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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

もしもの出会い~桐葉編~ 前編

 彼が風呂場へのドアを開けた瞬間。
 目の前に立っていた女が息を呑んで硬直し、向き合う男もまた同じく動きを止めた。男は女に見惚れ、女もまた事態を理解出来ぬまま思考を停止させている。
 女の長く艶やかな黒髪は水分を含んで肌に張り付き、朱の差した柔肌とのコントラストはくらくらするほど艶かしく、それでいて自然物のような透明感のある美しさだった。長く湯に浸かっていたのか疲れたように物憂げだった瞳は今は驚きに見開かれ、その眼差しは真っ直ぐに目の前の男へと向けられている。その漆黒の瞳もまた、吸い込まれそうなほど透き通っていてそれだけでも見惚れるに値した。
 しかしその直後、それらの魅力的な何もかもが吹き飛ぶ程に鮮烈な光景が男の脳裏に焼き付けられる。
 彼女は空想かと疑いたくなるほど理想的に整った肢体を少しも隠しておらず、男は視線が本能に近いレベルで下へ落ちていくのを止める事が出来ない。大きく形の整った双丘とその頂に目を奪われ、視線は更に下へ、下へと進み――。
「なっ……!?」
 視線がそこへ到達する直前、ようやく正気を取り戻した彼女は遅すぎる驚きの声を漏らし、後ろを向いてしまった。無意識に残念と感じた男だが、今度は代わりとばかりに張りの良い臀部が視界を、頭を埋め尽くす。
 状況を考えるより優先して、頭の中では彼女の裸体が鮮明すぎる映像となってグルグルと周り、男の緩みきった顔を更に蕩けさせていく。
 それに気付いた黒髪の女性は、ぶるぶると怒りに震え、拳を握り締め、そして。
「……がっ!?」
 見事な裏拳が側頭部を直撃したのを意識する事すら無く、転校一日目の男は哀れにも一撃で昏倒したのだった。


「自業自得ね」
 わざわざ言葉に出しながら、足元に倒れた男を睥睨する。人が居ても殆ど自分から喋らない彼女であるから、独り言など珍しい。下手をすれば何十年ぶりかといったところだ。或いは自分に対する言い訳だったのかも知れない。
 反射的に手が出たので、力の加減がかなり甘かった。下手をすれば死んでいた可能性すらある。何とか一撃必殺とはいかずに済んだが、このまま放置というのはいかにもマズイ。落ち着ける場所まで運んで心肺蘇生を試みる必要だってあるだろう。死んでいたなら逆に簡単だったのだが――まさか改めて、という訳にもいくまい。
 普段なら間違っても関わらないところだ。誰かに頼んでさっさと帰るのがいいが、さすがに人間以上の力でぶん殴った相手をこのまま痴漢の現行犯で突き出すのは憚られる。
 幸い風呂場にも脱衣所にも、今は他に生徒は居ない。もしこの場に誰かが居たとしたら、人外の生物である事が露見していた事だろう。不幸中の幸いとも言える。
 ――とその時。警戒心から緊張させていた彼女の規格外の聴覚が、大浴場へ向かってくる女子生徒の話し声を捉えた。どうやら迷っている時間も無いらしい。
「何故私がこんな目に」
 大変珍しい愚痴など呟きながら、軽く頭を抱えて脱衣所に向かうと、彼女は男の衣服を探す。そして自分のものと合わせて二人分を持ち、すぐに浴室へと引き返すと、男を肩に担いで外へ通じる窓から夜の闇へと身を躍らせた。


