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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

ある日、やどりぎの中……

 喫茶店『やどりぎ』を訪れた浩樹は、教え子のウェイトレスが案内に出てくる前に奥へと進んだ。知った顔を見つけたのである。
「よう、藤浪じゃないか」
「何でアンタがここに居るのよ」
 浩樹が朋子の座るテーブル席に近寄り、声をかけると不機嫌そうに返された。しかし文字通り挨拶代わりに過ぎないことを十分に理解しているので、浩樹は大して気にも留めない。
 教師に対して無礼にも程がある言葉を華麗にスルーし、浩樹は何食わぬ顔で当然のように朋子の向かいに座った。
「相席なんて、許した覚えは無いんだけど」
 ふん、なんてわざとらしく言いながら窓の外へ視線を向ける朋子は、しかし浩樹を無理に追い返そうとはしない。いつになく機嫌が良いらしかった。
 何かあったのかと尋ねようとした浩樹だが、その前に、他の客にコーヒーを出していた麻巳がいつものウェイトレス姿で顔を見せる。
「いらっしゃいませ。一応、他の席も空いてますけど」
「ああ、ここでいいよ。せっかく知り合いが居るのに別々ってのも逆に変だろ」
「知り合い、ですか……?」
 疑わしそうな目をする麻巳だったが、浩樹は特に弁解する気も無かった。コイツと仲良く見えるならそれはそれで良いか、と気楽に考える。
 そんな気持ちが表情にまで漏れていたのだろう。むしろ朋子が不機嫌そうに口を開いた。
「何をにやにやしてんのよ、この変態教師」
「いいじゃないか、仲良しに見えるなら悪く無いだろ」
「アンタなんかと関係を疑われるなんて、冗談じゃないわ。こっちの身にもなってみなさいよ」
 浩樹は腕組みをして、わざとらしくうんうん唸って見せる。
 五秒ほど悩んで、あっけらかんと言った。
「やっぱり嬉しいな」
 ガツン!
 ――言った瞬間、浩樹は頭頂部を固い物で殴られた。
「くおおぉぉぉぉ……っ!?」
 浩樹は頭を抱えて悶える。殺意までは感じないが、それよりはマシというだけで手加減したとは言い難い衝撃だった。
 朋子ではない。それは警戒していた。
 不意打ちしたのは麻巳だった。ポカンと見上げる朋子の視線に気づいて、打ち下ろしたトレイを慌てて背中に隠す。
「よ、世の中何があるか分かりませんよね。物騒なことです」
「物騒なのはお前だろ!」
「いいえ、先生の方がよっぽど物騒です。生徒相手に何を危ないこと言ってるんですか」
「それは同感だけど、本当に暴力を振るうのもどうかと思うわね」
 何気なく横槍を入れた朋子は、そのまま涼しげな表情でコーヒーを飲んだ。いつものノリで二人の世界に没入していた二人は、それで現実に引き戻される。
 ――朋子は訳の分からない不快感に苛立っていた。麻巳も、似たような感情を抱いている。
 お互いに同じ相手に似たようなやりとりを繰り返しているもの同士、半端なところで邪魔されるとどうにも落ち着かないのだが、これまた二人とも自覚の無いままそんな気持ちを持て余していた。
 重苦しい沈黙が続く。実際には数秒だったが、二人にとってそれが何分にも感じられるほどに居心地が悪かった。
「ああ、そうだ。コーヒー頼むな」
 そんな状況を打ち破ったのは、やはり鈍感魔王だった。
 浩樹はいつの間にやら、いつも通りのくつろぎ倒す体勢である。
「はい。少々お待ちください」
 軽く頭を下げて、その場を離れる麻巳は――初めて浩樹の鈍感さに感謝していた。

「ケーキ、食べに来てるのよ」
 ここに居る理由を問われ、朋子は簡潔に答えた。
「確かに美味いっちゃ美味いが。……ここは、通いつめるほど専門的にやってないぞ?」
「いーのよ、無料でお腹一杯食べられるんだから」
「……マジかそれ」
「アンタに嘘言って、あたしに何の得があるっていうのよ」
「とりあえず優越感」
「そんな小さい人間に見られてたとはね。驚きだわ……」
 いつもなら怒るところだが、朋子は呆れて見せただけだった。
 浩樹は以前、コンビニであんまんを奢った時に朋子がどれほど重症の甘党かを思い知らされている。それこそ三食全て甘いものでも文句どころか賛美歌しか聞こえてこないであろう。
 もしや餌付けして飼えるんでは――と危ない事を本気で考えたことがある。いやもちろん実践しようという気はない冗談だが、ともかくそれくらいの甘党なのだ。
