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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 6-4

 エリスは朝になっても起きてこなかった。
 それだけならいつもの事で、容赦なくベッドから転がり落とすのが日常なのだが――調子が悪い場合を考えると、このまま寝かしておくべきかとも思う。散々迷った末に、浩樹はオニギリと書置きをリビングに置いて出ることにした。
 目覚めて登校出来る様なら、特別講師の話を楽しみにしていたエリスがサボるわけもない。来なければ、調子が悪いという事だ。今日は部活も部長に任せて早めに帰宅することにすればいい。
 自分の朝食も、一人だとついつい手抜きになってしまう。トーストを一枚焼いてマーガリンを塗りつけ、すぐさまそれを食べ終える。時刻はまだ六時台。今日は特別講師が来るのだからと考え、多少早めだが構わずに家を出た。
 エレベーターを降り、自宅マンションから出ると――そこで見知った顔を見かける。なにやら難しい顔でウロウロしている、その制服姿の少女を呼び止め、浩樹は訪ねてみた。
「なにやってるんだ?」
「あ――先生」
 麻巳は驚いて振り返ると、悪戯を見つかった子供のように身を震わせた。
「ええと、あの。今日の予定表を作ったので、渡しておこうと思いまして……」
「そうなのか、悪いな。……って、さすがの俺も今日の時間割くらいは把握してるぞ?」
「必要無いとは思いましたけど、せっかく作ったのに無駄になるのも勿体無いですし……。それより、鳳仙さんの様子はどうですか?」
 歯切れの悪い先の話題に比べ、明らかに必死な様子で聞いてくる。そんな様子に、浩樹は珍しくピンときた。
「本題はそれか。なんだ、ウロウロしてないで上がって来ればいいだろうに」
「いえ、これはあくまでついでで……」
「何言ってるんだ? 明らかにこっちが本題だろ。予定表なんてわざわざ届けんでも、準備室の机の上に置いとけばいいもんだし」
「……なんで先生は、そうやって中途半端に察するんですか」
 やっと諦め、全てを認めた麻巳は、まずそう言って肩を落とした。
「確かに私は鳳仙さんの様子を見に来ました。でも、私が姿を見せたら逆に気遣わせるんじゃないかって……考えるものでしょう?」
「そうなのか? 尊敬する部長が見舞いに来たら、単純に喜ぶと思うけどな」
「心の問題で、それを見舞われたら複雑な気持ちになるって……普通は考えます」
「じゃあ何で来たんだ?」
 不思議そうに尋ねる浩樹を、麻巳は本気で殴り飛ばしたくなったが――見舞いに来て怪我人を増やしても仕方が無い。代わりに盛大な溜息をついた。
「もういいです。先生と話していると疲れるだけですから」
「そうか。なら今日は一緒に登校しような」
 嫌に爽やかな笑顔でそう言って、浩樹は麻巳の肩を掴んだ。気持ちよすぎる笑顔に、麻巳は薄ら寒いものを感じて一歩後退るが――逃走は一歩目で断念した。肩を掴まれたままでは逃げられない。
「さあ、仲良く登校して噂になろうじゃないか」
「冗談でもそういうことを言わないでくださいっ」
「はっはっは。部長となら俺は嬉しいぞ~」
 マンションを出てきた時は暗い顔をしていたくせに、もう楽しげに笑っている。言葉は本気じゃないにしても、それで気が紛れるなら構わないか。――いつの間にかエリスではなく浩樹を気遣っている自分に気付き、不思議と笑いがこみ上げてくる。
 麻巳は自分でも気付かぬうちに、浩樹に釣られるようにして笑っていた。



 二十年近くも手を伸ばし続け、届きかけた瞬間に両掌から零れ落ち、そのまま捨ててしまった夢。その場所へ続く道の、一つ目の扉。
 ――その扉の向こう側から来る者との対面となれば、図太い浩樹にも緊張はあった。エリスのこともあり、精神的に不安定な状態になっていた様にも思われる。
