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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 1-3

 翌日。
 午前中最後の授業は美術。休み時間のうちに、準備のためにと美術準備室を訪れた私は、またもや机に突っ伏している美術教師を目撃する。
 いい加減愛想を尽かしたいところだけれど、立場上そういうわけにもいかない。時間もそんなに無いし。
「また寝ているんですか?」
 近づいて尋ねてみると、一応目を開けてはいるようだった。
「凹んでるんだよ」
 先生はどこか元気が無い様子で言うけれど、単に寝起きの可能性もある。
 まあこの際どちらにしても言うべきことは言わせてもらいますが。
「あまり準備室を私物化するのは関心しませんよ。先生の私室ではないんですからね。少し休憩するくらいなら構いませんけど、それでももうすぐ授業です」
「ああ。分かってるさ。しかし、お前さんもえらい約束をしたもんだなぁ」
 同情するような視線を向けながら言われても、思い当たる事柄は何も無かった。
 先生はなんだか落ち込んでいる様子なので、少しは元気付けてみようかと、私は茶化す調子で言った。
「様子が変ですけど、どうかしたんですか? 私は神でも仏でもエスパーでも無い、ただのしがない美術部部長でしかないんですから。はっきり仰ってくださらないと分かりませんよ」
 いつものふざけた会話でも引き出そうと思ったのだが、のってくる気配がまるで無い。沈んだ雰囲気をそのまま声に乗せて、彼は言った。
「今に分かるさ。この授業が終わればすぐにでもな。まあ覚悟して頑張れ。俺から言ってやれるのはそれくらいのもんだ」
 この時は全く意味を成さなかった警告の言葉を、私は後に嫌と言うほど思い知ることになる。