「う……ん……?」
 瞼が重い。それでも何とか半分くらい開けて、ここが見覚えの無い場所だと気付く。
 そもそも越してきたばかりなのだから、何処だろうと覚えがあるはずも無い。自分の部屋にだって見覚えるほど世話になっていない。
 なんだそうか。なら安心だ。
「というわけでお休み……」
 寝返りを打ちながら再び目を閉じる。すると、向き直った方向から人の気配がした。
「どういうわけなのか、せめて説明してから寝てくれないかしら」
「……え……えぇっ!?」
 声に驚き目を開けると、そこには何故か絶世の美女が居て、思わず声を上げる。ベッドの横、床に直接座り込んで、彼女は横たわる男と目線の高さを合わせていた。
 男は、女があまりに綺麗なのでまだ夢の中かと疑ったが、自分にここまでの造形が妄想出来るものかと思い直す。
 というか、
「どこかで見た事があるような?」
「思い出せないなら、そのまま忘れていなさい。それと、あまり不躾に見つめられると良い気はしないわね」
「……俺が見られていた気がするんだけど」
「貴方、命の恩人にまず文句を言うのね」
「恩人?」
「死にかけていたのよ。だから、心肺蘇生。分かるでしょう?」
「蘇生……って……」
 必然的に彼女の唇へと視線が集中してしまう。肩幅を見れば女性らしく細身なのに、要所の肉付きは豊かで唇も柔らかそうにプルンとしていた。
 あれが、俺の、その……マジデ?
「断っておくけれど、あなたが喜ぶような事はしていないから」
「いやでもつまり人工と呼吸して唇が――」
「これを使ったの」
 ハッキリと否定したいとでも思っていたのか、彼女は手に持っていたそれを男に手渡す。
「これ……えーと、何て言ったっけ」
「人工呼吸用のマスクよ」
 彼女は簡潔に答えながら『それ』を奪い返すと、丸めてポイと小さなゴミ箱へ放り込む。
「でも、つまり、息は入った訳で――」
 場合によっては唾液もだ。しかし彼女は微塵も動揺せず、
「私は気にしないわ」
「……いや、それでいいならいいんだけどさ」
「そう」
 会話終了。――もう少し、怒るにしろ照れるにしろ盛り上がるかと思っていたので、男は肩透かしを食らった思いだった。この美女は、どうやらかなりマイペースな性格をしているらしい。
「で、何で俺は死にかけてたんだ?」
「さあ」
「なら場所は」
「知らないわ」
「いやそんなはず――」
「知らない」
 無表情ながらどこか頑なさを感じて、男は質問を止めた。
 どのみち恩人である事は変わり無いのだ。礼を言っても困らせる筋合いは無いだろう。何より嫌われたくないという本音はあったが。
 ともかく男は身を起こし、ベッドの上に座る。合わせるように女も立ち上がった。
「俺は支倉孝平、好きに呼んでくれていいよ」
「そう」
 再び一言で会話終了。あまりに重苦しい沈黙――に耐え切れず、孝平は慌てて聞きなおした。
「ええと、その、お名前は?」
「さあ」
「あだ名でもいいんだが」
「知らないわ」
「じゃあ芸名でも」
「……」
 先ほどと似たやりとりだと思ったのだが、最後は無視された。密かに凹む孝平だが、彼はこの学院へ来た理由を思い出す。
 親の転勤に振り回された少年時代、渡り鳥のような転校の繰り返し。やっと定めた安住の地は、全寮制のこの修知館学院。人と知り合い、友人を、そして思い出を作るのだ。それは着地点を定めたのみに止まらず、行動しようという決意でもある。
 だからこそ、少しくらいでめげてはいられない。見るからに手強い女に改めて挑戦する決意を固め、真剣な眼差しを向けた。
「ちゃんと礼が言いたいんだ。恩人の名前も知らないんじゃ、言葉にも心を籠めにくいだろう?」
「でも、知らないのよ」
「いやそんなはず――」
「もういいでしょう。そもそも私たちの間に何の用も無いはずよ」
 つまり彼女は、最初から会話をする気など無いのだろう。お帰りはあちらですと言わんばかりに玄関の方向を一瞥する。視線はすぐに孝平へと戻ってきたが、その時には僅かに非難の色が滲んでいた。
 どうやら、かなりお邪魔らしい。仕方がない、帰り際に一言だけでも礼を言ってから今日のところは退散して、明日にでも改めて――。
 そう思い立ち上がりかけた孝平の目が、ふと彼女の胸で止まる。
 あまりに鮮烈な記憶があふれ出し、洪水のような勢いで頭の中を埋め尽くした。
「どうしたの?」
「――思い出した!」
 大声を張り上げた孝平に多少は驚いたのか、彼女は僅かに眉を顰める。
「そうだ、確か風呂に入ったら君が居てそれで――」
「もう一度、忘れさせてあげましょうか」
 言われて何を思い出した訳でもないのに、身体が恐怖に震えた。
「冗談よ」
 蒼白な顔をする孝平に、女は薄い笑みを見せる。
 派手に感情が見える訳でもないが、目覚めてから初めての表情の変化に孝平は戸惑った。何しろ美人だ、ほんの少し表情が変化しただけで物凄く得した気分になる。
「冗談に聞こえないぞ」
「よく言われるわ」
 照れくさくなって誤魔化すように呟くと、意外にも反応が返ってきた。
 気が変わったというより、会話をする気も無いという考えにすら拘りが無いのだろう。嫌う関係にすらなっていない、と言われた気がしてさすがに傷つく。
 とはいえ伊達に転校生活を続けてきた訳ではない。悪感情を向けられる事もあったし、無視された事もある。これでも打たれ強いつもりだ。孝平は気を取り直し、
「……で、お礼以外に謝罪の必要も生まれた訳なんだが」
「結構よ。全て忘れて他人に戻れば、それでいいわ」
 なるほど、それは名案だ。ただし忘れる事が出来ればの話だが。
 残念ながらというか幸いにもというか、孝平は男に生まれた身である。であれば、これほどの美女の裸を忘れる事など無理だろう。十中八九、墓まで持っていくことになる。
「人間の脳ってのは、それほど便利に出来てないんだよな」
「なら、やはり力ずくでしましょうか」
 睨まれて竦み上がる孝平を興味深そうに眺めている女は、先ほどのように冗談とは言わないものの、あまり本気で言っている風でもない。
「……それでも、文句は言えない」
 身体の震えは止まらないままに言って、孝平はベッドの上で土下座した。
「わざとじゃないんだ。だけど、した事の意味くらい分かる。本当にすみませんでした」
 女はしばらく孝平の様子を眺めて、ふと視線を窓の外へと向ける。
「この学院の生徒会はおかしいのよ。特に会長が」
「……は?」
「平穏に過ごしたいなら、気をつけることね」
「つまり、えっと……?」
「貴方、嵌められたのよ。私も、になるのでしょうけど」
 孝平が顔を上げると、先ほどまでクールだった彼女は僅かながら顔を赤く染めている。
「わ、私も、見たのだから……この場合、お互い様でしょう」
 彼女は普段、恐らくとても冷静で物事に動じない人なのではと思う。だからこそ、今のこの表情はとても貴重なものに思えた。