 しかし、それも朝までだ。今日、最初に出会ったのが麻巳で良かったと、浩樹は心の底から感謝していた。
 麻巳は確かに堅物だが、ノリが良くて冗談を理解する余裕もある。何というか、親しくなるほどにスキがいくらでも見えてくる人間で、実にからかい甲斐があるのだった。
 浩樹よりも付き合いの長い東楓子などは実に手馴れていて、よく漫才染みたやりとりを見せている。そんな親友からは『見かけによらず癒し系』などと評されている麻巳は、母性が強かったするのだろうか? 浩樹にはそこまで分からないが、何となく納得出来る部分はあった。
「予定表はともかく、気晴らしに付き合わせたのは事実だ。後でなんか奢ってやるかな」
 いつも不味いコーヒーを持参してくるから、日本茶でも買って渡せばそれで良かろう。明らかに失敗し過ぎなコーヒーは普段より割り当てが増えそうだが、それは甘んじて受ける。朝の礼としては、むしろそっちが本命か。
 どうでもいいことを考えながら、浩樹は無人の校舎を進む。早い時間なので、さすがに人気が無い。
 澄んだままの空気を吸うのは、初めてではないにしても大層珍しいことだった。考えを無意識のまま呟きつつ歩きながらも、浩樹は解放的な気分を満喫する。――その男と再会するまでは。

 考えなかったはずが無い。思考の中に入らないよう、頑なに締め出していただけだ。彼は新進気鋭の画家で、今回の話にはピッタリで、エリスもそうだといいなと言っていたではないか。
 ――美術準備室の扉を開けて入ってきた彼の顔を見た瞬間、浩樹は自分がまだ過去を引き摺っていることを知った。喉がひり付いて、唾を呑み込むことすら出来ない。
「……久しぶりだね」
 対して柳は、このような事態を常に想定して、望んでさえいた。だから、浩樹よりずっと早く立ち直り、ぎこちない笑みでそう言った。
「驚いたよ。まさか、君とこんな場所で会うとは思わなかった」
「お互い様だろう? ……元気そうだな。お前の絵は、いつも見させてもらってるよ」
 浩樹は、何とかそれだけの言葉を搾り出した。すると柳は、傷ついたように表情を翳らせる。
「それは、意外だけど嬉しいな。僕の事は、もう記憶から消してしまったものと思っていたよ。そうされても、仕方ないと思っていた。いや、むしろ――」
「今日はよろしくお願いします、柳画伯」
 浩樹はそう言って、笑顔で手を差し出した。まだ立ち直ったとは言い難く、明らかな作り笑顔と刺々しい声だったが、それでも先を言わせる訳にはいかなかった。
 ――浩樹は柳の絵を、正式に発表されたものに関しては欠かさずチェックしている。それは本当だった。
 『あの事件』の後もずっと、姿を消したまま連絡も取らなかったが、それだけは続けてきた。だからこそ、柳の言いたい事は、きっと自分を傷つけるだけのものだと分かる。誰も満足しない、誰もが傷つく、そんな言葉を吐かせるわけにはいかない。
「こちらこそ、よろしく」
 無言のまま手を出している浩樹に、柳はやっと握手を返し柔らかい声でそう言った。
 柳は優しい。俺と違い、他人の心が理解できる人間だ。だから俺の気持ちを察して、合わせてくれたのだろう。――浩樹はそう解釈した。ならば自分も大丈夫だと、見せてやらねばならない。
「うちの部長は優秀なんだ。今日も、予定表まで用意してくれたよ」
 言いながら、浩樹は先ほど渡された予定表の一枚を柳に手渡した。浩樹自身や特別講師の他に、理事長代理や校長、教頭などにも配れるようにと余裕を持って印刷されている。
「なるほど。これは分かりやすいな……」
 柳は簡単に目を通すと、そう呟いた。
 特別必要なものでもないが、少なくとも本気は伝わる。一層の熱を込めて指導してもらうという意味で、確かに役に立つものだ。
 本来、麻巳にとってはエリスを見舞う口実というのが予定表を作った理由の半分以上を占めるのだろうが、最悪の話題から抜け出すという想定外の大きな効果をもたらしたことには感謝の言葉も無い。
