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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 3-1

 木曜と土日、この三日間は貴重な時間。本来なら受験勉強か絵を描く時間とすべきところを、私はあえて実家の喫茶店の手伝いに充てていた。
 美術部に顔を出し、キャンバスに向かっても、筆はなかなか進まない。けれど、自宅の手伝いをするこの三日間が何とか私の心を守ってくれる。直後の数日だけは筆の運びが悪くなかった。
 落ち着いた店内。その空気に相応しい、質のいい客。何より、父の淹れるコーヒーの香り。店に立つよりずっと以前、物心付いたばかりの小さな頃から、私はここが大好きだ。まさに心のオアシスと呼ぶべき場所で、もし撫子に通うために寮に入っていたとしたら、大スランプの今の私は、自分を保てなくなっていたかも知れない。
 受験にしても、美術部で部長を務める私の進路は、基本的に美術系の大学になる。受験にしろ絵を描くにしろ、店の手伝いは無関係ではなく、極めて重要な『息抜き』であるのだ。
 昼の客足も途絶え、店内は昼前の落ち着いた雰囲気を取り戻そうとしている。さげた食器を洗う母を手伝ってから店内に戻ると、ちょうど席を立つお客様の会計を済ませ、私はやっと一息ついた。
 労働に従事する間は、余計な事を考えずに済む。それでも、こういった暇の出来た瞬間には、余計な事が頭に浮かぶ。
 明日も絵を描く、そのためには暗くなっては駄目だ。営業スマイルでもいい、今は笑顔で。そうだ、ちょうど時間も空いたことだし、外の空気でも吸ってこようか。
 決心し、父に声をかけようかと思ったその時。視界の端に、店の前に佇む男性の姿が引っかかった。店を眺めながら、何やら満足げに頷いている。
「あれは、まさか……先生!?」
 午前中の買出しで、バッタリ会ってしまったことを思い出す。
 まさか後をつけてきた? いや、後ろは何度も確認したし、尾行していたとしたら、いくらなんでも時間がかかりすぎだ。あれからすでに数時間が経過している。
「ど、どうしよう。来ちゃう。ああ、もう!」
 理由はこの際どうでもいい。ここは心のオアシス。守らなければ。
 こんな可愛らしい服を着て働いている姿は、間違っても先生にだけは知られるわけにいかない。
「おい麻巳、お客さんだぞ」
 声をかけてくる父を無視して、私は奥に引っ込んだ。
 厨房に入ると、急いで目的の人物を探す。椅子に座ってくつろいでいる母は、手が空いたからか雑誌を読んでいた。
 若者向けのファッション雑誌、それは本来なら私の所有物。娘に色々と変わった服を着せるのが趣味の母は、こういった雑誌をよく読んでいる。困った事に、その対象は私だけに限らないのだった。
 現に今、母が着ている服はあんまりだ。エプロンの下に来ているのは、私と同じ、可愛らしいフリルのついたメイド風の服。年甲斐も無く、と言えればまだいいのだが、妙に似合っているのが恨めしかった。むしろ年季の入った古株という感じが、私などより余程似合っている。
 ――って、今は余計な事はどうでもいい。
「お母さん、ちょっとお店お願い」
「どうしたの?」
「いいから、お願い。お客さん来てるから!」
 返答を待たず、私はそのままさらに奥――居住スペースへと向かう。
 今日は店を手伝う日、説明出来る理由もなしに休むというわけにはいかない。両親は構わないだろうけれど、私自身が納得しない。
 先生がすぐに帰ってくれればいいが、もしそうでない場合は、やはり何らかの変装が必要だった。

