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竹内麻巳SS倉庫

Canvas2というゲームで、美術部部長の竹内麻巳のSSを掲載していく予定です。

砂上の楼閣

 時は2000飛んで9。
 此処は、あらゆるルートで全てのヒロインと結ばれた記憶を持つ主人公と、自分だけが主人公と結ばれた記憶を持つヒロインによる、所謂修羅場空間――――のはずがなく、単に放課後暇で暇で死にそうだった浩樹がたまたま美術部室に残っていたふたりの少女を相手にだべっているだけである。
「時に君たち。もし一つだけ願いが叶うとしたら、どんなんがいい?」
 浩樹の巣こと美術準備室を拠点としたおしゃべり会にジャンルは無用。良い歳扱いた大人が、頭にお花畑を咲かせているとしか思えぬ問いを投げ掛ける光景は見ていて些か悲しいものがあるが、それでも斯様な無茶ブリにも律儀に付き合ってくれるところに彼女達の優しさを感じる。
「夢って事は……それは叶う可能性を考慮しての話よね?」
 まず先に口を開いたのが朋子だった。それまで机に腰掛けるという行儀悪い体勢で可奈の新作を読み耽っていた彼女は、か細い人差し指を下唇に添え、妙に神妙な面持ちで訥々と語る。
 適当に垂らした撒き餌に魚が食い付いた事に浩樹は満足気に頷き、
「飲み込みが早いじゃないか、藤浪」
 褒美とばかりに朋子の頭を乱暴に撫でてやろうと右手を差し伸ばした。が、朋子は自らに向かってきた手を小説で軽くいなし、そして空いていた方の手で、笑んでいた浩樹の顔に容赦ない全力ストレートを打ち込む。瞬間、ボクシング漫画みたいに血飛沫が舞った。そう、野良猫に餌をやろうとすると基本引っ掻かれる。ここしばらく朋子が大人しくしていたため、浩樹は野生動物が持つ習性を完全に失念していた。
「な、何しやがるんだ馬鹿野郎! 顔のど真ん中にフルパワーでのストレートとか、俺が厨二病じゃなかったら死んでるところだぞ!」
「いっそ、そのまま死ねば良かったのに」
「あ、てめ! どさくさ紛れに本音を言いやがったな!」
「あー、では私は先生が空気を読んでくれる事を夜空に輝く星々に願ってみます」
 そうしたふたりのやりとりを眺めつつ、呆れる風に言葉を紡いでいくのが麻巳だ。窓から差し込む陽の光に反射し、キラリと輝く銀縁の眼鏡はトレードマーク。如何なる時も委員長然とした姿勢を崩さない彼女は、パンパンと二三度手を合わせ鳴らし、たちまち罵詈雑言の応酬となりそうな場に冷静を促す。
「ばっか、俺ほど空気が読める人間はなかなかいないぞ。あまりにも敏感なものだから巷では先端恐怖症の上倉と言われてるんだぜ」
 粗相のお仕置きとして朋子の頬を目一杯引っ張りながら浩樹。
「いや、例え話の意味がメガトン級に解りませんし。強いて言えば先生が近所でろくでもない扱いをされている事だけはしっかりと理解できましたが」
