◆◆◆◆◆第一話◆◆◆◆◆
「まったく! 才人はまったく!」
プンスカしながら頭を沸騰させて歩いているのは、かのヴァリエール家三女であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールである。
桃色がかったブロンドと、大貴族らしく洗練された血筋ならではの整った顔立ち。しかし、猫のようにクルクルと回る感情を表す鳶色の瞳も、今は怒り一色に染め上げられていた。
――彼女は背が小さい。ついでに胸も小さい。いや、こちらがむしろ本題か。
魔法使いなのに魔法がマトモに使えない、という事実。これももちろん小さな問題ではないが、少なくとも失敗の内容が『爆発』ばかりなので攻撃魔法だと言い張ることは出来る。しかし、胸の大きさはどうやっても誤魔化せないのだった。
しかも人が気にしているというのに、彼女の使い魔はそれを遠慮なく突付いてくる。邪気なくやるから余計に始末が悪い。
更にメイドのシエスタとばかり仲良くして、その娘がえらく局所的に育ちの良い体つきをしているものだから、ルイズは余計に我慢がならないのだった。
「そろそろ下僕から従僕――執事にでも取り立ててあげようか、なんて思った私が馬鹿だったわ!」
彼女は生まれつきの貴族である。平民どころか使い魔の才人に対して、苛立ちを覚えること自体に苛立っていた。だからこそ、その苛立ちは更なる苛立ちによって上書きされ――無限連鎖で何処までも機嫌が悪くなっていく。
「あんな奴、もう要らない! 他の使い魔を呼び出して、そいつを可愛がってやるんだから!」
それは子供っぽい思いつきで、自分ばかり嫉妬しているのが面白く無いから、逆に見せ付けて悔しがらせてやろう――そんな程度のものだった。
しかし、やるなら男を相手にするべきだ。普通、呼び出される使い魔は獣である。使い魔としての自分を嫉妬する男など居るはずもない。
ルイズにとって使い魔といえば才人で、才人といえば使い魔だった。だからこその勘違い。それだけ才人に入れ込んでいる証拠なのだが――当然ながら彼女がそれを自覚することは少ないし、その機会は常に慌てて打ち消されるから意味も無かった。
「ねぇ、本当にいいの?」
「黙って見てられないなら、どっか行って。誰も頼んでないんだから」
魔法学院の地下、魔法実習室。
巨大な魔方陣の中心に立つルイズを、部屋の壁際で見守るのは友人のキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと、その親友であるタバサだけだ。彼女達も貴族の子女――というより、この学院の生徒はその全てが貴族である。この世界における魔法を使う者は、つまり貴族であることと同意なのだ。
「……キュルケ」
「いいのよ、タバサ。放っておきましょう」
「面白がってる……」
「ええ。それに才人が余るなら、それってチャンスだもの」
「……」
まさに『微熱』の面目躍如と言うべき妖艶な笑みを見つめながら、タバサは黙ってしまった。
キュルケも別に本気で言っているわけではない。しかしタバサは、どちらにしろ止めようとは考えなかった。実のところ、彼女にとってはどっちでもいいことである。
友人達は健在であれば構わない。彼らは良い運を持っているから、なるようになる。キュルケほどではないが、また何か面白おかしい事件が起きると思うと、口には出さないにしても多少なり興味はあった。無理に止めることもあるまい。
見守る二人の前で、ルイズの儀式は着々と進行する。
彼女は今回、かなり気合が入っていた。それだけ才人との喧嘩が本気なのだろう。
分厚い魔道書をいくつも用意し、高価な儀式用資材を持ち込み、魔力の流れが最も良い場所で儀式を行う。自らの未熟さも知った上で、魔力制御には外部からの力を借りる事で補おうという訳だ。
「――、――、――――っ!」
魔力制御はともかく、学力は十分なルイズである。複雑な古代語の魔道書を読み上げ、集中力を高めていく。
やがて魔方陣が淡い光を放ち始めると、高らかに宣言した。
「出でよ、使い魔!」
瞬間、光は渦を巻いて高まる。その中心に影が生まれ――。
「やった! 成功よ!」
