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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 7-4

 上倉浩樹は、桔梗霧を愛しています――。
 言葉にしてその思いを伝えられたら、どんな現在を得られただろうか。
 しかし、過去の選択にどれ程思いを馳せても、現実の彼は彼女の告白を受け、拒絶した。それが全てだ。
 幼馴染で親友の柳慎一郎も、霧のことが好きだった。多くの時間を三人で過ごしてきたから、それは当然の成り行きだったのかも知れない。しかし、浩樹が逃げ出した理由は柳を思ってだけのものと結論付けるのも難しいし、この問題に関して柳を責める者は居ないだろう。むしろ彼は、身を引いて二人を祝福するつもりだったのだから。
 浩樹はリスクのある結論を選べなかった。自分の気持ちがどれ程のものか、図りかねていたのもある。結局のところ、若かったという事だろう。
 三人で過ごすことを選んだ浩樹だが、やはり若さ故か素直に霧と接する事が出来なくなってしまった。柳とも同様で、その柳にしても二人が上手くいかなかった事に責任を感じてしまい、やがて三人はギクシャクし始めた。
 そのまま高校生活が終わり、地元に残った霧と首都圏の大学へ進学した二人とは接点を失ってしまう。
 柳と浩樹は同じ美大へ進学し、余計な事には目もくれず絵に没頭した。だからこそか、二人の間でだけは昔の様な関係を取り戻せた。
 それでいいと、お互いに思っていた。
 しかし、感情に蓋をしたまま自己表現の場で大きな成果を得られる筈も無い。意識しての事ではないが、逃げ場として絵を描いていた二人は、十分な才能に恵まれ誰より努力していたにも関わらず公の場において評価される事が無かった。
 絵を描く自分に疑問を持ち始める、それは同時。
 しかし、行き着いた結論には確実な差が生じていた。
 浩樹は霧をどれだけ好きだったのかと、今更ながらに気づく。何故駄目なのかと考え抜き、そこに至ったのだった。その思いを絵にしようと、その結果がどうなろうと構わないと覚悟した。それは過去の選択への後悔ではない、現在の自身を見つめ直し選んだ、現在の選択肢だった。
 対して柳は、自分は思いを伝えてはならないのだと、それどころか有ってはならないものだと、そう最初から決め付けていた。本人を描く事が憚られたとしても、陰から思い表現する事は出来たはずなのに、思うこと自体を否定した。
 そして浩樹の絵は、本人にとっても初めて見る本当の自分を表せた絵は、柳にも同じ思いがある事を気づかせてしまう。本当は、何も諦めたくなんか無かったのだと。
 そこからはもう、どうしてそんな行動を取ってしまったのか、柳自身にも分からない。気づけば訳の分からない言い訳を繰り返しながら、過ちを犯してしまった。親友の絵を奪い、浩樹の得るはずだった名声を手に入れたのだ。
 そもそもの絵柄が似ていた上に、同時期に描き始め、同じ師に習い、同じ人を思い、同じものを見て、同じものを多く描いてきた。だから、その後も似せて描いてこれたし、それが不自然にも他人の絵にもなりはしなかった。
 そもそもの柳慎一郎の絵と、現在の柳画伯の絵にそれほど大きな違いは無い。それでも、それは柳慎一郎の絵とは明らかに違っていた。
 その後、浩樹は親友を一度も責める事無く、無言のまま姿を消した。柳がどんなに探しても、どんなに小さなコンクールであろうと浩樹の絵を見かける事は無かった。
 浩樹は、最高の絵を描いた。その結果、絵を描く事に人の心の影を感じる様になってしまった。
 己とその環境全てを分析し、全てに覚悟を決めて、思いを伝えようと描いた絵。結果がそうならば受け入れるしかないと、浩樹は諦める理由を前もって用意していた事に気づく。
 打ちのめされても、覚悟していたじゃないかと自分に言い聞かせ、それでも完全に絵から離れる事が出来ずに美術教師の道を選んだ。
 またも結論を選べなかった。完全に止めることも、立ち向かうことも、出来なかったのだ。
 覚悟を決めて、あの絵を描いたはずなのに。そんなに半端な絵だったのかと、そう自分に問いかけ。
 暗い部屋の真ん中で、止まらない涙を拭いもせず、一晩を過ごした。

