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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

Chapter 7-2

「どうして。なんでここにあるの? お兄ちゃんの絵が――それも、見たことも無いほど素晴らしい絵が!」
 私は感情に任せて叫んでいた。それは涙の代わりだった。
 本当はずっと疑っていたのだと今は分かる。どこかで、このアトリエで確認しようという気持ちもあったかも知れない。ただ、自覚が無かった。心の準備なんてまるで出来ていなかった。
 しかも、この素晴らしい絵は霧さんを描いたものだった。その思いが誰にでも分かるほど強く籠められた、告白としか思えないような絵だった。
 だから、なのかも知れない。柳のお兄ちゃんが描いたにしてはおかしな絵。むしろ、お兄ちゃんのそれにそっくりな絵。でも、実物を見ていないからハッキリとは断言出来ない。間違いかも知れない。
 そう、自分を説得して、それを今の今まで信じきっていた。
 或いは、霧さんも気付いているのかも知れない。それを放置し続けて、お兄ちゃんが絵を描けないまま何もしなかった。だとしても、同じ事をしている私には責める資格なんてない。
 最低だ。誰より自分が最低だった。自身の心を守ろうとしたまま、知らぬふりをして半端にお兄ちゃんに絵を描かせようとしていた。ずっと、気付けたはずのことに目を瞑ったまま、大切な人の一番触れて欲しくない部分を、土足で踏みにじっていた。
 私はこの場で全てを理解した。自分を許せなかった。でも――。
「それは、これが僕の作品ということになっているからだよ」
 でも、目の前のこの人は、あまりにも憎みやすい立場に居た。自分への憎悪や後悔など、容易く吹き飛んでしまうほどに。
 激情は全て、一瞬にして柳さんに向いてしまっていた。はけ口を求め、私は彼に詰め寄る。
「あなたが、そうなんですね。お兄ちゃんが絵を描かない理由」
「そうだよ」
 平然と頷く彼の顔を、私はもうまともに見られなかった。視線を床に落とし、こみ上げてくる何かに耐える。
 ――耐える? 何故?
 吐き出してしまえばいい。自分にはその権利がある。この人は、それをぶつけられて当然の事をした。
 それでも何かが歯止めとなっている。本当は分かっていた。他人の事が言えるものか。私はお兄ちゃんを、その絵を好きだと、大切だと言いながら――一体何をしてきたというのか?
 それに、本人が何も言わない。二人の間では決着のついた話かも知れない。そんなことをした理由も分からない。ここで全てをぶつけても、単なる自己満足だ。話を大きくしても、お兄ちゃんが傷つくだけかも知れない。
 理性の部分が何とか激情を押さえ込もうと必死に理屈をこねていたけれど、限界はすぐにきた。
 自分の最も深い部分に何年も居座り続けた人に対する、最悪の裏切りなのだ。あの暖かい心をどうして傷つけることなんて出来たのか。私には理解出来ない。共感出来ず、同情すら出来ないのに耐えられるはずなんて、最初から無かったのだ。
「なんで。こんなの酷すぎるよ。人間のすることじゃない!」
 零れ落ちる雫が床を濡らし、それが合図だったかのように抑えていた感情が一気に噴き出してくる。
 私はあらゆる罵詈雑言を浴びせた。聞くに堪えない、自分の中にこれほど暗い感情があったのかと思えるほどのそれは――怒りというより慟哭だった。
 泣き叫び、文字通り涙を振り飛ばしながら糾弾する私。思いつく限りの言葉を浴びせ終わり、息も絶え絶えに彼を睨みつける。
 それでも彼は動じなかった。いや、傷ついたように瞳が揺れる。だけど、それも一瞬。
 血が滲み、雫となって床に落ちていく。彼は拳を握り締めていた。それでも表情は少しも崩さず、なお平静な声が言葉を紡ぐ。
「そのとおりだ。僕は、そういう人間だ」
「ーーっ!」
