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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 6-2

 本気で絵を描こう、などと意識するのは初めてだった。
 鳳仙エリスにとって絵を描くという行為は、ONかOFFか、0か100かということでしかない。五割や七割の集中で臨む機能など最初から備わっておらず、絵を描くとき、脳の全てがそのための専用機械と化すのだ。
 他の事象を排斥するという精神状態には、小さい頃に両親を失った事故も関係しているのかも知れない。
 そんな彼女にとって、絵を描く上で誰かを意識するなど初めてのこと。熱意は過去に無いほど溢れていたが、実を言えばそれを持て余してもいた。
「やっぱり、赤が欲しいな……」
 自分で描いた絵を何度見ても、その結論に達してしまう。
 いつもなら、そんな余計な事は考えない。赤は使えない、だから使わずに最高の絵を描くためにと脳が勝手に判断する。
 しかし、今回は違った。
 最高の絵を描きたい。そうやって完成後の絵の出来を意識すると、必然的に赤の必要な絵になってしまうのだ。
 少しでも良い絵をと思えば、それは当然のこと。しかし赤が使えないのなら、結局は時間を無駄にしたという事実しか残らない。
 エリスも分かっていて、赤い絵の具は用意している。覚悟はしたつもりだ。
 しかし、実際に使えるのかは難しいところである。食事に関するアレルギー体質等もそうだが、気合でどうにかなる問題でもない。無理をして大惨事、という事すらある。食事と違って命に関わることも無いが――。
「少し休憩しよう」
 珍しく気分が乗らず、エリスは顔でも洗おうと立ち上がった。すると、煩悶を繰り返すうち意識せず疲労していたのか、不意に足元が揺れる。
 倒れることはなかったが、反射的に出した足が誰かの筆洗い用のバケツを蹴り、ひっくり返してしまった。
「ごめんなさい! 今、片付け……」
 そこまで言って、エリスは固まってしまう。
 バケツの持ち主は――三年生の東楓子は、気にしないでもいいよ、と気さくに言おうとして言葉を詰まらせた。
「――っ、エリスちゃん!?」
 楓子が慌てて手を出そうとしたが間に合わない。彼女の目の前でエリスは膝をつき、零れた赤い水の広がりに目を奪われていた。
「あ、あ……あぁ……」
 手を持ち上げると、自然に掌が視界に入る。赤い液体が、ねっとりと手にまとわり付いてくるように感じた。
 それは死の色。両親を『それ』に変えてしまった悪夢そのもの。
 普段は、赤い色から意識を逸らすことで自分を守っていた。そうでなければ日常生活にも耐えられない。しかし、やはり『赤』の中でも液体だけは特別だった。バケツの中に納まっているならまだしも、それが零れて広がったらあの時の光景と重なってしまう。一瞬でも見てしまえば抗えない。
 そしてエリスの世界は、死の赤に染まっていく。
「赤い。赤が、赤、あか、あか……ああぁあぁぁ――っ!」
 異常を感じ、楓子は咄嗟にエリスに飛びついた。頬を爪で引っ掻こうとしたのを、間一髪のところで抑える。
「落ち着いて、そんなことしたら傷が残っ――っ!?」
「うあぁぁっ! ああああっっ!!!」
 錯乱しているらしいエリスの力は尋常ではなかった。とても女生徒一人の力で抑えきれるものではない。
 そこでようやく、呆然としていた他の部員達もエリスを押さえるのに協力し始める。
 後から加わった男子部員達に揉みくちゃにされながらも、楓子は決してエリスから離れようとしなかった。何だか知らないが、自分のバケツがきっかけだったのは確かだ。
 それに、楓子にとっては一つの小さな決意もあった。
 最近は持ち直した様だが、麻巳が悩んでいたのを知っている。その間、何も出来なかったから。せめて残り少ない期間、部長としての麻巳を可能な限り助けたいと思っていた。
 だから離さない。離れない。麻巳が特別に目をかけているこの子を、助けてやらなければ。でも――やはり思ってしまう。
(ああもう、何でこういう時に部長も顧問も揃って居ないのよ!?)