 その、翌日だった。
 撫子学園に着任し、不在の理事長に代わって迎えてくれた校長への挨拶を済ませると、本格的な仕事は明日からで今日のところは帰宅する事になり、その帰り道。
 廊下でバッタリ会ったそいつは、今どき珍しく全ての教師の顔と名前を覚えていて、だから新任の教師など一目で見分ける、そんな勢い余った優等生だった。
「あっ、あのっ!」
「……ん?」
「美術部の、新しい顧問の先生、ですよね!?」
「ああ……。君は?」
「は、はい。私は美術部で、二年で、竹内麻巳と言って、その。ああ、もう、すみません。あんまり突然で、用意していた言葉が全部飛んじゃいました……」
 初めて会った頃から、竹内麻巳は真面目で優秀で熱血で、しかしどこかで少しだけ抜けている妙な奴だった。
 見ているだけで面白くて、話してみると更に面白くて、仲良くなるほどしつこく食いついてきて面倒くさい。気づけば浩樹は毎日のように渋面を作り、その何倍も笑うようになっていた。
 細かいことを考えさせてくれない猪突猛進な美術馬鹿っぷりは、危ない事まで考えかねない状態だった浩樹にとって紛れも無く『救い』だった。
 人は優しく慰められるより、振り回されたり、頼りにされたり、そうして自分の存在を求められる事に意義を得る事も有る。
 教師というのも悪くない、そう感じるまでに時間はかからなかった。
 だが、やはり美術部で――特に竹内麻巳の、若い情熱に触れるうちに彼らを眩しく感じるようになる。辛いと思い始めたのは、柳を本当の意味で憎まなくなってからだった。
 絵を描きたいと、思えるようになったのかも知れない。しかし、試してみてもやはり描けない。自らの欠陥を確認する作業でしかなく、それを繰り返すうち美術部からも距離を置くようになった。
 もっとも、せっかくの専属顧問を逃がす気など微塵も無い竹内麻巳が部長となった為、そのまま離れるという訳にはいかなかったのだが。
 思えば辛い思いをしながらも美術教師を続けたのは、竹内麻巳という存在に未練があったからなのではないかと、そう考える時も有る。どん底から救われたのは確かで、感謝の念も有った。だからこそ浩樹は、せめてこいつが卒業するまでは力になってやろうと、そう考えるようになる。
 部活にも、たまには頑張って顔を出す。最低限、不真面目な顧問を怒鳴る事でストレスも発散出来るだろうと、そんな風に考えていた。

「まるっきり逆効果ですよ」
「そうか?」
「私は温厚な生徒ですから。先生を注意する度に、心が痛むんです」
 夢はいつしか、見慣れた美術室へと場面を移す。
 浩樹にとって、麻巳にとって、一年前とは違う自分に変わっていった大切な時間。同じように、悪夢はやがて楽しい夢へと変化し、麻巳はベットの中で一人、密かに笑んでいた。