 鼻から大量に血を垂れ流し、けれど得意げに朋子の頬を引っ張っている浩樹の姿はまさに変態以外の何物でもない。一般人ならまず近付かない。幼児に近付いたら間違いなく即輪っぱが掛けられる。近付いてはいけない、近寄られてはいけない。要するに古人曰く、触らぬ神に祟りなしだ。……が、しかし、時として虎穴に突貫しなければならない事もある。それが今だ。陰と陽、まったく違う物事の考え方をする教え子ふたり、でもでもこの時の彼女らの心は見事に一致していた。浩樹の相手をしてやらない内は家路に就けない、と。
「俺が近所でどんな評判を勝ち取っているかはどうでもいいからな。今は俺じゃなく、お前達の話をしよう。
 夢――、ぶっちゃけ開口一番何を言い出すんだこいつと俺の正気を疑っただろう。だが、それも理由があっての事なんだ。つまりアレだ。あんまし大きな声では言えないんだけどな、実は、後日に控えたちょっとした催しでお前らの望みが叶うらしいぞ。Aチームばりに無謀な野郎共がお前らの夢を叶えてくれるんだ」
「へー」
 ようやく頬伸ばしから解放された朋子が、額に尋常じゃない数の青筋を立てて言う。
「ふーん」
 どうせいつもの妄言だろうと麻巳が布で眼鏡を拭きながら答える。
 聞こえよがしとばかりに大仰に口伝された話を告げる浩樹とは対照的に、ふたりの反応は至って冷めたものだった。慣れとは便利なモノだ、と麻巳は思う。平生の浩樹の口からでまかせライフワークを間近で見ている内に、並大抵の事では驚かなくなっていた。冷静沈着、というか冷め切った性情をした朋子も然り。
 反面、浩樹が口をぽかーんとさせ、如何にも驚いていますといったリアクションをしていた。何に驚いたかと言うと、空気……そう、すべった空気にだ。最近この貧寒とした状況に似た感覚を味わった覚えがあるなと記憶を掘り下げてみたら、それもそのはず、年末での忘年会、無礼講を謳う教頭の厚意に甘え、彼のズラをモンスターハンターした時の場の空気に酷似していた。静まり返る面々の中で唯一霧だけが我関せずと飯を喰らっていたあの日を。
「お前ら、明らかに俺の頭の造りに疑念を抱いているだろ。嘘じゃないぞ。俺は確かに耳にしたんだ。そういう事にかるかもしれないってお隣のおばちゃんから」
「でもさ、今更そんな事言われても信じられるはずがないでしょうよ。つうか、あんた、ガセ情報誌にしょっちゅう出てくる芸能通や政界要人とかと同じ匂いがする。言葉の一つ一つが胡散臭い事この上ないもの。故に今の私ができる事は、あんたをお祖母ちゃんスマイルで見つめる事のみ」
「ここは藤浪さんに同意しておきます。怠け癖に妄想癖って、先生、いよいよ人生のREDリングが点滅し始めましたよ」
「クッ……お前ら、口を揃えて教師を馬鹿にしくさってからに……」
 ここまで生徒に馬鹿にされる教師というのも珍しいだろうが。
「ええい! じゃあこの際おばちゃんの話が嘘でも構わん! お前ら、最後の夏を控えた高校球児ばりに夢を語れ。語りやがれ。ちなみに拒否権は無しな。――はい、つーわけで時間も勿体ねえし、スポンサー上倉による朝まで夢TVをスタート!!」