 美術室から大きな物音が聞こえてきた。隣の準備室に居た麻巳は、考えに耽っていたので気付くのが遅れてしまったが、気付けば迷いなく無く即座に行動する。
 悪ふざけが過ぎるとはいえ顧問は顧問。まして正式に託された以上は、何かあっては自分の責任なのだ。
 麻巳は直接美術室へ通じる扉を開き、素早く教室を移動すると――異様な光景に息を呑んだ。
 まず、騒ぎの中心には赤い液体が広がっていた。バケツが倒れているので、これは恐らく色が付いた水だ。それはいい。
 問題は――その赤い水が広がる床に、鳳仙エリスがうつ伏せに組み伏せられていることだ。男子部員が三人、彼女に組み付いている。
 寝かせてしまえば体重を使って押さえ込める。錯乱した人間の膂力は侮れるものではなく、男子とはいえ文系の彼らの体力を慮って楓子が咄嗟の機転を利かせたのだった。しかし、たった今ここに来た麻巳にそんなことは分からない。
「あ、部長」
 その男子部員の一人が麻巳に気付き、荒い息の合間にそう言った。
 彼らは女生徒を三人がかりで組み伏せ、一様に息を荒らげている。それはある種の事件を連想させた。
「なっ――何をしているの!?」
 麻巳は美術室全体が震えるほどの大音声で叫んだ。事態の中心を心配そうに囲んでいる他の部員達まで身を竦ませるほどだった。
 ――男子部員が女子部員を襲う。週刊誌。スクープ。いやそんなことより、まず鳳仙さんを救わなければ。
 直情的な思考で、麻巳は咄嗟に手近なイーゼルに手を伸ばした。
 男子部員達は総じて顔を青くする。それだけは、冗談で済ませられるのは顧問をおいて他に無いのだ。
「落ち着け馬鹿」
 その時。スコーン、と景気の良い音が美術室内に響き渡った。どこから持ち出してきたのか、楓子が筆洗い用のプラスチック製バケツで麻巳の頭をぶっ叩いたのである。
「何するの!?」
 あまり手加減が無かった。その上、プラスチックといえども角がある。だいぶ痛い。涙目になりながら不満を訴える麻巳に、楓子は軽く苛立ちを見せながら言った。
「アンタが一番混乱してどうする。エリスちゃんが錯乱したから皆で取り押さえただけよ。事情は分かる?」
 病気か何かあるのか、ということだ。顧問でありエリスの保護者でもある上倉浩樹に、部長なら立場上、話を聞いている可能性は低くない。
 しかし楓子の期待に反し、麻巳にも覚えが無かった。
「知らないならいいわ。――ああもう、どう見ても気絶してるしさっさと退く!」
 視線を転じた楓子は、エリスを組み伏せている男子部員達を強引にどかした。
 ――普段は陽気な態度を崩さない楓子だが、今は珍しく苛立ちを抑えきれずにいた。
 どうにも上手く立ち回れた気がしない。訳が分からず混乱してしまった。こういう突発事態こそは、麻巳の力になれる一番のチャンスだというのに。
「ほら、ボーっとしない! 部長はエリスちゃんの面倒見て保健室へ。男子、一人背負っていきなさい。副部長は残って先生への報告と保健室へ来るように伝言。私は先生を探しに行くわ」
 せめてと思い、楓子は素早く指示を飛ばす。
 麻巳が来た以上、本来なら彼女に任せるのが当たり前なのだが、説明しようにも訳が分からないのだから果てしなく面倒だ。自分が勝手に指示してしまった方が早いこともある。
「うん、分かった。ありがとう」
 何故だか嬉しそうに微笑みながら言ってくれる麻巳を見て、楓子は僅かに救われた気がした。
 ――知らず回りを気遣い、的確に相手の助けになれてしまう性質。きっと誰よりも優しいからこそ持っている、それが竹内麻巳の最高の才能。
 そんな麻巳が大好きで、生き方に不器用な彼女をちょっぴりからかったりもするけれど――自分だけは本当の意味で麻巳の本質を理解していると自負する楓子は、少しでも助けになれたことがたまらなく嬉しかった。その喜びすらも麻巳が無意識に与えてくれたもので、結局こうなるのかと考えるとたまらなくおかしい。
「なに、どうかしたの?」
 いつの間にか笑ってしまった楓子を不思議そうに眺めながら、麻巳が尋ねてくる。
「さあ、自分でもよく分からない。ともかく行ってくるわ」
 そして楓子は、美術部顧問の上倉浩樹を探すため美術室を出た。



 楽しいはずの家族旅行。その帰りに、私はあの事故にあいました。
 パパの運転する車に乗っていた私を、強い衝撃と、鼓膜が破れそうなほどの轟音が襲いました。振り回されて体中をぶつけて、私はしばらく意識を失ってしまいます。
「エリス……」
 愛おしそうな呼び声と、柔らかい感触がします。怖い怖い一瞬が終わったと思い、私は目を覚ましました。
 ママが私を抱き締めているのは、すぐに分かりました。でも怖いのも痛いのも、まだ終わっていません。体中が痛くて、少しも動いてくれないのです。
 そして、周りを見ようにもママが私を抱き締めているので、それも叶いません。
 私は、唯一自由な口を動かしてみました。
「いたいよぅ……いたいよぅ……」
 でも、出てくるのは泣き声ばかりです。私はあまりの痛みに泣いているのでした。でも、辛くて辛くて、大きな声は出ません。しくしくと、静かに涙を流すのみです。
 そんな私を、ママはいっそう強く抱き締めました。
「ごめんね。もう少しだけ我慢してね。きっと、助けてもらえるからね」
「我慢出来ないよぅ……いたいよぅ……」