 目が覚めると、部屋はまだ薄暗かった。どうやら自室の様だけど、何がどうなって今に至るのかは思い出せない。
 手探りで電気を点け、明るくなった部屋で再び思考を巡らせてみる。
「そっか……」
 あれだけ衝撃的な出来事だから、ちゃんと目が覚めれば思い出すのは簡単だった。思い出してしまうと、どこまでも心が沈んでいく。
 お兄ちゃんの事を想い、激情を抑えきれずその親友である柳さんを殴った。しかも、自分の手による彼の流血で気を失う体たらく。
 ――私のことを、仇を討ったと褒めてくれるだろうか。
 考えるまでも無いだろう。そんな事、ある筈が無い。
 偉そうに、何様だと私は自己嫌悪を繰り返す。既に起きてしまった事、今更どうしようもなかった。
 それに、後悔はあっても謝罪する気にはなれない。許せないのは大切だという思いの表れだから。否定すれば、あの人を大切に思う気持ちまで嘘になる気がしてしまう。
「とにかく傷ついたのは私じゃないんだから、私が落ち込むなんて筋違いだよね。どうせなら、お兄ちゃんの望むことをしよう」
 ずっと思い続けた、家族の様な存在。そのくらいは、私にだって分かる。きっと、日常を求めてくれるに違いない。
 いつも通りの自分で居ること、それが即ち大切な人の負担を減らす事になるのだ。
 そうと決まれば、私はすぐに寝室を後にした。目指すはもちろん、お兄ちゃんの部屋――の前に。
 洗面所へ寄り、忘れずに顔を洗い髪を梳かして鏡に映った自分を隅々までチェック。おかしな所が無い事を確認したら、そのまま気合を入れて、改めての出陣だ。
「おに~いちゃ~ん……?」
 そろり、そろりと廊下を進み、お兄ちゃんの部屋のドアを慎重に開く。顔を覗かせ様子を見れば、ベットの上には確かに一人分の膨らみ。私は密かにほくそ笑んだ。
 時刻は朝の六時過ぎ。私が普段起きる時間よりずっと早いけど、お兄ちゃんなら恐らく早すぎるという事も無い時間帯。いつもとは逆に、私が起こすには絶好の条件だ。
 まだ寝ているなら、叩き起こして驚かし、そのままいつも通りの朝食を迎える。昨日の今日だけど、これだけのスタートダッシュを決められればお兄ちゃんも余計な気を使わずに済むはず。
 でも、いざベットに近づき人型に盛り上がっている布団を見ると、悪戯心が頭を擡げてくる。
 迷ったのは、せいぜい十秒。
 私はベッドに近づくと、足元からベットに潜り込んだ。そのままもそもそと、頭の方へ這い上がっていく。
 頭を出したら、愛しい義兄を間近に見て、優しく起こしてオハヨウと言ってあげるのだ。きっと、最高の目覚めになる。
 その瞬間を想像しながら、私はやっと暗いトンネルを抜けた。そして、標的にしがみついて元気良く挨拶。
「お兄ちゃん、おはよう。朝だよ~」
 違和感を感じたのは、やっとその瞬間。抱きついた相手も眼を覚まし、私はその見覚えのある顔立ちを間近に凝視する。
 整った――しかしいつもの凛々しさは影を潜め、寝ぼけた緩みが一杯の表情。
 有り得ない人が、絶対に居てはいけない場所で寝ている事実に、私は驚きのあまり絶叫するしかないのだった。



「なんだどうしたなにごとだ!?」
 突如響き渡った悲鳴に、三人分の朝食を準備していた浩樹は慌てて自分の寝室へと向かった。
 ――昨晩、浩樹は眠ってしまった麻巳を自室のベットに運んでやり、自身はリビングのソファで寝た。運ぶ時は仕方が無いが、流石に寝ている最中の部屋へ入るのは憚られる為、朝は起きてくるまで待つつもりだった。しかし親御さんから預かっている生徒に何かあってはならない。言い訳にも聞こえたが、今は悩んでいる暇もなかった。
 そうして部屋に飛び込むと、ベットの上には二人の少女。一方が、もう一方に抱きついている。襲われていると見えなくも無いが、どうも様子が違う。
 まだ寝ぼけた顔の少女――麻巳は反応が鈍く、横になったままぼんやりと薄目を開けているのみで身動き一つしない。対照的に驚きに満ちた表情で抱きついている少女――エリスは、二人の顔を何度も交互に見比べ、抱きついていた麻巳から慌てて離れた。
 そのままベットから飛び出したエリスは、今度は浩樹に向かって怒りも露に詰め寄る。
「お兄ちゃん! どういう事なの!?」
「いや、まて。まずは落ち着け」
「女の人を連れ込むなんて!」
「何だか知らんが勘違いをしているぞお前は」
「しかも生徒を! よりにもよって竹内部長に手を出すなんて!」
 まるで聞く耳持たずに胸元を掴んでガクガクと揺さぶってくるエリスに、浩樹は早々に言い訳を諦めた。何しろ説得するにはより適任が居るのだ。
 浩樹は助けを求めるように、まだ目を擦っているその人物の方を見る。
 視線を向けられた麻巳は、幾分目が覚めてきたものの、状況が飲み込めないようでキョロキョロする。とはいえ話を全く聞いていなかった訳でも無いらしく、しばらくして得心したように手を打つと浩樹を指差した。
「……へんたい?」
「おいーーっ!」
 見事なトドメに今度は浩樹が絶叫し、エリスが発狂する。
 ろくに寝ていないというのに、浩樹は手のかかる義妹を宥めるために朝っぱらから更なる労力を払わされるのだった。



