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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 5-2

 意識が覚醒する直前、最初に感じたのはひんやりと気持ちのいい冷たさだった。まだ目が開いているのかも自覚出来ないままの私は、その心地良さに身を任せて再び眠りに落ちそうになったが、誰かが語りかけてくる声に気を引かれて思いとどまる。
「気が付いたのか。少し焦ったぞ」
 傍らで覗き込んでいるその人は、私の額からタオルを取り、代わりに手を置いた。
 心地よい冷たさが消えて、惜しむ間もなく暖かい手に触れられる。鈍ったままの思考で、これもいいなと思った。
 半分眠ったまま、虚ろな瞳を手の主に向ける。と、彼は安心したように言った。
「熱いっちゃ熱いが、まあさっきよりマシか。暴れて一時的に熱が上がっただけみたいだな」
 先生は手を退けると、先ほどのタオルを水に浸けて絞り、また私の額に置いた。再び戻ってきた冷たい感触に、今度は先ほどの手の暖かさを惜しいと感じて――。
 そこでやっと、私の意識は完全に覚醒した。
「かっ、上倉先生!?」
 ベットに寝たままで素っ頓狂な声を上げる私に、先生は落ち着いて答えた。
「ああ、邪魔してる。あと勝手に看病させてもらってるが、礼なら要らないぞ」
「ええいやでも有難うございます――じゃなくて。何で先生がここに!?」
「その会話なら終わったと思うんだが。もう一回話すか?」
 意識の覚醒に追いつくように思考力と記憶が蘇る。そうして、私は先ほどのやりとりを鮮明に思い出した。
「いえ……。いいです。思い出しました」
 そうか、と軽く言って先生は立ち上がる。
「お粥を作ってるからな。もうすぐ出来る。ちょっと待ってろ。寂しいならそうだな――」
 先生は部屋を見回し、棚の上に一つだけあったヌイグルミを手に取って、私の枕元に置いた。
「コイツで我慢しててくれ」
 一方的に言って、先生は部屋を出て行った。
 先生の消えた扉を呆然と見つめたまま、私は小さく呟いた。
「寂しくなんて……ないのに……」
 それでも、彼の置いていったぬいぐるみを抱きしめていると、何だか抱き上げられた時の優しい温もりを再び感じられる気がした。
 その不恰好な、だけど何だか愛らしい『らいおん』のヌイグルミ。それは、やはり彼がくれた物だった。

 促されるまま、ベットの上で上半身だけを起こす。
 そんな私が居座るベットの横に椅子を置いて、先生は器から少量のお粥を掬うと、おもむろに差し出した。
「ほれ、さっさと口を開けろ」
 彼の手元と顔と、何度か視線を往復させてから、私は言った。
「当たり前のように何をしてるんですか」
 差し出されたレンゲを器ごと強引に奪い取り、お粥を口に頬張る。
 意地を張りつつも機嫌が悪い訳ではない――私の複雑な心境に気付いてでもいるのか、先生はそんな光景を眺めながら苦笑した。
 普段なら薄すぎる塩味が、今は逆に心地良い。
 噛むのに大した力は要らなかった。やや冷ましが足りなかったお粥の熱さを、踊るように全身で表現しながら何とか一口目を胃におさめる。
 何とか一息ついてホッとしている私を見ながら、先生は楽しげに双眸をゆがめた。
「ははは。どうだ、美味いだろ?」
 無邪気に笑う先生は、どこか誇らしげだった。
「悔しいですけど一応、いやかなり……」
 言葉を濁そうとしても、それを本音が駆逐する。正直、かなり美味しい。何となく噂は聞いていたとはいえ、先生が料理を得意としているのは信じ難い事実だった。
 具の一つも無いお粥だからこそ、これだけ美味しいのは余計に凄い。出汁でも使っているのだろうか、塩気だけではない別の何かが奥深い味わいを演出している。お粥というより具無しの雑炊、とでも言った方が近いかも知れない。
「コレだけは特別だからな。小さい頃、エリスが寝込んだ時に俺の作ったもんが食いたいとか我侭言うから、お袋さんに習いながら作ったのが始まりだ。
 だからまあ、料理が上手くなったのはつい最近なんだが、こいつだけは年季が違う。体力の落ちた身体に染み込み、満たされる感じがして――悪くないだろ?」
 懐かしむように遠い目で語る先生を眺めながら、私は無意識に食事の手を止めていた。
 ――そうだった。先生が料理を得意としているのは、たしか鳳仙さんのために色々と努力をして身に着けたものだと聞いた。そして、このお粥も。何もかも、彼女の為にこの人は。
「そう、ですね……」
 頷きながらも暗い声で答えて、そんな自分に驚く。
「なんだ、美味くないか?」
 当然、目の前で聞いていた先生にも、そんな異常は伝わっていた。
「い、いえ。美味しいですよ。ちょっとボーっとしてただけです」
 慌てて咄嗟に誤魔化したものの、途端に心配そうな顔をする先生の様子に、チクリと胸が痛んだ。
