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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

あなたの居ないクリスマス

 藤波朋子との出会いは、階段の上でぶつかった時だった。衝撃で階段から落ちそうになったアイツを、俺が腕を掴んで引き上げたので事なきを得たのだ。
 その直後、何故か散々罵倒される羽目になり、そんなに興奮するものだから発作を起こして倒れたアイツを慌てて保健室まで運んだ。大変だったが、今やいい思い出だ。
 ――こういうのを走馬灯というのだろうか。
 今、以前とは全く逆の立場でぶつかった二人。長年の入院・通院から開放され、いくら元気を満喫しているとはいっても、廊下を走ってはいけない。決まりを守らないからこういうことになるのだ。ルールを守らない報いが自分にだけ降りかかるのはむしろ幸運であり、こうして他人を巻き込むことだってある。
 ともかく俺は、あの時の藤浪のように階段の最上段から落ちそうになり、彼女は逆に上から反射的に手を伸ばした。
 俺はその手を掴もうとしたが、しかし途中で止める。
 成人男性を引き上げられるほどの体格はしていない。女性、しかも目立って小柄で細身。ずっと病弱で激しい運動は出来ず、だから無茶だと思った。
 きっと一緒に落ちてしまう。それは駄目だ、容認できない。大切な生徒で、大切な友人でもある。やっと元気になったのに、また病院送りになどしてたまるか。
 そんな余計な思考があったからか、俺は受身すら取れないまま落下した。
 数瞬――永遠とも思えるゆったりとした時間が過ぎ去った後、全身を駆け抜けたのはただ衝撃のみ。痛みの一つも感じることは無く、呻き声も漏れない。
 藤浪の悲鳴を遠くに聞きながら、俺の意識は暗転した。








       竹内麻巳SS
          ~あなたの居ないクリスマス~









 冬は寒い。特に、一人で夜道を歩くのは辛い。身体より先に心が凍える。一人で居るより、大勢の中での孤独はなお重く心を覆う曇天となった。
 街を華やかなイルミネーションが彩り、親子連れや恋人達が幸せに浸りながら家路を急ぐ聖夜。サンタの格好をした売り子が、売れ残りそうなケーキを値下げしながら必死に売りさばく駅前通り。
 ――辛かった。寂しかった。
 クリスマスイヴ、その聖なる夜は私にとっての誕生日でもある聖者の生まれた日、世界中が祝ってくれる日。お母さんが、そう言って『プレゼントが一つになっちゃう』と駄々をこねる幼い私を慰めてくれたっけ。
 街を埋め尽くす人々と同じく、彼が階段から落ちたと聞くまでは、私も今日という日を楽しみにしていた。
 今はもう、分かっている。諦めてもいる。彼と一緒に過ごそうと計画していた様々なイベントが――生まれて初めて恋人と過ごすクリスマスが、全て台無しだ。
 辛かった。寂しかった。
 だから精々文句を言ってやろうと、私は病院に急いでいる。彼へのプレゼントを大切に抱えながら。
 幸いにも、クリスマスだからと面会時間は遅くまで延長されていた。