「あはははは。すみません。ちょっと夜が遅かったので……。普段が早寝なのもありますけど、疲れもあったんでしょうね」
 我ながら白々しい笑いだとは思いつつ、先程の出来事を思い出す。
 本来なら礼を言ってしかるべき立場なのだが、寝惚けた人間というものは酔っ払いと大差無い。マトモな判断を望む事に無理がある、という事でご勘弁願いたい。
「まあ、お前さんのボケた姿は一見の価値があったけどな」
「そこだけは、忘れて頂けませんか……?」
「無理だな。こちとら、世話焼き尽くしてる義妹に危うく殺されるところだったんだぞ」
「だから謝ってるじゃないですか」
 先生はまだムスッとしている。しかし、そもそも鳳仙さんの癇癪はそこまで酷くはなかったのだ。
 確かに彼女の背負った殺気は、直接向けられた訳でもない私が一瞬で覚醒する程だったが、あの細腕で何度叩かれようと部屋にあったクッションによる打撃が効いたとは到底思えない。どらかといえば、行為自体はじゃれ合っている様にしか見えず、実に微笑ましいものだった。
 とはいえ現に顔色はあまり良いとは言えず、睡眠不足も重なれば精神的には多少なり堪えたのかも知れない。話が話だけに、思うところがあってまともに寝ていない可能性は大きいが、そこはあまり触れるべきではないだろう。
 私はちらりと鳳仙さんの方を見た。彼女は膨れっ面のまま、先生の作ったベーコンエッグを黙々と食べている。頬が食事中のリスみたいに膨れているのは詰め込みすぎだから、という理由だけではなさそうだ。
「……で、まだ聞いてないんですけど。どうして竹内部長が家に居るんですか?」
 話が途切れたからか、彼女は不機嫌も露に尋ねてきた。素直で人当たりも柔らかく、何より私を慕ってくれる彼女がこんな感情を向けてくるのは初めてかも知れない。
 私は軽く傷つきつつも、何とか言い訳を考えてみた。
「もちろん、昨日の事でよ。貴方の事が心配だったから、一緒に泊まらせてもらったの。部長として付き添った責任もあるし……それに、少しは話を聞かせてもらえるかも、という期待は否定出来ないわね」
 ですよね先生? ――なんて、アイコンタクトを試みる。
「まあ、そんなところだ」
 酷い棒読みの台詞が返ってきたが、私も妙に早口だったので他人の事は言えないだろう。気の利かない先生にしては上出来としておき、私は心の中で拍手を贈った。
 しかし、鳳仙さんはまだ納得しかねる様子。
「お兄ちゃん、私の悲鳴を聞いて来たのに迷わず竹内部長の所へ行ったよね……」
「ん、何か言ったか?」
「なっ、なんでもないもんっ!」
 鳳仙さんは慌てたようにそう言って、今度こそ完全に拗ねてしまった。
 しかし、これも兄弟喧嘩という名の団欒風景と言えなくも無い。私は平和な日常だと受け取る事に決めて、ありきたりなメニューにも実に気分よろしく舌鼓を打つのだった。



 昨日の話は心にしまって、ただ糧となることを祈ろう。知らないままより一歩多く進めたと、不真面目なようで優しい師匠に見せてやればいい。
 彼は確かに全てを語ってはくれたが、これ以上踏み込むのは憚られる。傷に触れる権利はさすがに無いと自覚している。それでも私の為になるならと話してくれた先生に、自分も日々を過ごしながら何かを返していければと願う。
 今日からまた頑張ろう。どれだけ描けるか分からないけれど、とにかくキャンバスに向かってみよう。悩んだところで結局それしか無いのだし、いつ何が変わるとも知れないのだから。



























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2009/09/23(水) 00:04:50|
  2. 第七話

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