 この男は私の話を聞いていたのか。その姿は、私の神経を更に煮立たせる。
 次の瞬間、重い打撃音がアトリエにこだました。自分で生んだその音に驚き、私は正気を取り戻す。
 私は反射的に彼の頬を叩いていた。当然のように何も気が晴れない。むしろ、逆だった。
 叩いた手に、じんわりと痛みが広がる。同時に生まれる後悔。それでも衝動は止まらなかった。
「お兄ちゃんの絵は、私にとって全てだったのに!」
 言葉と同時に、私は身体ごとぶつかっていった。彼の身体を壁に押し付けながら、胸板に何度も何度も握り締めた手を叩きつける。
「撫子に入って、やっと肩を並べて一緒に絵を描くことも出来るはずだったのに。夢を見て、ここへ来たのに!」
 彼はただ、黙って私の行為を受け入れている。
 平気だったはずがない。傷ついていたのはお兄ちゃんだけのはずがない。だから彼は私に何も言い返さない。
 自分を弁護する言葉なんて、いくらでも思いつくのが人間だ。それをしない彼の心中を、私が何も分からないはずが無いのに。
「あなたが壊したの? 全部、何もかも! お兄ちゃんの夢も、私の夢も! 全部奪って自分だけが手に入れて!」
 痛いのは柳さんのはずなのに、一方的な暴力は私自身をも傷つけていた。それでも、頭の中が真っ白になった私は、もう自分を止める術を持たなかった。



 非力な少女の腕とはいえ、無防備に打撃を受け続ければ相応の痛みを生む。しかも錯乱している相手だ。
 肋骨にヒビの一つくらいは入っているかも知れない、と冷静に考えながら、それでも僕は甘んじてそれを受けていた。
 誰も責めてくれない。そんな自分を許せる日など永遠に来ない。そのはずだった。
 でも、この少女は自分を責めている。優しい心の現れだ。その思いの先が、何よりも――自身よりも大切な親友に向けられていることを嬉しく思う。
 同時に、そんな事を思う資格の無い自分を責める。
 だから、汚い自分を存分に罵ってくれるエリスちゃんの心に、僕は共感していたのかも知れない。
 彼女と一緒になって、自分を責めている自分がどこかに居た。やっと、自分の気持ちを本当の意味で知れたのだと思った。
「返して……っ! 返してよぉっ……!」
 胸が痛かった。決して叩かれた事だけが理由では無い。それでも、僕は彼女に感謝の気持ちしか抱かなかった。
 ――どれだけの間、それは続いたのだろう。エリスちゃんは、やがて力尽きたように膝をついた。それでも軽蔑の炎は瞳から消えず、僕を睨み続けている。瞳からは複雑な感情の絡まりあった涙がとめどなく溢れていた。
「すみません。でも、私はあなたが許せません。そうしようと努力する気もありません」
 まるで神に祈るキリスト教徒のような姿勢で、自らを抱き締めながら何かを押さえつけるように彼女は言った。
 これくらいで気が済むはずがない。責め苦は永遠に続くべきだ。しかし、そうすれば彼女も傷つくのだろう。
 あとは自分で続けていくことだ。願わくば、この優しい少女の胸に傷が残ることの無いようにと祈りながら、僕は終わりを宣言するように言った。
「分かっている。それは僕も同じだよ。一生、許しはしない。君を巻き込んでしまったね、エリスちゃん。ごめん、それとありがとう」
 彼女が、驚いたようにこちらを見上げてくる。僕は静かにその視線を受け止めた。
「君は間違っていない。僕はむしろ感謝しているんだ。罪を再認識出来た。必要なことだったんだよ。だからまた、これで先に進める」
「ふっ……ぅぐっ……」
 優しく言ったつもりだった。それでも彼女は、より一層苦しそうに止まらぬ涙で悲しみに染まっていく。
 ああ、僕はまた傷つけてしまった。どうすればいいのだろう。何をすれば、いいのだろう。
 ――油断すると、すぐに弱音が湧き上がる。駄目だ。ただ進もうと決めたじゃないか。戻ってはいけない。
 後悔するより前に進め。傷つけたと思うなら、癒す努力をして見せろ。柳慎一郎という最低の男に許された道は、それ以外に無いじゃないか。