「そうか、熱があるんだったな。むしろ液体にした方が良かったか……?」
「今のはたまたま、一瞬です。これくらいの食べ応えが無いと、元気は出ませんよ」
 言いながら、私はこれ見よがしに大きく頬張って、熱さに悶えながらも何とか呑み込んだ。
 呆れ混じりに、それでも安心したように息を吐いて、先生は私の枕元に置いてあるヌイグルミに手を伸ばした。
「それ、覚えてます?」
「……ん? なんだ、学校関係なのかコレ?」
 先生は手に取った『らいおん』のヌイグルミを、手の中で躍らせながら聞き返してきた。
 ――以前、予備の眼鏡を買いに行った時。成り行きで先生から貰ったヌイグルミ。
 受験も近いし、勉強に集中出来る環境をと思い先日行った大掃除で、他は全て片付けてしまったのに、この子だけは何となく目に付く場所から動かす事が出来なかった。
 端的に言えば妙な感じの『らいおん』さん、だけど妙に愛嬌がある。でも所詮は景品でしかなく、他のヌイグルミに勝っているとは思えない。何故、これだけが心に引っ掛かるのか、自分でも理解出来なかった。
 そんなわけで、私にとっては小さな悩みの種にもなっていたこの『らいおん』君なのだけど、先生は自分がプレゼントした物だというのも覚えていないらしい。
 理由は分からないけれど、それは何故だか、とても面白くないことに思えた。
「いいえ、でも先生はきっと絶対知らないと思いますよー」
 作り笑いでわざとらしく平坦な声音で言いながら、私は食器を先生に突き返す。まだ半分くらいだけど、今はそれでも精一杯だ。
 先ほどまで美味しく頂いていたので意外だったのだろう。先生も一瞬驚いたようだが、すぐに思いなおして受け取ってくれた。
 その器を脇に置いてから、先生は言う。
「そう殺気を放つな。意味分からん。ていうか少なからず疲れるだろそれ、いいから寝てろ」
 上からな物言いに、私がムッとしたのと同時。先生は無理矢理に私を寝かせて布団を被せてしまう。
「何度も言うようだがな、風邪を侮るな。病人は大人しく寝てさっさと治せ。あんまり周りを心配させるもんじゃない」
「――心配、してくれたんですか?」
「当たり前だろ。じゃなきゃこんな所まで来て、様子見のはずが何故か看病してる、なんてことになるもんかよ」
「というか、そもそもなんで先生が看病しているのでしょうか?」
「お前が言ったんだ、仕方ないだろ。ご両親を呼びに行こうとしたら、うわ言のように必死に止めてくれと言う。覚えてないのか?」
「ええと……。そうなんですか?」
 確かに、騒がれたり心配されたりというのが苦手なので、それは言いそうな事だと自分でも思う。しかし、家族に知らせず先生に看病を頼むというのも変な話だ。
 不思議そうな顔でもしていたのか、私の様子を伺いながら先生が付け足した。
「なら俺が看病するぞ、と言ったら弱々しく頷いたからな。それで、こうなったわけだ。一応、台所を借りるのにお袋さんに確認だけはしたけどな」
 知らせるまでも無く様子を見に来てたんだ、と先生は続けて言った。
「それでもヤバそうなら問答無用だ。落ち着いてきたからいいけどな、そうじゃなければ救急車くらいは呼びつけてるところだ」
「やめてくださいよ……。ご近所に迷惑です。ただの風邪なんですよ?」
 そんな騒ぎは想像するだけで頭が痛い。――実際に軽い頭痛はあるけれど、それとは別の意味で。
 私は冗談と受け取ってそのように返したのだが、それを聞いて先生は急に顔色を変えた。
「あのな、竹内」
 見たことも無いような真面目な顔でベットに横たわる私を見下ろしながら、先生は強い調子で言った。
「俺は本気で心配したんだ。俺みたいないい加減な奴が言うのもなんだけどな、頑張るにも限度ってものがある」
 私は面食らって、珍しいものでも見るように先生の顔を凝視してしまった。
 それは、子供を叱る父親のようだった。ただし、私にはあまりそういった記憶が無い。慣れない体験だったので、一瞬意味が分からなかったくらいだ。
 うちの親は放任主義だし、外でもそうそう怒られるということは無い。自分で言うのもなんだけど、私は小さな頃から真面目な『良い子』だった。
 遠い記憶の向こう、もうハッキリとは覚えていないほど小さな頃。父にお説教を受けたような記憶がある。確か、私が危ない遊びをしていて、それを叱ってくれたのだった。
 その時は慣れない空気に萎縮して、あまりの剣幕にもう二度と心配させるような事はしないと誓った。その誓いだけは、よく覚えている。だから私は、少なくとも悪い子にはならなかった。
「すみませんでした……」
 驚きと、嬉しさと、僅かばかりの気恥ずかしさとを感じながら。私は頭まで下げて、素直に謝っていた。
 ――優しい両親だと思っている。私は恵まれている。けれど、それを分かっていながら、人は常にそれ以上を求めるものだ。時に、環境が良すぎれば逆を求める事もある。私はまさにそれだ。
