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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter EX-2

 今日は朝から雨が降っている。
 絶妙にボヤケた風景を前にすれば、かつては創作意欲を刺激されもしたが、今となっては日常的に感じている怠惰感が何倍にも増すだけだ。
 俺は雨が嫌いだ。夏はより蒸し暑く、冬はより寒くなる。傘なんて荷物も増えるし、服も汚れる。さらに、今日のように怪我などしていたら、余計に気が滅入るってもんだ。
 ――今朝は不覚だった。慣れた手付きで朝飯の支度をしていたら、エリスが起きてきた。あまりに有り得ない出来事に呆気に取られ、俺はキャベツと一緒に指まで刻んでしまった。
 結局エリスは寝ぼけたままトイレに入り、そのまま部屋に戻って熟睡を再開。傷の手当ても一人でやって、その上目覚まし時計を演じる俺。甲斐甲斐しいにも程が有るぞ、ホント。
 俺は昼休みの時間を迎えると、美術室で暖をとっていた。直前に授業があったため、ストーブにも火が入っている。寒いと傷が痛む気もするし、どの道昼食といえば竹内が来るのだから、美術室へ移動することになるのだ。わざわざ準備室で待つ必要もあるまい。
 しばらくすると、教室の扉が開いた。現れたのは竹内で、失礼します、と丁寧に言ってから入ってくる。
 一番最初に目に付いたのは俺だったらしく、眉をひそめながら言った。
「なんというか……。もう少し背筋を伸ばしていられませんか? 威厳みたいなものを、少しは見せて欲しいんですけど」
 来て早々の竹内の教育的指導だが、別段気にすることもなく。
 ストーブの真ん前に陣取り、猫みたいに丸まっている俺なのだった。
「そういうのは教頭に任せる。お前も長い説教のコツでも教えてもらったらどうだ」
「必要ありません。上倉先生が嫌がる話術については、すでに盗んでますから」
「すでに師匠を越えてる気さえするぞ」
「長さ以外は、まあそれなりにですね」
 俺のジャブを軽く捌きながら、竹内はとっとと食事の用意を始める。
 相変わらず不味いであろうコーヒーが二人分用意され、竹内が箸を手に取る頃には俺も食事の準備を終えていた。
 まあ、俺の飯の準備は最初からしてあるのだが。正しくは完成した、と言うべきか。
 ちなみに、竹内の昼食は弁当、俺はインスタントラーメン。2割引きで分量5割増しの豚骨ショウガ、財布に優しく非常にウマシ。
「また、それですか……。少しは気を使った方がいいですよ」
 目の前で誰かさんが何か言っているが、俺は気にするつもりなどさらさら無い。
「いーんだよ。昼だけだ、こんなのは。それも毎日ってわけでもない」
 適当に言い捨てながら、俺は麺をすすりスープを飲む。
 この味が分からん奴こそ貧乏なんだ、味覚だか心だか知らんが。逆では決して無い。
 別に弁当が恋しいわけではないぞ。三食のうち二食は、我が愛する妹殿のために健康な食事を用意しているのだ。弁当を作ろうとすれば出来ないことはない。
 単に昼飯くらいは不健康なもんを食いたくなるのが人情ってもんなのである。
「ラーメンじゃなければ、ヤキソバとかスパゲッティとか。結局インスタントばかりじゃないですか」
「朝は大仕事があるんでな。そんなに暇じゃないんだよ。学食ばかりじゃ財布も薄くなる一方だしな。――ってかなんだ、それは」
 今ごろ気づくのもなんだが、竹内は左の人差し指に大きな絆創膏を貼っていた。奇しくも俺の傷と同じ場所。規模までは分からんが。
「先生こそ、同じような場所に同じようなものがありますね。何があったんですか?」
「なんでもない。かすり傷だ。気にするな」
「じゃあ私もです」
 料理で手を切った、なんて所帯じみた話はしたくない。言葉も選ばず適当に言った俺だったが、竹内もにこやかに追従してきた。
 これにて不戦条約は結ばれ、以後この話題は厳禁。あちらさんも、あまり宜しくない事情があるらしい。
