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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

某T氏占い(FORTUNE ARTERIAL)

「私は自分の相手を、個人の意思で選ぶことが許されない立場だ。好きになる努力を出来ない。むしろ、そうならない様にと努力している。だから、気持ちは嬉しいが応える事は出来ない。すまないが――」
「いえ、いいんです」
 女子生徒は目尻に滲んだ雫を指先で拭うと、俯きかけていた瞳を再び長身の男の顔へと上げた。
「ひとつだけ、聞かせてください。東儀先輩が、もし東儀家の生まれでなければ……。それでも、答えは同じでしたか?」
「いや、少なくとも悩みはしただろう。君は女性として、欠点がある様には見えない。むしろ万人に好ましく思われる人に見える」



 孝平は、気まずく思いながらも東儀征一郎の告白される場面から離れられず、途方に暮れながら様子を伺っていた。
 盗み見る趣味など無い。無言で立ち去る、そのつもりだった。
 しかし、突撃生徒会長殿が先に監督生室で書類の山に埋もれているのだ。この道の先にしかない、監督生棟で。
 終わるまで隠れて待ち、話は極力聞かない様にして、終わって一人になった征一郎に声をかけて事情を説明し謝罪する。それが、孝平の選んだ答えだった。
 やがて女生徒は俯き始める。やはり駄目だったんだな、と自分のことの様に落胆する孝平。かと思いきや、最後には嬉しそうに、それでいて恥らう様な表情で女生徒は去っていく。
 不思議に思いながらも物影から出てきた孝平に、征一郎の方から声をかけた。
「やはり支倉か」
「気づいていたんですね、やっぱり」
 その可能性が否定出来ず、だからこそ逃げるという選択肢が選びにくかったのもある。
 ともかく、この状況で誤魔化しても仕方が無い。言い訳の一つも挟まずに、孝平はまずはと頭を下げた。
「すみません、東儀先輩。覗くつもりは無かったんですが」
「いや、こんな場所でする話でもなかったな。こちらこそ道を塞いでしまい、すまない」
 善人同士、自分が悪いと言い合う事もあるかも知れないが、二人は加えて、苦労に苦労を重ねた末に身に着けた空気を読む能力も図抜けている。
 互いに深く掘り下げたい話ではないと判断し、早々に切り上げると肩を並べて監督生棟への階段を上り始めた。
「今日は瑛里華――会長に呼ばれたんですか?」
「普段通りで構わん。あらゆる意味で身内だろう」
「はは。そうですね」
「俺はOBだが、いつでも手伝うと言っただろう。表立って動くつもりは無いが、裏方の書類整理や会計処理くらいならば、いくらでも手伝うつもりだ」
「助かります。……余計なオマケがついて来ない気遣いも含めて」
「瑛里華には常に念を押されるからな。百回振り向いて確認しながら来てくれ、だそうだ。嫌われたものだ、自業自得だから同情する気は微塵も無いが」
「いや、仲良し兄妹だと思いますよ。ただ真面目な話では邪魔にしかならないだけで」
「同感だ」
 その後もたわいの無い言葉を交わしつつ、常人ならばやや駆け足の速度を保って二人は監督生棟へと到着する。
 思えば堅物だった先輩とも気軽に話せるようになったものだ、と孝平はしみじみ思う。
 その後、現・生徒会の三名にOBの東儀征一郎を加えた四名は、書類の山を相手に数時間に及ぶ格闘の末、何とか今日中のノルマを片付けるのだった。



