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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 5-3

 私がようやく布団からの脱出に成功したのは、あれから何分も経ってからだった。自己嫌悪の言葉を頭の中で何度も並べている、そんな情け無い自分が嫌になって、陰気な思いを振り払うように布団から這い出す。
 恐々と周囲を見回してみても、やはり誰も居なかった。それを当然と思いながらも、自然と溜息が漏れる。
 自業自得だ。自分で追い返したのだ。寂しいと思ってみたところで、もうどうにもならない。最初、あれだけ迷惑だと思っていたのも確かに自分であるはずなのに、今では他人の記憶のように感じられた。
 弱っている時、傍に誰かが居る。それがどれだけ助けになるか、身をもって知ることが出来たのは風邪を引いたお陰だ。たまには違った経験をしてみるのもいい。でも、もう少し後味が良ければさらに良かったのに。
 私は後悔で心を満たしながら、呆然と天井を眺めていた。またも暗い言葉が心を満たしていく。こんな事ではいけない、そう思っても抗うだけの力が沸いてこない。
 思えば先生が近くに居る時には、こんな気持ちになったことが無かった。今なら素直になれそうなのに、今こそ居て欲しいと思っているのに――どうして居てくれないのかと、理不尽と知りながらそう考えていたその時だった。
 いつの間にか淡い期待を抱きながら見つめていた部屋の扉が、おもむろに開かれる。
「少しは落ち着いたか?」
「せっ、先生! どうして、帰ったはずじゃ!?」
 期待しつつも有り得ないと思っていた光景が突然目の前に現出し、不意打ちに驚きの声を上げる私を見て、彼はどう受け取ったのか申し訳無さそうに控えめな笑みを浮かべた。
「挨拶も無しで帰るほど、俺は無作法じゃないぞ。そうは見えないかも知れないけどな」
 言いながら部屋に入ってくる先生は、水の入った桶とタオルを持っている。
「興奮させちまったからな。時間を開けた方がいいと思ったんだ」
 彼は再びベットの隣に置かれた椅子に座り、脇に置いた桶でタオルを濡らして私の額に置いた。
 冷たいのに、何故だかとても暖かい気持ちになる。
 どうしてこの人は、目の前の人間が怒っていても笑えるのだろう。強い感情を受ければ、人は自分の心を固めてしまうものだ。この人には、見事なまでにそれが無い。
 重大な欠陥があるのか、それとも変わった何かを持っているのか。
 どちらでもいい。私はそれを好ましいと思っている。初めてハッキリと自覚して、そして決心した。
「あの、先生――」
「ん?」
 優しく笑みながら、聞き返してくる先生。
 私はきっと、頼ったことが無いのだ。その気持ちを拒絶されるのが怖いから。
 両親に対しても、それは変わらない。今のままで愛されていると感じているから、それが変わってしまうことに臆病になっているのだと思う。
 でも。この人は、最初から何でも聞いてやるぞと言い続けてきた。先ほども言っていたではないか。頼ってくれないと、回りは心苦しい思いをしてしまうものだと。
 頼られたい、という気持ちは分かる。何しろ私は、そういった性質を持っている――と友人にしつこいくらいに言われる人間だからだ。
 体調のせいで気弱になって、寄りかかりたい気持ちになっているだけかも知れない。でも、それは自分にとって悪いことでは無いような気がした。
「相談したいことがあったんです。ずっと、ずっと前から」
 だから、私はいつになく素直に、頼ろうという気持ちになっていた。

