてみる。
「んんぅ……。むー……」
 僅かに身動ぎし、唸るが、それだけだった。起きる気配は無い。
「なんだか……いえ、駄目駄目。違う、間違い、勘違い。うん。……早く教室へ行かないと」
 無邪気な寝顔が可愛い、だなんて思ったのはまだいい。そんな自分を慌てて否定しようとするなんて、まるで恋に恥らう乙女ではないか。そんな少女趣味、絶対違う。自分と違う。いや、そもそも――恋って誰に?
 湧き上がった感情を振り払いながら、麻巳は慌てて美術準備室を後にした。特に急ぐ用事など無いと気付くのは、教室に着いてからのことである。

 一時間目が終わるとしっかり準備室に現れた麻巳は、昼休みにもいつも通り顔を出した。
 二人分、購買部のパンを持ってのご登場である。
「五百円でした」
 ニッコリと微笑みながら手を出す麻巳に、何事かと疑問の視線で応じる浩樹。しかし、すぐに約束を思い出した。
「確か食堂で奢るんじゃなかったか?」
「ここの方が落ち着くんです。だから……これでどうでしょう? 少しは安く済みますよ」
 奢らされる側としては、不満などあるわけが無い。浩樹は一も二も無く飛びついた。
 ――麻巳としては、あまり人気の多いところだと落ち着いて話も出来ない、という意図は確かにあったのだが。それすらも言い訳染みていて、気にはなったが深く考えるのをやめた。したい事が決まっているなら、理由など些細な事である。
 その後、二人は美術室に移動していつも通りの昼食を始めた。食事は購買のパンだが、飲み物はコーヒーと変化が無い。むしろ飯より飲み物を変えて欲しい浩樹だが、この場だけは甘んじて受け入れることにした。
 この顧問と部長に限っては、本来あるべき関係とまるで逆の立場なのである。わざわざ機嫌を損ねる必要も無い。
 部長のご機嫌取りこそ、この顧問にとって最大の仕事とも言える。何しろ仕事を大半押し付けているのだから本来は頭が上がらない――はずの部長を頻繁にからかっているのは、やはりある意味大物か。
「それで、やっぱり一人で悩むのは良くないと思いまして」
「ん。なんだ? すまん。ボーっとしてた。もう一回言ってくれるか?」
「もう。やっぱり聞いてない……。折角、思い切って相談したのに」
 拗ねてブツブツ言っている麻巳を、浩樹は必死で宥めた。非は完全に自分にあるので仕方が無い。
 そのうち手作り弁当を持ってきてやろう、とまで言って、麻巳はようやく機嫌を直してくれた。そうして小さく咳払いをすると、もったいぶるように言う。
「ですから、ちょっと悩んでるんです。また絵が描けなくて……」
「なにっ!?」
 解決したと思った大問題がまた再発したか。
 焦って聞き返した浩樹だが、しかし麻巳は落ち着いた様子で答えた。それほど大事ではない、と念を押して、
「ちょっと思うとおりにいかない、という意味です。前みたいに筆が動かないとか、そういう大げさな話では無いんですけど……」
「なんだ。つまり、人間国宝が自分で作った壷を割るみたいなもんか」
 浩樹がホッとしてそう言うと、麻巳は不満そうに目を細めた。
「どうせそんなものだと思ってましたけど……。柳画伯とは大違いですね」
「そう拗ねるな。問題が小さいから安心したんだ。心配してるってことだぞ?」
「ならどうして、柳画伯が気付いたことに身近な上倉先生が気付かないんですか?」
 最近は気がかりが多かったとはいえ、そう言われては返す言葉も無い。浩樹が言葉に詰まっている間に、麻巳は更に捲し立てる。
「だいたい先生は見ているようで全然見て無いし。話を聞いているようで上の空、別のことを考えていたりするし。そのくせ、全然興味が無さそうにしながら皆の事をよく分かっているし――」
「実は褒めてるのか?」
「褒めてません!」
 浩樹がツッコミを入れると、麻巳は更にヒートアップした。
「だから私が言いたいのは、ええと――ああもう!」
「まずは落ち着け。ほれ」
 興奮して椅子から立ち上がった麻巳に、浩樹は自分の飲みかけのコーヒーを渡した。やや冷めており、一気飲みには丁度良い。
 麻巳は反射的にそれを受け取り、勢いよく飲み干して――その体勢のまま固まり、しばらくして茹蛸のようになった。
 顔を真っ赤にしたままカップを突き返すと、乱暴に椅子に座りなおす。
「怒るのは分かるが、なんなんだ一体。わけわからん」
「――分かってもらっては困ります。一生、そのままでいてください」
「???」
 そのまま麻巳は視線を逸らし、決して浩樹を見ようとはしない。
 しばらくして何とか会話は再開したものの、何となくぎこちない調子はしばらく続いた。

「先生の指導が、言葉が、無駄じゃない事は私が証明してみせますよ。話しただけでも楽になりましたし、大丈夫です。自分で何とかしますから」
 最後にはそう言って、麻巳は笑顔で美術室を後にした。
 強がっていることは明白だったが、悲壮感は無い。以前とは違う、確かに強さを感じさせる言葉だった。
 浩樹はその強さに、若さに呆れつつも衝撃を受けていた。あの当時、自分の心に彼女の半分でも強さがあったなら。誰も傷つくことなど、無かったかも知れないのに。
 いや、とそこで浩樹は考え直す。昔の事など今はどうでもいい。
 アイツにとって良き師でありたい、それが本当に現在の自分の思いなのだと気付かされた。柳には、その点だけでも負けたくない。昔の、絵で競っていた頃を思い出す。
「竹内は俺の言葉を、全部真正面から受け止めて、それに必死で応えようとしてくれている。教師で、顧問で、師匠でもある俺がそれに答えないわけにはいかないよな」
 無人となった美術室で一人、浩樹は決意と共に拳を握り締めた。
 やるべきことは一つだ。麻巳に芸術家として刺激を与えてやればいい。丁度、それに適した人材が向こうから寄ってきたばかりだ。あとは、自分自身がそんな頼みを出来るのかどうか。
「悩むまでも無い」
 あえて言葉にして、決意を固めた。
 柳はきっと、浩樹の頼みを断らない。どんな事でも従うだろう。弱みに付け込む汚いやり口だが――それでも構わない。アイツのために何かしてやりたい。そう思うと、汚れ役も甘んじて受け入れられる。
 積極的に誰かのために、何でもしてやろうという思い。エリスのためにと絵を描き続けた、病院での空虚な日々を思い出す。
 思えば絵を捨ててからは、こんな思いも行動も無かったように思える。結果として誰かの助けになることはあっても、誰かのために死に物狂いで、ということは一度も無かった。
 そんな浩樹が、今は竹内麻巳のために何でもしてやりたい気持ちになっていた。

 そして浩樹は柳に連絡を取り、美術部員のアトリエ見学の話を取り付ける。
 本来なら順番が逆であるが、その後で理事長代理にも話を通し、自分が美術部顧問の立場で全責任を負うことで、柳画伯のアトリエ見学会が実現することになった。
 参加者は二人。優れた資質を持ち、今は満足出来る絵が描けずに悩む――竹内麻巳と鳳仙エリスである。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2008/01/17(木) 01:57:02|
  2. 第六話

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