「あのね、孝平君……」
 征一郎が告白される場面を目撃した、その翌日。一時間目が終わり、休み時間になると悠木陽菜が孝平に声をかけてきた。
 様子を見ると、それなりに重要な話らしい。
 朝にもその程度の時間はあったはず。大人しそうに見えても、寮長職を姉から引継ぎ日々積極性に磨きをかける陽菜である。切り出すタイミングを逃すとは珍しい。
「どうしたんだ? 必要なら場所を変えようか」
 廊下の隅とか、階段の踊り場とか。時間の短い休み時間でも、移動教室が無ければ多少の融通は利く。しかし、陽菜は控えめに首を振った。
「すぐに済むから」
「そうか。……で、どうしたんだ?」
「実は、ね。最近、女の子の間で変わった占いが流行っているらしくて……」
「占い?」
「うん。それが、ちょっと問題がありそうだから」
 陽菜は一人で頑張り過ぎて溜め込む悪い癖がある。最近は色々あってマシになったが、完全に無くなった訳でもない。
 相談されて嬉しく思う孝平だったが、それでも、いわゆる女の子的な問題となると僅かに腰が引けた。
「俺でお役に立てるのかな、それは」
「う~ん……どうかな」
 素直でよろしい、と内心で呟きながら孝平はカックンと肩を落とした。
「あの、孝平君?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
「う、うん。それでね、その、占いなんだけど……」
 陽菜が言うには、それはある人物に告白して、自分の評価をしてもらうという内容らしい。
「東儀占い、というらしいの」
「それ、ええと……俺はどうしたらいいんだ」
「私も悩んでいるの。本人に伝えると、何も知らずに告白した人が叱られるかも知れないし……。この際、何もしないで様子を見るべきなのかな」
「う~ん、どうなんだろう」
「とりあえず回りの人に伝えて、それとなく様子を見ていて貰うのが一番だと思って」
「なら、白ちゃんに伝えるのが――いや、無いな」
「だよね」
 あははは、と二人揃って乾いた笑いを漏らす。
 素直過ぎる東儀白には、特に兄に対して隠し事など出来ない。軽はずみどころか断固として口にしない事は保障出来るが、明らかな挙動不審っぷりから何かを隠している事は即日バレるだろう。それが原因で喧嘩でもされたら、逆に騒ぎが大きくなってしまう。
「出来れば、やっぱり男の人の方がいいと思うの。私が女の子だから」
「別の視点があった方が、って事か」
「うん。それに、同姓の方が話題にもし易いと思うし」
 普段から陽菜がどのくらい同姓との恋愛トークを繰り広げているのか、という問題はさておき。
「出来れば昨日のうちに聞きたかったなあ」
「え?」
「いや、何でもない。とにかく気をつけてみるよ」
「うん。私も私なりに考えてみる。……あ、それとね孝平君」
 席に戻ろうとした陽菜が、途中で振り向いて一言付け加えた。
「私は、いくら占いだとしても好きでもない相手に告白する子は居ないと信じてる。バレンタインみたいに、背中を押してくれるイベントに近いんじゃないかな。だから私も難しい問題だと思っていて……。出来れば、怒らないであげて欲しいな」
 孝平はもちろんそれは当然の事だと考えていたので、迷わず頷いた。