 春の終わり。コンクールに向けて仕上げた渾身の作品。それが佳作を受賞して、もちろん私は満足していた。
 私が得意で、大好きな水彩画。その同じ土俵で、一年で入学したばかりの鳳仙さんは、なんと銀賞を受賞した。身内が顧問を務め、特待生として入った美術部。意図して嫌がらせをする者は居なかったけれど、居心地の良い空気ではなかったはずだ。それでも彼女は上倉先生を頼ることはせず、自力で自分の居場所を作った。
 期するものがあったのだろう。気迫に満ちたその絵は有り得ない程の完成度だった。異論を挟む余地など無く、誰もが度肝を抜かれた。
 あまりに大きな差。他の誰もがそうであったように、もちろん私も素直に彼女を称えた。それは紛れも無く本心だった。妬むほど近い実力ではない、彼女は既にプロデビューも不可能ではないレベルだと感じた。
 だというのに、その後からだ。私は絵が上手く描けなくなった。
 描いても描いても、あの時の彼女の絵がちらつく。得意で、大好きな水彩画だったのに、いざ描こうとしてもイメージは固まらない。筆を走らせても、どうしても形になってくれない。
 気分を変えようと油絵の具を持ち出した私は、何とか描けた絵を次のコンクールに出品した。結果は落選。それでも、負けたのは油絵だった。私はそこに逃げ道を見つけた。
 もちろん何も解決していない。誤魔化したところで、問題を先送りにしただけだ。
 ごく短い期間、上倉先生に習っただけの油絵は、なかなか手に馴染まない。それでも、私に居場所を残してくれた。それに縋り続けて、でもやはり、少しずつ足場は小さくなっていく。
 遂に油絵も、まともには描けなくなった。
 私は焦っていた。受験も近い。絵の道を進むなら、どんな出来でもいい、今はとにかく描けないといけない。しかし、それすら出来ない。
 店を手伝ううちに、絵ばかりが大切なものじゃないと気付いた。大好きな店を継ぐ、という選択肢も有るのではないかと考えた。でも何かが違う気がした。
 何とかして絵を描いていくとしても、私はどうしたいのか。油絵を描いている方がいくらか楽だと、今は思っている。水彩画は描けない。描こうとして、もしまた描けなかったら。それが怖い。
 何をしたいのか、何のために何をすればいいのか。
 頑張りたいのに、その目標が定まらない。しかもタイムリミットはすぐだ。焦りばかりが先行して、どんどん追い詰められていく。
 自分は部長で、受験に不安を抱く三年生部員も居る。自分のことだけ悩んでもいられない。誰よりもしっかりしないといけない。――そんな立場もまた、大きな負担となった。
 両親には、それとなく受験で悩んでいることくらいは話した。だけど、それは無駄だった。
 好きなようにしなさいと。――二人とも、それしか言ってくれない。
 絵のことが分からない自分たちが、容易く口出しすべきでないという部分もあるのだろう。しかし、そもそも昔から私のすることに何も口を挟まない両親だった。
 自分で決めたことを、したいようにする。ただし、しっかりとその責任を取らせる。そういう教育方針なのだ。
 でも、どんなに忙しくても学校行事には必ずどちらかが来てくれるし、話を聞いてくれなかったなんてことは記憶に無い。
 私を信じて、全てを任せてくれている。同時に、優しく見守ってくれていると感じる。でも。
 どうしても、一人で立っているように感じてしまう瞬間があった。
 ――私の独白を静かに聞いていた先生は、俯いたまま動かない。
 私はこの先、どうすればいいのか。答えでなくとも、何か先生の考えを聞ければ。そう思ったのだけど、やはり寄りかかるには重過ぎるだろうか?
 長い沈黙に私が不安を覚え始めた頃、彼はようやく口を開いた。
「幼児期の子供を見れば分かりやすいな。俺もエリスの面倒を見たりしてたから、よく分かるよ。自由にさせながらもしっかり見ててやる、守ってやるってのは一番大変だ。鎖で繋いででもおけば楽だからな。
 竹内、お前のご両親は大したものだと思うよ。この歳になるまで、そんな理想的なことをずっと続けてるんだ。そして現に、今のお前は良い奴だ。凄いよ、なかなか出来ることじゃない」
「大切に思ってくれていることは、分かるんです。でも――」
 一言一言が重い。言葉を吐き出すのが苦しい。
 楽になるための行為なのに、こんなに辛い思いをするのは何故なのだろう。疑問に思いながらも、それでも言葉を止めたいとは思わなかった。
「たまには、何かが欲しい。そう思うのは我侭ですか? 私、やっぱり自分勝手な人間ですか?」
「それがお前の悪い癖だな」
 先生は重い空気を吹き散らすように、強く息を吐いた。
「自分勝手でいいんだよ。両親も、俺たち教師も――。失敗した時の責任を取るために居ると思えよ。そうして守ってもらえるのが学生の特権だろ、お前はもう少し勝手になるくらいでいいんだよ」
「でも……。しっかりしていたい、というのも私の勝手なんですよ」
 先生に引っ張られるように少しだけ楽な気持ちになって、私は言った。
 大人らしい包容力のある笑顔で、先生は応える。
「なら、それでいいさ。――ただな、弱音を見せられる相手を一人くらいは作っておけよ」
「もう、改めて作る必要は無さそうですけど……」
 私の小さな呟きは、しかし先生には聞こえていなかったようだ。
 不思議そうに眉を寄せながら、心配そうに尋ねてくる。
「どうした?」
「いえ、なんでもないです」
 何となく可笑しくて、私は笑顔で返した。
 それだけで安心したのか、先生は更に話を続ける。
「気持ちはともかく、後は絵だろうな。こればっかりは、簡単にはいかないだろうが――しかし、ううむ」
 迷うように俯いた先生は、一向に考えを口にしない。
 何であれ、意見があれば聞いておきたい。こんな素直な気持ちになれることはそう無いから。
「言ってください。参考にするかは、やはり自分で決めるべきだと思います」
 もうしばらく迷った後で、先生はやっとその気になってくれた。
「そうだな。今のままよりは、マシかも知れない」

