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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 6-3

 私はいつまでもいつまでも、膝を抱えて座っていました。何も考えず、何も感じず、ただそこに在るだけです。
 ここには私の全てがあります。だから大抵のことは分かります。私は自分を閉ざしたのです。
 でも、私に分かるのはそれだけです。私の記憶は、思いは、小さな欠片となって飛び散りました。この世界のことは分かります。もうどこにもない、壊れて消えてしまった欠片もあります。だから、もう拾い集めても無駄なのでした。
 何も無い世界です。誰も居ない世界です。でも、誰も『それ』にならない世界です。怖い怖い『赤いなにか』も居ません。私はここが、とてもとても気に入りました。だからといって幸せだとも思えません。でも構わないのです。
 私は不幸になりたくありません。元の世界に戻れば、パパもママも『それ』のまま私を迎えるに決まっています。一度でも『それ』になってしまえば、取り返しが付かないのです。とても不幸なことだと思います。だから、私にはこの世界で十分なのです。
 でもある時、私の目の前に欠片が小さな山となって積まれていました。まだ掌に収まるくらいの小さな山でしたが、見ている間にもそれは大きくなっていきます。どうやら上から降ってきて、自然に積みあがっているみたいです。
 私はずっと何も考えず、何も感じずにいたので、その山がいつからそこにあったのか知りません。でもなんだか、それはとても暖かい感じがします。
 最後に寝てしまう前に、私を抱き締めてくれたママの温もりに似ている気がします。
 山の中から欠片を一つ、拾い上げてみました。そこには絵が描かれていました。
 この世界のことなら、それなりに分かります。でも、この欠片たちのことは分かりません。だからきっと、これは外の世界のものです。私がこの世界に閉じこもってから、改めて積み重ねられた記憶なのです。
 私はこの世界に閉じこもっています。外の世界では、自分がどうなっているのかも分かりません。自分も『それ』になっているのかも知れない、そんな恐怖から目をそむけていました。
 でも、もし『それ』にならずに済んでも、私はここに居るのです。外で記憶が増えるわけがありません。少し興味が湧いてきました。私は、その欠片たちに目を通していきます。
 殆どは外の風景を描いたものでした。犬さんが、猫さんが、鳥さんが居ます。もちろん、人間も居ます。絵は不思議です。動かない人間なのに『それ』とはまた違い、温かみがあるのです。
 私は外の世界に興味を持ち始めました。でもまだ怖いです。怖い気持ちの方が大きいです。
 悩みましたが、私はやっぱりここに居ることにしました。何も無い世界が退屈に感じるようになりましたが、この新しい記憶たちはどんどん増えていきます。私はそれで十分だと考えました。
 でもある時、その記憶がだんだん増えなくなっていきました。最初は、私が欠片を見るより多くの記憶が増えていたのです。いつまでも無くならないと思っていたのに、それは少しずつ、増えなくなっていきます。
 私は怖くなりました。もう、この欠片たちが増えなければ生きていけません。外の世界がどうなっているのか、改めて、今度はもっと切実に気にするようになりました。
 でも、いざ出ようと思っても、ここから出る方法は分かりません。出来ることはないか、私は残った欠片を見ながら考えていました。
 遂に最後の欠片を見終わり、もう新しい欠片が無くなってから、私は決心します。自分の心を集めてみようと。
 それからは戦いの日々でした。どこまでも広い、真っ白な世界をただただ彷徨います。時折、落ちてくる新しい『欠片』だけが心の支えです。でも、新しい『欠片』が落ちてくるのは、どんどん遅くなっていきます。あまり時間は無いようです。
 私は焦りました。でも、他にどうする事も出来ません。結局やることは同じなのです。
 やがて気が遠くなるような時間をかけて、私は全ての心と記憶を集め終わりました。それを、パズルのように組み合わせていきます。