          (中略)




 ②朋子のターン

「幼年期から今日に至るまでの様々な悲惨な経験を経て、私はようやく一つの結論に辿り着いたの。――私、誰も知らない島に永遠に引き籠もるわ」
 スチール缶をも捻り潰さん程に力強く右拳を握り締め、たぶん親御さんが訊いたら即座に両膝をついて噎び泣く台詞を威風堂々と語り始める朋子。近頃になり漸う気を許せる友人が何人か出来始め、陰気だった性格そのものも徐々に明るくなってきたとはいえ、彼女がこれまで盲信的に築いてきたHIKIKOMORIライフが精算されるはずもなく。むしろ光が強く当たれば当たる程、影とは自らの存在を強梁に際立たせるのである。
 さあ、目かっぽじってよく見ろ、あの瞳から滴り落ちんばかりに漲ったインドアライフへの情熱を。床に片膝を付いて崇めろ、今にも黄金色に輝き始めんとする神々しいポニーテールを。
「何故に無人島に引き籠もろうとするんだお前は。スケールが無駄にでかいよ。ていうかそれは引き籠もりじゃなくて、もはや鎖国の域だよ」
「相変わらず馬鹿ねえ。盛大に足りていない頭ながらにようく考えてみなさいよ。学園ラヴストーリーの外伝と言えば、無人島での遭難と相場が決まっているじゃないの。鉄板よ、鉄板。英語で言うとアイアンボード。タライを落とせばすぐさま万雷の笑いに包まれた、古き良き時代より大切に……大切に受け継がれてきた聖なる系譜なのよ」
 何とはなしに右手をひらひらとさせ、鉄板ネタに対する彼女の崇めに近い口調が物語っていた。
 だからこそワゴンセールなる、哀愁感バリバリの惨劇が生まれてしまったのだ、と。
 先人が築き上げた偉大なる格式に甘え、自らの頭を働かせる事を放棄し、そして遺産を食い潰すかのように乱発しすぎたがために。ある日、進化を怠った人間を見るに堪えかねた神が言った。我は七日目にポーカーを作ったと。その後、Like a 雑伎団によるポーカーが日本を震撼させたとは言うまでもない。
「そらまたワンパターンな考えをお持ちでいらっしゃって……なんだろうな、毎度毎度お前と話していると昭和の匂いを感じざるを得ない。まるで同世代の友人と語らっているようだよ」
「ワンパターンとは失礼な。聖書に誓うくらい万感の敬意を込めて王道と言いなさい。英語で言うとオードー」
「生憎様、俺は目の前の老いぼれに米のモトを寄越せと言ってやれる、向こう見ずなタイプの人間でね。で、改めて訊こうか。箸にも棒にもかからない先人の想いを一途に継ごうとする藤浪さんちの朋子ちゃんは、無人島に引き籠もってなにがやりたいのかな? ひとりでLOSTごっこでもやる気か?」
「かー! あんたもつくづく飲み込みが悪いわね。私も改めて言おうかしら。あんた、その年でもう脳細胞ほとんど死んでるんじゃないの? あー、ヤバイヤバイヤバイヤバイ。人間、歳を取るのは仕方ないとしても、こうは成りたくないわー。
 つまり、よ。先駆者達が後者のために設えてくれた法則、“ある日突然無人島で遭難、気になるアイツと二人っきり!?”。 聡明で敬虔なる藤浪朋子はこれを実践するために、無人島を拠点にした小規模テーマパーク“FUJINAMIランド”を作ると決めたのよ。おわかり?」
 稀にマイナーリーグの記号とも揶揄される(浩樹Only)貧相な胸に手を当て、饒舌且つ雄弁と論じ始めた朋子を前にして、浩樹は久々にこう思った。やばいくらい意味が解らない。
「なんだそりゃ。軽くざらっと想像してみた感じ、ヒッキー、ミニートとかヘンテコ極まりないマスコットがわんさか登場するイメージが浮かんだぞ、藤浪ランド。すっげえ嫌な話、ろくでもない夢ばっか溢れかえってそうだ。登場する誰も彼もが楽をする事のみを考えてそうっつーか」
 思考力を馬鹿にされた事に対してのお返しも含め、引き籠もりがちな園長だけにな、と浩樹は意地悪めいた顔容で続ける。特撮戦隊モノの黒幕っぽく喉をクックと鳴らし、机に置きっぱなしになっていたエリスの小筆を拾い上げ、クルクルと人差し指と中指とで廻していく。平然を装う事こそ何よりの嫌味だとヒネクレ族の長に君臨する彼は知っているのだ。
「そうねえ、じゃあせっかくだし真似する人間が後を絶たない程に大人気のキャラクター、暇のプーさんはあんたにやらせてあげるわ。残念ながら私の周りにはあんた以外にそれらしい人間が居ないしね。宇宙船地球号FUJINAMI、クルーは私とあんたのふたりでスタートよ」