 孝平に相談した翌日の昼休み。友人の多い陽菜には珍しく、彼女は一人で食堂を訪れていた。
 白に頼んで征一郎と食堂で約束をしてもらい、ギリギリでキャンセルして代わりの人を呼んであるからと伝えてもらったのだ。
 多少不自然になるのはこの際仕方が無い。孝平にだけ苦労をかける訳にはいかず、相談したからには自ら動かねばならない。悠木陽菜は、そういう子だった。
「あの、東儀先輩」
 お盆に味噌ラーメンを載せた陽菜はウロウロと席を探し、ようやく目的の相手を見つけて声をかける。
 いかにも適当に選んだ感のある日替わり定食Cを前に割り箸も割らず、微動だにせず、瞬きの一つもしていなさそうな彫像の如き美青年は知り合いに声をかけられた事に気づき、立ち上がって確保していた隣の席の椅子を引いた。
「悠木か。瑛里華だと思っていたのだが」
 申し訳なく思いつつも、手のふさがっている陽菜は促されるまま東儀征一郎の隣の席に座る。
「すみません、千堂さんも都合が悪いらしくて」
「いや、不満がある訳ではない」
 展開の不自然さには気づいているだろう。それでも征一郎は目を瞑ってくれる。
 そうした善意につけこむのは気が進まないが、相手が殆ど食堂に来ない上に、陽菜は姉ほどの策略家でもなければその姉にはデリケートな問題は相談し難い(あくまで受験を控えた身だからとしておく)のだから仕方が無い。
「それにしても、珍しいな」
「今まで二人きりで話した事は、ありませんでしたね」
「ああ。支倉か、伊織か、姉の方の悠木か、瑛里華か、白か……」
「常にほかの誰かが居て、」
「決まった要件があっての事」
「二人きりでなくとも」
「雑談は初めてだな」
 まるで独り言のようにすらすらと先の言葉が補い合える。姉とは言葉を交わすまでも無く通じ合う部分があるが、好ましく思う相手は居ても、全く血のつながりの無い相手とここまで感性が合うのは初めてだった。
 それは千堂瑛里華や、支倉孝平ですら例外ではなく。
 思えば彼らは個人として優れ魅力的、いわば完結しているのだろう。比べて東儀征一郎と悠木陽菜は、ギラギラとやかましく輝く太陽に常日頃苦労しつつもその影響を受けながら面白おかしく過ごす、サポート役ばかり勤める月の様な存在同士。考えが似通ってくるのも無理は無い。
「お友達の親しくしている人とは、私も個人的に仲良く出来たらって、ずっと考えていたんです」
「こちらとしても良い機会だ。白の友人とは仲良くしておきたい」
 陽菜は微妙な表情を浮かべて固まる。肯定も否定も難しかった。
 白はもちろんだが、陽菜は生徒会という意味で孝平と瑛里華も含めて言ったつもりだった。さすが東儀征一郎、感性が似ているといっても、白に関してだけは陽菜もついていけないらしい。
「で、今日は本当に雑談だけが目的なのか」
「そうですね。目的はありますけど、本当に雑談が目的で間違い無いです」
「ほう。では、その雑談とやらを楽しませてもらおう」
 やり手の元・生徒会会計の、眼鏡の奥に隠された瞳が鋭く光る。
 陽菜は勝負に挑む訳でもないのにゴクリと唾を飲み込み、手に汗を握った。



「東儀先輩は、誰かとお付き合いはしないんですか?」
 景気付けに味噌ラーメンの汁を一息啜ってから、陽菜は意を決して切り出した。
 あまりにも男子生徒らしからぬ優雅な――度を越して食事の意欲すら感じさせない様子で漬物に伸ばしていた征一郎の手が、空中でピタリと止まる。
「そういう話なのか、雑談というのは」
「はい」
 ここを誤魔化してはいけない。懸命に笑顔を作り、端的に答える陽菜。
 ジッとその様子を伺っていた征一郎は、根負けしたようにため息をついた。
「最近はその手の話題が多いな。正直、困る」
「そうなんですか」
「ああ。それも、意外な相手ばかりだ」
「私も女の子ですから。主に、こういった話題が多いです。ご迷惑なら……」
「いや、構わん。伊織の様に悪ふざけでなければ、な」
 陽菜はホッと胸を撫で下ろす。
 我ながらズルイ言い回しだった。普段は逃げ道を塞ぐ様な言い回しは意識して避ける陽菜だが、今回は是が非でも逃がす訳にはいかないのだから、ある程度は仕方ない。
「しかし、誰かと言われてもな」
「例えば告白してきた女子生徒……とか」
「よく知りもしない相手とは、そうした関係にはなり難いだろう」
「ご自分の立場のせい、ではないんですか?」
「もちろん、それもある。あえて後の処理に困る関係を築くのは、相手に迷惑がかかるだろう。それでもなお、と考える程の絆が予め無い限り付き合う相手など出来はしない。有り得ない話というのは言いすぎだが、つまり他の生徒と比べて」
「恋人になる敷居がずっと高い、という事ですね」
 む、と困ったように征一郎の瞳が揺らぐ。
 陽菜にとって、不器用な様子の東儀征一郎を見るのは初めてだった。つい横槍を入れてしまったのは、戸惑いながら喋る彼の様子に助け舟を出してあげたくなったからである。
 普段と違って遠慮なく追い込む様に話を進めたのは、相手が自分より上手だという前提あってこそ。間違いとまでは思わないが、少なくとも恋愛に限っては不器用そのものであると、陽菜は一点だけ評価を改めることにした。
 同時に、少しだけ見る目が変わる。
 いつも何でもそつなくこなし、頼りになるのに、自分の事だけは途端に不器用そのもの。そんなところが、何だか可愛くて。
 初恋の人と、他は似ても似つかないのに、そんな所だけは妙に重なって見えた。
「少しだけ、考えを改めて見たらどうですか?」
 問題の解決だけを考えていた陽菜は、東儀征一郎の考え方を誘導しようとこの場を設けた。
 しかし、いつの間にか、この事態に悩んでいる風でもある彼を助けたいとも思い始めていた。
「告白を受け入れろ、という意味か?」
「その前提で話を聞いてみてはどうでしょう」
 ふむ、と征一郎は思案顔になる。言葉の意味を図りかねているのだろう。
「東儀先輩に告白する子には、大きく二種類居ると思います。憧れに近い感情と、本当に何かきっかけがあっての恋心。そのどちらかとは限りませんが、その思いの強さや種類を、見極めてみるんです」
「なるほど、人の心を見透かす能力は今後も役立つ。利害が一致する訳だな」
「はい」
 さりげなくなく混ぜられた皮肉には気づかない振り。お互いに分かっていて、薄く笑みを交わす。
「本気で挑む相手には本気で挑まねば失礼というものだ。なるほど言われてみねば分からぬ事もある。気づかせて貰えた事には、感謝させてもらおう」
「い、いえ、そんな……私は、なにも……」
 急に征一郎が頭を下げたものだから、陽菜は真っ赤になって周囲を気にし始める。そういえば周囲の会話が殆ど聞こえてこないのは、やはりそういう事なのだろうか。
「食事を済ませて場所を変えようか。この話は興味深い、もう少し付き合って貰えれば助かるのだが」
「あ、はい、あの、喜んで……」
 咄嗟におかしな答え方をしてしまった陽菜だが。
 周囲で何故か涙を飲む男子生徒が大勢居たことには、ついに最後まで気づかなかった。



