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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter EX-4

 お兄ちゃんが出掛けるというので、私は強引について行った。迷惑そうなことを言いながらも、苦笑するだけで本当に置いて行こうとはしない。――私は喜んで腕に抱きついたけど、これは強引に引き剥がされてしまった。お兄ちゃんのケチ。
 そしてしばらくデート気分の散歩を楽しんでいると、以前訪れたことのあるお店に到着した。
 『やどりぎ』と看板の下がった喫茶店。古めかしいながら清潔感のある店構えを改めて眺めながら、私はお兄ちゃんに続いて店に入った。
「いらっしゃいませ~」
 すぐにウェイトレスさんが案内に来る。
 ――改めて確認するまでも無く、竹内先輩だった。普段は『綺麗』とは思っても『可愛い』という感じはしないけれど、このお店でのウェイトレス姿はそのどちらもが当てはまる。服装だけでなく、接客のためか柔らかい笑顔を常に崩さないこともあるだろう。
 相変わらず、これを知り合いには隠そうとするのが私には理解出来なかった。可愛い格好をしたら見せたくなるもの――というのが私にとっては当たり前なんだけどな。
「よう、約束通り来たぞ」
「ありがとうございます。……鳳仙さんも一緒なんですね」
「まずかったか? 邪魔なら今からでも追い出すぞ」
 言いながら、お兄ちゃんは私の頭をポンポンと気軽に叩いた。私がむくれて抗議しようとすると、その前に先輩が苦笑しながら口を開く。
「いえ、あまり大勢だと困りますけど……。一人だけ、それも彼女なら構いませんよ」
 会話をしながらも先に立って席に案内してくれる先輩は、お兄ちゃんと気軽な言葉を交わしながらも綺麗に背筋を伸ばして優雅ですらある物腰だった。学校では普通なのに、お店では自然にスイッチが切り替わるのかな。凄く自然な感じ。
 憧れにも似た眼差しで先輩に見惚れながら、彼女に付いていくお兄ちゃんに私も続いた。
「よっこらせっと」
 やがて案内されたテーブル席に、老人のような声を漏らつつ座るお兄ちゃんを見て、恥ずかしいなぁ――などと思いつつ、私は当然のようにその隣に座った。
「……おいこら。何故にこっちへ座る」
「お兄ちゃんが座ったから」
 笑顔で答える私だったけど、お兄ちゃんは溜息交じりに頭を振った。
「テーブル席の意味が無いだろ。せっかくゆっくり出来るように四人がけの席にしてくれたんだぞ」
「えー、でもー……」
 私が更に言い募るまでも無く、お兄ちゃんは無言で向かいの席を指差す。
 これ以上食い下がっても怒られるだけだろう。私は仕方なく従うことにした。
「それで、ご注文はどうしますか?」
 そんな私達のやり取りを見ていても、呆れるどころか平然と営業スマイルで尋ねてくる竹内先輩。さすが、慣れてる。接客に、というより私達のやり取りに。
「任せる。何か適当に持ってきてくれ」
「はい。ではごゆっくりどうぞ」
 竹内先輩はお兄ちゃんの適当な注文にも当たり前のように答え、にこやかに去っていった。う~ん、これまた慣れてる。
 ――というか、
「お兄ちゃん、週に何回くらい来てるの?」
 私としては『個人に対する対応に慣れているのでは?』と勘繰ってしまうのだった。しかし、
「せいぜい2~3回ってとこだろ。俺の財布はそんなに重くないからな」
 気軽にそう答える態度に、後ろ暗い感じはなかった。
 確かにその程度なら、普通に気に入ったお店と言える頻度だった。そもそも懐具合の原因は自分にもあるので、深く追求するのも藪蛇かな。
 誤魔化すように違う話題を振り、適当に雑談を続けていると竹内先輩がトレイにコーヒーカップを二つ載せて戻ってきた。
「はい、どうぞ。先生にはいつものやつでいいですよね?」
「ああ」
「いつものって……どんなコーヒー飲んでるの?」
 私が訪ねると、お兄ちゃんは得意げに言った。
「店長の親父さんが、その日の気候と客の顔見て決める文字通りの『おまかせ』だ。まだ飲んでないのとかも考えて出してくれるからな。一通り終わるまでと思ったら、そのまま定番になっちまったわけだ」
「選ぶ手間も無いし、まさにものぐさな先生にピッタリのメニューですよね」
「ああ、まったくだ。助かるよな」
「……少しは否定してください」
 呆れて言った先輩は、それでもどこか楽しげだった。
「さ、鳳仙さんもどうぞ」
 言いながら、先輩が私の前にもカップを置いた。
「ありがとうございます」
 お礼を言ってから、ふと気付く。立ち上る甘い香りは、コーヒーらしくないものだった。
 不思議に思いながら口をつけてみると――。
「コーヒーに限ることも無いと思って、ココアにしてみたの。どうかしら?」
 私は答えもせず、表情をとろけさせていた。
 以前訪れた時に飲んだコーヒーは本当に美味しかった。嫌いというわけではないながら、普段あえて選ぶことも少ないコーヒーだけど、このお店はそれこそ通い詰めたくなるほどの味だった。
 でもやっぱり甘いものが好きな私には、こっちの方がより好みに合う。
「気に入ってもらえたみたいね」
「はい。美味しいです……」
 夢見心地で答える私に満足そうな笑顔を見せると、先輩はお兄ちゃんに向き直って言った。
「それでは、準備をしてきますので。少しだけ待っててくださいね」
「ああ。気長に待つよ」
 答えてから、常連の余裕を感じさせる馴れた手付きでコーヒーを飲む。
 何だかちょっとカッコイイかも、と思った瞬間。お兄ちゃんは一目もはばからずに、大きな欠伸をした。
「も~、恥ずかしいなぁ……」
「そう気にするなよ。誰も見ちゃいないさ。休みに来てるんだぞ」
 まさしく我が家のようなくつろぎぶりだった。
 ――カッコイイ大人のお兄ちゃんを見逃したのはちょっと残念だったけど、これはこれで新鮮で悪くないかも知れない。
 私はホットココアに再び口をつけて、豊かな味わいに心を委ねた。


