FC2ブログ

竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 5-5

 絵は完成し、あとは飾られるのを待つだけ。先生が次の日曜日に店に来たなら、その時に飾って見てもらおうと考えている。その事について、しっかりと来店するように約束してもらおうと、私はいつもどおり昼休みは美術室に来ていた。
 しかし、肝心の上倉先生はいつまで経ってもやって来ない。
 今日は来ないのか。来ないとしたらどこに行ったのか。学校に居る時間の九割は美術準備室でグータラしているはずの上倉先生に、わざわざ昼休みに出かける用事などあるのだろうか。
 ――あれで人間的には魅力的だということは認める。男女問わず生徒には人気があるし、誰かに誘われて食堂にでも行っているのかも知れない。
 仕方が無いことなのに。別に約束があるわけじゃないのに。いつの間にか当たり前だと思っていた二人だけの昼食が、期待していた今日に限って一人になってしまったことで、私は理不尽に憤っている。
 それを自覚して、私は否定するように頭を振った。
 一人では食欲がわかないということも無いので、用意してきたお弁当を開き、水筒のコーヒーをカップに注いで、昼食の準備をする。
 と、そこへ。
「失礼しま~す……」
 恐る恐るという感じで中を伺いながら、誰かが美術室に入ってきた。
「あ、竹内部長、こんにちは。えっと、お兄ちゃん見ませんでしたか?」
 来たのは鳳仙さんだった。室内には私だけだと知ると、残念そうに溜息をついた。
 そのまま入ってきて、丁寧に扉を閉める。
 いきなりの来訪者に不意をつかれ、また先ほど上倉先生の事を考えていたこともあり、私は軽く動揺していた。
 その焦りを隠すように、わざとらしく考え込む振りをする。
「……分からない、けど。そうね、今日は見て無いわ。でも準備室に居ないなら、職員室か食堂じゃないかしら」
「もう行きました。何処に行っちゃったんだろう、お兄ちゃん。ここのところずっとお昼を一緒に食べてないから、今日こそって思ったのに……」
 彼女は肩を落としてそう言ってから、軽く礼をして先ほど入ってきたばかりの扉を開けようと手をかける。
 そんな彼女を、私は呼び止めて尋ねた。
「約束はあるの?」
「朝にはいつも言ってるんですよ。食堂に席を取っておくから、ちゃんと来てねって」
「そう、なんだ……」
 別に私が強制しているわけではない。しかし、毎日のように上倉先生とお昼を食べているのは紛れも無い事実で、何だか後ろめたい気分だった。
「とにかくもう一度回ってみますね。お兄ちゃんのことだから、忘れてどこかでお昼寝でもしているんだと思いますし」
 そう言って、彼女は今度こそ扉を開けた。そうしてから、思い出したようにもう一度振り返り、
「お食事中、お邪魔してすみません。それでは失礼しますね。有難うございました」
 丁寧に頭を下げながら言ってくる。――こんな彼女を、上倉先生が『一人じゃ何も出来ない小娘』などと認識している辺り、やはり身内の目というのは当てにならないというか。
「ええ、頑張ってね」
 とにかく何にでも一生懸命に取り組む彼女は好感が持てる。他人事として手伝うわけでもない私は、せめて応援しようと気軽に言った。
「はい」
 笑顔で返した彼女は、そのまま廊下に出て扉を閉める。足音が遠ざかり――。
 十秒くらい経っただろうか。唐突に大きな音がして、私は驚きに身体を震わせた。
「――っ!?」
 慌てて後を振り向くと、もう一度同じ音。どうやら掃除用具入れから聞こえたもののようだった。
「た~け~う~ち~」
 さらに、そこから成人男性の声が――明らかに助けを求める感じの情けない声が聞こえて、私は事態を理解した。
 理解して、頭を抱えた。
 出来れば見捨てて教室まで帰りたい。そんなことも考えたが、どうやら私にはそうするだけの薄情さが足りていないらしい。
 私は面倒を引き受ける質だが、それを本気で呪ったのは、これが初めてだったかもしれない。