 もちろん自分も見られた程度で許されるなら願っても無い。だが、全ての人間の裸が等価だとは思えないし、まして男性と女性では比べる事すらおこがましいというものだ。
「後日、必ずお詫びをするよ」
「要らないと言ったでしょう。もう私に関わらないでくれれば、それでいいわ」
「是非とも受け入れたくなる様な何かを用意するからさ」
「……好きにしなさい」
 彼女は言いながら、諦めたように嘆息する。玄関先でのやりとりは、最終的に彼女が折れることになった。
「じゃあその時には名前も教えてもらえるかな」
「……桐葉よ」
「え?」
「聞き逃したのなら、残念ね」
 彼女は他人事のように言った。恐らく理由も無い気紛れなのだろう。実に有難い。
 もちろん、彼女の言葉を聞き逃すなど有り得なかった。他のものも、目覚めてから聞いた言葉は全て頭に深く焼き付けている。
「良い名前だ。これからも宜しく、桐葉さん」
 孝平は友好の印にと握手を求めたが、桐葉は無視して、
「呼び捨てでいいわ」
「……じゃあ、俺も孝平だ」
「そう。さようなら、支倉君」
 ここでもやはりマイペース。
 だが、そもそも玄関まで見送りに来るというのはマイナスの感情だけではない証明だと思いたい。単に鍵を閉める為だと冷静に考えれば分かる事だが、孝平はあえて勘違いしておくことにした。きっと、その方が今後の日々が楽しくなる。
 何とか乗り越えられる壁だと思えば、その程度の困難なら、むしろ燃えるのが男って奴なのだ。
「じゃあ、また明日」
「……」
「また、明後日?」
「しつこいわね」
「そうかもな」
「……ご縁があれば、またいつか」
 彼女にとって、単に早く追い出したい一心だったのかも知れないが。
 孝平には十分過ぎるくらい嬉しい言葉だった。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





後半へ続く
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  1. 2010/10/10(日) 06:54:18|
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