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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 3-2

「美術の先生をしているんですか。専門職って感じがして、なんだかカッコイイですね」
 持ち上げられると、先生は困ったように表情を引きつらせた。
 私は追加のコーヒーを運んだ後、テーブル席の傍らに立ち、そのまま先生の雑談に付き合っている。
「そ、そんなに大したものでもないんだけどな」
 上擦った声で言ってから、先生は誤魔化すようにコーヒーを一口飲んだ。それだけで本当に表情が和らぐのだから、父のコーヒーは殆ど魔法の領域だ。
「大したことありますよ。撫子の美術部と言えば、その筋で知らない者は居ないほどの名門じゃないですか。美術に関係無くても、地元の人間なら誰でも知っています。そこの顧問だなんて、凄いですよ。尊敬しちゃいます」
 順調に職業の話を引き出し、美術部の顧問であると聞き出した私は、計画通りに褒め殺していた。
 このまま先生が常連客となれば、嫌でもこのような話をし続ける。事実とかけ離れた話に、先生は居心地が悪くなり、店に寄り付かなくなるか美術部の指導を真面目にやるか――どちらにしても私にとっては良い結果にしかならない。マイペースな先生のこと、気にせず今までどおりで通しつつ店に通うことも有り得なくはないが、その時も私は別に損をする訳ではないのだ。どちらにしろ店の売り上げには貢献するわけでもある。
 ――まあ、正直に言えば全て建前かも知れない。自分でも半ば分かっていた。私の一番の目的は、きっと先生をからかうこと。
 我が事ながら感心するような気紛れ。自分が悪ふざけをする相手など、家族を含めても数人しか居ないのに。
(とうとう先生との関係も、その領域に入ったということかな)
 そう感じることに、不思議と違和感は無かった。そもそも、教師とはいえ説得説教どつき漫才が日常茶飯事の相手であり、今更と言えなくも無い。
「さぞかし素晴らしい指導をなされているんでしょうね。生徒達のやる気をさらに燃え上がらせ、才能を伸ばしに伸ばし、遅刻もサボりも一切無い素晴らしい部活風景。憧れちゃいます……」
 遠い遠い情景を思い、陶酔しながら語る私。常日頃から思い描く夢物語を語っているので、リアリティは必要以上に溢れている。
「なんか逆に見てきた感じにも聞こえるな……」
 先生は思案顔で首を捻っている。
「そうですか? きっと気のせいですよ」
 笑顔で気軽に答える私は、先生が来店した頃の余裕の無さは欠片も残していなかった。
 どの道、状況は変わらない。何かを誤魔化すなら堂々としていた方が、相手には不審を抱かれないものだ。
 美術部の部長になったばかりの頃、先輩からのアドバイスによって、失敗しても焦らず自信を持って対処し続けてきた私は、結果として信頼を勝ち取った実績がある。
 やってやれないことは無い。考える前に無理にでも慣れる方が、結果として早い場合が間々あるのだ。
 ――あとで思い返してみると、あんまり楽しくて、この時の私は少々調子に乗りすぎていたかも知れない。
「ところで部長」
「はい、なんですか上倉せん……」
 不意を衝かれて言ってしまった言葉に、私はハッとなった。しまった、油断していた。
 目の前で、先生は得意そうににやにやしていた。
「えーと。何のことでしょう?」
 僅かに表情を引きつらせ、冷や汗を垂らしながらも何とか平静を装う私だったが、
「お前がウッカリ漏らした言葉には、教えていないはずの名前が混ざっていたんだが。さて、何故知っているのかな?」
 私をやりこめたのがそんなに嬉しいのか、余裕タップリの先生はいつの間にか踏ん反り返って偉そうにしていた。――確かに珍しいことではあるけれど。
 悪戯しているつもりでいたが、実は逆だったことを、その表情を忌々しく見返しながらも認めざるを得なかった。
「せっかく髪形まで変えてきたのに、どうして分かっちゃうんですかぁ。所詮上倉先生のはずなのに」
 悔しさと恥ずかしさで泣きたくなる。知らず声は震えていた。でも絶対泣いて見せてなどやるものか。これ以上恥の上塗りは御免なので、気合と根性で色々なものを押さえ込んだ。