 私が外から扉を引っ張り、先生が中から押して。十数秒も続いた悪戦苦闘の末、彼はようやく脱出に成功した。
「まったく。何をしてるんですか……」
 私が荒い呼吸を整えながら言うと、先生は照れたように乾いた笑いを漏らしつつ、白々しく礼を言ってきた。
「いやあ、助かったよ。ありがとうな」
 私はそれを無視して、とにかく何だか気に食わなくて、目尻を吊り上げながら詰め寄った。
「あのですね、先生。……約束があるなら、無理に付き合わなくてもいいんですよ」
「なんのことだ?」
「鳳仙さんのことです。会話は聞こえていたはずですけど」
「ああ、それなら約束なんかじゃないぞ。勝手に言ってるだけだ、気にするな」
「気にしてください。それなら、せめて断ってから来てもらわないと。私だって困りますよ」
 先生は適当に椅子を出してきて、私が使っていた椅子の向かいに置いて座る。
 私も仕方なく椅子に座って、昼食の続きを再開した。
「……そもそも、文句を言いながらコーヒーを飲みに来る意味も分からないんですが」
「今日はまだ言って無いぞ」
「言わないんですか?」
「ああ。あー……とにかく飲んでからだな」
 へたくそな言い方で誤魔化すと、先生はそのまま黙り込んだ。迷うように視線を彷徨わせながらしばらく経ち。
 決心したのか、唐突に言った。
「お前さんは、いつもここに来るよな」
「はい」
「理由は教室が受験生の緊張でピリピリするから、だったな」
「そうですよ」
「……まあ、それが俺の理由でもあるわけだ」
「意味が分からないんですけど……」
 私が悩んでいて、先生がそれを気にして気を紛らすための話し相手になってくれていた、と今では分かる。
 しかし、今はもうその必要は無いはずだ。だというのに何故私はここに来ているのか、自分でも分からない。いや、そもそもの理由である『教室の空気』というのは今も健在なのだから、きっとそれが理由に違いない。
「分からんのならそれでもいいさ。俺にもまだ何が残ってるのかサッパリ分からん。だから、お前が自分で分かってからでいいよ。……その時のためにも、これは欠かすことが出来んのだ」
 そう言って、先生はコンビニのパンを取り出した。
 この学校は異様なまでに食事が充実している。だから、せめて購買で買えばパンもずっと美味しいのだけど、それは言うだけ無駄というものか。生徒たちが取り合う地獄絵図の購買部、ものぐさな先生がその戦場に自ら赴く訳も無い。
「ともかくエリスも居なくなったし、不味いコーヒーでも飲みながら飯とするかね」
「不味いは余計です。……もう、本当に無理して飲まなくてもいいんですよ」
「ノルマ1/3だろ。俺は一度決めたことには意外と律儀なんだよ」
「自分で意外と言ってる時点で、律儀には見えませんけど。……だいたい、何度も裏切られている私に対して、自信を持ってそれを言える神経が信じられません」
「俺がそうしようと思って決めた事は、ってことだ。
 まあ細かい事はいい。ともかく俺はしたいように生きるから、したいと言ったらやる。やると言ったらやるんだ。いいから観念してその黒い毒液を寄越せ」
 訳の分からないことを言うのはいつものことだとはいえ、どうにも今日は度が過ぎている。私のことを心配して、それが気恥ずかしくて誤魔化している――というのは自意識過剰な深読みだろうか。
 何にしても悪い気はしなかった。現に他の誘いを断ってまでここに居るこの人は――うん、少なくとも私を嫌っているわけはない。
「でもせめて、たまには優しい言葉も欲しいというか……」
「うん? 何か言ったか?」
「いえ、何も……。ああ、でも、そうですね。先生は褒め殺しって言葉は知ってますか?」
「褒めた覚えは無いが」
「あんまり直接的にけなされると、私だってたまには落ち込むんですよ。せめて、そういう緩急も欲しいなと思いまして」
 言いながら私が注いで渡したコーヒーを、先生は受け取って。
 それを一口飲むと、驚いたように目を見開いた。
「いやあ、上手くなったもんだな。先生はうれしーぞー」
 上機嫌で言う先生に、私もニコニコしながら答える。
「お陰さまで、プロ並みの腕前になりました」
「うんうん。毎日毒見してやった甲斐があったってもんだ」
「苦労しましたからねー」
「これからは親父さんと交代したらどうだ? あの服を親父さんが着るのは想像したくないけどな」
 笑いながら言った先生に、私も笑顔のまま凄んで見せた。
「いい加減、怒りますよ?」
 ――当たり前のことだが、私の淹れるコーヒーが唐突に美味しくなるわけもない。今回は、先生に店に来るよう約束を取り付けるためにと父に頼んで淹れてもらった特別製だ。
「ははは。早速、リクエストに答えてみた。まあ何も言わなくたって、どうせ感想言ってるようなもんだろ。なら、楽しくいこうじゃないか」
「そもそも楽しいのは先生だけです。まったくもう……」
 私は憮然として言いながらも、どこか楽しい気分でもあった。