「ごめん。余計なものを背負わせてしまったね」
 優しい言葉をかけてみることくらいしか出来ることなど無かった。もし、この薄汚れた男に、僅かでも優しさが残っているのなら。この少女を癒して欲しいと心から願う。
「でも、もうすぐだ。彼のことは何とかする。してみせる。そうでなければ、僕は逃げ出すことすら出来はしないのだから……」
 どんなに言葉をかけても、心にまでは届かない。自分の汚れた言葉など、何の意味も無いものだ。
 自身をも軽蔑するように泣き続ける少女を前に、偽者の大物新人画家の肩書きなどひたすら無力だった。
 彼女を抱き締めて、真に癒してやれる人はここに居ない。いや、彼は慰める側ではないはずなのに。それでもいつも、誰かの支えになっている。そういう男だと、僕は誰より知っている。
 何しろ今の自分ですら、彼に支えられる事で何とか立っていられるのだから。



 鳳仙さんの糾弾を遠くに聞きながら、私は漠然と自己に埋没する。
 考えているのに、何を考えればいいのかも分からず、とにかく考えているのだ。
 何のために? 誰のために?
 ――気が付くと、いつの間にかアトリエは静かになっていて。鳳仙さんを抱えた柳画伯が、ふらつく足取りでこちらに近づいてくる。
 彼の姿が、唐突にぼやけた。
「あ……れ……?」
 気づいたのが今だっただけかも知れない。いつからだろう。冷たい雫が、私の頬を濡らしていた。
 次々と溢れてくる涙をひたすらに拭うが、切りが無かった。
「なんで……私、こんな……うっ……ひぐっ……」
 自分が酷い目に遭った訳でもないというのに、やがて嗚咽を繰り返し鼻まで出てきた。ああ、そういえばハンカチとチリ紙はどこだろう。いつでも忘れず持ち歩いていたはずなのに。周りがよく見えなくて、探すにも探せない。
「涙を拭うなら、まず眼鏡を外した方がいいと思うよ」
 近くから声がして、そちらを見ると誰かがタオルを差し出していた。
 誰なのか、考えるまでも無かったが。考える余裕もなくしていた私は、反射的にタオルを受け取り、眼鏡を外して、それを顔に押し付ける。少しだけ落ち着けたので、涙の理由を考えてみた。自分が悲しんでいるのか、怒っているのか、或いは偉そうに同情などしているのか。それすらも判然としない。
「君は優しい子だね。……本当に、彼そっくりだ」
 酷い、あまりにも。そのはずの人の言葉が、私に全てを悟らせた。
 きっと、この頬を濡らすものは『共感』なのだろう。
 彼女――鳳仙さんの怒りは、大切な人を傷つけた『敵』への拒絶反応だった。でも、私には単純にそう断ずることが出来ない。冷たい、と言われたら否定するのは難しい。しかし、私にはそうした行為に及ぶ者の気持ちが少しだけ分かってしまう。
 才能が届かず、置いていかれる者。自己の無価値化。焦燥。
 それらに負けて、自らの居場所を壊してしまった者。
 やっと夢に届いた才能を、親友の裏切りにより壊されてしまった者。
 才能に恵まれ、努力すれば届くと必死に信じることすら知らない者には、到底立つことの出来ない場所だった。その感情を柳画伯に植え付けた人も、きっと自らの義妹に対して同じ感情を抱いた事があったに違いない。だからこそ、素直に怒りをぶつけられない。自らを見ている気がして。
 私も、きっと同じだった。その牢獄の苦しみを知る人に助けられて、やっと抜け出せた。だから、もし私に大切な『出会い』が無かったのなら。この人は未来の私だったかも知れない人。彼がこうならなければ、今の上倉先生が居なければ、目の前に居るのは私だったかも知れない。
 いや、私にはそうなる事すら出来なかっただろう。戦おうともせず、一度は絵自体から逃げ出そうとしたのだから。この人より、自分は余程卑しいと。そこまで、思えてしまって。
「ふっ……うっ、ひっ……」
 また、嗚咽が止まらなくなる。