 叱ってもらいたい。何かを言ってもらいたい。そう思う時がある。けれど、両親はそこで手を差し伸べてはくれない。優しい、甘い、でもそれは何より厳しいと私には分かる。
 私と逆の環境、親に縛られる育ち方をした人ならば、私を羨ましいと思うだろう。でも、私も逆の立場の人間を羨ましく思う事はあるのだ。
 もっとかまってほしい。そんな子供染みた感情を、私のような意地っ張りが表に出せるわけもない。或いは、言えばそうしてくれたのかも知れない。でも、そうしないから、今もそうならない。
 そんな私には、それは不意打ちだった。大人らしくない大人、そんな印象を抱いていた上倉先生が、私が無意識下で大人たちに求めていたものを、こうしてぶつけてきてくれる。だから私は、
「誰も迷惑になんて思わない、むしろ自分が情けなくて心が痛む。だから――頼れよ」
 先生が気遣うような眼差しで、優しく付け足した言葉に。
「はい」
 素直な気持ちでそう答えた。
 思えば、この人の前でこれほど素直な心になれたことは、これが始めてだったかも知れない。

 何となく気まずい空気になって、しばらく沈黙が続く。
 そのまま寝てしまってもいい、そうすべきだとは思いながら。この時間が何だか惜しい気がして、私は適当な話題を探した。
「ところで。どうして面倒くさがりの先生が、こんなところに来てるんですか?」
 何か気の利いたことでも、と思ったのに、口からは自然にそんな言葉が出てきてしまう。
 先生は苦笑しながら言った。
「そりゃあ、愛する部長のためだからな」
「え……」
 そんな。こんな場所でこんな時にいきなり告白だなんて。そりゃ病気で弱ってて気が弱くなってて、ねらい目なのかも知れないけど。教師がそんな弱みに付け込むようなことをするなんて反則というか犯罪というか――。
 頭の中で意味不明な理屈がグルグルと回る。私は顔を真っ赤にして、鼻まで布団を被った。それでも先生の顔を覗き見ている。――なにこれ。本気なの私?
「……おい。そこで黙るな。いつもなら、こんなセクハラ発言は右から左じゃないか」
「セクハラ……ですか?」
「そうだ、冗談――って、悪かった。状況も弁えず不謹慎だったよ。謝る」
 呆然としている私に、先生は全力で頭を下げた。後頭部どころか背中が見えるくらいに、それはもう深く。
 どうやら、私の顔が赤いことを、怒りで熱が上がったとでも勘違いしたのか。先生はいつまで経っても顔を上げようとしない。
 そう、ここは怒るところだった。なのに、私の心は別の意味で熱を上げている。
 冗談だった。そのことにガッカリした? いや、そんな感じじゃない。なら、そういう意味じゃない。きっと、何かの勘違いだ。そうだそうに決まってる。
 単純に空気と言葉に照れただけだ、と無理矢理自分を納得させて、私は先生に声をかけた。
「……反省してるみたいですから、許してあげます」
 顔の半分まで布団を被ったままだったけれど、それでも聞こえたらしい。先生は申し訳無さそうに顔を上げて、それからもう一度謝った。
「すまん、自分でもどうかとは思うんだけどな。どうも竹内と話してると、気安いせいか悪ふざけが過ぎる。こんなのはエリスと霧くらいだったんだが」
 幼馴染と、妹に限りなく近い従兄妹。それに近しいという事は、家族みたいに親しいということで――。
 勝手な解釈にまたも顔を真っ赤にする私。これでは、いつまで経っても布団を下げることが出来ない。
「ああ、そういや藤浪とかも近いやり取りが多いな」
 瞬間、私は反射的に枕を投げつけていた。
「……おい」
 見事に顔面で受けた先生は、病人相手に怒るわけにもいかないと考えたのか、困ったようにそれだけ言った。
 私にも、どうしてそんな事をしてしまったのか分からない。聞かれても困る。
 質問は全て却下という意思表示と、今の表情を見られたくないのとで、私は逆を向いて頭まで布団を被った。
「意味が分からないんだが。怒らないから、せめて説明してくれ」
「……許してあげます。だからあっち行ってください!」
 自分でも訳が分からず声を上げる。先生は、諦めたように嘆息した。
 それから離れていく音がして、またすぐに近寄ってくる。そして、先生は改めて声をかけてきた。
「ほら、枕。ここに置いとくぞ」
 ベットの上、頭の近くに何かが置かれた。
 私がそのまま黙っていると、ドアが開く音がして、そして閉められた。
 先生は私の意味不明な行動に呆れて、帰ってしまったのだろう。
 自分で言った通りになったのに、何だかとても悪い事をしてしまった気がして、喜ぶどころか心を暗い海の底に沈めていくような気分だった。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/06/15(金) 19:20:15|
  2. 第五話

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