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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 3-3

 授業が終わり、少しだけのつもりで部活の様子を見に行ったものの、上倉先生は一向に姿を見せない。準備室を覗いてみても、居眠りをしているということもなく、姿は見えなかった。
 仕方が無いので副部長の田丸さんに後を任せ、私は帰宅する。今日は木曜日、店の手伝いがある日だ。
 私は家に到着すると、裏の玄関から入って自室に向かい、慣れたウェイトレスの制服に着替えて店に出る。そして、すでに定位置となった窓際のテーブル席に座る、予想通りの顔を見つけて顔を引きつらせた。
 もちろん表情に出たのは一瞬だけで、すぐに営業スマイルを作る。何しろここはもう店内、個人的な事情で雰囲気を壊してはいけない。
「お、部長じゃないか。遅かったな」
 知らん顔をしていた私に、先生は声をかけてきた。
 この人は、ここで何をしているのか。この時間にお店に居て、私に話しかけるという意味が分かっているのか。もしかして、全て分かっていて、私をからかっているのだろうか?
 単にコーヒーが飲みたいからここに居て、知った顔があったから声をかけた――それだけだと、私も分かってはいる。しかし、だから何とも思わないというわけにはいかない。 
「お客さま。そこで何をなさっているんですか?」
 それでも表面上は笑顔で。こめかみの辺りが痙攣していても、目が笑っていなくても、頬だけは精一杯持ち上げながら、私は言った。
「なんだ、他人行儀な奴だな。俺と部長の仲じゃないか。もっと気楽に、もっと気安くいこう」
 完全に店に馴染んでいる先生は、いい感じに脱力した顔で言った。父から聞いた話によると、ここのところ殆ど毎日店に来ているらしい。当然、部活をサボってだ。
 私は内心穏やかではなかったが、ここは店内、自分はウェイトレス。怒りに任せて先生を捕らえ、撫子学園美術室まで強制連行――などというわけには、もちろんいかない。ちょっと考えたけど、断じて実行は出来ない。
 しかし、このまま大人しくしていることもまた、出来なかった。
「では、部長として話してもいいんですね?」
「もちろんだ。その方が俺も気が楽だからな」
 そう、楽ですか。本気で?
「では――上倉先生」
 営業スマイルを消した私は、笑顔の仮面で隠していた本性を曝け出し、ナイフのように切れ味鋭い声で呼びかける。
 私の気迫に圧されたのか、先ほどまで店内の落ち着いた空気に弛緩し切っていた先生の顔は、得体の知れない寒気に襲われたように一瞬にして凍りついた。
「今日はまだ、部活が終わる時間ではありませんよね」
 先生はこくこくと、カラクリ人形のように無機的な動作で首を縦に振る。
「それなのに、撫子学園美術部顧問であるはずの上倉浩樹教諭が、どうして喫茶店でくつろいでなど居られるのか。その理由を、部長であるこの私に、説明して頂けますよね」
 一言一言を区切りながら力強く、噛んで含めるように言った。
 私の表情と声と質問内容に、先生はようやく私のご機嫌がよろしくないことに気付いたらしい。
「お、俺はお前さんが心配でだな。元気そうで何よりだ」
 先生は、慌てて取り繕う様に言った。
「そうでもないですよ。頭が痛いんです。抱えて座り込みたいくらいに」
 私が皮肉でそう言うと、先生は顔色を変えた。
「大変じゃないか。無理は良くないぞ。今日は休んだらどうだ」
 皮肉や冗談という感じではなかった。本気で心配しているらしい。怒っておいて何だけど、ここでそんな反応をされては興醒めもいいところだ。
「……誰かさんのせいなんですけど」
 私は疲れたように言って、緊張を解いた。表情からも声からも力を抜くが、さすがに笑顔にまでは戻らない。それでも、私が冗談を言っていたのだと知って、先生はホッとした様だった。
 しかし、このまま終わりにしてはならない。何しろ、部長として接する様に言ってきたのは先生の方だ。私は気を取り直して言った。
「お店を気に入って、頻繁に足を運んでもらえるのは素直に嬉しいです。でも、そうすると私の部長としての面子がどうなるかは、分かりますよね」
 考えるまでも無い、ただ確認するためだけの質問。だというのに、先生は難しい顔で考え込んでしまう。
 しばらくの沈黙の後、先生は言った。