 適当な話題転換を、と思った俺は、先程まで考えていた内容を思い出す。それを竹内にも聞いてみることにした。
「竹内、お前は雨が好きか?」
「好きと言えば好きですけど、嫌いと言えば嫌いです」
「どっちなんだそれは」
「気分次第ですよ。外出する時に雨が降れば嫌な感じがしますけど、景色を見る上では、たまには見たいとも思います」
 どっちと言っても、逆の思いを無視する事になる。こんな質問は適当に今の気分で答えるもんだと思うが、実に竹内らしい答えではあった。
「先生はどうなんですか?」
「俺は嫌いだね。色々と面倒なだけで良いことなんざ一つも無い。現に寒いだろ、今日は。今のこのときも好きだとか言えるのか、お前さんは」
「いいじゃないですか、たまには。気候の変化も創作活動にはプラスになります。寒い日の一つや二つ、いくらでも我慢出来ますよ」
 絵のためならば、ということか。
 冷え性やら低血圧やら、寒さがキツイ人間は比較的女性に多いと聞くが、さすがはジャンルを間違えた体育会系。目的以外は何も見えないらしい。
「物好きな奴だな。まあ半ば予想できた答えではある」
「じゃあ、雪ならどうですか? 綺麗ですよ」
「余計寒いじゃないか。はしゃぐ歳でもない」
「そーですねー。先生みたいな暇人は、きっと雪かきに駆り出されて筋肉痛ですね。好きなはずがありませんでした」
 こんな事を平気で言ってくるコイツは、しかし俺以外の教師からは覚えが良い。世の中不条理だ。
 しかしまあ、否定しかねることでもあった。サボり教師がその程度の手伝いくらいは自主的にしろ、などとは、髪だの幸だの気遣いだのが概ね薄めな教頭の口から出る言葉としてはこの上なく相応しい。
「俺はそんな年寄りじゃない~、とか否定しないんですか?」
 好き勝手言う癖に、俺が許容しないと自分が全て悪いのだ、などと責任取る覚悟で言ってるらしいコイツは、微妙な反応を返されると不安げな顔をする。
 そんな時、俺は努めて駄目人間を演じるのだった。
「出来ればしてるよ。残念ながら立場が弱いんでな」
 卑屈さを前面に押し出し、わざとらしく言った俺だったが、それで竹内は安心したようだった。
「普段の行いによるものです。とーぜんですよ」
 箸を軽く振り回しながら、テンポをとるようにして言う竹内を見ていると、会話内容の割には気分が良くなる。
 いつもお行儀のよろしいコイツは、瞬間的にはノリの良さを見せるものの、基本的には硬い口調だ。それが最近では、昼食の時には何故だか気楽な感じがする。
 俺が学生の頃を思い返してみると、仲の良い教師にもここまで緩んだ顔は見せなかった。俺も適当な敬語ではあったが、あくまで上の存在として接していた気がする。そんな当時の自分と重ねてみると、最近の昼食時の竹内は、友人に接する顔に近い。
 実際に友人と二人きりの姿を覗いたわけでもないが、より心を開いてくれているのは確かだろう。まあ教師としては悔しい面も無くは無いが、純粋に嬉しいという気持ちが強い。
 そこでふと気づいた。コイツの眼鏡を外した姿は、最近見る機会があったのだが――
「そういえば、お前の髪を下ろした姿は見たことが無かったよな」
 俺は適当に、軽い思いつきで言ってみただけなのだが。
 自分のカップにコーヒーを注ぎ足していた竹内は、驚いたように動きを止めると、どことなく不自然な態度で言った。
「唐突になんですか? 別に面白いことなんて何もありませんよ」
「まあ、別にいいんだけどな。こぼれるぞ」
 俺が指摘してやると、竹内は慌てて水筒を立てる。ギリギリこぼれはしなかったが、コーヒーは辛うじて表面張力で止まっているに過ぎない。
 こぼれる前に、と唇を突き出しながら、竹内はお行儀悪くコーヒーをすすった。
「あ、あはは……」
 竹内は照れたように笑うが、どうにも直前の行動を恥じている感じではない。
 なんだかんだで不器用なところもあったりする竹内は、視線が天井辺りを彷徨っていた。
「で、話の続きだが」
「あくまで続けますか」
 わざとらしく継続の旨を伝える俺に、竹内は呆れたように言った。
 最初はそれほど意味も無い発言だったのだが、竹内の反応には興味を引かれるものがある。
