FC2ブログ

竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 5-4

 その日、懐かしい夢を見た。ずっと昔のことだ。
 私は歳相応の、子供らしい落書きそのものの絵を描き、それを気に入った父が店に飾ってしまう。もちろんそんな価値がある訳も無く、完全な親馬鹿だった。
 小さな頃から見栄っ張りな私は、当然のように恥ずかしがって止めて欲しいと懇願したが、優しく微笑みながらも父は頑として聞かない。
「お客さんは褒めてくれるぞ。まあ概ね、俺の親馬鹿を笑いながらだけどな」
 私の頭を乱暴に撫で回しながら、幸せそうな笑顔で父は言う。もちろんその程度で説得されるわけもなく、私は幼心に腹を立てていた。
 それから数日、父とは一切口をきかなかった。
 そんな私の行動を軽く見ていた父も、十日を過ぎる頃には途方にくれて母に泣きつく。普段たいして面倒も見ないくせに、無下にされると辛いらしい。そうして交渉の役目を交代した母は、営業中の店内で、そっと周りを見るように促しながら言った。
「みんな、絵から伝わってくる暖かな気持ちを、幸せな子供の純粋さを感じ取って、お世辞なんかじゃなく本音で褒めてくれている。自分で自分を褒められなくても、せめて他人の気持ちは素直に受け止められる人間になりなさい」
 常連さん達は、コーヒーなどを飲みながらも時折壁際に飾ってある私の絵に視線を移し、優しげに目尻を下げていた。
 父も、いや父こそはその典型だった。暇さえあれば絵を眺めてはニヤついている。
 私は両親が大好きで、両親の経営するお店も同じ様に大好きだった。家族の存在は、常にこの店と共にあったから。この空間こそが、家族の絆そのものだった。
 子供の頃、自営業というものはからかわれたりするものだが、それでもこの気持ちが揺らぐ事は無かった。私はその、いじめられるどころか、逆にいじめっ子を泣かせてみたりする子だったし。友人曰く、腕力というより迫力が違うのだとか。もちろん、そんなことで褒められて嬉しいはずもないけれど。
 ――ともかく、私は周りの世界の暖かさに気付き。その中心である喫茶店『やどりぎ』のことが、そして両親のことが、もっとずっと大好きになった。
 ちなみに、この絵は夏休みの宿題だったので、休み明けに学校で提出し児童絵画コンクールに応募されることになった。これは強制、同じ小学校の生徒なら全員だ。飾られるのもまあいいか、と思い始めた頃には撤去するどころか手元を離れてしまうのだから皮肉な話だ。
 これが入選に選ばれたりして、両親は意外と見る目があるのだなぁと思い。ああ、絵って色々な見方があるんだ、面白いな、と思い。
 そして私は水彩画を描き始める。油彩なんて知らないのだから、選択肢などない。そのまま私は、深く深くのめり込んだ。
 負けず嫌いで見栄っ張りな私は、褒められて悦に入ることなど無かった。良さがある事は理解出来ても、やはり父のは親馬鹿である。嬉しい事は嬉しい、けれどそれに満足することなく自力で道を切り開き、突き進んだ。
 思えば。私の絵は最初から、一つのビジョンの元に描かれていたのかも知れない。
 両親が経営する、大好きな喫茶店に飾る。そのためだけに、私の絵は始まったのだ。
 いつか先生が言っていたっけ。お店の絵の方が、学校で描く絵よりも心に響くって。
 大好きな『なにか』が何なのか、それを自分に示すために。形にして確認するために。そのために筆を握る。自然に出来ていたそんな事が、部長としての頑張りの中で失われていたのかも知れない。
 今まで私には、目標とする絵も画家も存在しなかった。そんな自分を半端者と恥じていた。けれど、目標はいつも目の前にあったのだ。
 鳳仙さんの絵による衝撃、それは確かにある。けれど、私の求める到達点は、外ではなく内にしかない。それを知ることが大切だった。気付かせてくれた先生には、いくら感謝しても足りない。
 しかし、何故だろう。
 自分を知って、外に目標を求める必要が無いことを理解したはずなのに。
 それでもなお、私は先生の何かを追いかけようとしている――。