「なんか気になる言われようだが、まあいいか。ところで、よく似合ってるじゃないか。髪形といい、その服といい。部長もそんな可愛らしい格好をするんだな」
 心中では何らかの決着でもついたのか、私を頭のてっぺんから爪先まで視線を上下させながら、先生はしみじみと言った。
「生徒に向かって何を言ってるんですか。か、可愛いだなんて……」
 慣れない空気に、私は適当な言葉が分からなくなった。
 先生は軽口でセクハラ紛いのことを言う事があるけれど、こんな率直な感想という感じで褒められる経験はあまりない。そもそもが見られたくない姿だったこともあり、まじまじと見られると身の置き所に困る。
「いや、いつもみたいに流してくれると思ったんだが」
 私が恥ずかしげに身をくねらせるものだから、先生は困ったように言った。
 慣れない空気は先生にとっても同じだったのか――それにしてもありえない言葉だった。褒めたなら最後まで褒めて通せばいいのに。私は急に腹が立った。
「本当にどうしようもない人ですね」
 怒りに震えながら搾り出した私の言葉は、しかし先生の耳には届かなかったらしい。
「まあ、可愛いというのは本当だけどな。美咲やエリスにも引けを取らないじゃないか。俺の思ったとおりだ」
 臆面もなく言う先生は、どこか誇らしげですらあった。
 本音でそう思ってくれたことは分かっている。そうでなければ、私も喜んだりは――もとい、照れたりはしないのだ。
「どうして、そういうことを次々と言えちゃうんですか、先生は」
 押したり引いたりされて、なんだか疲れてきた私だった。
「そう照れるな。しかしなんだ、部長もここでは素直になるんだなぁ」
 またか。いい加減、天然の駆け引きが許せなくなってきた。
 負けてなるものか、とは思うものの、反撃するには材料がない。――いや、あった。
「先生だってさっき、私が笑いかけたら照れていたじゃないですか」
「当たり前だ。こんな可愛い娘さんが、あんなに無邪気に笑ったら、誰でも普通はドキッとするだろ」
 そんな事を言われた方がドキッとする。私は二の句が継げない。
 誰が言ったか知らないけれど、天然ジゴロの上倉浩樹。その名に恥じぬ見事な切り替えしだった。
「くっ……。今日は何故だか物凄く手強いですね。いつもなら、こういう軽薄な言葉は中年のセクハラみたいな低レベルなのに」
「今日は部長が可愛いから、そんな気分なんだろうな」
 機嫌良く言う先生は、本当に気分がいいから舌が回っているらしい。
 しかし、店の空気かコーヒーの味と香りか、はたまた私の容姿を気に入ってくれたのか。そのいずれによるものかは分かったものではない。
 何にしろ、大人の余裕というやつを滲ませながら優しげに笑み、コーヒーに口をつける先生を見ていると、もはや反撃しようという気力も枯れ果てた私だった。
「分かりました。完敗です。この場ではもう、勝ち目は無さそうですね」
 ここまで完璧にやり込められたのは初めてという気がする。けれども、不思議と悔しさは小さかった。褒められた結果なのだから当然といえば当然か。
 それでも疑問だけは解消しておきたい。そう思い、私は言った。
「どうして気付いたんですか? 先生が、私だってことを一目で見抜いただなんて、どうしても納得出来ないんですけど」
「顔だけならな。会話のノリがどこかで……とは思ったんだ。しかし、決定打はやはりあれだ」
 言って、先生は壁に飾ってある絵を指差す。
 それは店のために個人的に描きあげた、私の水彩画だった。夏をイメージして、目の前の公園を描いたものである。
「お袋さんが言ってたぞ、娘が描いた絵だ、自慢の娘だってな。どこかで見た気はしたんだが、さっきの会話のうちにふと気付いた。思えば簡単だったんだよ。コーヒーといえば部長、部長といえば美術部、美術部といえば絵だ」
 ピースさえ見つかれば、あとは簡単なパズルだったというわけか。
「さすがの俺も教え子の絵くらいは見分けがつくさ」
 先生は何でもないように付け加えた。
「しかし、あまりに印象が違うんで確信は持てなかった。だからさっきは、試すように声をかけてみたってわけだ」
「反応しなければ、誤魔化せていたんですね……」
「後でご両親にでも、それとなく聞けば終わりだ。時間の問題だよ」
 つまり、先生と会話しようという些細な悪戯心に従った時点で、全ては終わっていたというわけだ。なんと迂闊な。これでは普段の先生を笑えない。