「良いにしろ悪いにしろ、色んな意味で十分面白いと思うぞ。大体、気になって今晩眠れなかったらどうしてくれる。遅刻でもしてみろ、また美術部の名声に傷が付くぞ?」
 何とか言葉だけでも引き出せば、律儀なコイツのことだ、逃げたりはしないだろう。いつもの軽口に巻き込めば何とかなると考えた俺だったが、よほどマズイ話題らしい。
 竹内は、僅かに苛立ちを含む声でピシャリと言った。
「言っておきますけど、わざわざ見せる気はありませんから」
 そう隠されると、余計に見たくなるのが人情というものである。ここはおだててみることにしよう。
「コンタクトにしている時も思ったんだが、素顔の方が美人な気がするぞ」
「あの時のことなら、よく覚えていますよ。確か、忘れた上にハッキリキッパリ仰いましたね。眼鏡が似合ってるって」
「そんなこと言ったっけか?」
 全く身に覚えの無い俺に対し、竹内はまたかと大仰に天を仰ぐ。
 そのまましばらく固まっていた竹内だったが、唐突に人差し指を立てると、そいつを指揮棒のように振り回しながら言った。
「言いました。少しはショックだったんですから。傷つくようなことを軽く言っておいて、すぐに忘れないでください」
 ちょっぴり涙目になっている竹内を見ていれば、さすがに悪いとは思うのだが。記憶に無いものはどうしようもない。
「この前だって、新しい眼鏡をかけていったら、とんでもない反応をするし……」
 尻すぼみに語調が弱まる竹内。アレは自分でもやりすぎだと自覚しているのか。
 さすがに俺も、それくらいは覚えている。久々に地獄を見たし。
 そういえば、コイツの顔を見ていて気づいたことが一つ。
「何で新しい眼鏡をかけてないんだ?」
「それを、いまさら触れますか!? 先生の中で、私の存在ってどれだけ小さいんですか……」
 怒るどころか呆れるどころか、竹内は落ち込んでいた。俯いたまま、小さく暗い声で何やら呟いている。
 独り言の内容までは聞き取れないが、何やら呪詛めいて聞こえてくるそれを聞いていると、さすがに可哀相というか、責任を感じないでもない。
 俺は何とか励まそうとして言った。
「いや、まあ元気出せ。俺が言うのもなんだが」
「まったくですよ」
 俯いていたはずの竹内は、物凄い勢いで顔を起こして答えた。
 一瞬で立ち直りやがった。相変わらず切り替えの早すぎる奴だ。
 しかし表情は、まだ幾らか引きつっている。先ほどのが演技なのではなく、今やせ我慢をしているらしい。
「とにかく。私はこの髪形が気に入っているし、先生も外見が多少変わったところで気づきもしないんですから。見せる意味も無いし、私には何の得にもなりません」
 言い捨てて、竹内は昼食に集中することにしたようだった。小さな卵焼きを一切れ摘むと、更にその半分だけをかじり、黙々と口を動かす。
 こうなると、もはや俺の言葉は届かない。いくら攻めてものらくらとかわし、適当に相槌を打つだけだ。
 篭城を始めた敵は、もはや手の届かないところに居る。そう感じながらも、我ながらどうしてそこまでと思うくらい未練がましい声は、尚も続けて零れた。
「どうしても駄目か?」
「ええ、駄目です。……ちゃんと部活の指導をしてくれるなら、考えないでもないですけど」
 意外な交換条件に、俺は一も二も無く飛びついた。
「よし、やる。頑張るぞ」
「え、ホントですか?」
「おう。今日はちゃんと部活に出ようじゃないか」
「今日だけ、出るだけですか?」
「そこには気づくな」
 即座に答える俺に、竹内は呆れながらも少しは気が変わったらしい。
 散々迷った末に、あくまで妥協しただけです、と念を押してから言った。
「最近は顔を出すことだけは多くなりましたからね。今日だけ、ちゃんと指導してくださるならそれでいいです」
「ホントか!?」
「一時間に三回は、何らかのアドバイスをすること。もちろん帰宅するのは一番最後。いいですか?」
「任せろ。やってやろうじゃないか!」
「それなら、まあ。分かりました……」
 諦め交じりの、ため息のような言葉を吐き出してから、竹内は髪止めを外した。