 しかし、そうした一癖在る皮肉に対しても朋子は動じる素振りさえ見せず、当然のように彼女印のパンチの効いた皮肉で倍返し。口撃勝負で彼女の右に出る者は恐らく撫子、いやこの島国には存在しまい。 首の角度を少し持ち上げ、これ以上ないくらい不敵な笑顔でケッと毒突き一発。かつて切れたナイフと全校生徒に恐れられた彼女十八番の攻撃的な風体である。この強気な仕草を見せ付けられるや、浩樹は、自分よりもずっと身長が低い少女に見下ろされている風な錯覚に陥るから不思議だった。
「こらこら、稀代の真面目人間に向かって平然とプー太郎呼ばわりするんじゃないよ。兎にも角にも敬意の欠片も無い奴だな、お前って女の子は。歯に厚手のコートを着せろ。顔も知らない正体不明の先人に敬意を払うよりも俺を労えっつーの」
 Not 敬意にバキバキ辟易。たぶん朋子は自分を教師だと考えていないのだろう。論より証拠。表敬の証である敬語を絶対に使わない事といい、あくまで友人と語らうようにフランク且つ刺々しく接してくる日常生活そのものが浩樹が敬われていない証左と言える。
「お前は社会に出たら苦労しそうだよ、ホントに。お前の前じゃじゃじゃ馬という表現すら生易しい」
 僅かなりに眉を撓めてそう苦言を呈しつつも、まあ、彼女独特の傲慢な振る舞いにもすっかり馴れてしまったのだけれど。
 何処に何が、何が何処に、そんな勝手知ったる美術部室。
 落書きすら描こうと思わない癖して、突然美術部に入部してきた女の子。
 猫マークのマグカップを皮切りに、日に日に増えていった彼女の私物。
 いつもと何一つ変わらない、永遠時代へ続いていくかったるくも楽しい普遍的な日常。
「あら、60億人が息づく広い世界、ぐうたら人間に敬意を払う奇特な人間なんて何処探しても見付からないと思うわよ。駄目に駄目と言えない。それこそ不敬の在り方じゃない」
「だから俺はぐうたら人間なんかじゃないってば。ったく、俺がプー太郎ならお前はなんなんだよ。アラフォーに突入しても尚も三高を追い求めるミニートか? それともお前と性別は違えど、ヒッキーの永遠のライバル、ニートを演じるのか?」
「私? ハッ、私はツンデレラ姫に決まっているでしょうが」
 一足す一は二に決まってるでしょう? これだからゆとりは……――みたいな不届き千万な思慮を巡らせているとありありと窺える、モロ上から目線での嘲笑。エリートを気取るように髪をふさっと掻き上げれば、整えるのに一時間以上も費やすと噂される完全無欠のポニーテールが煌びやかに舞う。
 次の瞬間にでも足を机の上に放り出しかねない傲然極まりないオーラ漂う朋子は、浩樹を小馬鹿にする風に一瞥しながら立ち上がり、足に羽が生えたように軽快に窓まで歩いていく。春の訪れを感じさせる緩やかな風になびいたカーテンを左手で押さえ、まるで日本刀で切り落としたような晴れやかな青空を見つめる朋子の瞳には達観したものが閉じ込められている。
「藤浪ランド――それは世界中のネガティブな人間が見た光、ネガティヴ過ぎた私が見せる希望。藤浪ランド――それは触れ合いを苦手とする者達の救いの場、幸せの青い雲」
 詩を歌うようにぽつりと漏らす、とあるCMめいたキャッチフレーズ。
「唐突に懐かしいフレーズを織り交ぜるな。少年時代を思い出して鬱になる。嫌な意味で童心に帰れそうな遊園地だよ」
 ネガティブ党代表の朋子の手に掛かれば、かのオトナ帝國に真っ向から中指を突き立てる逆ノスタルジーな催しがわんさかと用意されていそうだ。幼年期に画用紙に書き殴った夢と現実を知ってしまった大人時代、混ぜるな危険。入浴剤と洗剤の組み合わせよりも危険度が高い(むしろコンボ)。
「そもそも無人島で遊園地を開く目的はなんなんだよ」
「ん、別に遊園地が開きたい訳じゃないわ。単に、気心知れた仲間達でひっそりと楽しく暮らしていければいいなって思ってるだけ。ふふふ、結構可愛いでしょ、私の夢。あ、さっきも言ったけど、あんたはもうキャストに決定してるから。もちろん拒否権なんてのは無いわよ」
 振り返り、言う。割りかし可愛い夢を、とびっきりの可愛い顔で。
 その夢の中に自分も含まれている事に少し面映ゆくなる浩樹であった。気恥ずかしさ故に頬をぽりぽりと描いては、あーだのうーだの呟いて上手く言葉を紡げない。
「……まあ、アレだな。無人島って事は自給自足が常となるな。そういえばお前、料理できたっけか? 大変申し訳ないが、暇のプーさんはその名の通りの行動を取らせて貰うつもりだ。たとえば夕方の四時に起きて朝の八時に寝る気満々だぞ」