 昼休み。
 昨日の帰り際に鳳仙さんと約束したことがあった。
 怪我をさせてしまったお詫びにお昼をご馳走させて欲しいとのことで、私は上倉先生と鳳仙さんと、更に彼女の親友である藤浪朋子の四人で美術室に集まっていた。
 藤浪さんは鳳仙さんの親友で、いつも一緒にお昼を食べているので今日も一緒に来ることになったらしい。
「さあどうぞ」
 鳳仙さんの手から弁当箱を、三人それぞれが受け取る。
 弁当箱は三つだけだった。
「あなたは食べないの?」
 自分の前にだけ昼食の用意をしない彼女に尋ねると、誤魔化すように笑いながら言った。
「えへへ。私は、その……これです」
 出てきたのは、何とも味気ない市販の調理パンだった。
「実は、料理ってそんなに得意じゃなくて。本とかも見ながら頑張ったんですけど。失敗してたら材料が足りなくなっちゃって。
 それで、三人分にもちょっと少なめで申し訳ないんですけど……」
「いいのよ。腹八分目、とも言うし」
 言いつつ蓋を開けようとする私の耳に、沈んだ声でボソボソと喋る先生と藤浪さんの声が聞こえてきた。
「……三時……ら……」
「……手……見れ……悟は出来て……」
「……今日だけは……すまんな……」
 何をこの世の終わりみたいな顔で密談しているのやら。
 呆れながらも大して気にもとめず、弁当箱の蓋を開けた。そして中身を一目見た途端、私は思考も動きもピタリと固まってしまった。
 しばらく硬直していた私の耳に、ビシリッ、と何やら破滅的な音が聞こえてきた。それでようやく我に返ると、音のした方向を見やる。
 どうやら藤浪さんが、得体の知れない茶色の物体にかぶりついた音だったらしい。涙目になりながらも懸命に咀嚼していた。
 アレは何と言う物質だろうか。まさかキンピラゴボウなどという冗談だけは無いと思いたい。
 その恐ろしい何かを飲み込めずにいつまでも口を動かし続けている藤浪さんは、恨みがましい目でこちらを睨んでいた。アンタのせいだからね、と視線が嫌というほど語っている。
 しかし理不尽に思う事は出来ない。すでに先程の彼らの反応を理解し、共感する事が出来たからだ。
 ああ、人と人の心が通じ合うことのなんと素晴らしいことか。それとは対照的に、目の前の光景の凄まじさに思うのは、日常などという世界の儚さだけだった。
「あ、あの、見た目はともかく。美味しいと思いますよ。きっと、絶対! ね、朋子ちゃん?」
 俯きながら必死で口を押さえる彼女は、かろうじて空いたほうの手で親指を立てて見せた。言葉は出ない。ジェスチャーが限界らしい。
 どうやら見た目の出来について多少の自覚はあるらしいが、だからといって味見はしていないようだった。量が少ないとはいえ端っこを少し取り分けて舐めるくらいは出来るだろうに。
 味見は料理下手な人間にとっては最重要な工程であると、料理に興味を持ちつつも腕前にはひたすら自信の無い私でも思う。それすらナチュラルに忘れられる彼女は、やはり私など凡人とは次元が違うのだろうか。
 ふと見やると、多少は慣れているであろう先生ですらも、やはり真っ青な顔をして無言でひたすら咀嚼していた。口に入れたら即飲み込む、という行為すら許さぬほどに強敵なのかコレは。すでに何度か飲み物を流し込んでいる様子だが、それでも一口目が終わっていない。
 ――ああ神様、私はそれほどまでに悪い事をしましたか。思い当たる事は昨日の先生への仕打ちくらいしかないんですけど。でも、あんなのいつもの延長でしかないと思う。
 ここまで来て自分だけが逃げおおせるわけも無い。私は覚悟を決めた。
「と、とにかく頂くわね」
「はい。どうぞ召し上がれ」
 言ってみたい言葉のなかでもかなり上位にあるらしく、大げさなほど嬉しそうに鳳仙さんは言った。
 先生はあまり料理をさせていないらしい。その方針には賛同する。今回も止めてくれてさえいれば、何でも一つくらいは言う事聞いてあげてもよかったのに。ただし、部活をサボること以外なら。
 私の思考は、とにかく別の方向へ逃げようとばかりしていた。それでも義務感から何とか手を出そうとはするのだが、箸先が震えるばかりで目標が定まらない。
 迷った挙句に選んだのは、赤黒い海老らしき物体だった。
「それエビチリなんです。かなり上手く出来てると思いますよ」
「そ、そうなの。確かによく出来てるわね……」
 屈託の無い表情で言われて、顔面を引きつらせながらも何とか褒め言葉をひねり出した。しかし逃げ場を作るには至らない。
 二度目の覚悟を決めて、私は哀れにも無駄死にとなった元・海老を口に運んだ。願わくば彼の所へ行かずに済みますように、と祈りつつ。
「ふぐっ……!!」
 反射的な嘔吐感と、流れそうになる涙を必死に押さえ込む。日頃から不良教師に鍛えられた忍耐力がこんな形で役に立つとは思わなかったが、微塵も有り難いとは思わなかった。
 お昼をご馳走させてください、と提案されて、何も豪華で美食の限りを尽くしたものを想像したわけではない。少しくらい不味くても、美味しいと言って平らげて見せれば可愛い後輩の喜ぶ顔でも見られるだろうと思っていた。その程度の軽い考えでしかなかった。
 それなのに。ああそれなのに。なんなのだこれは。
 物凄く辛い、いや酸っぱい? 甘いような気もする――。いやエグイ。そうだそうしよう。しかし味などこの際どうでもいい。
 困った事にこの不味さの極限にある物体は、異様に硬くて噛み切れず、いつまでも口の中に残っていた。その上、舌が痺れたようにピリピリと痛む。
 料理には決まった工程があり、つまるところ上手い下手の区分はその作業精度にあるのだ。自然と最低線というものが存在する。
 その意味でも、この物体は明らかにおかしい。絶対に有り得ない。海老がこんな危険物に化けるわけがない。
 本来存在しない、してはならない得体の知れない工程が幾つも組み込まれた料理であることは、もはや疑う余地も無かった。
「どうですか?」
 主観では何百年もかけて、私は何とか危険物を胃袋へ廃棄することに成功する。そして、幾分不安そうに聞いてくる後輩に、掠れきった声で答えた。
「お゙、おいしぃ……」
 明らかに様子がおかしい私を前に、しかし何の疑問も抱くことなく、パァッと表情を輝かせる鳳仙さん。まるでこの場に花が咲いたように華やかだった。
 その時、私の視界の端には涙目で睨んでくる藤浪さんが見える。彼女の必死な視線が私を思いとどまらせた。
「……と言いたいところだけど、40点。赤点ギリギリね。今度はちゃんと味見をしながら作ること」
 義務感から目上の先輩らしい威厳を作り、何とか言い切る私。
 被害は最小限にとどめなければならない。それはこの場に居合わせた私たちの義務だと思う。
「は~い。やっぱり部長は厳しいな。でも次はもっと美味しく作ってきますから」
「え? いやその。程々にというか。えっと……」
 やる気満々の後輩をなだめつつも、悪夢のような弁当をなんとか平らげて見せねばならない。
 二重の無理難題を突きつけられた私は、多大なる犠牲を払いつつも、何とかその両方をやり遂げるのだった。






























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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/12/14(木) 01:55:35|
  2. 第一話

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