「先生の目から見ても、そんなに違いますか?」
 気になって、私は恐る恐る聞いてみた。
「本当に良い絵だな。この店のために描かれた、ここに飾られてこそ映える絵だよ。いつまで見ていても飽きない。落ち着いてコーヒーを飲みながら、眺めているのに実にお似合いだ」
 悪いという意味で尋ねた私だったが、先生の感想はそうではないみたいだった。
 その後も甘い部分には軽く、良い部分には過剰なくらいに触れる先生の率直な感想を、私は呆けたように聞いていた。
 バレたことは悔しいし恥ずかしいけれど、気付かれた理由は最高だった。絵を褒めてくれたことも、店を良いと感じてくれていることも、そして何より私の絵を誰よりよく知ってくれていることが、私は嬉しくて仕方が無かった。
「少し褒めすぎたか? ――浸ってるところ悪いんだが、お客さんがお帰りみたいだぞ」
 先生が指差しながら促すと、私はやっと我に返る。
 会計を待っているのは笹村さんだった。慌ててレジに向かおうとした私は、しかし先生に呼び止められた。
「追加注文をお願いしたいんだけどな」
「なんでしょう?」
 振り向いて、営業スマイルで尋ねる私に、
「部長一つ」
 言いながら、先生は目の前の席を示すのだった。

「素敵な人だね」
 帰り際、笹村さんは優しく微笑みながら言った。真っ赤になりながら慌てて否定する私を置き去りにして、軽やかに去ってゆく。
 完璧に勘違いされた。――いや、そうとも限らないか。何しろ、あの父と仲の良い人だ。お茶目というか悪戯好きなところがあり、昔から他愛の無い冗談で私をからかうことがあった。今回もそうかも知れない。
 いや、きっとそうだ。そういうことにしておこう。その方が傷も浅いし。私はそう結論付けると、上倉先生の目の前に座った。
 追加オーダー、部長一つ。ちなみにスマイルと同じで0円。
 普段はこんなサービスはしていないのだけれど、放っておくと父や母と何を喋るか分かったものではない。私はしばらく考えて、近くで監視しておく方が幾らかマシだとの結論に達した。
 席に着いた私は、まずリボンを外しにかかる。
「なんだ、それ外しちまうのか?」
 先生は残念そうに言った。私は、ええ、と軽く頷いた。構わず作業を続ける。
「もともと、先生を誤魔化すためだけにしていたんです。子供みたいな髪形だし、左右で色も違うし、バレてしまった以上はもう必要ないです」
「似合ってると思うんだけどな。可愛い部長というのも悪くないぞ。もったいな――」
 私がリボンを外し終わると、先生は言葉を飲み込むようにして押し黙った。
「どうしたんですか?」
 私が怪訝な顔で訪ねると、先生は焦ったように視線を外す。
「いや、なんでもない」
 心なしか顔が赤いような。ふむ、と心の中で頷く私。
 おおよその見当はつく。先生の気持ちを理解すると共に、私はようやく本当の反撃のチャンスを得た。
「思ったことは素直に話してくださいよ。変に隠されると、気持ち悪いじゃないですか」
「聞いてもどうせ、気持ちの良いもんじゃない」
 言って、先生は頬をポリポリと掻く。
「あ、またそれ……」
「なんだ?」
「気付いてないんですか? 先生は誤魔化す時、頬を掻くクセがあるんですよ。いつもじゃないですけど」
 む、と唸って手を引っ込める先生。
「じゃあ、これからはバレないで済むな」
「いえいえ、ご心配には及びません。表情だけで十分にバレバレですから。さあさあ、そんなことより思ったことは全部言っちゃってください。先生の口から、気持ちの良い言葉なんて何回も聞いてないですから。何を言われても、私は全然へっちゃらですよ」
 身を乗り出して言う私は、えらく楽しげに見えるだろう。実際楽しかった。
 どう逃げても私が諦めないことが分かったからか、先生はヤケになって捲し立てた。
「あー、分かった。参りました。リボンは外した方が綺麗だよ、俺好みだよ、結婚してくれコンチクショー」
 言い終わると、不貞腐れて残りのコーヒーを一気飲みする先生だった。
「はい、大変よく出来ました」
 楽しくて嬉しくて、心の底から湧き出してくる感情のまま、自然に笑顔になりながら言う私。
「おい、麻巳」
 そこでタイミングよく父に呼ばれた。