「ところで……準備ってなに?」
 私は黙ってココアを味わっていたけど、しばらくして目の前のお兄ちゃんにそう尋ねていた。
「なんだ、聞いてたのか?」
「うん、まあ一応」
「待ってりゃ分かるが――そうだな。ヒントくらいはやろう。あそこを見てみろ」
 言いながら指差された方向を、私は促されるままに見た。しかし、そこには壁があるだけで特に珍しい物は無い。
 傷や染みでもあるのかと思いきや、きちんと掃除されている様子で、ちょっとした汚れも見当たらなかった。
「何も無いよ?」
「ああ、まったくだ」
「う~……。なんかお兄ちゃんが意地悪だ」
 私がいじけてココアに没頭して見せると、彼は楽しげに笑った。
「だから、何も無いのがヒントなんだよ。何であそこだけ何も無いのか、よく考えてみろ」
 言われて周りの壁にまで視線を転じると――確かに、そこだけが不自然に空いていた。
「あ、そっか」
「そういうことだ」
 私が納得したところで、丁度良く先輩が戻ってきた。大事そうに大きな額を抱えている。
 お兄ちゃんは何も言わない。先輩も、何も言ってこない。もう事前に交わす言葉は済ませてある感じだ。ただ黙って、二人は確認するように一瞬だけ視線を交わした。
 無言のまま壁に飾られた額の中には、一枚の絵が収まっていた。目の前の公園を描いた絵、だと思う。ありふれた題材、ただ外に出て適当に選んだ景色を収めただけの絵。だというのに。
 私は大きな衝撃を受けていた。
 ――この一年、私は美術部の先輩方から、特に竹内先輩からは多くの技術を学んできた。同じ道の先を行く者として心から尊敬し教えを請う。自分が描きたいものに、より近づくために。
「何とか描けるようになったんだな」
「ええ、お陰さまで」
 もちろん自分の方が優れている部分も有るし、逆の場合もある。一つ一つの絵の出来だけでは、どちらが優れているか、偉いかなんて考えたこともない。絵は自分を描くモノ、他人は他人だ。比べる事に意味は無い。
「突貫工事もいいところだ。荒い部分も少なくない。でも、それ以上に溌剌としていて元気になる絵だ。今までのお前に欠けていたものが、この絵にはあると思う」
 コンクールに出すのも、客観的な評価を受けて今後の参考にするためだ。
 だというのに。私は今、確かに思ったのだ。