 加えて普段なら、常にキレる五秒前状態の沸点なのである。それが沸かないのだから、本当に無料ケーキが出てくることは疑う余地も無い。
「そんなメニューは見たことが無いんだが。おのれ竹内め、また俺だけお得メニューは秘密かよ」
 また、という部分が気にはなるが、朋子はあえてそれは無視した。
「友人限定なのよ。あたしは猫と本と絵で仲良し、親友一歩手前ってところね。それに比べてアンタは……」
 朋子は一瞬だけ浩樹に視線を向けて、すぐに残念そうに溜息をついた。
「おい。どういう意味だ」
「さあね。麻巳先輩に直接聞いてみれば?」
 改めて聞くまでも無い。毎日言われているままの答えが返ってくるだけだ。その内容は間違っても耳に嬉しいものではなく、浩樹はつい昨日のやりとりを思い出して小さく唸った。
 ――と、その時。麻巳がトレイを持って二人の座るテーブルに戻ってきた。
「お待たせしました」
 麻巳は浩樹の前にコーヒーを置いて、朋子の前にもお皿を置く。が、問題はその皿に載っているものだった。
「おい。何の冗談だ……?」
「だから友人限定って言ったでしょ。先に言っとくけど、あげないわよ」
「いやそうじゃない。別にくれとは言わないが……なんだそのサイズは」
 朋子の前に置かれたのは、丸々1ホール分のショートケーキだった。一応小さめではあるものの、間違っても一人分の量ではない。
 浩樹が見たことも無いような瞳の輝きを放ちつつ、朋子はフォークを両手に一つずつ握った。――が、そこで麻巳から制止の声が入る。
「ちょっと待って、朋子ちゃん」
「はい?」
「せっかくだから、先生にも味見くらいはしてもらいたいの」
「え……。でも、この人味なんて絶対全くこれっぽっちも分かりませんよ。それこそ次郎さんにあげた方がまだ意味があります」
「なんだ、その次郎さんてのは?」
「猫」
「……おいこら」
「うるさいわね、こっちで話してるんだから、黙って大人しくコーヒー飲んでなさいよ」
 麻巳には敬語、浩樹にはため口。本来なら丸っきり逆である。
 さすがの浩樹も文句の一つくらいは言いたくなったが、先ほどまでは機嫌が良かった朋子が今はそうでも無いように見えるので、やめておくことにした。怖いわけではなく、朋子を興奮させすぎるとよくないと気遣ったのである。
「私が頼んでいる立場なのに、勝手かも知れないけど……。せっかくだから、是非お願いしたいの。意外にも料理の腕はプロ一歩手前なのよ、この人」
「これが!? 全然見えない!」
 朋子が指差しながら叫ぶと、浩樹は不満そうに鼻を鳴らした。
「悪かったな、何にもしないように見えて。これでも家の事は俺が全部やってるんだよ。エリスに任せると危なっかしくて逆に疲れる」
「……ね、だから。一口だけでいいの」
 麻巳は重ねて言って、申し訳無さげに祈るように手を合わせた。
 浩樹以外には――というか麻巳に対しては、特別に礼儀正しく優しい朋子である。そうまで言われては、逆に自分が申し訳なくて謝りたいくらいだ。
「そこまでしないでください。あたしは何も、自分の分が減るのが嫌なんじゃなくて……その……」
 浩樹に分けたくないという朋子の発言は、本音を言えば麻巳のためを思ってのものだった。
 自分は甘いものが好きだし、批評も出来るが、同時にコンビニのあんまんで満足出来るくらい安上がりでもある。だから構わない。というか、間違いなく甘いことは甘いので一応は満足なのだ。
 しかしながら、麻巳の作るケーキはお世辞にも上手く出来ているとは言い難かった。これを他人に食べさせて、その評価によって彼女が傷つきはしないかと心配してしまう。
「で、そもそもどういう話なんだ?」
「ケーキを作る練習をしていて、甘いものが好きな彼女に味見をしてもらってます。始めは本当に酷かったんですけど……少しは上達したんですよ」
 麻巳は誇らしげに言った。確かに上達はしている。現に見た目は立派なケーキだ。
 でも、その自信はきっと――朋子が言うに言えず呑み込んだ、辛口な言葉の数々を聞いていないからこそ出てくるのに違いなかった。黙って食べると実に幸せそうな朋子を見ていて、それが失敗作だなどと思う人間はまず居ない。
「……いいですよ、もう。好きなだけ食べさせてあげれば」
 とはいえ、謝られまでして嫌とも言えない。朋子は仕方なく了承した。
「興味あるしな、分けて貰えるなら有難い。こういうのはどんな出来でも嬉しいもんだ」
「それでは、包丁と小皿を持ってきますから。少しだけ待っててくださいね」
 麻巳は上機嫌で去っていく。