 私はすぐに立ち上がり、先ほど頼んでおいた紅茶を、カウンターの父から受け取る。カップを二人分席まで運ぶと、まだ不貞腐れたまま窓の外を眺めている先生の前と自分の前に置き、また椅子に座った。
「どうぞ。素直な先生へのご褒美です」
「おごりか?」
「ええ、まあ」
 すでにコーヒーを二杯飲んでいる先生には、別のものが良いと思った。父の淹れるものはコーヒーに限らず美味しい。先生は香りに誘われて一口飲むと、途端に表情が和らいだ。
 ここは私のホームグラウンド、父親という万能道具をフルに活かせば先生のご機嫌など思うが侭なのである。最初こそペースを乱されたものの、もうあんなことは二度と無い。
「本当に良い店だな。雰囲気といい、飲み物といい」
「食事も美味しいですよ。母が作っているんですけど。食べてみます?」
「いや、また今度でいい。昼飯は食ったんだ。本当ならこんなに飲み物も要らないんだけどな」
 美味すぎて止まらん、と難しい顔で先生が言うと、私は乾いた笑いを漏らした。
 先生は色々と私を褒めちぎったけれど、結局は店を褒めるところに落ち着いたわけで、当然といえば当然だし悔しいとは思わない。むしろ誇らしくもある。それでも少しくらいは残念に思う権利も有ると、私は思うのだ。
「継ぐのか? この店」
 先生が抑揚無く言った言葉に、不意を衝かれた私は凍りつく。
 最近、それも考え始めていた事だった。小さな可能性の一つ、きっと色々な妥協の産物でしかないそれは、まだ誰にも話していないことだった。
「あの絵、良い出来だとは思うけどな。初夏の絵で止まってる。――スランプなんて誰にでもあるが、それにしても長いよな」
「私も受験生ですよ。桜花展の絵もありますし。さすがに店の絵にまで手が回らないだけです」
「進路は決まらず、桜花展のための作品も、一向に進まず。有能な部長がどうしたんだ。俺は心配でたまらない」
 先生の顔にも声にも、いつもの様な冗談めかした雰囲気は欠片も無かった。真摯な視線に射抜かれ、私は誤魔化す言葉の一つも出てこない。
「まあ、しっかりした奴だとは思ってるし、俺なんかが心配することじゃないとは思うんだけどな」
「確かに絵は進んでませんけど……。先生に心配されるほど深刻ではないですよ。ちゃんと考えてます」
 何とかそれだけ言うのがやっとだった。
「お前がそう言うなら、今はいいさ。いつでも相談相手くらいにはなってやるから、それだけ覚えておけばいい」
「……はい」
 私は力なく答えた。ホッとしたのと同時に、少し寂しいというか残念にも思う。
 先生はこういう時、あまり無理強いはしない。何につけても、相手が自主的に何かをするまで待ってくれる人だ。
 そういう教育方針は、私を含め美術部員の個性を保ちつつ伸ばしていくのに凄く良いとは思う。けれども、今の場合は少し強めに踏み込んでもいいのではないか。私が相談するしかないほど追い詰めてくれるのが、教師というものではないのか――。
 そこまでで、私は考えるのをやめた。甘えだと分かっている。話したければ自分でそうすればいいだけだし、先生はいくらでもその相手になってやると言ってくれた。それ以上に何を望んでも欲張りというものだ。
 相談するにしても、自分で出来ることが無くなってからだ。前のめりに倒れるまで、全力で走りきってからだ。
「私はきっと、大丈夫ですよ」
 自分を諭すように、私は言った。
「大概のことは大丈夫な奴だとは思うんだけどな。そういうところだけは――いや、そうだな。今はいいと言ったんだ」
 先生はカップを手に取り、紅茶と一緒に言葉を飲み込んだ。私も無理に追及したりはしない。
 そこでお客さんが来たので、私は立ち上がる。席に案内しながら、安堵している自分を情けなく思う。
 そうして話は中断され、また進路の話題に戻る事も無く。
 適当な雑談は途切れ途切れながらも続き、込み合う時間に入ると先生は帰っていった。






























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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/03/10(土) 02:30:26|
  2. 第三話

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