 でも欠片はたくさんあります。また長い時間が過ぎました。そして私は、自分の心と記憶をついに全て組み合わせたのです。
 出来上がったパズルは、しかし穴だらけでした。もう欠片は残っていません。空いている部分は、埋まっている部分と同じくらいありました。どうしようもありませんでした。
 その時、私はやっと思い出します。最初にこの作業を諦めたのは、もう無くなってしまった欠片が一杯あったからなのです。
 私は絶望しました。この世界に来て、初めてのことです。全ては徒労だったのです。
 その時、目の前に新しい『欠片』が落ちてきました。でも私は、それを受け止めたりしません。もう何もかもが、どうでもよくなっていたのです。
 そして『欠片』は未完のパズルに落ちていきます。その時、信じられないことがおきました。穴の開いた部分に落ちた『欠片』は、無くなったはずの部分を埋めてしまったのです。
 私はその『欠片』を改めて見ました。それは――私の姿を描いた絵です。パパとママに見守られて、幸せに暮らしていた頃の私自身なのです。
 『欠片』が未完成なパズルに――私の心に収められ、私はやっと気づきました。その絵に込められた悲痛な思いを、やっと受け止めることが出来たのです。
 戻ってきて欲しいと。その絵は――浩樹のお兄ちゃんは言ってくれています。
 涙が溢れてきました。ママが『それ』になってしまった時とは違います。嬉しいからの涙でした。
 私は、今までに集めた『欠片』を全て大事に持っています。私はそれを使い、パズルの穴埋めをしていきました。
 お兄ちゃんのくれた、私の新しい心が、私の心のスキマに次々と収まっていきます。一つはめ込む毎に、嬉しさで一杯になります。だから私は残った穴を、埋めて、埋めて、埋めるのです。落ちてくる欠片をただ見ているよりも、ずっとずっと楽しくて、幸せでした。

 そうして、いつの間にか世界は真っ白じゃなくなっていた。
 世界に色が戻ると、自然に知ることになった。私は最初から、この世界の中に居た。ただ見ていなかっただけだった。私の心を取り戻そうと、挫けそうになりながらも絵を描き続けてくれたお兄ちゃんすらも、見ていなかった。
 ――お兄ちゃんが、涙を零しながら喜んでくれる。あの時の表情、声、今でも鮮明に思い出せる。
 私も嬉しかった。お母さんの言葉は本当だった。お兄ちゃんが助けてくれた。
 そして、お兄ちゃんが本当のお兄ちゃんのような存在になってくれた。
 両親は死んでしまったけれど、私に幾つもプレゼントを残してくれた。お兄ちゃんと、絵と、そして――怖い怖い、赤から身を守る術を。



「精神科医の話によると、その真っ白な世界が今もエリスを守ってるんだそうだ」
 長々と事故の話をしたあとに、浩樹はそう言って深く息を吐いた。
「母親の胎内のイメージがどうとか……難しいことは分からんが。赤い色から意識を遠ざけて、それでも侵食してしまった時にはブレーカーみたいに意識を落とす。いまだに真っ白な世界は夢に見るらしいが――だから事故後に意識を取り戻してからも、意識を失うことはあっても錯乱するような事は無かったんだがな」
「問題ない――だから、秘密にしていたということですか」
「ああ。エリスの気持ちも考えてな。悪かった」
 浩樹に頭を下げられても、麻巳は困るだけだった。
 赤を使わないな、くらいには思っていたものの、彼女はいつも赤を必要としない絵ばかり描いていた。赤が無いのが自然だったから、特に指摘もしなかった。もう少し気にしていれば、と麻巳とて自分を責めていたのだ。
 エリスの過去は、浩樹にとっても心の傷だ。悔しそうな、悲しそうな、複雑な表情で語る浩樹を見れば分かる。彼らにとって、まだ事故は過去になっていない。
 麻巳は何とも言えずに黙り込んでしまった。浩樹は、そんな麻巳の様子に困ったように笑んだ。傍らに立つ麻巳の頭に手を置くと、ポンポンと優しく叩く。
「俺なんかより、歳も近いお前達の方が支えになれるかも知れない。力になってやってくれ、頼む」
 病床の時以来、なんども思い出していた。その温もりに再び触れられるとは思わず、あまりの不意打ちに心の準備も何も無かった。
 麻巳は頬を朱に染める熱を自覚しながら、それを誤魔化すように顔を背けながら言った。