 中庭に場所を移し、遠巻きに様子を伺う一般生徒には気づかない振りをしながら、二人は第二ラウンドを開始していた。
「そもそも最初は、呼び出されても無視していた」
「それは相手の女の子も可哀想ですよ。凄く勇気の要る事なんですから」
「だからこそ、今はこうして一つ一つ対応している。色々なことがあって、俺も少しは良い影響を得られたのかも知れん。もっとも、最大の要因はある男の尻拭いに奔走する日々から開放された事だろうが」
 ここで突っ込めば話が大きく逸れまくる。スルーするには相応の忍耐を必要としたが、陽菜は何とかそれを堪えた。
「だが、俺はそもそも冷たい人間なのだろう。それで十分だと考えていたが、相手の本気に応えるには覚悟が足りていなかったらしい」
「東儀先輩は、暖かい人だと思います」
「たとえその素養があるとしてもだ、この件に関して冷たい対応を取っていた可能性は高い。支倉を中心としたお前達を見ていて、小さな絆でも大切にしたいと考えていたところだ。まして自分に好意を抱いてくれる相手では尚更だろう。見直すには良い機会だった」
「そ、そんな……」
「また、こうして相談に乗ってもらえると助かるのだが……構わないだろうか」
「え、あの、は、はい。私も、寮長として至らない部分があるので、相談相手が増えるのは嬉しいですし」
「では、そうだな。毎日というのは悠木の友人に悪いだろう。週に一度、水曜日の昼には付き合ってもらえるだろうか」
「よ、喜んで……」
 この段取りの良さはさすがである。勢いに負けて、陽菜は殆ど機械的に頷くだけになっていた。
 こうしてトントン拍子で決まったお昼の食事会は常に二人きりであり、噂になるのに大した時間はかからなかった。



「なあ、征ちゃん?」
 征一郎は併走する軽薄面の金髪男を無視して廊下を進む。
「東儀の征一郎ぼっちゃん!」
「……なんだ、伊織」
 内容は分かりきっていたので無視するつもりだったが、エスカレートし続けるのが目に見えていたので、征一郎は仕方なく足を止めて振り向いた。
「悠木妹と契りを交わしたというのは本当かい?」
「何故そうなる」
「いや、だってさあ」
「ただの噂だろう」
「でもなあ」
「噂だ」
「聞いたって子から直接確認したんだよね、付き合ってくれ、喜んでって会話について」