 麻巳は想定外の失敗をするが、想定外の成功もする。自分では失敗のイメージばかり持っている様子だが、浩樹には成功のイメージこそ強く印象に残っていた。何しろ失敗は自分だけのくせに、成功は回りを巻き込むことが多いのだ。
 そういった運の振れ幅の大きさもまた面白い――思い出を色々と回想しようとして、今朝のことを思い出す。
 クールなのにオーバーリアクション気味な麻巳は、浩樹が予定表の話題を再三振ると『顧問が顧問ですから。手間がかかって困ります』なんてことを言っていた。普段は上手くやるくせに、自分の事を誤魔化すのはえらい下手なところがまた可愛いのだ。――もちろん、教え子としてだが。
「……どうかしたのかい、浩樹?」
「いや、楽しい部長の百面相を思い出しててな。霧にも劣らない、面白い奴だよ。後で紹介する」
「美術部の部長さんか。……うん、楽しみにしているよ」
 やっと自然に話せる空気になった事こそ嬉しいのか、柳はいくらか自然に見える笑顔でそう言った。



 最初の授業が始るまでの間、浩樹と柳は僅かながら話をした。その中で、浩樹は今は絵を描いていないことも告げる。柳は複雑な表情をしていたが、深く追求することはしなかった。
 ――浩樹と柳は親友である。幼馴染でもある。霧と柳と浩樹はいつも一緒だった。浩樹の後を付いてくるエリスも、一緒に三人で可愛がっていた。
 柳と浩樹は、競い合いながら互いを高めあった仲だ。絵にかける情熱は、どちらも譲る事は無かった。
 そこには暗い感情など無く、互いに互いの成功を本心から願っていた――はずだった。それなのに、浩樹と同じ芸術大学に進学した柳は、浩樹の描いた絵を自分の絵と偽り桜花展に応募してしまう。
 浩樹はそれ以来、まともに絵を描いていない。柳を許しもせず、糾弾すらせず、黙って姿を消した。
 思えば最も辛い当たり方だったかも知れない。しかし、あの時は打ちのめされて、他にどうしようもなかった。
 裏切られたとて、絵は描ける。賞ならまた取れば良い。しかし、どうしてもその気になれない。
 浩樹は誰よりも柳の事を知っていた。あの正直で優しい、自分の事を気にしなさ過ぎて周囲が心配するような善人でも、魔が差してしまう。自分ではそうではないと思っていても、いつの間にか心は欲に取り付かれて狂ってしまう。それが怖かったし、嫌気が差した。
 それでも絵から完全に離れる事は出来なかった。何のことは無い、他に食っていく手段を持たなかったのだ。だから美術教師として職を探したし、それを見つければ大人しく教師としての日々を送るしかない。
 慌しい日々の中で、いつの間にか柳との事は過去になっていく。そこには付きまとって常にうるさい芸術馬鹿が約一名、かなり活躍していて、そのことは浩樹も密かに感謝していた。
 そして半年ほどが過ぎれば、もう柳に対して思うところは無くなっていた。――そう、浩樹は既に恨んではいないのだ。絵を捨てたのは自分自身だと自覚している。
 それでも簡単に割り切れるほど人の心は単純ではない。本人を目の前にすれば、心が竦んでしまう。せめて表面上だけでも親しく話せれば――
「上倉先生、聞いているんですか!?」
 声をかけられて顔を上げると、そこは美術準備室だった。いつの間にか、浩樹の目の前には部長の竹内麻巳が立っていて、なにやら怒っている。
「どうした、河豚が豆鉄砲食らったような顔をして」
「そこまで膨れっ面してません! だいたい、どうやって水中に豆鉄砲を食らわすんですか」
「生きたまま、まな板の上でとか」
「そこまでする意味は?」
「無いな」
「一応、聞いておきますけど。この会話の意味は?」
「怒られそうなので話題を逸らす」
 ますます怒るかと思われたが――麻巳は脱力して肩を落とし、俯いた。
「せっかくの質問会だったのに、もう終わりですよ。いくら呼んでも反応が無いし……」
「なんだ、もうそんな時間なのか」
 呑気に言いながら時計を見て、浩樹はやっと焦りを覚えた。
 一時間目が終わった記憶すら無い。なのにもう昼休みが終わりだ。
