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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 5-1

 馬鹿は風邪引かない。そんな言葉があるけれど、そんな事は無いと私は思う。規則正しい生活、強靭な精神が風邪を撃退するのであり、知能の程度で何が変わるわけでもない。
 もちろんストレスは免疫力の低下を招く、という事実は認める。何も考えず、何も感じない人を賢明でないと評するならば、確かに風邪を引く事は少ないのかも知れない。
 しかし、賢明な者はそれすらも制御出来るものだ。例えば私の場合は、店の手伝いであり、絵を描くことであり――。
 それらの好きな事をする時間が、私のストレスを多少なり和らげてくれている。
 だからこそ。その両方でトラブルの続いた最近の状況は、条件としては十分だったのかも知れない。

 鼻づまりや咳などの比較的軽い症状から、高熱や頭痛・嘔吐感など重いものまで、風邪と言ってもその症状は様々だ。
 今回の私の場合は、40度近い熱と頭痛、倦怠感、食欲不振といったところ。風邪と言ってもインフルエンザ、症状の重さは侮れない。
 面倒な症状が無いだけマシだとは思う。しかし立って歩くには少々辛い。
 まあ三日目ともなれば、少しは熱も下がってはくるけれど――。
「はぁ、はぁ……。ああ、もう……」
 寝巻きの胸元を少し開き、パタパタさせて空気を送り込みながら、私は力無く嘆息した。
 ――お店は今日も休むわけにはいかないので、両親も家には居ない。母が何度も様子を見に来るけれど、今のところ、ここには誰も居なかった。
 私はトイレを出て、自室に戻るため、ふらふらと危なっかしい調子で廊下を歩いている。
 廊下は涼しいけれど、部屋は暖かい。熱があるので、少し部屋から出たくらいでは、むしろ身体を動かす事で余計に熱が上がり、暑苦しさが増した。
 今だけは、上倉先生の怠け癖が理解できた。他に何も要らないから、とにかく早くベットで横になりたい。
 見た目はよろよろと、でも自分としては精一杯に、私は急いで自室の前まで戻る。そして、力の入らない手でゆっくりと扉を開けたその瞬間。
「よっ、竹内。――動いて大丈夫なのか?」
 中から聞こえた呑気な声の主を視界におさめて――私の思考は数瞬の間停止した。

「お父さん! なんで、どうして!」
 要点など欠片も無い言葉を勢いに任せて叩きつけた私を、父はコメカミに指を押し付けながら困ったように見やる。
 ――あの後。私は無言のまま全力で扉を閉め、店に突撃して、そして興奮したまま父に詰め寄った。
 事態に混乱して、元々の発熱もあって。もうまともな思考は困難な状態だった。
「なんだ、いったい」
「だから何で私の部屋に……」
「そんなことより――ああ、いい。もういいから」
 そう言いながら、父は私の肩を掴むと無理矢理に回れ右をさせた。そして、耳元で私にだけ聞こえるように囁く。
「悪い事は言わん。とにかく部屋に戻れ。そんで鏡でも見るんだな」
 言われてやっと、私は自分の状態に気づいた。
 寝間着を着ていて、熱のせいで暑苦しさから胸元もはだけていて。裸足で、汗臭くて、顔は熱くて。
 そこでようやく。見知った常連さんが不自然に目を逸らしていることに気付いた。
「……っっっ!」
 絶叫を慌てて呑み込んで――思えば、それは行幸だった。
 奥歯を噛み締め心で泣いて。胸の中だけで大いに悲鳴を轟かせつつ、私は体調のことも忘れ大慌てで退却した。