 彼女の姿が見えなくなってから、朋子は唐突に右手のフォークを浩樹の顔面スレスレに突きつけた。
「男に二言は無いわね?」
「な、何がだ?」
「さっきの言葉よ。どんな出来でも嬉しいって」
「あ、ああ……。って、どこまで酷いんだ?」
 そんな事を言ったつもりは無いが、考えてみれば言っているようなものだった。
 しかし、この際そんな事はどうでもいい。彼女もすぐに戻ってくる。なので、朋子はやや焦り気味に言った。
「いいから喜べって言ってるのよ!」
「わ、分かったから落ち着け。俺もそこまで馬鹿じゃない、間違っても不味いなんて言わないぞ」
「ハッキリ言わなくても問題なのよ。料理出来る奴ってのは、すぐにここはあーした方がいいだの、ここはこうしちゃいけないだの一気に捲し立てるでしょうが」
「いや、そんなことは……」
「普段から駄目人間なアンタみたいなのが、数少ない得意分野では特にそういうことを言いがちなのよ。いい、黙って食べて美味しい、これ以外なにも言わなくていいから。分かったわね!」
 幼少から病弱で人付き合いの希薄だった朋子の考えは、偏った本からの知識でしかない。無茶もいいところだが、机の上に乗り出し鼻先にフォークを突きつけながら迫られては、そう執着も無い人間が首を立てに振らないわけも無い
 浩樹がたじろぎながらも黙って首肯したのを見て、朋子は満足そうな顔で席に戻った。

「なんだ、美味いじゃないか」
 浩樹は麻巳の作ったケーキを食べた途端、素直に驚き感想を漏らした。
 もちろん、褒めちぎるほど美味いわけではない。スポンジは固いし、生クリームはややしつこい。朋子に脅されたために、記憶に残っているうちで最悪のケーキを思い出し、そのため一口食べた途端に浩樹の恐ろしい妄想は最高の調味料と化したのだ。
 そんな事は知らない麻巳は素直に喜び、滲み出る嬉しさを照れた笑顔で隠しながら礼を言う。
「ありがとうございます。喜んでもらえるか、正直不安だったんですよ」
 二人のやりとりを眺めている朋子も、当然ながら食欲をそそられる。今日はそれほど美味しく出来たのか――と期待しながらケーキを口にすると、想像と違う味に思わず眉をひそめた。
 甘みの加減は悪くないが、何というか、恐ろしく後味が悪い。変なものを入れたりしない麻巳のケーキは、失敗したとはいえ食べられるものだが、これを食べて素直に美味しいと言う浩樹の味覚が信じられない。
 或いは自分の言う事を聞いて頑張って見せたのか――とも考える朋子だが、それも何故だか面白くない気がした。じゃあどうすれば満足なのか、と自分に問いかけてみるが答えは出なかった。
「どうしたの? 美味しくなかったかしら?」
 難しい顔で考え込んでいる朋子に、麻巳が不安げに声をかけてきた。
「い、いえ。上達が早くて驚いているだけです」
「そうなの? ……それならいいんだけど」
 その時、お客さんがお会計で麻巳を呼んだ。
「それでは、二人ともごゆっくり」
 心からの笑顔を残して、麻巳は去っていく。
 今のうちにと思い、朋子は浩樹に尋ねてみることにした。
「美味しかった、の……?」
「なんだ。お前は違うのか?」
「……やっぱり嘘だったのね。料理が美味いだなんて」
「本当だよ。ただな、世の中には上には上があるように、下にも際限が無いってだけだ」
 意味が分からず疑問符を浮かべている朋子に、浩樹は続けて言った。
「お前は怪しげな甘味料をぶち込んだケーキを食ったことがあるか? スポンジなんてカチカチな上に生クリームの数十倍甘いんだ。何故か青いし。そもそも生クリームはなんで生かというと火を通さないからでだな、決して玉子焼きのバリエーションを作って乗せるものではない。ましてや失敗したからって鍋にぶち込んで美味いわけなんかないんだ。海産物の出汁にケーキが合うという人間が居たら、俺はそいつを生涯の敵と認識するぞ」
「もういいわ……。要するに、比較対照が大きければ目の前のものは小さくて可愛いって訳ね」
「そういうことだな」
 うんうん、と偉そうに頷く浩樹。
 この時ばかりは、さすがの朋子もエリスのある意味才能とも言える料理に戦慄すると共に、その犠牲となった浩樹に同情を禁じえなかった。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/08/29(水) 00:28:01|
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