「可哀相にな」
 あんまりにも適当な回答に、私の中で何かが弾けた。
「真面目に言ってるんです!」
 勢いに任せて思い切りテーブルを叩く。衝撃で、コーヒーカップが僅かに跳ねた。――いや、そんなことより。
 手が痛くて、私はそのまま固まってしまった。
 怒りというより痛みで震えている私に、先生が言った。
「いきなりどうしたんだ。お客さんがビックリするじゃないか」
「今は先生しか居ません!」
 先生が気を使って言ってくれたのが何となく分かったけれど、私は手の様子を見ながらも勢いよくそう返していた。――友人代表・東楓子曰く、ツッコミの麻巳ちゃん。反射行動というものは簡単に止められません。
 今は込み合うより少し前の時間。お客さんは先生しかおらず、言われてやっと気付いた先生は一通り周りを見回してから、誤魔化すように言った。
「まあ、俺は驚いたし」
「もう……。そんなことより、どうしてこの時間にここに居るのか、きちんと説明していただきます」
「だから竹内をしんぱ――」
「却下」
 私が冷たく切り捨てると、先生は二の句が継げず、無言で金魚のように口をパクパクさせた。
「で、どうなんですか」
「仕方ないじゃないか。ここのコーヒーは美味過ぎる」
 観念したのか、先生はようやく素直に白状した。
「褒めてるはずなのに、サボリの口実にされているみたいで嫌な気分ですね。せめて、私が居ない時くらいは真面目に部活に出てくださいよ」
「部長が居ないと張り合いが無いというか」
「そんな適当に今思いついたことで喜んだりしません。というか、どっちにしろサボって入り浸りみたいじゃないですか」
「……なんで知ってるんだ」
「まさか、ここを誰の実家か忘れてたりはしませんよね?」
 むう、と唸る先生。――もしかして、本気で失念していたのか。私がここに居ることを分かっていて、どうして忘れることが出来るのか。ある意味凄い。
「このままじゃ、心配で卒業なんてしていられないじゃないですか。先生は、私が居なくなった来年以降の美術部で同じような怠慢が通用すると思っているんですか? どうしたって迷惑をかけるんですから、今から来年の部長に対する配慮がもう少しあってもいいと思いますよ」
「ぐぬっ……。そうこられると弱いな」
 彼女の性質もよく知っている為か、こういう反応をする先生だけれど、だったらもう少し気配りをして欲しい。
 副部長の田丸ひかりさんは、才能もあるし真面目だし、よく気も付くし人当たりも柔らかくて、普通なら部長を務めるのに申し分ない人材だ。しかし、あまり強くものを言う方ではなく、簡単に言えば私と比べて圧倒的に押しが弱い。
 逆に、先生もあまり負担をかけるのが悪いと思ってくれれば――と無駄に終わりそうな期待をしている私だったが、この分では心配する通りの結果になりそうだ。
「俺も来年こそはと思うんだけどな」
「明日やる、明日やるって言って結局やらない子だったんでしょうね。先生は」
 私は呆れて言った。
「何の話だ?」
「夏休みの宿題とか」
「……人間、そう簡単に変われりゃ苦労しないわな」
「無理矢理にでも変わってください。――良い人が更に良くなるには大変でしょうけど、最悪の人が普通になるには一日で十分のはずです」
「しっかり部活に出ればいい、ってことか?」
「分かってるなら、今からでもそうしてください」
「了解だ。明日は部活に行くよ」
「そう言って、またすぐに忘れるんですよね」
「忘れてなければ確実に行くさ」
「それ、確実に忘れる人の言い分です」
「確実に行くます?」
「語尾を変えたから何だと言うんですか」
 ため息混じりに言って、会話を打ち切る。そこで先生の前にあるコーヒーカップが空になっているのに気が付いた。
 私は呼ばれてここに立っていることを思い出し、職務を遂行することにした。
「で、追加のご注文は?」
「部長一つ」
「……冷やかしならお帰りください。出来れば撫子学園に向かって真っ直ぐに」
 我ながら怖い笑顔で言うと、
「冗談だ。アメリカン一つ、頼む」
 先生はたじろぎもせず、平然と言い直した。
「かしこまりました」
 今度こそは本当の笑顔――ただし営業スマイル――で言って、私は注文を伝えに戻った。
 先生のサボりは気に入らない。大いに気に入らない。しかし、両親には先生のことを秘密に、学校では私の実家の事は秘密に、という詳細な説明も無いままの一方的な約束を、律儀に守ってくれている。