 実際のところ、二人きりの昼食会は解散しても良かった。
 話題はもはや本当に雑談と化していたし、件の噂が東儀占いなど完全に吹き飛ばし征一郎に告白する女生徒は以前よりも稀になっている。
 だというのに止められなかった。二人とも、止めたくなかった。
 楽しかったのもあるし、好ましく思う相手との時間をくだらない噂に負けて捨てるなんて嫌だった。半ば意地になって、食堂での食事から中庭でのおしゃべりまでをセットにして毎週続けていたのは表向き陽菜の我侭だったが、征一郎はといえば嫌な顔一つ見せずにそれを続けていた。
「味噌ラーメンというのは、なかなか悪くないものだな。和食以外は口に合わぬと決め付けていたが……」
「食事だけじゃなくて、どんな事でも枠に嵌めるのは勿体無いと思いますよ」
「同感だ。最近は特に、それを実感している」
「ふふ……。それにしても、そっくりですね」
「なにがだ?」
「紅瀬さんと同じ、真っ赤です。私も味噌ラーメンは好きですけど、あれはちょっと食べる自信がありません」
「同じ眷属だからな」
「え……っ!?」
 唐突にそう言って、征一郎は腰を下ろしていた芝生から立ち上がる。
 陽菜を見下ろす征一郎は太陽を背負っていて、その表情は影となり、陽菜の目には何も見透かす事が出来なくなった。
「誰とも付き合えない。子は出来ず、相手には人としての幸せすら捨てさせる。東儀に関連し、余計な苦労をさせるだけならば絶対とはならないのだがな。悪いが、そういう事だ」
「東儀、先輩……?」
「仕方の無いことだ」
 分かる。分かってしまう。その次の言葉が。
 しかし、それを止めようとする言葉が相手にも分かってしまうから。急ぎ遮る様に、征一郎は言った。
「今日までにしよう」
「だっ――」
「もう用件も済んでいる、問題無いだろう。それに、元に戻るだけだ」
 言い残し、征一郎は背を向けて去っていく。
 その背中を追おうとして、引き止める言葉が見つからず。
 何故引き止めたいのかすら分からずに、陽菜は立ち上がることも出来ないまま征一郎の背を見送るしか無かった。



 その晩、陽菜はある女生徒の部屋を訪れた。
「どうしたの?」
「えりちゃん」
「とにかく上がって。ね?」
「うん……」
 優しく迎え入れられ、陽菜は瑛里華の部屋にお邪魔した。
 小さなテーブルの上にお菓子とお茶を用意すると、瑛里華は一口飲むように促し、陽菜はおとなしく従う。
「で、どうしたの? 例の噂……かしら」
 一息ついてから、瑛里華から話を切り出した。
 陽菜はまだ昼間の混乱が尾を引いていて、らしくなくたどたどしい説明だったが、瑛里華は根気良く持ち前の如才なさを発揮して話を引き出していく。
 大体の事情が掴めた所で、瑛里華は大きな溜息をついた。
「まず、驚いていい?」
「うん……と。後にして貰えると、嬉しいかな」
「そうね。じゃあ、そうするわ」
 軽く息を抜いて、話しやすくしてくれる辺りもさすがだ。寮長として少しは成長したと思っていたが、それでも敵わないなと陽菜は改めて思う。
「でも驚いたところだけは列挙するわ。これだけは譲らないから」
「う、うん……」
 この変なところで譲らないのも、さすがだった。