「はあ? 料理なんて出来る訳ないでしょう。だって私チョップスティックより重い物を持った事無いもの。んま、年中オナニスティックなあんたに言っても、私が如何に蝶よ花よと育てられてきたか理解できないでしょうけどね。丁度良い機会だから覚えとくといいわ。品行方正の御嬢様ほど家事が出来ないものなのよ」
 そして可愛い夢が台無しだった。ついでに品行方正のひの字も窺えない下品な台詞だった。
「年頃の乙女が汚い韻の踏み方をするんじゃありません、このお馬鹿っ! しかもお前、料理が出来ないって事は、要するに俺にお前の面倒をすべて見させる腹積もりなのか」
「なーに、その呆れた顔。あんたが私の身の回りを気にする必要なんてこれっぽちもないわ。心配せずとも私の従者はすでにいるのよ――Hey、jersey! jersey!」
 料理が出来ない御嬢様+料理が得意な己=?
 カバーが剥げたパイプ椅子に勢いよく背を預け、呆れを湛えた目で朋子を見る浩樹。けれども、浩樹にどっぷり依存する気満々に見えた朋子は、やんわりとした否定の言葉を吐くとともに両手をメガホンのように型取り、一時間程前にエリスがそうして以来誰も通っていないドアに向かって大声で叫んだ。
「はいはい、今度は何の御用でしょうか御嬢様」
 すると、どうだ。どうだっていうか、こうだ。五秒も待たずして某体育教師が両手を擦り合わせながら妙に家政婦っぽい淡々とした動きで美術室へと入ってきたのだ。
 朋子の発音がネイティブ過ぎたがために、一瞬メイド服に身を包んだジェーシーなる英国人淑女が御登場なさるのかと思いきや、しかし朋子に呼び出された人物はジャージ姿の霧だった。ああ、ジャージだった。霧の格好はいつも通り、所々に擦り跡が見受けられる緑色のジャージだった。というか霧は家でも電車の中でも修学旅行でも卒業式の席でも常にジャージ・スタイルを貫き通している。まことしやかな噂ではプーマとアディダスが霧争奪戦を繰り広げているとかなんとか。
 年下相手に腰を低くしてこいつは何をやっとるんだ。ふいと浩樹は目を線にして霧の相好を見据える。くれぐれもジャージが何処のメーカなのかと睨み付けている訳ではない。日頃、辞表を出そうか割と真剣に悩む程にソリが合わない癖して、見在の霧は朋子に呼び出されて扱き使われる姿がすっかり板に付いていた。これこそが霧の在るべき姿なのだと言うかのように。
「来たわね、ミニートの最有力人物。私が呼んだら一秒で来なさいと昨日あれほど口うるさく言ったでしょ」
「ミニートって……流石に霧をそのポジションに当て嵌めるのは無理があると思うぞ。ほっとくと世界を救い出しかねないくらいのバイタリティーの持ち主だからな、こいつは。俺がひとり二役やった方が説得力があるわ」
 後ろ向きよりはアクティブで在る方が全然マシ。なのだが、本能の赴くままに行動しがちな霧のアクションは悉く計画性が欠片も伴っていないため、勢いよく蹴り飛ばした甲羅が跳ね返ってきて死んだ経験は数知れず。無論、悪戯に残機を減らしまくったのは迷惑受信機こと浩樹である。
「つうか、いつの間にお前ら和解したんだよ。昨日までN極とN極をぶつけ合うくらい距離があったのに」
 思い描くイメージはアメリカとロシアくらい懸け離れた距離感。それが今はゼロになっている。まさに怪しざるコト山の如しだ。
 何の前触れもなく近くなったふたりの距離感を盛大に訝しんだ浩樹が尋ねると、
「和解なんて大層なもんじゃないわよ。ただ、互いに歳を取っただけ。ま、アンチ巨乳も巨乳ファンと言うでしょ」
「言わねえから…………いや、言うのか?」
 一つの火で、お互いの煙草に火を付け合いそうな朋子の雰囲気に突っ込み一丁。ていうか不仲の原因は胸のサイズだったのかと。
「霧。お前もどうしてそんなにも従順になっちまったんだよ。藤浪を更生させようと孤軍奮闘していたあの頃のギラギラしてたお前は何処に行っちまったんだよ。朱く燃ゆる夕日に誓った、三丁目の約束はもう覚えていないのかよ」
「落ち着きなさい浩樹。ゆとりが席捲するHEISEI時代ではもう熱血なんて流行らないのよ。私は今後実らない努力はしない事にしたの。なにしろ100-0のスコアから世紀の大逆転劇を演じる確率など間違いなく0%。教員人生一年目で藤浪さんみたいな我の塊と出逢うなんて、桔梗霧というイナタイな大和撫子はハードラックとダンスっちゃってたのよ」