 浩樹さんの病室に着いた私は、今日という日が台無しになってしまったと、ややわざとらしくむくれて見せた。
「心臓が止まるかと思った……ってさ。必死に泣き付いて、無事を喜んでくれた可愛い麻巳は何処へ行ってしまったんだ?」
「もう。そんなのは早く忘れてください」
 意地悪なことを言いつつ、楽しそうに笑う浩樹さん。邪気の無い笑顔を見ていると、これはこれでいいかと、暖かい気持ちが胸を満たしていく心地良さに容易く篭絡された。この人の隣が自分の居場所だと、改めて実感する。
 浩樹さんは、ベットの上でギブスで固定された右足を吊るされていた。頭にも厳重に包帯が巻かれ、見た目には痛々しい。しかし本人は別段気にした様子も無く、私も努めて気にしないことにしている。
 ――先日、浩樹さんが階段から落ちたと聞かされた時は本当に血の気が引いた。容態を確かめる余裕すらなく、とにかく彼の元へと大学を飛び出した。病院の場所さえ聞いていなかったことに気付き、それも何とか確かめて病院へ到着すると、
「竹内先輩……私が……私のせいで……」
 泣きはらした目で私を迎えた藤浪さん。それで全てを理解した私は、周囲の目も憚らずその場にへたり込んでしまった。――まあ、勘違いだった訳ですが。
「足、思いっきりポキッと逝ったからな。頭も強く打ったし。全治二ヶ月、ならびに2週間の入院ときたもんだ。ついてないよな、ホント」
 ちなみにすでに1週間は経過している。
「ついて無くないです。そのくらいで済んで良かったじゃないですか」
 彼の愚痴をキッパリ否定しつつも、私は内心の無念さを抑えきれなかった。恋人になって一年目、彼への恋心に気付いた記念すべき日。それがこの体たらくだ。
 退院予定日は何とか年越しには間に合う見込みであるものの、その時でもまだ自由に出歩くには無理があるだろう。折角着物まで用意して、二人で初詣に行こうと楽しみにしていたのに。クリスマスどころか、新年の予定まで台無しだった。
「そうむくれるなよ。後で諸々の埋め合わせはしてやるから。下手すりゃ一月も中ごろになっちまうが……。何か考えておくよ」
「……」
「なあ、だからさ。折角の誕生日なんだし……楽しくいかないか?」
「……もう。ずるい人」
 そう言いながら、私は笑顔になってしまった。浩樹さんは不思議そうな顔をしている。何が良かったのか分かっていないのがまた、この人らしくて実に微笑ましい。
 だって彼は、クリスマスではなく誕生日と言ってくれた。鈍くて気遣いの欠片も無い朴念仁の、上倉浩樹美術部顧問がである。霧さんに話したら目を見開いて『ありえない』とすぐさま断言するだろう。それほど信じられない出来事なのだった。
 それだけ私のことを考えてくれたのだと思うと、頬の筋肉が堪えてくれない。もう少し我侭につき合わせてやろうと思っていたのに。まったく、惚れた弱みとは厄介なものだ。
「も、もう。仕方ないですね。それじゃ、これ……あげます」
 照れ隠しも兼ねて、私は持参した紙袋を浩樹さんに押し付ける。ベットに横たわる彼が、苦笑しながらそれを受け取った。悪戯好きのこの人が、こんな私の反応を弄らないのもちょっとした誠意の表れだろう。とりあえず、そう納得しておく。
「悪いな。お前の誕生日なのに」
「い、いいから開けてください……。結構、頑張ったんですから」
 そうして浩樹さんが取り出したのは、毛糸で出来た手編みの、お世辞にも出来が良いとは言えないニット帽だった。
 ――実はこれ、失敗と妥協の産物である。最初は手袋、次いでセーター。ことごとく失敗した私は、もう時間が無いからと更なる針路変更を余儀なくされた。マフラーにしなかった事だけが最後の意地。
 何しろ追い込みの時期に、誰かさんがこんな大事件を起こしてくれたのだ。気が気ではなく、実際にお見舞いでも時間を取られては仕方ないだろう。お見舞いを中止して編み上げても、それこそ本末転倒というものだし、病室で編んではバレバレだ。こういったものは完成するまで秘密にして、驚いてもらうのが肝である。
 難易度の問題から妥協に妥協を重ねたこのニット帽ですら、出来が良いとはお世辞にも言えない。どうして絵を描くように上手くいかないのか。何度も失敗しては後戻りしながら編み上げたが、男の人はこんなものでも喜んでくれるのだろうか。プレゼントを思いとどまろうと、何度か考えもした。
 しかし。睡眠時間を多きく削って、一日中持ち歩いて編み続けた思いの結晶を、無駄にするなどどうして出来ようか。彼への思いすら封じ込めようとした過去をも思い出し――やはり渡すだけ渡してみようと、苦笑いされてからかわれても、それはそれで楽しい時間が生まれるのだからと無理矢理自分を納得させて、今のこの時に至る。
「ありがとう。気持ちが伝わってくる。きっと暖かいだろうな。外に出るのが楽しみになってきたよ」
 内心の不安を押し隠し、身体を強張らせて感想を待っている――そんな私を、どういうわけか浩樹さんは強引に抱き寄せた。
「そ、それじゃ……早く治してくださいね」
「ああ……。そうだ、ちょっとすまん」
 そう言って身を離す浩樹さん。私は名残惜しかったけれど、何とか自重した。無理はいけない。彼は怪我人なのだから。
 ――しかし、傷が痛んだのかと思ったらどうやら違ったらしい。
 彼は枕元に置いてある二つの紙袋を手に取り、それを私に差し出した。
「まずは、メリークリスマス。こっちから開けてみてくれ」
 私は言われるままに、まずは右側の袋を開ける。中に入っていたのはエプロンだった。
 青系の落ち着いた色遣い。やや地味ながら、肩口のフリルがアクセントで控えめな可愛さがある。しっかりした生地で、実用性も高そうだ。結構値の張るものかも知れない。
「料理、頑張ってるからな。最近は失敗が減って、成功も増えてきたから、そのご褒美も兼ねてってとこだ」
「あの、こういうこと聞くのはアレなんですけど……」
「値段なら秘密だぞ」
 うぅ。今日の彼はやっぱり鋭い。
 しかし、贈られる物にすら気を使うのは悪癖の一つだと自覚もしている。まあ細かい事は気にしないでおこう。こういう時は素直に喜んでおくべきだ。
「有難うございます。……こんなものを貰ったら、気合を入れてお料理しないといけませんね」
「ああ。頑張ってくれ」
「作ったら、残さず食べてくれる人が必要ですね?」
「ぜ、善処するが……。少しは手加減してくれよ」
 まだまだ怪しいところのある私の料理を思い出したのだろう。
 本来なら怒るところかも知れない。けれど私は嬉しさに抗し切れず、結局頬が緩みっぱなしになってしまった。