 聞いているようで聞いていない人だが、逆に聞いていないようで聞いている人だ。聞いてさえいれば、意外と素直で善人だったりもするのに、大抵は都合の悪いことだと聞いてないしすぐ忘れる。今回はまあ、感謝すると共に、サボりとはいえ客として来ている以上は、普通に接客をするくらいの寛容さは見せてもいいか。
 しばらくして、出来上がったコーヒーをトレイに載せて、私は再び先生のテーブルへと向かった。
「どうぞ」
「ありがとう」
 私がコーヒーを出すと、先生は律儀に礼を言ってから、砂糖もミルクも入れずに淹れ立ての香りを楽しみながら一口飲んだ。
 そうして今の気分を確かめてから、日によって違う量のミルクを少しだけ加える。いつものことだが、何だか儀式めいていた。先生なりのこだわりなのだろう、作り手への礼儀ということかも知れない。
「ところで先生、新入部員の話ですけど」
「なんだ、珍しいな。誰か入るのか?」
「……どれだけ関心無いんですか。昨日も話しましたよ」
 言われて考え込む先生だが、一向に答えは出ない。思い出せない、というより、また生返事ばかりで聞いていなかったのだろう。
「鳳仙さんのクラスの男子で、彼女の絵を見て一度は捨てた絵画の道に戻る決心をしたんだそうです」
 私が呆れながら言うと、分からんでもない、と先生は他人事のように言った。
 それから先生はコーヒーに口を付け、間を空けてから深刻そうな顔になり、
「大丈夫なんだろうな?」
 などと聞いてくる。しかし、私には意味がさっぱり分からない。
 素直に疑問をぶつけてみると、先生は苛立ちを隠そうともせずに言った。
「だから、ストーカーとかじゃないだろうな、と聞いてるんだ」
 私はあまりの脱力感に、危うくズッコケるところだった。
 自然に蔑むような目になりながら、私は言う。
「初日からシスコン見せ付けて、せっかくの新入部員を逃がすような真似だけはしないでくださいね」
「いや、俺は純粋に部員の安全保障問題としての心配をだな」
「そんな心配は無用です。人格については、鳳仙さんどころか一緒に紹介しに来てくれた藤浪さんまで保障してくれました。いつも鳳仙さんが甘えすぎだと仰いますけど、まずは先生が妹離れをするのが先みたいですね」
 むぅ、と唸って押し黙る先生だったが、まだ不服そうにしている。
「そんなことより。名簿の修正をする必要が出来た訳ですけど、たまには部の仕事をしてもらおうと思うんですよ」
「誰に」
「もちろん上倉先生に、です」
「いや、それは部長の仕事だろう」
「……まさか本気で言ってませんよね」
「…………」
 先生は黙ってしまった。しかし、頬を伝う汗を私は見逃さなかった。
 ――どうにも感謝の気持ちが薄いと思ったら、顧問の仕事を押し付けている自覚も無かったとは。
「これでは、私の頑張りも報われないわけですね」
 私は溜息をつきながら言った。
「ああ、分かった分かった! 悪かったよ。名簿の修正くらいはやってやる」
「……やってやる、じゃありません。自分でやります、ですよ。本来は先生の仕事なんですから」
「言い回しなんていいだろ。俺は事実のみを見つめて生きていく男なんだよ」
「正反対に見えますけどね」
 まあ、いじめるのはこれくらいにしておこう。やると言ったからには意地でもやってもらうけれど、今日のところはお客様でもあるのだ。
「それでは、明日頑張る先生に、ケーキでもご馳走しますね」
「なんだ。今日はやけに気前がいいな」
「忘れたと言わせないためです。食べ物の恨みは恐ろしいと言いますけど、つまり食に関する記憶は定着しやすいということだと思うんですよ」
「……食うべきではない気がしてきたんだが」
「嘘だったんですか? 私を騙したんですか? 酷い人ですね、きっと――」
「もういい、分かった。何でも食ってやる」
 諦め気味に言った先生の言葉を受けて、私は上機嫌で厨房に下がった。






























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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/03/17(土) 23:36:05|
  2. 第三話

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