『私の絵の方がずっと優れている』

 知らぬ間に比較し、自分の優位を必死に探して確認していた。
 良い絵を見れば素直に感心する。自分の作品と比べるなんてことは今まで無かった。だから、竹内先輩の絵を、そして描く姿を見て本当に尊敬している。なのに、この素晴らしい絵を見て私が最初に思い浮かべたのは自分の絵だった。それも、入学して初めてのコンクールで、竹内先輩よりも上の評価を受けて銀賞を受賞した時のものだ。
「褒められてる……と思っていいんでしょうか?」
 なんとしても自分が優位であると、過去の結果に縋ってまで信じたかった。
 今までだって近い世代で、凄いと思う人は居た。でも、こんな感情を抱く事は初めてだった。そこに、私は衝撃を受けた。
 きっとそれは。同じ人に師事し、自分が先を行っていると無意識に思っていて、その優位が揺らいだということだ。
 だって、すぐ隣で私と同じように見入っているお兄ちゃんは、何年か家族同然に過ごした私にしか分からないほど僅かに、でも確かにその感情を滲ませていたから。
「ああ、良い絵だよ。お前が思ってるよりずっとだ。桜花展ほど大仰なもんじゃなければ、何かの賞には引っ掛かったかも知れないぞ」
 いい絵だ。しかし、今はまだここまでか――。
 喜びながらもどこか残念そうな彼の表情は、もどかしさに満ちていた。私も同じような感想を抱いていた。先輩がキャンバスに向かう姿を見ているからこそ分かる。
「いいんですか。私だって、そこまで言われたら調子に乗っちゃいますよ?」
「お前は苦しみながらも楽しんで描いていた。それが、俺は何よりも嬉しいし……良いことだと思う。謙虚過ぎて自虐的にもなりがちだからな、褒められた時くらいはいいだろ」
 描けない状態で、それでも熱意を搾り出して『描く』という行為自体を頑張ったに過ぎない絵。それが、これほどまでに見る者の感情を揺さぶる。もしもこの人が、描きたいという感情に突き動かされて描いたとしたら、どんな絵が仕上がるのだろうか。
「ではとりあえず、素直に喜んでおきます」
 照れたように笑みながら言う竹内先輩を呆然と眺めながら、私は彼女の最高の絵を見てみたいと思い、同時にそれが怖いとも感じていた。


「ゆっくりしていってね」
 優しくそう言ってくれた竹内先輩に、私は『用事を思い出したから帰る』と言って店を出た。お兄ちゃんも慌ててついて来てくれて、少し意外だったけど嬉しかった。
 そして帰り道。お兄ちゃんの隣を歩きながら、私はしばらく一言も喋らなかった。お兄ちゃんも喋りかけてきたりはせず、黙って隣を歩いてくれている。長い付き合いだ、或いは私の心情を察しているのかも知れない。
 ――私の心は、ただ一つの感情に満たされている。
『あの人に負けない絵を描く』
 実に単純な、けれど決して軽くない決意を密かに固めていた。
 私は絵に対して、いつも単純であり続けた。それこそが良いのだと、お兄ちゃんも言ってくれたことがある。
 描きたいから描く。その感情に従ったからこそ、今の自分になれた。
 だからきっと、この感情も意味がある。
 最初は驚き、そして戸惑い、やがて落ち着くと受け入れるのに時間はかからなかった。
 私にとって竹内麻巳という人物は、尊敬する先輩であり、同時に唯一の負けたくないと思う相手。一方的なものかも知れないけど、ライバルと言ってもいい。
 そんな目で誰かを見ることは経験が無い。でも、悪い事だとは思えなかった。これまで、そう感じる人に出会わなかっただけ。
 自分を卑下したりしない、相手を過小にも過大にも評価しない。ただ事実として、今はまだ私が上だと思う。だけどそれは、自己表現に長けているというだけで、絵を良く見せるための基礎技術では先輩が遥かに上を行っているし、なら次はどうなるかなんて誰にも分からない。
 だから私は、とにかく最高の絵を仕上げるしかない。
 ――これらの思考に理屈など無く、必要も無い。ただ、この感情を無理に押し込めるより、素直に従った方が良い絵が描ける。本当に、ただそれだけのことだった。
 私は常に、より素晴らしい絵を描きたいとだけ思い、それを実行してきた。だからきっと、この感情もその延長線上のものだ。今より先へ行くために、必要な感情だからこそ、私はあの人をライバルだと感じた。
 だから負けない。そう決意して絵を描く。
 でもきっと、勝ち負けは関係ないんだと思う。結果がどうあれ、新しい感情の芽生えは新しい絵の糧となるのだから。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「今度の桜花展、最高の絵を描くから。楽しみにしててね」
 過去に何度も言った言葉。何度も交わされたやりとり。でも、込められた意味も熱意も、過去のものとは大きく違った。
 飽きるほど繰り返されたやり取りに、常に真摯に応え続けてくれた人は、
「もちろんだ。楽しみにしてるよ」
 今もまた、期待の眼差しを向けながら、遠くを見つめるようにそう言ってくれた。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/08/11(土) 20:54:08|
  2. 第五話

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