その成果に喜びの声を上げるルイズだったが、しかし。
光が収まり、そこに座り込んでいた少女の姿を――才人に続いて、またもや有り得ないはずの『人間の使い魔』を認めると、ガックリと膝を落とすのだった。
「あなた、名前は?」
「え、えっと――。あれ?」
思い出せないらしい。
魔方陣の中心で可愛らしく小首を傾げているのは、髪を頭の両側に可愛らしくリボンで束ねた少女だった。背丈は、小柄なルイズより更に小さい。
少女は子供らしい元気の良さと歳に似合わぬ知性を感じさせる瞳を曇らせ、必死に何かを思い出そうとしている様だ。
「召喚のショックで一時的な記憶喪失ってところかしらね」
様子を伺っていたキュルケとタバサが、二人の下へ近づいてきた。
「それにしても……」
キュルケの疑わしそうな視線を受けて、ルイズは憤然と睨み返した。
「成功よっ!」
「でも、また人間よ? しかも子供。もはや犯罪じゃないかしら」
「う、うるさいっ。部外者は黙ってて!」
「……とにかく召喚は成功。使い魔契約は出来るはず」
冷静に言ったタバサに、キュルケとルイズはいがみ合いを止め、揃って注目した。
「そういえばそうね。契約すればまあ、成功は成功なんじゃない?」
「で、でも……」
「まさかルイズ、いくらなんでも何一つ特技の無い子供を召喚なんてしないわよね。いえ、むしろ出来ないわよね?」
「あ、当たり前じゃない!」
「じゃあ契約」
笑顔で迫るキュルケに、何も言い返せなかった。
仕方なくルイズは、座り込んだまま訳も分からずキョロキョロしている少女に近づき、目線を合わせるように腰を落とした。
「よく聞いて」
「あ……はい」
「あなたは私の使い魔なの」
「え?」
「ここでは私に従うしか無いから。いいわね? 寝床も食事も面倒見てあげる」
「そのくらいの責任は取ってあげないとねぇ」
「うるさいわね。関係無い人は黙ってて!」
ルイズは律儀に振り返って文句を言うと、再び少女に向き直る。
それから可能な限りの良心を掻き集め、ぎこちない笑顔を作って優しく聞こえるよう努力しながら説得を始めた。
「さすがに小さな女の子に雑用やらせたりしないから。うちには才人っていう――色々と微妙だけど、一応なんとか不自由しない程度の使い魔が居るし。あなたは私と仲良くするだけでいいの。ね? いい、分かった?」
何とか頷く少女。
ルイズはホッと胸を撫で下ろし――そして。
「じゃあ、じっとしててね」
おもむろに、少女の顔に自らの顔を近づけた。
「え――えぇっ!?」
少女が驚いている間に、ルイズは有無を言わせず口付けを決行する。
二人の愛らしい唇が触れ合った、その瞬間だった。少女の胸に下がっている宝石が強い光を放ち――。
「きゃぁっ」
悲鳴は果たして誰のものだったか。
ともかく契約は交わされたが、その瞬間に強い突風が吹き荒れ、瞬時に防御したタバサ以外の全員が強く壁に叩きつけられたのだった。
「えっと、その、あの。とにかくごめんなさい」
あまりのショックに石像と化したルイズを前に、少女は――高町なのはは、とにかく頭を下げるしかなかった。
先ほどの混乱からすぐ、異変に気付いたコルベール先生に勝手な儀式をしていた現場を見つかってしまい、彼の研究室にてお説教を受けているルイズ達である。
使い魔は一人一体と決められており、そもそも勝手な召喚は校則違反だった。
コルベール先生は契約の解除と少女の送還を行うため、ともかく契約内容を調べ――そして驚愕の事実が発覚した。
「信じがたい事だが――むしろ君が使い魔のようだね、ミス・ヴァリエール」
ちなみにキュルケはずっと笑い転げている。
口付けの瞬間に起こった大規模魔力放出のショックで記憶を取り戻したなのはであるが、どうやら自己紹介は大分先になりそうである。
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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学
- 2008/01/07(月) 01:28:21|
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