 転がり込むようにして自室に飛び込み、慌てて扉を閉めた。そのまま扉に寄りかかり、荒れ狂う呼吸に翻弄さながらも、私の心はただただ嘆く事を止めようとしない。
 完全に終わった。何年もかけて築いてきた、いつでも落ち着いていて仕事の出来る優秀なウェイトレスさん、という私のイメージが。
 熱で思考力が落ちているとはいえ、こんな格好で店に出るなんて。今さらながら自分の行動が信じられない。
 私の、なんか色々をかえせー! ――なんて叫ぼうとしても、この鬱憤を果たして誰に向ければよいのやら。
「おい、竹内」
 ――声をかけられて、私はやっと思い出す。そうだ、この人がこんなところに居るのが悪いのだ。怒りをぶつけるなら、他に誰が居るというのだろう。
 私がようやく部屋の中央に座する上倉先生に視線を向けると、彼はそれを待っていたように改めて声をかけてきた。
「聞こえないのか?」
「……聞こえてます」
 ふてくされたような声に、自分でも驚く。でも、それを止める程の理性的な思考なんて期待するだけ無駄というものだ。
「どうして私の部屋に、先生が居るんですか」
 精一杯に怒気を込めてみたものの、どうしても元気が足りない。果たして先生も怯んだ様子はまるで無く、
「ドアから入ったからに決まってるだろ」
 そう、淡々と答えた。
「……余計に熱が上がるようなことを言って、楽しいですか?」
 私が荒い息の合間に吐き出した言葉で、先生はやっと真面目に考え込む。
 僅かに間を置いてから、彼は申し訳無さそうに言った。
「怒らせるつもりじゃないんだ、謝れと言うならいくらでも謝るよ。しかし、何を怒っているのか分からんことにはなぁ……」
 まだるっこしい会話に、頭に血が上りそうになるが、怒ってみたところでそれを行動に移すだけの体力は残っていなかった。
 先ほどまでは感情を高ぶらせたまま勢いで動いていたけれど、無理をしたためか頭がグラグラする。頭の中に心臓があるみたいに血流の音がハッキリと聞こえ、視界まで時化の船上みたいだった。
 それでも壁に寄りかかりながら、まとまらない思考を無理矢理絞り上げて、私は何とか先生に向けて言葉を紡ぐ。
「と……にかく、えっと。この部屋に……来るまでの経緯を……お願いします」
 整わない息の合間に喋る私の言葉を何とか拾い上げて、先生は後頭部をボリボリ掻きながら言った。
「時期も時期で、部で暇そうなのは俺くらいだし、そんで何となく見舞いに来た。チャイムを押したらお袋さんが出てきて、説明するまでも無くここに通され、待っていたらお前が来た。俺に分かるのは、そんなところだ」
 ――という事は、店ではなく家の玄関から上がったのか。母が丁度、私の様子を見に来ていたのかも知れない。
 それにしても。うちは両親とも独特の人柄だと分かってはいるけれど、年頃の娘の母親としては理解に苦しむ行動だった。病に伏せる娘の部屋に、男を一人で放り込むなど言語道断である。女親ならもう少し考えてくれてもいいはずだ。――こういう場合は父親の方が気にするものかも知れないけれど。
 そして、当然ながらそれを特に気にする事も無く普通に受け入れ、部屋に入って待っているこの人も計り知れないものがある。一体何を考えているのか、考えていないのか。
 無理でも何でもいい。盛大に文句を言ってやらないと気がすまない。
 そう思い、口を開こうとしたその瞬間だった。急に足元から力が抜けて、その場に座り込んでしまう。
「あ……れ……?」
 よく分からないまま意識が遠のきかけた。しかし、視界の片隅に駆け寄ろうとする先生の姿を捉え、辛うじてそれを繋ぎとめる。
 全身を石膏で固めたようだった。腕を上げるだけでも全身全霊を傾けねばならない。
 それでも私は、意思の力で無理矢理に身体を動かす。何とか動いてくれた手で、先生を制止した。
「だ……じょぶ、で……から……」
 上手く舌が回らない。しかし、ちゃんと言わなければ。
 先日の美術室での出来事。先生をKOしてしまったあれを、また再現するわけにはいかない。
 頼りない動きで拒否する私に、しかし先生が止まったのは一瞬だけだった。有無を言わさず近づくと、強引に私の身体を担ぎ上げる。
「駄目だ。聞いてやらない」
 まるでお姫さまのように横抱きにされて、でも私には抵抗する力なんて残ってなくて。いやそんなことより。
 優しくて、暖かくて。何て上等な揺り篭だろうと、包まれるような心地についつい心を許してしまいそうになる。我慢していた眠気が急に強く広がってきて、私の胸を満たしていった。
「病人は大人しく世話を焼かれるのが仕事だろ。こんな時くらいは頼ればか」
 言い方はちっとも優しくないのに、何だかとても暖かい。そんな言葉が、遠く闇の彼方から聞こえる。
 なおも続く、不器用な子守唄のようなお説教を聞きながら、私は。
 自分でも不思議なくらい落ち着いて、抱かれたまま眠りに落ちていった。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/06/10(日) 00:52:35|
  2. 第五話

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