 高い位置で結い上げられていた黒髪が優雅に広がると、空気までもが色づいて見える。貝の如く、頑なに閉じこもっていた魅力が遂に開放された瞬間、俺は感動を表すことを忘れ、言葉を失った。
 解いた髪は想像よりも遥かに長く、肩口どころか胸の辺りにまで達している。いつもなら登頂部にボリュームが偏っているわけで、それが当たり前だと思っていたし、十分に似合ってもいたのだが、今の姿と比べると不自然な気がしてならない。見事と言うしかない艶やかな髪は基本的にはストレートだが、微かなカーブを描く毛の一本一本が折り重なって見事な量感を見せる。全体のバランスが整ったのもあってか、顔の輪郭線の印象すらも別人のように華やかだ。
 見せると言った手前、言い逃れもしない竹内だったが、それでも嫌なものは嫌らしい。微妙な表情をしているが、それが逆に憂いを含んだ感じに見えて、絶妙な雰囲気を醸しだしている。
 今までヘアスタイルの好みなど気にしたことは無い。しかし、少なくとも竹内麻巳にはロングしかないと、俺は自信を持って断言する。美術部にも綺麗どころは何人も居るが、これと並んで見劣りしないとなるとエリスくらいのものではないか?
 これはもう、議論をはさむ余地も無い。容姿は悪くないながら、地味な印象の強かった竹内部長は、見事なまでに美人さんであったのだ。
 やっと金縛りから開放された頃。俺の口からは、自然と感動が口を衝いて出た。
「……お前、馬鹿だな」
「いきなり失礼な人ですね。おねだりしておいて、それは無いと思うんですけど」
「そうじゃない。髪を下ろしただけで、エリスにも引けを取らんじゃないか。わざわざ隠してる意味が分からん」
「別に隠しているわけじゃないですよ。単に、いつもの姿が気に入っているだけです」
 確かに本人がそう言うのなら、他人がとやかく言うことでもないのだが。
「こっちの方がモテると思うんだがなぁ……」
 やはりそう思ってしまうのも、仕方の無いことだろう。
 しかし、当の本人はそんな事には全く興味が無いらしい。褒められているというのに、竹内の表情を伺ってみると、逆に不機嫌そうに見える。
「そんな願望はありませんから。チヤホヤされても別に嬉しくないです。むしろ鬱陶しく思います」
「やけに実感篭もってるな。さては高校入ってイメチェンってとこか?」
「……違います」
 一瞬、言葉に詰まったのを俺は見逃さない。
 やり手のようで素直なコイツは、何だかんだで分かりやすい反応を見せることが多いのだ。
「だから違いますって」
「分かった分かった」
 わざとらしく頷きまくっている俺は、当然ながら聞く耳持たない。
 実際そうだったのか、竹内は諦めたように語り出した。
「私は一般入学組ですから。結構レベル高いんですよ、撫子って。視力が落ちるくらいには受験勉強もしましたし。最初はコンタクトにしたんですけど、高校ではこういうスタイルにしたんです。確かに面白くない事も多少はあって、この格好にしたら色々と楽にはなりました。でも、断じて狙っての事ではありません」
 言いながら、また髪を結い上げる竹内だった。
 う~ん、残念。もう少し目の保養をさせて貰いたいと思ったのだが、言ったら後が怖そうだ。ここは我慢しておく。
「……って、確か去年も似たような話をしませんでしたっけ?」
 そう言われても全く記憶に無い。
 分からないことは気にしても意味が無いので、俺は軽く棚上げしつつ心の底から無念さを滲ませ言った。
「勿体無いなぁ。彼氏の一人や二人、すぐに出来そうな気がするんだが」
「変なのが寄って来ない分、逆に助かってます。このままで仲良く慣れたら、それは本物ってことですよね。その方がいいじゃないですか」
 先日も思ったことだが、この竹内は堅物なようでいて恋愛話には妙に乗ってくる質だった。
 俺も、前回と違ってネタが向こう側なので、あまり気にすることもなく話題を継続する。
「お前がそれでいいならいいけどな。しかし、眼鏡が無くて髪も下ろすと、さらに凄そうだな……」
 幸い、竹内が眼鏡を外した姿を拝んだのは、つい先日のことだ。まだ何とか思い出せる。