 豪放な言動のみが取り柄の体育会系はもう卒業、2009年は心機一転クールな女で行きます。冷徹なビジネスウーマンを目指しているらしい霧の目はかつてない胆力が漲っている。
「たった今、マンモス酷いナルシスト発言があったな。孫を見るばあちゃんすら看過するのが難しい程の」
「あんたの何処が大和撫子なのか問うのは今度にするとして、とりあえず桔梗霧、2009年からは教師ではなく私の従者として生を全うしなさい。明日以降のあんたの正装はジャージじゃないわ。(浩樹の金で)コノザマを経由して本場英国より取り寄せた純白のエプロンドレスよ」
 お値段は15%offでなんと97000円、しかも代引きだ。
「いやいや、霧の歳でそれはもう無理だって。ポン引きの辿り着く所の匂いがプンプンするもんよ。そりゃオバマもチェンジしたがるよ。でも三回やったら黒服が来るよ。あの夜は涙で湿った枕を絞ってバケツ一杯満杯になるくらい噎び泣いたよ」
「従者? 藤浪さん真顔で何を言い始めたの? 心の底から訳が解らないんだけど。もしかして頭の病気? この間エリスちゃんにも言ったけど、駄目よ、春だからってメタな事ばっか言ってちゃ。ふと気付いたら浩樹みたいな空想中年になっちゃうからね」
 季節関係無しにエリスは年がら年中予測不能な言動ばっかしているが。
「訳が解らない? いいえ、そうじゃないの。古人曰く、考えるんじゃなくて感じるのよ。一度深呼吸でもしてようく考えてご覧なさい。頭カラッポの方が夢詰め込めるでしょ」
「や、そんな世界でブッちぎりに強い奴と戦いたそうな宇宙人が抱く夢なんて要らないから。ちょっと良いかな、藤浪さん。夢、未来、希望……、貴女はさっきから平然とガジェットコースターに乗れなくなった年頃の心臓を抉る言葉ばっか寄越してくれるけどね、朽ちた私にだって一応立派な夢があるんだからね」
「へえ、たとえば? ま、桔梗先生の事だし、どうせ三等で良いから宝籤当てたいとか、商店街の福引きで温泉旅行を当てたいとか庶民然とした夢でしょ」
 一体、朋子の中での霧像はどうなっているのだろうか。
「ち、ちがうよ! 私の夢は、その……好きな人と結ばれて、子供はふたりくらい授かって、家の大きさも旦那の稼ぎも控えめで良いから、いつまでも家族四人仲良く暮らして行ければなって……」
 そう言って浩樹の顔をちらちらと見つめてくるジャージもとい霧。計算されたかのような上目遣いに加え、顔はポストを想起させる赤さ。なんというかあざとい。試合に出たいがために、監督の真横でやたら全力でアップし始める補欠部員ぐらいあざとい。
 浩樹は浩樹で求愛モードに入った霧と顔を合わせないよう、ちょこまかと首を右往左往させて全力で気付かないフリをする。二十四を超えた日を境に霧は段々と自身の婚期を危険視し始めたらしく、幼き頃よりの思い人である浩樹へのアプローチが日を追う毎にレベルアップしてきていた。一言、並々ならぬ執念が感じられるのだ。照れ隠しで指先をつんつんと合わせている仕草は一見可愛らしい。が、ぶつかり合った時の指の威力は厚さ10chの鉄板さえも余裕で貫通するだろう。
「ふふふ、そんな在り来たりMAXな夢、ジャンプ放送局だったら即ヴォツになってるレベルよ。アメリカ人ならHAHAHAと大笑いしながらナイスジョークと親指立てて褒め称えてくるわよ」
「なんでよう! 女の子なら誰もが通る道でしょ! 藤浪さんだって子供の頃は!」
「いや、当時の私はすこぶる人生に絶望してたもんだから、桔梗先生が言うような乙女らしい夢は抱いた事はなかったわ。むしろどうすれば世界を崩壊させられるかだけを考えて生きてきたような気がする。大人になった今だからこそ言える話だけど、私の悪魔崇拝はそりゃあもう気合い入ってたわよ。例えば握手したさにアイドルのCDを48枚買う人並みね」
「――――ッ」
「――――ッ」
 瞬間、霧がバッと顔を背ける。同じく浩樹も猛スピードで顔を背ける。朋子なりに受けを狙った冗句であったが、彼女の事情が事情だけに、それを冗談と笑い飛ばすには彼らには荷が重かった。笑ってしまったら自分を許せなくなりそうだった。なんだこの普段堅物の社長が宴会だからと張り切って一発ギャグに興じた感じの居たたまれない空気。
「まあ、誰もが思い描く平凡じみた夢よりも――、ふん、大いに喜びなさい。あんたには私の衣食住をすべて管理する権限を与えてあげるわ。イギリスで言うところのサーの称号に値する程の誉れ高き役目よ」