 気分には波というものがある。同じ機嫌の良い日でも、やはり気がかりが有るとどこかに違和感が残るものだ。以前は分からなかったそんな違和感が、今なら分かる。
 ここ数ヶ月のモヤモヤした気分は、まだ完全に無くなった訳ではない。けれど、今はだいぶ晴れていた。
 風邪を引いて休み、そこに上倉先生がお見舞いに来てくれた。色々と話を聞けて、ずっと遠ざけていた水彩画を今は描いている。
 もちろん簡単にはいかない。それでも、久しぶりに取り組んだ水彩画は少しずつ出来上がっていく。油絵よりは時間もかからないし、完成はもうすぐだ。
 桜花展の締め切りも近いけれど、この絵が完成しても私は出品するつもりは無かった。そう考えて描いていたら、この絵もきっと描けなかったから。
 先生に勧められた通りに、それは店に飾るためだけのもの。原点回帰ということで、呆れるほど描いてきた店の前の公園の風景を描いている。
 完成したら、先生がお店に来ている時に飾って、そして一番に見てもらおう。私が考えているのは本当にそれだけ。将来に影響を及ぼす事も無い絵だけど、今の私は間違いなくこれに救われたのだ。
 ――午前の授業の合間、職員室に行った帰り。何となく美術室に寄ってみようと遠回りをしてみる。用も無いのに何をしに、などと問うなかれ。私には常に用事があるのだ。先生は最近、よく部活に出てきているけれど、これからもよろしくと念を押すくらいは出来る。何だか無理に理由を付けている気分になるが、本当なのだから仕方が無い。私は、気が進まないながら義務感で行くのだ。
 そうして、頭の中で妙な理屈をこねながら階段を上ると、美術室の前で上倉先生を見つけた。見覚えの有る女生徒と一緒で、何やら言い争いをしている。
 何故か私は反射的に、そんな必要は無いはずのに階段への曲がり角に隠れてしまった。
 あの特徴的な髪形は見覚えが有る。ボリュームのある三つ編みを肩から前に垂らしている彼女は、先生に食って掛かかっていた。
 間違いない。鳳仙さんの親友、以前一緒にお昼を食べたこともある、一年生の藤浪朋子さんだ。
 言い争いというより、藤浪さんが一方的に強い言葉をぶつけている模様。何やら凄い剣幕で捲し立てているけれど、距離が有るので内容までは聞き取れない。
 いけないと思いつつ覗き見ている私。何故、こんなにもおかしな気分を味わわねばならないのか。得体の知れない不快な感情が、心の底から湧き出してくる。
 自己分析をしてみれば、その正体はすぐに判明した。例えるなら、おもちゃを取られた子供のような感覚。上倉先生に対して、自分以外の誰かがあんなにも一方的に怒っている姿は見たことが無い。――訂正、桔梗先生以外の人が、と付け加えておく。あの二人は私から見ても少し特別で、よき理解者同士という感じ。あらゆる意味で対等な関係だ。でも藤浪さんは少し違う。
 教師と生徒。そんな雰囲気を残したままで、立場が逆転したような光景。――見たことは無いけれど、それ以上に馴染み深い。
「……またにしよう」
 何故だか落ち込んだように呟いた私は、しかし目の前で起こった次の事態に、その場を離れるどころか目を放すことさえ出来なくなってしまった。
 上倉先生が藤浪さんの頭に手を置いて、乱暴に乱雑に、でもとても愛嬌のある表情で撫でている。
 最初はその行為自体に更に頭に血を上らせていた藤浪さんも、次第に大人しくなり、遂には顔を真っ赤にして固まってしまった。
 そんな彼女の様子を覗き見ながら、私も身体を固くしていた。
 ――あの暖かい手に触れられると、子ども扱いされたようで気に入らないのに、不思議と心が落ち着いていき、とても暖かい感情が心を満たしていく。
 病に倒れ、それ以上に落ち込んでいた私に癒しを与えた行為。とても特別な、神聖なもののように思えた、あの手。
 それが、あんなに簡単に他の誰かの頭を撫でている。
「部長先輩。何してるんですか?」
 目の前の光景に夢中になっていた私は、突然後ろから声をかけられ飛び上がりそうになった。
 慌てて後を振り向くまでも無く、相手が誰かはすぐに分かった。優しい人柄を表す可愛らしい声は、耳に馴染んだものだ。
 ――何となく、目の前の光景を見せてはいけない気がして。
「鳳仙さん、ちょっと来て。こっち、早く」
「えぇ、ちょっ、部長!? あの、私は朋子ちゃんを探してて――」
「いいから!」
 私は自分でも訳が分からないままに、彼女の手を引いて大急ぎで階段を下っていった。

 一気に一階まで降りると、仕方なく付いて来た鳳仙さんは、私が手を離すと同時に警戒するように一歩下がってから尋ねてきた。
「……どうしたんですか? なんというか、その」
「変、よね。やっぱり……」
「はい」
 素直な彼女らしく、淀み無い声でハッキリと言う。それでいて嫌味は無く、率直さだけが伝わってくる。
 普段見慣れた彼女の絵にも、その真っ直ぐな人間性は表れている。本当に裏表の無い人間なのだ。
「えっと、つまり、その……」
 それとは対照的に、思い切り言葉を濁す私。何だか自分がとても悪い人間になったみたいで、ちょっとだけ自己嫌悪。
 ――仕方が無い。覗き見なんて、良い事のはずが無い。せめて話せるだけ話してしまおうと、私は慎重に言葉を選ぶ。
「あそこの階には美術室があるわよね」
「はい。私、朋子ちゃんがお兄ちゃんのところに行ってないかと思ったんですけど……」
 鋭い。――が、そこだけは触れてはならない。それだけは絶対に譲れなかった。
「私が見たのはね。上倉先生が、女生徒と一緒で、仲良くしていたから、その……」
「あ、そうなんですか。なるほど」
 一部を伏せたものの、それでも彼女の反応は大きいと予想していた私は、あっけらかんとした反応に驚き、逆に呆然としてしまった。
「お兄ちゃん、ああ見えて人気者ですから。そのくらいで怒ってたら、私の身はもつんですけど……嫌われちゃいます」
「なるほど。耐える女、なのね」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
 丁寧に言いながら頭を下げて、
「先輩も、急がないと次の授業始まっちゃいますよ」
 さらにそう付け加えつつ身を翻し、彼女は元気良く階段を登っていった。
 残された私は、疲れたように息を吐いてから。
 重い足取りで、ゆっくりと後に続いた。