 俺は二つのイメージを統合し、素顔の竹内を脳内で構築しようと試みた。
「わー! 無し無し、駄目です! 後生ですから、それだけは勘弁してください!」
 妄想に耽る俺だったが、それを見た竹内は焦って騒ぎ出した。
 何割か完成していた妄想は見事に霧散してしまい、俺は不満も露に言った。
「いいじゃないか、脳内で完結するんだ。どうせ見せてはくれないんだろう?」
「今日は髪を下ろすだけの約束です。それ以上は、妄想でも空想でも合成写真でも、駄目なものは駄目なんです!」
「分かった分かった。興奮しすぎだ、少しは落ち着け」
 興奮し過ぎて食って掛かるようにしている竹内には面食らったが、良く見れば照れてるだけかも知れない。
「いいもん見せてもらったんだ。今日のところは言うとおりにしてやろう」
 俺が不必要に偉そうな言い方をすると、それでも竹内は胸を撫で下ろした。
「有難うございます。……ところで最近、先生は生徒の悩みを聞いて、力になったりしてるって結構聞くんですけど。私は聞かれたことも無いんですよね」
 唐突過ぎるタイミングで、竹内は話題を転換してきた。それにしても、いつもしっかりと相手の目を見て喋る奴が、一体どこに視線を向けているのか。
 ツッコミいれてやるのも面白いが、今日のところは素顔の美しさに免じて負けてやることにする。
「なんだ竹内。お前も何か相談したかったのか?」
「べ、別にそういうわけではないんですけど……。ただ、何となく気になって」
 自分で言い出したくせに、焦って弁解するように言ってくる竹内。
 俺としても、まあ無理強いするつもりも無いんだが。こういうところが、コイツの数少ない欠点だとは思う。
「確かに、生徒に相談される事はそれなりにあるが、何も有難い助言なんてしてないぞ。親でも担任でも進路指導担当でもない俺は、しがない臨時教師の美術担当に過ぎないんだ。だから聞き出す権利も無ければ、相談に乗って何とかしてやらにゃならん義務も無い。俺に話すってのは、近所の兄ちゃんにただ聞いてもらうのと変わらんが、それでも話すと楽になるんだろうな。噂になるほどでも無いと思うんだが」
「きっと先生の気安い感じが、話しやすいんですよ」
 我が事のように上機嫌で言う竹内だったが、俺は何となく気に入らない。
「……尊敬されてない、という気がしてならんのだが」
「されたかったんですか? とてもそうは見えませんけど」
 不味いコーヒーを平然と飲み干しながら言う竹内は、言外にそういう欲求を持っている事を期待するようだった。
 肯定するのも怖い気がして、俺は曖昧に答える。
「面倒でない程度にはされたいかもな」
「そんな事を言う人が、どうやったら尊敬されると思ってるんですか」
 呆れ気味に言う竹内は、いつも通り美術部の将来について語り出しそうだった。
 俺はその出鼻をくじくように言った。
「まあそれはそれとして。竹内の素顔についてだが……」
 実際には深く掘り下げるつもりも無いのだが、竹内は露骨に慌て出し、もはや天井どころか部屋中に視線を泳がせながら、またも無理矢理に話題を探し始める。
 そうして動揺する竹内を眺めつつ、投げやりな話題でもそれなりに会話を楽しんでいると、話題は二転三転し、いつしか絵を描く上で尊敬する人は居るか、といった内容の話になっていた。
「私は誰かに師事したことも無いですし、目指す理想像というような巨匠も居ないですから。今のところは上倉先生くらいですね」
 本人を目の前にして――と思うが、コイツが俺を持ち上げるのもいつもの事だ。こうやって煽てて、美術部の指導をさせようというのだ。簡単に踊らされるつもりはないが、それでも悪い気がしないのも確かだ。
「先生は誰も居ないんですか? ゴッホでもピカソでも構いませんけど」
「ピカソはジャンルが違い過ぎるだろうが。まあ、尊敬している画家というのは、一人だけ居るには居るな。恐らく、後にも先にも目指すものは彼女だけだ」
「女の人、ですか?」
 身を乗り出し、生唾を飲み込む竹内。興味津々ですと宣言しているようなものだが、そんな様子を見ていると悪戯心が鎌首をもたげる。