「何が出来るとも思えませんけど、何かあれば精一杯力にはなります」
「ああ、それで十分だ」
 普段から、麻巳がエリスの面倒をよく見ているのは知っている。だから、浩樹は改めて何かを期待したわけではなかった。それでも心構えを作ってくれたのだから、本当に十分過ぎる。
「あとはお任せします。私は美術室に戻りますね」
「ああ。そっちは頼むぞ」
 保健室を出る直前、掛けられた声に振り返り、麻巳は僅かな笑みを返した。

 麻巳は美術室に戻ると、部員達に事情を説明する。あまり深い部分には触れず、過去に事故で両親を亡くし、それをきっかけに赤い色に反応してしまうことがあるという程度に留めておいた。
「いわゆるトラウマね。今回のようなことは初めてらしいけど、赤い水が零れるのが最悪らしくて……。今後、皆もそれだけは気をつけてあげて欲しいの」
 静かに聞いている部員達が、真剣な顔で小さく頷いた。
「それで……この話はここだけのものにして、部外ではもちろん、部員同士でも話題に上らせることはないように。固く禁止します。もし、これを破る人が居たら……」
 麻巳はゆっくりと視線を動かし、部員全てを威嚇するように見やってから、
「私は、きっと許さない」
 そう、気迫を籠めて宣言した。恐怖を覚えるほどの迫力で、何人かが青い顔で震え上がる。
 それに気付き、麻巳が何かを思う前に――
「ぅきゃあっ!?」
 いきなり胸をまさぐられ、驚いて後を振り返ると親友の楓子だった。
「い、いきなり何してるの!?」
「何だか空気重いなあと思って」
「そりゃ――でもだからって!」
 憤る麻巳の言葉を、楓子は手をかざして遮った。
「竹内さ~、ただでさえ迫力あるんだから。あれじゃイーゼルの十個や二十個は飛んできそうで、誰だって腰が引けるわ」
 ――気付けば、冗談めかした楓子の調子に、緊迫した美術室内の空気が弛緩していた。軽く吹き出す者までいる。
 麻巳は熱心過ぎてやりすぎることがあるので、過去にも似たようなやりとりはあった。本当に、麻巳が部長としてやっていくに楓子は欠かせない相棒なのである。
 もっとも、自分が『飴と鞭』の鞭役というのは大いに不満ではあったが。
「私、そんなに怖いかしら……」
 やや落ち込み気味に呟いた麻巳の言葉に、楓子はかんらと笑う。
「いや~、自覚無しとは全く持って大物だわ!」
 景気よくバンバンと背中を叩く楓子に、麻巳は軽く咽ながら抗議するが、楓子は笑い以外の返事は返さない。
 楓子は満足いくまで存分に笑い、やっと静まると言った。
「上倉先生への普段の仕打ちを見てるとね。まあ、誰でも怖いわよ」
「他の人には優しくしているつもりなんだけど……」
「先生のは否定しないんだ」
「どうして?」
 本気で不思議そうに問い返す麻巳に、今度こそ美術室中から笑いが沸き起こった。
 よく分からないが、自分が作ってしまった変な空気は吹き飛んだらしい。楓子の失礼な物言いは、それで帳消しにしてあげてもいいか、と思う麻巳なのだった。



 あの後、エリスは二時間ほど経って目覚めたものの、残りの一日をぼんやりと過ごした。
 夜が明けてもまだ虚ろな目をしていたら、浩樹はエリスを休ませようと考えていた。幸い、プロ画家の来訪を楽しみにしていたエリスも、無理に動くのが億劫なようで、夕食のあとにその話をすると『分かった~……』と力なく応えて部屋に戻る。
 ――浩樹がエリスを背負って家に帰ったのは部活が終わるより早かったが、特別講師質問会の面子は麻巳がしっかり決めてくれて、夕食後を見計らったように電話があった。
 進行役に麻巳自身も入るらしいが、自分は裏方に徹するということだ。麻巳の受ける特別授業は午後からなので、クラスメートより一足早く特別講師の話を聞けると楽しみにしていた。
「職権乱用じゃないのか?」
 浩樹が意地悪く尋ねると、麻巳は素っ気無く答える。
「私としては、先生にお任せしても一向に構いませんが」
 わざわざ請け負ってくれる仕事を、無理に拒否する理由も無い。浩樹はすぐさま意見を翻した。
「すまん。悪かった。よろしく頼む」
「もう。そこでたまには、任せろ! ……って、景気良く胸を叩いてくださいよ」
「俺の薄い胸板は、そんなことでいちいち叩けるほど分厚くないんだよ。そういうのは霧にでも任せとけ」