 その後、何となく気持ちが晴れないまま一日を過ごし、恒例となった美術室での昼食も今日は教室で済ませ。――放課後を迎えるまでもなく、逃げているような自分が嫌になった。
 このまま以前のように鬱屈してしまっては、先生のお陰でせっかく取り戻した絵を描く心が、また失われてしまうかも知れない。それこそ何より恐ろしい。気合を入れて、今日は一番に美術室へ行こう。先生と馬鹿な話の一つもすれば、この暗い気持ちも晴れると信じて。
 ――そうして帰りのHRが終わると、私はすぐに教室を飛び出して美術室に向かった。
 私は、こうと決まれば簡単に気持ちが揺るがない人間だ。それについては、目的以外が見えなくなったりとよろしくない部分も多少はあるものの、概ね良いことだと思っている。足取りにも、もはや重さは感じなかった。
 やがて美術室に到着すると、そちらには誰も居ないことを確認してから、準備室を覗いてみる。
 そうして目にしたのは、もう有り得ないはずのお馴染みの光景だった。
 週が変わると緩んでいるあたり、やはり人間性はそう簡単に変わるものではないらしい。先生は机に突っ伏し、気持ち良さそうに寝息を響かせていた。
 帰らずにいるだけでも立派だ、と思うのが以前の私。一度でも完全に『変わった』と信じて、この人についていこうと改めて誓った以上は、こんな怠惰な姿を見ずに済むと思っているのが今の自分で――そしてこんな状況を目にしてもまだ、その考えは大して変わらなかったりする。
 とはいえさすがに少しは落胆しながら、ここ数日のうちに先生のお陰で描き始めることになった水彩画について、様々なことを思う。
 今までの私は明らかに不自然で、筆の進みが異常に遅かった。それが何ヶ月も続いていたのだから、部員達が気付かないはずも無い。
 それでも私が絵を描いている間、私に話しかけ、その事を尋ねてくる者は居なかった。そういった陰口も、これだけ長期間だとあれば少しは耳に入るものだが、それも無かった。
 きっと私の性格を知っているから、気を使ってくれたのだろう。心配でも、それに触れれば私はきっと強がって無理をする。余計な負担になりかねない。その唯一の例外に任せよう、ということだったのだろう。その音頭を取ったのは楓子、かなやっぱり。
 ――上倉浩樹先生。彼にだけは、私はあまり優しくない。
 思えば。私のストレス発散の一つとして、先生とのやり取りも大きなウェイトを占めていたような気がする。
 余計な事を言われても、私が素直に怒る相手は殆ど居ない。それこそ上倉先生くらいだろう。親友と呼べる友人――楓子にすら、私はある程度自分を飾る人間だ。
 先生が私を心配して気遣ってくれていても、そんな事を真剣に考えない下地が既にあった。だからこそ、私は必要以上に強がる必要が無かったし、何かあれば相談すればいいという言葉も、不思議と受け入れていた気がする。
「こんな姿を見ていてこそ、か。部長の立場としては、それを受け入れるのは複雑なんだけど」
 目上でありながら時に、いや概ねそうは見えない人。だからこその立場というものがあって、それゆえに生徒達には不思議と人気がある人物。
 その寝顔を眺めながら、なんとなく。気分的に。
 今日だけはグータラな先生を見るのも悪くないかな、とも思う私なのだった。


 ちなみに。
 それでも私が先生を叩き起こし、散々文句を言った後、部活に引っ張り出したのは言うまでも無い。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





Chapter 5-5へ
目次へ戻る


テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/07/22(日) 00:24:57|
  2. 第五話

メニュー

無料レンタルサーバー

まったり空間
↑↓気軽に押してね♪

FC2Blog Ranking

プロフィール

 管理者:マク
 ご意見・ご要望・ご感想・リンク希望等は拍手か以下のメールフォームにお願いします。

 また、投稿作品を掲載して欲しいという場合にも、こちらのメールフォームにて受け付けます。投稿作品の感想は、各作品のコメント欄を開放しているので、そちらで受け付けます。

名前:
メール:
件名:
本文:

 拍手で長文を送りたい場合はこちらでも可。
 設定で無しに出来ないためこうなっていますが、メールアドレスが描きたくない場合は以下のアドレスを入力して送ってください。
 仮入力アドレス:teki@tou.de

カテゴリー

FC2投票

攻略するとSSが生まれるかも知れない。

無料アクセス解析

二次創作サイト更新情報



リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

RSSリンクの表示