 落ち着いた店内にあって主張しすぎない、なのにふと目に入ると視線を動かすのが惜しくなる。無意識のうちに、じっと見入ってしまう。雨の日、曇りの日、日差しの強い日、気分の乗らない日、機嫌の良い日――。日が違えば、また別の発見がある。
 そんな絵を、両親の営む大好きな店に飾る。そんな喜びが、きっと私の絵の原点にある。
 先生は言葉を選びながらも、そのように語った。
「あくまで俺が感じたことだ。憶測に過ぎない。だから鵜呑みにしないで、もう一度自分の心に問いかけてみて欲しい。そしてもし、そうだと思ったなら……」
 まだ少し躊躇いがあるのだろう。それでも、それこそ間違いを恐れるなという見本を示すように、先生は言った。
「無理矢理でもいい。出来なんていいから。――店に飾る絵を描いてみないか?」
 少し前から、何となくそう言われるような気がしていた。
 分かっていて何故、それを促すような真似をしたのか。きっと、私は背中を押して欲しかっただけなのだと思う。
「そんな事を言って、先生が私の水彩画を見たいだけじゃないですか? お店の常連さんにも、時々催促されるんですよね。新作は無いのか、って」
 私が悪戯っぽく言うと、先生も自嘲気味に笑いながら応えた。
「そりゃそうだろ、俺だってその常連の一人だぞ。
 ――俺はお前の伸び伸びと描いた水彩画が見たい。少なくとも、これだけは本心だよ。そしてそれ以上に、いつも楽しそうに絵を描いて、絵を語るお前がまた見たい」
 静かに語る先生の声はどこまでも優しい。普段とは違いすぎる雰囲気だけど、それでも自然と心に響いてくる。私はその言葉達を逃がさないよう大事に抱きしめていた。
「部長になって負担が増えた事も、少なからず影響してるんだろうな。
 これからは、お前の負担を減らせるように努力するよ」
 大人らしい包容力を滲ませる先生は、そっと私の頭を撫でてくる。
 鳳仙さんを相手にするような気安いことを――。抵抗する気持ちも無くはない。けれど、その暖かな感触に私の心はアッサリと陥落した。
「うふふ。でも先生、私も好きでやってるんですから。やりすぎて、わたしのやり甲斐を奪うような事はしないでくださいね」
「ああ。それにしても……」
「なんですか?」
「今、笑ったろ。――その笑顔を見られると安心するな。そうやって柔らかく笑えるなら、もう大丈夫だ」
 ホッとしたように言う先生は、どうしても、なんというか、口説いているように見えてしまって。
 また布団の中に隠れてしまう私なのだった。



 後日。
 熱が下がってからも一日だけ余計に休んで、久しぶりに登校した私は、心配してくれていた友人達にとにかく無事と伝えて回り。
 放課後、誰よりも早く部活へ――美術室へ向かった。
 あの時はああ言っていたものの、あの約束破りの常習犯がどう変わるものなのか興味はあった。とはいえ、何となく顔を合わすのが気恥ずかしくて、放課後まで会うことはなく、必然的に部活に出ろとは一度も言っていない。加えて、先日の会話でも『休まず部活に出る』と明言したわけでもない。だというのに。
 こうして当然のように、やる気で美術室で待っている上倉先生の姿を見ると、やはり驚いた。何が一番驚いたかって、それを特に不思議だとは思わない自分にだ。
「遅いぞ、部長」
「先生が早いんです。――というか、HRがあるんですから。これ以上早くは来られませんよ」
「じゃあ、これからは俺がいつでも一番だな」
「そうあってくれると助かるんですけど」
「――ああ、助けてやるよ」
 気軽に言う、その一言にドキリとする。
 しかし、言った当人は特に気にする事も無く、教壇に向かい、椅子に座って――そこに置いてある漫画雑誌を手に取った。
「あの……?」
「どうした、部活開始だ。絵を描いてていいぞ。遠慮するな」
「それは分かるんですけど。先生は何を? 真面目にやるんじゃ……」
「だから部活に出てきただろ? 質問があったらいつでも聞いてやる」
 忘れてた。この人は、真面目になってもこうだった。
 放任主義。うちの両親と少しも変わらない。こちらにやる気が無ければ何も教われない。
 ああ、でも。何でこんなにも、私は機嫌が良いのだろうか。
「なんで怒らないんだ?」
「先生がやる気になってくれたからに決まってるじゃないですか。本当に、有難うございます」
 私は感謝し、心からの笑顔でお礼を言った。それは何も裏が有るわけでは決して無いのだけど。
 何を思ったのか、先生は唐突に立ち上がった。
「さあ、指導するぞ」
「……まあ、いいですけどね」
 よりやる気になった先生を見て、私は何故か少しだけ不機嫌になってしまうのだった。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/07/07(土) 08:31:58|
  2. 第五話

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