 昼食を続けながら、先生に日曜は『やどりぎ』に来てくれるよう約束を取り付けた。
 そうして食事もお互いに終わった頃、再び美術室の扉がノックされた。
「どうぞー、開いてますよ」
 私が応答すると、扉を開けて入ってきたのは体育教師でバスケ部顧問の桔梗霧先生だった。
 付け加えるなら――上倉先生と非常に仲の良い、優しく美人だけど指導は厳しいというか大分ヤリスギ、と評判のお方である。
「確か竹内さん、だったわよね。美術部の部長さん」
「はい。そうですけど……。桔梗先生は、何の御用でしょうか?」
「浩樹……じゃなかった。上倉先生、見なかった? 情報源は少し古いんだけど、ここに居たって目撃情報があったから。美術室か準備室に居ると思って来たんだけど」
 一体なにを。上倉先生なら目の前に――と言おうとして、私は目の前に誰も居ない事に気付いて言葉を詰まらせた。
「あら? さっきまで、確かにここに居たんですけど」
 私が訳も分からず首を捻ると、桔梗先生は訳知り顔で頷いた。
「つまり逃げたわけね。――アイツ、教頭に頼まれた書類整理を私に押し付けて消えやがったのよ。まったく、確かに手伝ってやるとは言ったけど。代わりにやってやるとは一言も言ってないってのよ」
「はぁ……」
 握り拳まで作り、えらい剣幕の桔梗先生を眺めながら、私はなんとなく得心した。
 要するに、最初に掃除用具入れに隠れていたのは鳳仙さんから逃げていたのではなく。桔梗先生から逃げていたところに、たまたま約束を忘れていた鳳仙さんが来たので、そのまま隠れていてやり過ごしたら今度は桔梗先生とのやり取りを忘れてホッとして出てきた――とまあそんなところだろう。
 そうとなれば、私に許された選択肢は一つしかない。
 私は無言で掃除用具入れへ向かうと、思い切りぶっ叩いた。中から変な音が漏れる。
「えーと、もしかして……」
「ご想像の通りです」
 変な顔で驚いている桔梗先生に、私はアッサリと肯定して見せた。
 私が脇にどいて道を譲ると、彼女は掃除用具入れの扉に手をかける。そして力任せに引き開けた。
 つい先ほど、内と外から二人係りでやっと開けたあの扉を。たった一人で、実にアッサリ。
(なんか、隠れる気持ちも分かる……かも)
 私が戦慄し冷や汗を垂らしていることなど気にも留めず、桔梗先生は力づくで上倉先生を引っ張り出した。
 彼は引きつった笑顔で、誤魔化すように言った。
「や、やあ霧さん。元気ですかー?」
「いつからプロレス好きになったの? 望むならいくらでも付き合ってあげるけど」
「イエ、是非とも遠慮させてください」
「ああそう。……ちなみに元気なら有り余ってるわよ。美術教師の一人や二人、地獄送りにするくらいは楽勝ね」
 壮絶な笑みで言う桔梗先生から懸命に目を逸らしつつ、上倉先生は私に話しかけてきた。
「な、なあ竹内。何か相談あったよな?」
 そうなの? ――と視線だけで尋ねてくる桔梗先生に、私は容赦なく言った。
「上倉先生。私が言いたい事は、もちろん分かりますよね?」
「な、悩みが有るなら聞いてやるぞー」
「悩みは一つだけです。顧問の先生が不真面目で困ってるんです。でも、誰かさんに相談してもどうにもなりませんよねぇ」
 頬に手を当て、わざとらしく困った風を装う私。そんな光景を見て、桔梗先生は実に楽しそうに言った。
「生徒の悩みは放っておけないわね。優しい体育教師の霧さんは、いつも生徒の味方だし」
 そうして桔梗先生は笑顔で。本当に上機嫌なまま上倉先生の首根っこを掴み、連行していく。
「真面目に仕事させるわ。もちろん、ち・か・ら・ず・く・で・ね♪」
「うちの顧問がすみません。よろしくお願いします」
 深々と頭を下げる私に、
「任せといて」
 桔梗先生は、親指を立てながらさわやかに請け負うのだった。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





Chapter EX-4へ
目次へ戻る


テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/08/03(金) 19:45:34|
  2. 第五話

メニュー

無料レンタルサーバー

まったり空間
↑↓気軽に押してね♪

FC2Blog Ranking

プロフィール

 管理者:マク
 ご意見・ご要望・ご感想・リンク希望等は拍手か以下のメールフォームにお願いします。

 また、投稿作品を掲載して欲しいという場合にも、こちらのメールフォームにて受け付けます。投稿作品の感想は、各作品のコメント欄を開放しているので、そちらで受け付けます。

名前:
メール:
件名:
本文:

 拍手で長文を送りたい場合はこちらでも可。
 設定で無しに出来ないためこうなっていますが、メールアドレスが描きたくない場合は以下のアドレスを入力して送ってください。
 仮入力アドレス:teki@tou.de

カテゴリー

FC2投票

攻略するとSSが生まれるかも知れない。

無料アクセス解析

二次創作サイト更新情報



リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

RSSリンクの表示