「悪い、それで質問会はどうだった。問題なく終わったか?」
「さあ。大丈夫なんじゃないですか? 進行の予定は細かく指示しておきましたから」
 言いながら、麻巳は拗ねたようにそっぽを向いた。
 いつもこういう怒り方をしてくれるなら可愛げもあるんだがな――などと考えつつも、浩樹は務めて素っ気無く応答する。
「なんだ。なら問題ないじゃないか。で、柳の奴はどこに行った?」
「お昼に食堂へ。簡単に自己紹介を済ませた後は、昼食を兼ねての質問会。そういう流れにしたんです。私も一応は参加する予定でしたけど、田丸さんに任せてきました」
「よく場所が取れたな」
「予定表に書いてあるはずなんですけど。……教頭と食堂にかけあって、席を予約したんです」
「おお、さすがに気が利くな。ここの学食は美味いけど席が取れないから、柳の奴もきっと喜んだろう」
「その席が二つも無駄になりましたけどね」
「なんだ、勿体ないな。誰だ、休んだ奴は」
「私と先生に決まっているじゃないですか!」
 頭に血を上らせて、分かりやすく怒りを表している麻巳を見ていると――どうしても悪戯心が首をもたげてくる。そんな場面でも無いので何とか自重してみせた浩樹に、麻巳はさらに続けた。
「鳳仙さんのことで、おかしくなったのかと心配したんですよ。なのに……。もう、何なんですか!? それなら私も学食へ行けばよかった」
「今からでも行けばいいだろうに」
「昼休みも残り五分を切って、私に何をどうしろと!?」
 浩樹とて、麻巳が質問会を楽しみにしていたのは知っている。それをふいにしてまで残ったのは、浩樹を心配してのこと。それなのに当の本人は特別異常もなくボーっとしていただけなのだから、憤るに十分な理由である。
 謝って済むならそれでもいいのだが……。こういうとき、麻巳は矛を収める理由が欲しいだけの場合もある。浩樹が、鈍いながらもここ一年の付き合いで見つけ出した性質の一つだった。
 ここは分かりやすいモノをと考え、浩樹はふと今朝の事を思い出す。麻巳と共に登校した、その途中でコンビニに立ち寄ったはずだ。
「それで、昼は食ったのか?」
「食べられませんでした」
「そうか。悪かったな……。じゃあせめて、これを受け取ってくれ」
 浩樹はコンビニのパンを取り出した。今日はちゃんと食事の時間をとれるかも分からなかったので、簡単に食べられるものをと買った物だった。
 浩樹が唯一今日のために準備したものが、麻巳の準備を無駄にしたことで役立つというのは皮肉な話である。
「あとコーヒーも貰っておいてやろうか?」
「今日は無しです。学食の予定でしたから。珍しく、あの美味しい学食を食べられる予定だったんですよ? もしコーヒーが有れば、全て先生に飲んでいただくところです」
「……なんというか、すまん」
「今度、学食で御馳走してくださいね?」
「分かった」
「それじゃ、許してあげます」
 最後には笑顔で言ってお辞儀をすると、すぐに授業が始るので麻巳は身を翻らせて素早く美術準備室を後にした。――この切り替えの早さは相変わらず大したものだ。浩樹も、特に今日のような日は是が非でも見習いたいところだが、上手くいった例が無い。
 ただ、最後の引き際は切り替えたというより目的達成によるものだとも思えるが。
「結局、俺の方が掌の上か……」
 とはいえ、それはエリスの見舞いのために予定表を作ったのと変わらない、口実だったとも考えられる。本当の目的も仮の目的も果たされたからあの笑顔なのだ。
 率直なくせに素直になれない、そんな麻巳の心情を想像しながら――浩樹はいつの間にか自分も笑っていることに気付いた。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/11/16(金) 20:22:12|
  2. 第六話

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