「誕生日プレゼントの方は、どうせだからな。思いっきり恥ずかしいデザインにしてやった」
 二つ目の紙袋を開けた時、彼はそう言って悪戯っぽく笑った。
 しかし私はというと、ちょっぴり複雑な心境だった。――恥ずかしいデザインが、という訳では無いのだけど。
 ピンク色の手袋で、手の甲に赤いハートマーク。今どき有り得ない。分かっててそれを作り、この大事な日に贈るというのはある意味凄い。
 もっとも、その程度で臆する私ではなかった。気にせず毎日使って見せるところだけれど、問題は別のところにある。
 何しろ、私が挫折したモノが目の前にあり、驚くほどの完成度なのである。嬉しいのに、凄く嬉しいのに、料理どころか裁縫までこれほどの敗北感。私、女としてどうだろう。
「……気に入らなかったか?」
 思いつめた表情をしていたからか、彼が心配そうに私の顔を覗き込んだ。私は慌てて顔を上げる。
「そっ、そんなことは決してっ! ええもう、本当にただただ嬉しくて涙を我慢してっ!」
「とてもそうは見えなかったが」
 嬉しいのは嘘ではなかった。しかし、他の感情も彼は見抜いている。いつもなら間違っても気付いたりしない人なのに。
「うぅ……。だって、仕方ないじゃないですか。なんで料理も裁縫も、私よりずっと上手いんですか」
 こみ上げてくる敗北感に打ちのめされて、私は泣きそうな顔で抗議する。
「相変わらずの負けず嫌いだな。まあ、そういうところも悪くない。これから頑張ればいいさ」
 そう言って、彼は私の頭を優しく撫でてくれた。
 子供っぽい扱いに多少の不満もあるけれど――その何倍も暖かくて、幸せで、否定する感情を一瞬にして駆逐する。彼の、自覚無き必殺技だった。
「俺だって簡単に作ったわけじゃないぞ? 出来が納得できずに作り直す事数回。やっと出来上がった傑作なんだ」
「私もそうです。結局、手袋もセーターも諦めましたけど」
 私が拗ねて見せると、
「……まあなんだな。きっと良いこともあるさ」
 さすがに呆れたのか、頭を撫でていた彼の手が止まった。
「もうありました。十分すぎるほどに。だから……いいんです」
「そうか」
 それだけ言って、彼はまた私を抱き締めてくれた。