 自室に飛び込んだ私は、鏡の前に立ちながら悩んでいた。
 髪形を変えるのは基本だが、さすがに髪を切るわけにはいかない。翌日には同じ髪形になるのだから意味が無いし、そもそもこんな理由でそこまでするのは、さすがにどうかと思う。
 田丸副部長の様な三つ編みにするのは悪くないアイデアだけど、さすがに時間的に無理だ。
「考えるよりまず行動!」
 声に出して気合を入れると、私は以前気まぐれで買ったサングラスを思い出し、机の引き出しに入れたまま使う事も無く放置していたそれを持ち出した。
 素早くサングラスをかけて、再び鏡の前に立ってみる。
「グラサンウェイトレスの居る喫茶店……」
 鏡に映った怪しげな姿を見て、私はガックリと項垂れた。言葉にしてみるまでもなく、鏡を見る必要すら本来なら無いはずだった。こんなセンスの欠片も無いアイデア、何故試したりしたのか自分でも分からない。
 しかし眼鏡をかけるのは良いアイデアだ。それだけでも印象はかなり変わるので、あの朴念仁を相手に誤魔化すには十分なはず。
 さらに、髪形も変えてみた。いわゆるポニーテールというやつだ。これでいつものメイド、もといウェイトレスさんはもうどこにもいない。
 我ながら完璧だ。あとは会話でボロを出さなければ、さすがに気付かれたりはしな――
「って、これじゃ登校時と同じじゃない!」
 自分にツッコミを入れてから、私はまず自分に対して落ち着くことを提案した。
 我ながら焦りすぎだ。店には母が出ているので、少しは余裕が有るはず。気持ちを静めるために深呼吸をしてみると、少しはマシになった気がした。
 考えてみると、元のままでもバレないような気がしてくる。先生がここに来るのも、この姿を見るのももちろん初めてなのだ。
 しかし、そこでふと気付く。先生の前で髪を下ろしたことも、眼鏡を外した事も、つい最近のことだ。常軌を逸した鈍さを誇る上倉先生といえど、危険性はゼロではない。賭けに出るにはあまりに危険。
 何か良い手は無いものか、と思案すること数分。思いついたアイデアは実に単純だった。
 ポニーテールが普段通りで、髪を下ろした姿も駄目。ならばいっそ、二つに増やしてしまえばいい。
 私は大きめのリボンを二つ用意して、再び鏡に向かった。まずは眼鏡を外して、髪止めも外し、元の姿に戻ったら明るい色合いの青と黄色のリボンを使って、髪を頭の両側でまとめてみる。
 初めての髪形、しかも左右でリボンの色が違う。似た形の色違いか、違う形の同色かで悩み、私は前者を選択した。緊急事態なので、この際見た目のこだわりは妥協せざるを得ない。
 鏡に向かって微調整していると、何とか形にはなった。まるで耳を垂らしたウサギのような髪形は、落ち込んでいるという意味で今の自分にお似合いだと思えるが、何となく華やいで見える姿は暗さを微塵も感じさせない。即興の割には意外と悪くない出来だった。
 一番重要な見た目の変化についても、もちろんシルエットがまるで違うので問題ない。
 そうして自分の姿に満足すると、私は再び店に戻る。すでに先生が居ないことを祈りながら。