 何度も山を繰り返して、その山が小さくなって、やっと泣き止む。本当に、なんて恥ずかしい。なんて情け無い。思考は既に理性を取り戻しているのに、見た目はこんな小学生みたいな。
 でも、私は。竹内麻巳だから。あの人の、一番弟子として胸を張りたいから。
「ひ、酷い、です……」
 彼は――きっとすぐそこに居る柳画伯は。まともに喋れない私の言葉を、根気よく待ってくれている。
「こんな、辛いのは、酷い、です……」
 想像しているだけの私が、こんなにも。この人たちは、そこから抜け出せずに縛られ続けている。そんなのは、そのままでいいはずが無い。
 ――果たして、こんなにも拙い言葉が届いてくれるのか。
 でも、きっと。先生からもらった、私の気持ちは。
 今すぐに彼を笑顔に出来なくても。
 この場で受けた痛みを、少しは和らげてくれると、私はどこかで信じていた。
「本当に、優しい子だ……」
 声が穏やかで、だから私は少しだけ安心する。
「もちろん、誰かのために怒れるのも優しさだよ。有難うと、彼女には伝えておいて欲しい」
「あの……?」
「あまり、見られたい状態じゃないだろう。僕はしばらく他の部屋に居る。先生に迎えに来てもらえるようにと連絡しておくから、それまでここで待つといい」
 大変な迷惑をかけてしまい、その上――とも思ったのだが、気絶してしまったらしい鳳仙さんの事も有る。ここは甘えることにした。
「……君は風景画が好きな様だけど」
 去り際。扉を開ける音がした後に、ふと思い出した様に柳画伯が振り返る。
「人物画の方が合っているかも知れない。人を見て、感じて、その人への真っ直ぐな感情を絵に起こすんだ。人を描いても、それは風景の一部として描くのではなくて。度が過ぎるくらいに入れ込んで、ありのままではない対象への自分の感情を表すんだ。人を描く事で自らの思いを伝える、という行為は、浩樹もあの時の絵で初めて――」
 場にそぐわない、熱を帯びた口調になっていく。いつの間にか私の状態も落ち着いてきたので、タオルから顔を上げて柳画伯を見上げてみた。
 眼鏡は外したままなので視界はぼやけていたが、恐らく自分を恥じているんだろうな、ということくらいは想像出来る。頭に血が上りすぎて失敗する時の私とよく似た空気だったので、何となくそう思えた。
「いや、その。ここまで喋る気は無くて、ちょっとしたアドバイスのつもりだったんだ。いけないね、絵の話となるとすぐ興奮して、喋りすぎてしまう」
「少しだけ、分かります」
 微かな感情だったと思う。けれど、私の表情はきっと笑顔だっただろう。
 柳画伯が困ったように息を吐くのが聞こえた。
「参ったね。君と話していると、本当に……浩樹にそっくりだと、思う。彼に似ているからかな、こんな事を言い出してしまったのは。きっと、嫌われたくないんだろう」
「……聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「さっき、あの時初めて、と仰いましたよね。それは、どういう意味ですか?」
 私は眼鏡をかけて、クリアになった視界の中心で彼の表情を注意深く観察する。
 自分だけの話ではないから、だろう。しばらく言い淀んでいた彼は、
「君は彼と似ている。人としても、恐らく絵描きとしてもだ。彼の側に居るだけで、君の絵はきっと成長しているに違いない。今の僕は、彼の絵を見たいと願っているけれど――そうだね、あるかも知れない。その絵が、彼自身ではない者の手による事も」
 去り際にそういい残し、彼は今度こそアトリエから去っていった。

























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2009/04/26(日) 00:11:11|
  2. 第七話

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