 俺は神妙な顔を作りながら言った。
「その名は鳳仙エリス……」
 驚愕の真実を知り、竹内は言葉を失った。
 さて、ここからどう転がして、その後からかってやるか。
 そんな事を考えていると、竹内はすぐにジト目になった。俺をしばらく眺めた後、諦めたように肩を落としながら言った。
「真面目に聞いているつもりなんですけど」
「ここは驚くべきじゃないのか?」
「冗談だという事くらいは分かります。鳳仙さんの才能は認めますけど、自分より後から始めた子を『尊敬』して『目標』にしてるんですか、先生は?」
 言われて見れば、こんな冗談に騙される奴はいないか。――もっとも、純粋そのものだった一年前の竹内なら騙されたかも知れないが、生憎その頃にはまだエリスと竹内は知り合っていない。
 俺は観念し、真面目に答えることにした。
「苗字までは本当だ。鳳仙アンナさん、俺の師匠にしてエリスの母親だな」
「確か、鳳仙さんには先生が絵を教えたんですよね」
「そうだな。俺はエリスの母親から絵を習い、それをエリスに伝えた。
 しかし、俺の目標とするものにエリスはより近い。俺の絵の中から、母親の遺産を正しく受け継いでいるんだ」
 生徒相手に軽いノリで話しているつもりが、無意識のうちにしんみりしている自分に気づく。
 俺の中では、嬉しくもあり、寂しくもある事実だ。絵を描かなくなって久しい今でも、その気持ちは残っている。
 目指すものに近づいていく者が居る、それも自分が教えた者であるというのは例えようも無い喜びだ。しかし同時に、自分はそこに至れないという悔しさも同時に感じている。
 見れば、俺の心情を感じ取ったのか、竹内も微妙な表情をしていた。悔しいような、寂しいような、その理由が自分でも分からずにもがくような。
 それでも竹内は、そんな表情は数瞬で引っ込める。気持ちを切り替えるためか、強く息を吸うと、努めて明るい声と表情で言った。
「それはそれで、正しい結果なんですよ。鳳仙さんは、親子なら元々似たような素養を持っていたのかも知れません。でも、先生がその人と同じ様な絵を描いたとしても、それはきっと自分の絵ではないと思います。正しくその人の教えを受け取っていたからこそ、鳳仙さんにも伝わったんじゃないですか。先生は理想的な師と出会って、理想的な受け取り方をしたんですよきっと」
 俺はまじまじと竹内を見る。
 コイツは、なんというか――。時々、本当に高校生かと疑いたくなる。俺の長年の劣等感を簡単に無意味なものにしてくれやがって。
 突然、俺は思い出したように、竹内の額にチョップを見舞った。
「いた~い。……何するんですか、体罰ですよ!」
 しまった。照れ隠しのつもりが、力が入りすぎてしまったらしい。
 ちょっぴり目が潤んでいる竹内に、俺は誤魔化すように言った。
「生意気言いすぎだ、バカモノめ。まあ少しはイイコト言った気もするが」
「少しじゃないですよ。今のは改心の出来でした」
「自分で言うな……って、なんかいつもの逆だな」
「うふふ。そうですね」
 額を押さえつつも、楽しそうに笑う竹内。
 最近は暗い表情を見る機会が増えた気がするが、やはり怪しげな含みのある笑顔こそは、コイツの持ち味だなぁと思うのだ。
 俺に何が出来るか分からんが、いよいよという時には力になってやろうと改めて誓う。
「どうかしました? やけに精悍な顔付きになってますけど」
「気のせいだ。惚れるなら素顔で頼むぞ」
「はいはい」
 軽く受け流す竹内は、やはり上機嫌で笑っていた。






























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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/02/24(土) 00:14:52|
  2. 第二話

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