 店の奥から、こっそりと店内を覗いてみる。先生の座った席は、私の居る場所からはずっと離れた窓際のテーブル席だった。
 もちろん私は、母の接客を心配しているわけではない。私より年季の入ったウェイトレスである母は、店の雰囲気を壊すような事は絶対にしない。時間があれば雑談にはいくらでも応じるが、抑えた声での落ち着いた喋りを徹底し、お客様にも大きな声を出すスキを与えない。
 心配しているのは、その雑談の相手が上倉先生である、という一点だけだ。
 二人は親しげに話し、時折楽しそうに笑いあう。お茶目な母がからかうような事を言うと、先生は困ったような顔をする。もちろん声までは聞こえないので、内容については想像でしかないが。
 事情を話して口止めしたわけでもないので、母が余計な事を言わないとも限らなかった。止めに入る必要性を感じるが、出て行って目立つ行動をするのは危険すぎる。
 どうしたものかと思案している私は、その時やっと視線に気付いた。そちらに目をやると、店の一番奥――つまり私が今居る場所の一番近くのカウンター席に、先ほどは居なかったはずの見慣れた常連客の姿があった。
 見た目は40歳をやや過ぎた辺り。店に馴染む落ち着いた雰囲気を身に纏い、真面目そうなのにどこか愛嬌のある瞳は、今は困惑の色を滲ませながらこちらを見ていた。
(さ、笹村さん!?)
 ウェイトレスとして店に出始めた頃。失敗ばかりしていた私を、それでも優しく眺めながら『頑張ってね』と応援してくれた、古い常連客の中でも特に親しい人。
 密かに憧れていたりもするが、もちろん誰にも内緒だ。早めに妻帯者だと知らなければ、そのまま初恋の相手にでもなっていたかも知れない。
 よりにもよって、その彼に気付かれてしまった。私は誤魔化すように笑い返したが、笹村さんは意味も分からず首を傾げている。
 この状況に説明を求められても困る。これは一旦引っ込むべきか。
「なにしてるの?」
 いつの間にか会話を終え、傍に立っていた母に呼びかけられて私は飛び上がった。
「な、なにって別にその……。戻ってきたから交代しようかな、と思ってタイミングを見計らっていたというか」
 タイミングって何。自分でもそう思うが、母は気にした風も無く言った。
「軽食の注文が入ったから。お店、お願いね」
 先ほどの慌てた様子の私を見たはずなのに、あえて深くは追求しない。母のこういう細かいことを気にしない性格が私は大好きだ。
「は、はい。分かりました……」
 恐縮して縮こまっている私に苦笑しながら、奥の厨房へと戻る母。
 見ると、笹村さんもこちらを見ながら苦笑していた。私が何か失敗でもしたと思われたかも知れない。彼の中では、私はいつまでもドジっ子なのだ。――でも今回のは全部先生のせいなので、せめてもの復讐とばかりに、明日は何が何でも部活に引っ張り出してやろうと心に誓う。
 母と入れ違いで、私は店内へと戻った。
 先生の存在が気になるが、すでにコーヒーも出されているので近づきさえしなければ問題無いだろう。
 後はお会計の時だけ自然に振舞えば、髪形も変えてあるので問題ないはずだ。
 大丈夫――と理屈を重ねていくが、それでも不安は拭えない。
「すみません、店員さん」
「ひゃい!」
 不意に声をかけられ、私は素っ頓狂な声を上げた。
 声をかけてきたのは上倉先生で、怪訝な顔でこちらを見ている。
 まずい。取り繕わないと不審に思われる。しかし、気が焦るばかりでなかなか口が動いてくれない。このまま無理に声を出しても、きっと上擦るのが分かる。
(私は竹内麻巳じゃない、平凡な一人のウェイトレス……)
 深く息を吸い、ゆっくりと吐く。その間に同じことを心の中で素早く三度唱えてから、私は笑顔で振り向いた。
「はい、なんでしょう?」
 何とかまともな声が出てくれた。顔は多少引きつってるかも知れないけれど、相手が相手なので、その程度なら大丈夫。――たぶん。
「コーヒー、美味しいね。ビックリしたよ。おかわり貰えるかな」
 期待した通り、先生は私の細かい異常など気づいていない様だった。やや興奮気味に言ってくる先生の表情は、無邪気な子供の様な感動に彩られていた。
 ふと見やると、コーヒーカップの中身はすでに空だった。来店してからそれほどの時間は経っていないはずだが、そういえばと思い出す。
 父は、初めての客には少し強めのコーヒーを出すことがあった。あまりに鮮烈な美味さに魅了され、味わいながらも一気に飲み干してしまった客は、二杯目の注文をする。
 この時の反応によって、父は常連客になるかどうかを判断し、それに合格すると二杯目には店内の空気と共にじっくりと味わえるコーヒーが出される。これで完璧に虜だ。
 そして、私の経験かすると、どうやら先生は合格らしい。――それは非常に都合が悪い。
 常連客が増えるのは望むところだけれど、そう頻繁に来られては私の心臓がもたないというものだが、当然ながら私に断る権利など無かった。
 とはいえ、父の店を気に入ったらしい先生の反応を、素直に嬉しいとも感じている。そんな自分にようやく気付くと、来店した先生を疎ましく思っていた先ほどまでの自分が、なんだか遠い他人のように思えた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
 作った営業スマイルなどではなく、素直に嬉しい気持ちと日頃からの親しみを込めて、自然な笑顔で私は言った。
「あ、いや……。お願いします」
 先生は照れたように言葉を飲み込む。――どうやら、この髪形は成功らしい。誤魔化す意味だけでなく、髪形を変える行為の本来持つべき意義においても。
 上機嫌で踵を返し、父の元に注文を伝えに行く私は、止せばいいのに僅かに芽生えた悪戯心を抑えきれずにいた。
































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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/03/04(日) 19:45:54|
  2. 第三話

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