「や、やだよ! そんなメイドみたいな生活!」
「な、公務員の分際でメイドを馬鹿にするんじゃないわよ!!」
 霧の当然の拒絶に何故かスイッチON。そして一気にボルテージMAX。
 机を真っ二つに折らんばかりに思い切り叩き、一瞬で般若の面を被った朋子が立ち上がる。
「何故にお前が切れる。何故にそこまでメイドに誇りを持っている」
 きっと彼女はフリフリの服を着たいのだ。めっちゃフリフリの服を着て、鏡の前でくるりんと回転してにぱっと笑ってみたいのだ。でもでも自尊心が高い余り、自分の欲望に素直になれないのだ。
「じゃあ藤浪さんが私のメイドをやればいいじゃん! 私だって身の回りを世話してくれる使用人が欲しいもん!」
「馬鹿言いなさい。この私が下々に仕える訳がないでしょうが。でもま、あんたがどうしてもと頼み込んでくるんならそのチープな願いを叶えてやっても良いけどね。――――ほら、とっとと行きなさい、下僕一号。あんたの卓抜とした家事スキルで三号を懐柔させるのよ」
「すっげえ当然のように顎をクイッとさせたな、お前。でも俺は行かないからな。断じて……断じて否だ。お前の方こそ、どうしてもと言うのなら、家政婦としてのそれなりの報酬を提示し、Mr怠け者と大絶賛される俺のやる気を喚起してみろ」
「なに、報酬? 私相手に見返りを求めるつもりなの? ハッ、イヤらしい話をしてくる男ね。マテウスもびっくり」
 人を食ったような顔でやれやれと首を振る朋子。
「いいわ。あんたのお望み通り、イヤらしい話に付き合ってあげるわ。――という訳よ、三号。あんた御自慢の豊満な胸を其処のエロ助の好きなだけ揉ませてやりなさい」
「ちょっと待て。何百と突っ込み前に一つ訂正してくれ。イヤらしいのはお前ひとりだ。どうか気付いてくれ。俺とお前の方向性がまるで違うという事実に」
「やあねえ、自分のみまともだと思い込んでいる勘違い人間は。痛くて見ていられないわ。いいコト? 現実から逃げるのはお止しなさい。あんたも良い歳になったんだからいい加減一皮むけなさいよ、文字通り」
「露骨な下ネタは辞めろ。そして、俺のすべてを知り尽くしたような得意げな顔も辞めてくれ」
 くれぐれも言うが、自分はこの子と夜明けの珈琲は飲んでいない。……はず。
「ええっと、つまりコレはどういう話なの? 思えば、藤浪さんに呼ばれてきた時はすでにふたりとも話に花を咲かせていたから、私波に乗り損ねちゃってるのよね」
「いや、なんでも藤浪が無人島に自分の王国を創るらしいんで、王女様の身の回りの世話をしてくれる住人を募集しているところだ」
「え、藤浪さん無人島に行くの? なんで? また学校で誰かと衝突したの?」
「これまでの生活態度を鑑みれば仕方ないとはいえ、何気なく“また”とか言わないで欲しいものね……」
「まさに黒歴史だな」
 微妙な顔付きをして反応に困る朋子を見て、浩樹が苦笑しながら言う。
「黒歴史って何?」
「二足歩行するロボットの歴史の俗称よ。巷ではそう言われているの」
「違う。黒歴史っつーんは思い出したくもない過去の事だ」
「あー、私が高校生の時に浩樹に一発噛まされたような感じの」
「あー、それだ」
 納得したようにぽんと手を打つ浩樹。完全に他人事だった。
「あー、それね。何がそれなのかちっとも解らないけど」
「私の人生、あれが唯一の心残りね。できるならあの時代をやり直したいわ。言わば夢みたいなものね」
「じゃあまずはその夢から叶えていこうか」



「…………あれ? 私じゃないの? ていうかそのネタもうやってなかった?」




 まあ、つまりはそういう事だ。




      <<以上、本分より抜粋>>
 
 
 

 
 プロット:マク
 文章:DJ雪印
























少しでも楽しめたら、押してみてくれると作者が喜びます。





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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2009/04/05(日) 01:11:57|
  2. 短編

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