 ママが、私の頭を優しく撫でてくれます。でも、それくらいで痛みは和らぎません。私の涙も止まりません。
 そのままでしばらく時間が経ちます。すると、泣き止まないままの私を抱き締める力が、とうとう緩まりました。
 やっと自由になった私は、安心したくてママの顔を見上げます。そして、力の緩んだ理由を知りました。同時に、ママが私を抱き締めていた理由を知りました。
「お怪我してるの……?」
 私は途端に怖くなって、震える声でそう尋ねました。その瞬間、自分の痛みなんて忘れてしまいました。何かが無くなってしまうという実感に、私は生まれて初めて、本当の意味で恐怖したのです。
 同時に。ママは私を心配させまいと自分の姿を隠していたのだと、ようやく知りました。
「ええ。でも大丈夫だから……」
 そう答えるママの声には、僅かの力も残っていません。幼い私にも、すぐに嘘だと分かりました。
 死ぬ、ということはまだよく分かりません。でも、ママの顔は真っ赤です。身体も全部真っ赤です。その赤い液体が流れ出る度に、大切な何かが無くなってしまうのが分かりました。
 私はますます泣いてしまいました。ママを助けてほしくて、パパを呼んでみます。返事はありませんでした。
 車を運転していたパパは、きっと運転席に居ます。私は視線をそちらに向けました。でも、すぐに遮られてしまいます。
 私の目を覆ったのは、ママの手でした。
「パパは……見ちゃ駄目よ」
「どうして?」
「今は、ちょっと……都合が悪いの」
 私の身体を、いつの間にか強い震えが襲っていました。痛いからじゃありません。怖かったのです。
 視界を閉ざされる瞬間、私は見てしまいました。そこにパパは居ませんでした。そこには『それ』があっただけです。真っ赤な『それ』があっただけです。
 人が死ぬということは、人が『それ』になってしまうと初めて知りました。だから怖くなったのです。
 ママも、私も、パパと同じになってしまう。そう思い、私は更に涙を流しました。でもママは力を振り絞って、そんな私を再び抱き締めてくれます。
「大丈夫、エリスは死なないわ。パパは、自分が大変なことになると分かっていてぶつかったの。ママは、エリスに覆いかぶさった。パパとママが守ったのよ。だから、エリスは死なないですむわ」
「……ママは?」
 私の問いに、ママは答えません。でも、抱き締める力がさらにさらに強くなります。小刻みに震える私の身体が、それだけで少し落ち着きました。
「エリスは、浩樹のお兄ちゃんは好き?」
 いきなりそんな事を聞かれても困ります。もちろん好きだけど、簡単な質問じゃないと思ったのです。
 でも、いくら考えても答えは一つしかありません。私は少しだけ考えてから答えました。
「大好き」
 ママは、よく見ないと分からないくらい小さく頷きました。
「じゃあ、本当のお兄ちゃんになってくれたら、嬉しい?」
「うん」
 もう本当のお兄ちゃんとあまり変わらないです。だから、今度は考えるまでもなく、私はすぐに頷きました。
 ママは再び腕の力を緩めます。見上げると、満足そうな微笑がありました。
 でも私にも分かってしまいました。ママはもう、私を抱き締めてはくれません。
 だって、ママの身体は――本当に、本当に真っ赤でした。抱き締めていた私まで染め上げるほどに真っ赤でした。
「あの子は、きっとエリスを大事にしてくれる。妹にしてくれる。だから、独りじゃないわ……」
「ママ!」
 ママが眠いのだと気付きました。そして、寝たら二度と起きてくれないと、私はもう知っています。
 パパと同じ。ママも『それ』になってしまうのです。
「ママ! いやぁ、いやぁっ!」
 私は自分でも驚くほど大声で泣きました。こんなに痛いのに、さっきまで出なかった声が出るのです。
 ママが私を抱き締めてくれたのは、こういう力なのだと気付きました。そして、その力を搾り出したせいで眠りが近くなったことにも気付いてしまいます。
「ごめんね、エリス……。きっとお兄ちゃんが助けてくれるから……」
 ママはとうとう、目を閉じました。同時に、私を抱き締めてくれた力は、完全に無くなってしまいます。
 私は変形した狭い車内に独りです。とりのこされてしまいました。
 だって、パパもママも『それ』になってしまったから。人間はもう、私だけなのです。
 身動きもとれないまま、私は真っ赤に染まったママにしがみついています。ママは、徐々に冷たくなっていきました。本当に本当に冷たいです。氷より冷たいです。冷たいのは、きっと心が凍えているからだと思います。
 私は、ママの命を奪ったのは、ママを見捨てて体から出てきてしまった赤い何かだと思いました。それを、ずっとずっと憎しみを込めて見つめています。
 死の臭いが充満した小さな世界に、私はずっとずっと独りでした。ママが言っていたお兄ちゃんも、助けてくれません。誰も助けてなんてくれません。
 そして気が付けば、私は真っ白な世界で独りぼっちでした。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/10/25(木) 01:01:32|
  2. 第六話

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