「まあ、こんなところかしら。一番はやっぱり、眷属って教えた事に驚いたわね」
「えりちゃんは、知ってたんだ」
「私もつい最近。あの事の最後のほうで、やっとね。それも偶然だから……。兄さんも含めて、打ち明けられた人って陽菜が始めてよ、きっと」
「え……」
 特別な、何か。良い意味かも分からないが、嬉しかった。
「やっぱり、そうなのかしら。でも、う~ん……。だとしたら、そっちの方が驚きよね」
 浸っている陽菜の横で、瑛里華がなにやら考え込んでいる。
「何か気づいたことが有ったら、教えてくれると嬉しいな」
「私もこういうの、詳しくも鋭くも無いから断言は出来ないし、正解でも言っていいものか難しいのよね……」
「そうなの?」
「いや、意外そうに言われても」
「だって孝平君と……」
「それはそうだけど、お互い不器用だから苦労する事も多いというか……それが楽しい、のかも知れないけど……」
 とりあえず上手くはいっているらしい。二人が幸せなのが感じられて、陽菜はくすりと笑う。
 あまりに自然な笑顔だったので、瑛里華はポカンとその様子を見入ってしまった。
「どうしたの、えりちゃん?」
「え、ああああっ! き、急用思い出しちゃった! 悪いけど、今日はこれで終わり、にしてもいいかな!?」
「どうしたの、急に……」
「き、急に思い出したのよ! いいから、今日はお開き。ね、明日また朝でも昼でも相談に乗るから。今日は悪いけどお願い、帰って」
 不自然さが逆に、拒絶されたのではないと分かって傷つきはしなかったが。
 身近では一番こうした話題で頼りになりそうな瑛里華に放り出されて、陽菜は途方に暮れるのだった。



「やっぱり、そうなのかな」
「でしょうね」
「何も堪えた感じの無い笑顔だったから、驚いちゃって」
「人は変わっていくものよ。恋人になった訳でもないなら、尚更でしょう」
「うんうん、やっぱりそうよね。幸せになれるか難しい相手だけど、全力で応援しなくちゃ」
「……それは貴方の勝手だけど、千堂さん」
「なによ」
「いつになったら帰ってくれるのかしら」
「いいじゃない。口が硬そうで、明日不自然にならない人で、経験豊富な人で、しかも私達の裏側を知っている人って条件だと一人しか思い浮かばなかったんだもの」
「微妙に人聞きの悪い単語が混ざっていた気がするけれど」
「細かいことは気にしないで」
「とにかく私は、いつ帰ってくれるのかと聞いているのよ」
「語り明かすに決まっているじゃない♪ こんな本格的な恋愛トークを紅瀬さんと出来る機会なんて二度と無いかも知れないしー♪」
 いつ帰るのか、と聞くのは相手に帰る時間を自由にさせている意味になるのだろうか。
 最初から帰れと斬って捨てるべきだったと、気まぐれに顔を出した仏心に今更ながら後悔する桐葉であった。



 ――今、自分が誰を好きなのか。考えてみて?
 瑛里華からそんなメールが届いていた、朝。
 当然の様に寝付けなかった陽菜は、珍しく登校時間ギリギリになって部屋を出て、校舎を目指しながらそれに気づいた。
 生徒会長の朝は早い。用事が無くても学生の中で一番に登校する人だから、とにかく早い。もしかしたら部屋を訪ねてくれて、メールだけを残して行ったのかも知れない。
「お礼を言っておかなくちゃ、だよね……」
 考えもしなかった、自分のきもち。
 メールの一文を見ただけで、覚えのあるその感情はすぐに答えに辿り着いていた。



 瑛里華からのメールは、東儀征一郎の元にも届いていた。
 ただし携帯電話のメール機能などではなく。魂の篭りまくった達筆極まる果たし状っぽい筆文字で。
 ――自分の気持ちに素直にならない人が此度の事件を生みました。いい加減にしろ、東儀家も千堂家も。
 略すとつまり、そんな内容だった。陽菜に送られた、暖かくも短い文章とは偉い違いである。
 征一郎は無表情のままで、明らかにこの文章を代筆したであろう配達人に目を向ける。
「……で、どうして紅瀬が伝令役をしている?」
「そうすれば二時間は寝られたからよ」
「そうか」
「迷惑だから、早く何とかして欲しいわね」
「ああ」
「とはいえ、出来れば綺麗な形で終わる事を祈っているわ」
 言葉を返せず立ち尽くす征一郎を残し、珍しく優しげな笑みを称えた紅瀬桐葉は去っていった。