「桔梗先生は、確かに厚いですよね。二重の意味で……」
 脂肪と筋肉と――ということだろう。麻巳が霧に対して、憧れに近い感情を持っているのを浩樹も知っている。もちろん察したわけではなく、昼食時にそのような会話があっただけだが。
「だろ? ……ちなみに今の発言は本人に報告しとくぞ」
 言葉の意味が分かるので、浩樹の口からはそのような言葉も出る。麻巳は、ほんのり回りくどく言えば気付かない浩樹の性質を見透かしての発言だったらしく、急に慌て出した。
「ちょっ……な、何言ってるんですか! 自爆ですよ!?」
「俺は部長と一緒なら本望だぞ」
 そう言いながら、浩樹は声を立てて笑った。自衛など微塵も感じさせない浩樹の態度に、麻巳はあたふたと言葉を重ねる。
「早まっちゃいけません。いいですか、本格的な体育会系の腕力は婦女子と言えど侮れません。逆鱗に触れたらどうなるか、想像してみてください」
「それなら問題ない。ああ見えてどっかの部長より優しいぞ。せいぜい肘鉄一発がいいとこだな」
 もちろん、その一撃がどれほど危険かはあえて触れない。
「あとは飲みにでも連れ出せばチャラ――ちなみに、ついこの前の話だな。それこそ体育会系、実にサッパリした奴だよ」
「あ~、う~……で、でもあの。それじゃあえっと……こ、こんな時間に女の子と電話だなんて、バレたらマズイんじゃないですか!?」
「そうなのか?」
 素で疑問系。実際、浩樹には何のことやら分かっていなかった。
 ――浩樹が霧の事を、意識して恋愛対象に見ないなどと麻巳は知らない。
 彼らの関係は、当事者以外の立場ではどうにも分かりづらいものだ。同僚・友人といった関係よりは遥かに親密であり、しかし恋人同士というには色めいた雰囲気も希薄なのである。
 付き合う一歩手前に見えるのは無理も無いのだが、それが事実でないにしても、異性として多少なり意識していれば気になる場面のはずなのだが。それに気付かない浩樹は、つまりとことん鈍かった。
 逆に、麻巳が意識してしまう。現実に電話で話している事が急に後ろ暗い事に思えて、それに。
(桔梗先生とは、本当に何も無いのかしら……)
 期待交じりのそんな思考をすぐさま打ち消すと、麻巳は動揺を隠すように慌てて言った。
「ま、まあいいでしょう。今回はこれくらいで許してあげます」
「??? ――おいおい、お前さんいつからチンピラに成り下がった」
「先生こそ、いつからグータラになったんですか?」
「つい最近だ。部長が優秀だと楽でいいよな」
「どう見ても生まれつきの性分という気がしますけど……。加えて、凄く意地悪ですね」
「部長はからかうと可愛いからなぁ」
「……ありがとうございます、こんなに嬉しくない褒め言葉は初めてです。それと、先生はもう少し聡くてもいいと思いますよ」
「そりゃ無理だ」
「アッサリ諦めないでください」
「いや、だってな。霧やエリスに言われるんだよ。確か、部長にも似たようなことを言われた覚えがある」
 そう言われても記憶に無い。麻巳が黙っていると、浩樹は懐かしむように言った。
「俺の長所も短所も、結局は鈍いのがいいんだってさ。本人には理解出来んのだが、まあ唯一の長所なら潰したくはないだろ」
「鈍いのが長所と言われても……。普通は嬉しくないと思いますけど」
「理屈は後付けだよ。もちろん努力するのは素晴らしいが、無理に背伸びしたって仕方ない。人間ありのままが一番、それだけのことだ」
 それは、何となく分かる。いや、やっと分かるようになってきた。不真面目で、とても優秀とは言えないけれど、それでもこの人は大人なのだ――と麻巳が少しは見直した瞬間、
「まあサボる時の台詞と同じなのはご愛嬌だけどな」
 そう気楽に言ってのける浩樹。麻巳は落胆して肩を落とし、電話向こうに聞こえるくらい盛大に溜息をついた。
 この人の一番の短所は、たまに良いことを言ってもすぐに打ち消すところだ――それだけは確信する麻巳なのだった。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/11/07(水) 02:42:39|
  2. 第六話

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