 数分後、私は化粧室で顔を洗っていたりする。冬場の冷たい水に触れて、火照った頬が冷めていく。
 あの後、抱き合ったままの私達の前に、気付くと看護士さんが立っていた。入ってきたのにも気付かないほど、お互いがお互いに熱中していたらしい。
 私は恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら、逃げるように病室を後にした。
「ああもう。まったく。まったくもう。ううぅ……。あぅぅ……」
 思い出すと、また顔が熱くなった。でも、それは恥ずかしさだけではなくて。
 ――子供の頃から、親からも友人からも合わせて一つずつだったプレゼントが、彼からは二つ贈られた。しかも両方が最高に嬉しい物だ。鈍い、気が利かないと普段から言っている私だけれど、こういう大事な時だけでも喜ばせてくれるなら、他の全部を引き換えにしても良い。むしろ有難みが増すというものだ。
 そういえばまだお礼を言ってない。落ち着くまで待ちながら、何か気の聞いた言葉でも考えてみよう。

 更に五分くらい経って、ようやく落ち着いた私は浩樹さんの病室へ戻ることにした。
 静かな廊下を歩いていると、小さな話し声が聞こえてきた。盗み聞きは良くない、と意識を逸らそうとし――その片方が浩樹さんの声だと気付き、反射的に耳をそばだてた。病室に近づくと、周りが静かなためか小さな話し声でもハッキリと聞こえてくる。
「あの手袋、とっても暖かいです。ありがとうございます」
 手袋? プレゼントした? 誰に? 私以外に?
 混乱する私をよそに、浩樹さんと先ほどの看護士さんとの会話は楽しげに続く。
「でも、やっぱり少し恥ずかしいですね。恋人もいないのにハートマーク付きの手編みだなんて」
「それが目的ですから。そういう意味での効果は薄かったみたいだが、まあ喜んでもらえれば十分ですよ」
「うふふ。羨ましいことです。でもいいんですか、彼女に内緒でこんなこと」
「言わなきゃバレやしないさ。説明も面倒臭いし、まあ喜んでくれていたのに水を差すのも……」
「そうですね。言わなければバレませんよね~。言っちゃってますけど」
 私はいつの間にか――自分でも気付かぬうちに飛び出して、ベット脇に立っていた。浩樹さんと看護士さんが揃って驚き、飛び上がりそうになりながら小さな悲鳴を漏らした。
「まっ、麻巳!? いつからそこにっ!?」
「さあ。どうでしょう?」
 私は笑顔で言ったのに、どういうわけか看護士さんが逃げるように病室を出て行く。
「お、お大事に~」
 もちろん、そんなことには一切興味が無いので動じない。標的は別にあるのだ。
「では、面倒な説明とやらをお願いします」
「とほほ……」
 我ながら壮絶な笑みで告げた私に、言い逃れは無理と悟った浩樹さんは力なく項垂れた。

 練習で作った失敗作の手袋を、浩樹さんは看護士さん達にあげていたそうである。
 私は全てを回収することも考えたが――どうにも見栄っ張りな部分が邪魔をして、実行に移すことは無かった。
 埋め合わせが豪華になりそうなので、それで満足しておきましょう。





 こうして、初めて恋人と迎える聖夜も瞬く間に過ぎ去っていった。
 当初の予定とは大幅に違う。理想と比べれば大きく劣る、私の誕生日。でも、これはこれで悪くない。何より彼が無事だったのだから。
 彼の居ないクリスマスを、どれだけリアルに想像したか知れない。それを思えば、これほど恵まれた一日は無かった。
「満足した。それはもちろん、嘘じゃない。でもね、浩樹さん……」
 寒いけれど、それに心地良さすら感じる帰り道。今度こそ自分も幸せな人々の一員となって呑み込まれた人波の只中、私は唐突に立ち止まり。
 来年こそは理想的な恋人達の聖夜を楽しんでやるのだと、雪のちらつき始めた空に誓うのだった。

























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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/12/25(火) 23:41:30|
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