 その日の食堂で、陽菜と征一郎は鉢合わせた。
 約束など無かったし、誰がお節介をした訳でもなかった。それでも二人は、自然にここへと足を向けてしまった。
 何も言わず向かい合う二人の前で、食事途中だったはずの生徒が席を立つ。いたたまれなくなって逃げ出したのだった。
 他の生徒達も食事のペースが明らかに上がる。居心地の悪さは感じるが、それでも周囲に遠慮するなら早く座って早く食べ、早く去るのが最善であろう。
 同時に判断し、二人は同時に隣り合って座り。
 無言のまま、食事を進めた。
 征一郎の食事は、いつもより赤みの少ない味噌ラーメンであり。
 陽菜の食事は、いつもより赤みの多い味噌ラーメンだった。
 二人は早々に食事を済ませ、席を立った。
 向かった方向は全くの逆だったが、互いに互いの行動は分かっていて、あえて何も言わなかった。



「無理をするからだ」
 中庭の芝生で座っている陽菜の元に、征一郎がやってくる。紙パックのお茶を手渡し、隣に座る。
 陽菜は有難くお茶を受け取り、ストローを刺すと一気に1/3程を飲み干して一息ついた。
「東儀先輩も、無理をしていたと思いますけど」
「ああ、不味かったな。唐辛子があの量では何も味を感じない」
「それでも、食べたかったんですね」
「互いに歩み寄るのは、馬鹿な行為でも一定の満足を得られるものなのだな」
「一定、で止めるんですね」
「止めざるを得ない」
「私は……」
「君は、頑張り屋だ。無理をする。それも含め好ましく思う。それが正直な気持ちだ」
 陽菜は自分の気持ちに気づいて、決意してここにいる。だから、相手から受け入れる言葉を貰えるなんて思ってもみなかった。
 面食らって、用意していた言葉が全部吹き飛んでしまう。嬉しくて、舞い上がってしまう。
 だが、征一郎の表情が辛そうな事に気づき、冷静さを取り戻した。
「以前ならば、考える余地など無かった。東儀家を優先していた。しかし、伽耶様についての問題が一応の解決を見て、状況は変わっている」
「少しは、話を聞いているので分かります」
「そうか」
「はい」
「……ならば、同じ想像は出来るんだろうな」
 陽菜にも、もう征一郎の暗い表情が何に対してか分かっていた。だから、その表情は笑顔に戻っている。
 いや、泣き笑いだ。嬉しくて、涙が止まらなくて。でも、笑いも崩れなくて。
「連中は全力で挑むだろう。伽耶様の250年ですら折れた、そんな連中の全力だ。普段なら伊織が面倒な状況だが、こういった状況では支倉だ。瑛里華も怖い。それに白は、きっと」
「わたしが東儀家を継ぎます、と言い出しますよね」
「ああ。どう決着させるべきか、まず目指すべき終着点を見極めるのが大変だ。時間がかかれば流されるだけになる。それだけは避けたいが――正直、これからの難行を思えば頭が痛い」
「大丈夫です、よ。幸せに……させられます、から……」
「一緒に苦労してくれるか」
「喜んで」
 それから陽菜は、征一郎の胸の中で思う存分泣き。そして、最後には笑いながら自分の教室へと戻っていった。



 修智館学院では、会長と副会長に続くビックカップル誕生に大騒ぎだった。
 そんな折も折、陽菜は休み時間に孝平から声をかけられる。
「なあ、陽菜」
「どうしたの、孝平君」
 澄まし顔で応えた陽菜も、ついに孝平にまで知られたかと内心ではドキドキしていた。放課後のお茶会に征一郎も呼んで報告をと考えていたのだが、仕方ない。
 陽菜は頭の中で孝平の言葉を予想し、答えをいくつか吟味し始めたのであるが。
「なんか、東儀先輩に告白する女生徒が急に減ったらしいぞ。問題が無くなって良かったな」
 その日一日だけは、陽菜がドリフ張りにズッコケた事も加えて大きな話題になるのだった。
























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2009/10/31(土) 01:03:30|
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